おじさん日記 ~Okinawa Self-Diving Log~

セルフダイビングのブログ。ログや写真や器材が中心ですが、その他ダイビングに関係ないことも好き勝手書いています。

ダイブコンピュータのメカニズムと減圧症予防法 今村氏講演

2016-12-10 22:22:52 | リスクマネジメント
琉球大学で開催されたセミナーに参加してきました。講師は以前TUSAでダイブコンピュータの開発に関わっていた今村昭彦さん。今年の8月に退職され、「減圧症予防法研究家」という謎の肩書きでした。現在は全国で減圧症予防法の講演や研究をされているようです。

タイトルは「ダイブコンピュータのメカニズムと減圧症予防法」。

長くなるので最初にまとめを。
1.急浮上を絶対にしない浅い水深ほど注意する。安全停止後は特にゆっくり!
2.ダイビングの始めに最大水深に達し、後はゆっくりと浮上していく模範(フォワード)潜水パターンを遵守。中途半端な水深の箱型潜水は非常に危険!
3.最大水深よりも、むしろ平均水深×潜水時間に注意を払う。平均水深15m以上かつ潜水時間が45分を超えることは危険。
4.ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間に対して水深が浅くなるほどマージンを加える(早めに浮上!)
5.どの水深においても減圧潜水は絶対に行わない。特に浅い水深での減圧潜水は危ない!
6.反復潜水をする場合は、水面休息時間を90分以上とる。ダイブコンピュータの「速いコンパートメント(4番目まで)」は、90分の間を空けるとどんなダイビングをしてもほぼ同じ状態に落ち着く。
7.潜水後の高所移動(飛行機搭乗、車での山越え)に十分な注意を払う。
8.安全停止はすれば良いというものではない。体内窒素の蓄積状態を組織別に常に安全な状態にコントロールすることが大切!
9.無制限ダイビングをする際は、3日に1日は軽く抑える。1日で排出しきれない窒素は溜まっていく

ちなみに内容はTUSAのホームページで公開されている以下のものと全くと言っていいほど同じだった。
http://www.tusa.net/genatsu/genatsu.pdf

以上の内容に加えて、今村さんが減圧症患者83名のダイブプロフィールを、その人のダイコンを解析して検証したものがありました。

今回の講義は、スライドの写真撮影やその写真のインターネット環境での公開が許可されています。基本的に写真は講義の内容、文章は今村さんの説明に加えて、僕自身の意見も含まれています。今村さんの意見に反対の点もいくつかあります。


最初のスライド。減圧症を甘く見ないほうが良い。命を落とすことは少ないけれど、重症だと歩けなくなることもあります。しかも1度減圧症になるとその後にまた減圧症になる可能性が上がる。治療うんぬんよりも、予防することが大切。1度も減圧症にならないこと。後悔先に立たず


ダイブコンピュータが普及し始めたタイミングでレジャーダイバーの減圧症の数が激増したとのこと。正直、これにはいくつも突っ込みどころがあるのだけれど、まあそれは置いておきます。


ダイブテーブルは最大水深にずっといた計算になるので、ダイブコンピュータよりも厳しい設定になるのは当然。

今村さんによると、ダイコンのNDL(無減圧潜水時間)だけ見たらダイブテーブル時代には絶対にできなかったような潜り方ができてしまうということ。特に反復潜水。ダイコンのNDLだけ見ると、1日5本や6本とか潜れてしまう。


ダイブコンピュータの仕組みとして、ハーフタイムM値については、知っておいた方が良いと思う。全く分からない方は最初に紹介したTUSAの資料が参考になると思います。今村さんがTUSAにいるときに作成したものです。


M値(減圧不要限界点)は絶対的なラインではない!
これ、とても大切なことだと思います。

ダイコンのNDLの数字を見て、「この水深であと何分潜れる」と思ってしまう人は、危険かもしれない。

そもそもこの値は、メーカーによっても違うし、潜り方によっても変わってくるし、個人差もある。減圧症になるかならないかの絶対分岐点ではない。当然、NDLの範囲内、つまりDECOを出さなくても減圧症になる人は出てくる。

にも関わらず、ダイコンでDECOが出ていないからと安心してしまったり、ダイコンのDECOの時間を消せば良いと思ってしまったりする人が多い。DECOが出るかどうかはとても気にしているのに、DECOギリギリまで窒素を溜めることに抵抗を感じない人も多い。

これは、数字がゼロになるかどうかという、NDLの数字を絶対視しているから起こってしまうこと。この誤解は解いておかないと、気付かず窒素を溜め込んで減圧症のリスクを高くしてしまう。特に浅場でのNDLの数字の扱いには注意が必要です。
理由を説明すると長くなるので詳細は今村さんの資料を参照してください。

大切なので繰り返します。
M値(減圧不要限界点)は絶対的なラインではない!!絶対分岐点ではない!!


減圧症患者83名のダイブプロファイル傾向。見えづらいので、以下に書き出します。該当する人が高い順に並んでいます。

1.窒素蓄積(平均水深15m以上かつ潜水時間45分以上) 59名 71%
今村さんによると、「平均水深15m以上かつ潜水時間45分以上」というのが危ない目安だとのこと。最大水深とか深場でDECOを出したかどうかというよりも実践的な目安。以下の他のリスクと比べてみても、71%というのはとても大きい。

2.浮上速度違反 30名 36%
これも有名ですね。そこまで窒素が溜まっていなくても減圧症になりえます。特に安全停止後の浮上をゆっくりすることが大切ですね。気体の膨張の割合は浅場に行くほど大きくなるので。
ここで、今村さんは「中性浮力が怪しい人にはウエイトを多めにつけるように」と言っていたけれど僕はそうは思わない。ウエイトが多いとBCへの吸気も多くなり、浅場へ行った時の浮力がより大きくなり、浮力コントロールがより難しくなる。急浮上を防ぎたいのであれば、ウエイトを増やすのではなくて適正ウエイトまでしっかり減らすことが大切だと思う。

3.減圧潜水 28名 34%
この数字をどう見るか。今村さんが解析した減圧症患者のうち、DECOを出したのは34%だったということ。これは、裏を返せば66%の人はDECOを出さずダイコンの指示通りに潜ったけれど減圧症になったということ。さっき強調した「M値は絶対的なラインではない!」というのはこの数字からも言える。

4.連日蓄積 25名 30%
5.ディープダイビング(最大水深30m以上) 22名 27%
6.連続ディープダイビング(連続、もしくは連日) 18名 22%
7.減圧症罹患患者 8名 10%
8.反復リバース 7名 8%


今村さんが考える減圧症三大要因。


これはいわゆる箱型潜水沖縄本島だと、箱型潜水になりやすいのは砂辺。水深20mくらいでDECOギリギリまで粘って、少し浅い所へ行ってそこでもDECOギリギリまで粘る→また浅いところで粘る・・・なんて潜り方は一番危険です。砂辺なんて危険じゃないと思って舐めていると痛い目にあう。DECOを出さなくても、残波やホーシューで潜るよりも、リスクが高い潜り方になってしまいます。これも、ダイコンのNDLの数字を絶対視していたら起こりうること。

今村氏によると、無減圧潜水を守っているけれど、こういった潜水の仕方で減圧症になっている人が多いとのこと。箱型長時間潜水。

そして今村氏によると、こうなったら安全停止5m3分じゃ足りなくてもっと長時間の安全停止をした方が良いとのこと。これに関しては自分は反対。水深5mでも遅い組織には窒素は溜まります。安全停止の時間を長くするくらいなら、その時間の分を水面まで浮上する時間に当てて、よりゆっくり浮上する方が有用だと僕は思う。いつまでも水深5mにいれば良いというものでもない。減圧停止じゃないのだから。


現行ダイブコンピュータの3つの問題点。
1.減圧管理情報を無減圧潜水時間だけで表していること。メーカーの設定のわずかな違いやコンパートメント数の違いによって、浅くて長い潜水の場合や、反復潜水を重ねたりした場合に、表示される無減圧潜水時間にズレが生じる。
2.「速い組織」と「遅い組織」が決定する無減圧潜水時間は本来危険度が異なるが、それを十分に伝えることができない。
3.どんなに窒素を体内に溜め込むようなダイビングをしても、浅いところに浮上すると、無減圧潜水時間が長く表示されるので、窒素が抜けたかのような錯覚をしてしまう。

この点が理解できていれば現行のダイブコンピュータでも問題なく利用できるので、自分としてはダイブコンピュータの問題というよりも、使う人間の知識の問題だと思っています。

この辺からだんだんとTUSAのダイコンの宣伝っぽくなっていきます。


まあでも、減圧理論をよく分かっていなくてもTUSAオリジナルの「M値警告」を控えめに設定しておけばより安全に潜れるというのは良いことですね。今村氏によると、M値86、87%あたりから減圧症になる人がちらほら出てくるとのこと。


で、TUSAのIQ-850の宣伝。今村さんが開発に関わったもので、それぞれのコンパートメントをバーグラフで表すことで、今どこのコンパートメントにどのくらいの割合の窒素が溜まっていて、窒素が溜まっている方向に動いているか抜けている方向に動いているかもコンパートメントごとに表示されるというもの。

これは、既存の減圧理論をより理解することの助けにもなるし、浅場でも組織によっては窒素が溜まる方向に進むってことが目で見て分かるということはメリットだと思います。

でも、1つ大きなデメリットがあると自分は思っている。それは、体内の窒素の動きを「分かった気になってしまう」ということ。

コンパートメントを使った考え方もあくまでも仮説であり、机上の「モデル」にすぎなく、人体の中で起こっていることをそのまま表しているわけではない。

コンピューターに表示される数字の根拠は見える。でも、体の中の窒素の実際を見ているわけではない。あくまでもモデル。計算上出されたものにすぎない。ただ計算上出されたものを可視化しただけ。人間の体内は計算通りになるほど単純ではない。当然、このIQ-850で全てのコンパートメントがM値の範囲内であっても、減圧症になることはあるし、実際にグラフの通りに窒素が動いているわけではない。

NDLの数字だけでなく詳細なグラフで表されることによってあたかも体内の窒素の蓄積状態を正確に見ているかのように勘違いしやすくなることが、このダイコンのデメリットだと思います。このIQ-850であっても普通の数字だけ出るダイコンであっても、大切なのは表示される数字やグラフを絶対視するのではなく、限界を踏まえたうえで何を意味しているのかを理解すること。NDLの数字もコンパートメントごとのバーグラフも、単に計算によって出された数字に過ぎない。その計算上の数字を参考に、自分の個人的要因を加味して、自分でしっかりと判断することが大切。

ちなみに、IQ-850は数年前のモデルで現在は発売されておらず、今村さんはIQ-850のようなダイコンを復活させたいらしい。TUSAが意図するコンピュータを作りそうもないので今村さんはタバタを辞め、今は無職とのこと。

では自分だったらIQ-850のようなコンピュータが欲しいかというと、正直いらない。さっきも書いたけれど、体の中の窒素の動きが分かったように見えて実際は違うから。単なる数学計算の結果にすぎない。現時点で採用されている減圧理論がどういう仕組みになっているかを理解するのにはこういったコンピュータは役にたつと思います。

では、まとめです。
減圧症を防ぐためのリスクマネジメント。9つあります。最初に書いたものと同じもの。



スライドの写真だと見にくいので、同じ内容を再度文字で書き出します。

1.急浮上を絶対にしない浅い水深ほど注意する。安全停止後は特にゆっくり!
2.ダイビングの始めに最大水深に達し、後はゆっくりと浮上していく模範(フォワード)潜水パターンを遵守。中途半端な水深の箱型潜水は非常に危険!
3.最大水深よりも、むしろ平均水深×潜水時間に注意を払う。平均水深15m以上かつ潜水時間が45分を超えることは危険。
4.ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間に対して水深が浅くなるほどマージンを加える(早めに浮上!)
5.どの水深においても減圧潜水は絶対に行わない。特に浅い水深での減圧潜水は危ない!
6.反復潜水をする場合は、水面休息時間を90分以上とる。ダイブコンピュータの「速いコンパートメント(4番目まで)」は、90分の間を空けるとどんなダイビングをしてもほぼ同じ状態に落ち着く。
7.潜水後の高所移動(飛行機搭乗、車での山越え)に十分な注意を払う。
8.安全停止はすれば良いというものではない。体内窒素の蓄積状態を組織別に常に安全な状態にコントロールすることが大切!
9.無制限ダイビングをする際は、3日に1日は軽く抑える。1日で排出しきれない窒素は溜まっていく

この後は質問タイム。自分も質問させていただきました。M値の設定根拠と実際のアウトカムの検証について。ここに大きな問題があると自分は思っている。この内容については長くなるので別の記事として後日アップします。


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