治療不可乃會

この宇宙のBGMにはタンジェリン・ドリーム(初期)しかありません。
ポツリポツリと更新させてもらってます。

デビシルの新作に不安がないわけではない

2009年07月22日 | ヨモヤマ話
先日エイドリアン・ブリューの“Young Lions”('90)を
今さらながら中古で購入し、
昼寝しながら聴いていました。


ふとデビッド・ボウイの声が聞こえたように思い
これは幻聴ではないぞ!とびっくりして飛び起き、
ライナーノーツを確認したら
単にボウイが参加していたアルバムでした。


90年代初頭にボウイがブリューを従えて来日した時、
私は何かの理由で(失念)ライブに行けてないのですが
姉が「ブリューがいる!!」と狂喜して
東京ドームの公衆電話からリポートしてきたのが
昨日の事のように思い出されます…。
(事前にツアーメンバーを把握していなかったようで)


ボウイといえば、
私の中で最近心境の変化がありました。

嫁:イマンが黒人モデルとしていかに苦労してきたかを
語る映像をたまたまネットで見
その媚びることのない中性的なカッコよさに
心を打たれたのです。
彼女は外見もメンタルもたぶんボウイより男らしいです(笑)。

そういうわけで、「ボウイを独占しやがって!!」
というイマンへの長年のわだかまり(結構執念深い)が
突如としてとれてしまいました。

まったくの私事で恐縮ですが…。


デビッドつながりというわけではありませんが、
シルヴィアンのほうはニューアルバムが
9月に発売予定。
過剰な期待を抱いてはいけない!!と思いつつも、
今彼がどういう方向に行ってるのか楽しみではあります。

弟ジャンセン達とのプロジェクトはさておき、
個人名義のアルバムだと07年発表の
“NAOSHIMA”が記憶に新しいですネ。
全世界で何枚売れたのだろう…と心配せざるをえない、
芸術性の高いサウンドスケープ作品。


かくいう私も今年の冬に直島(香川県)に行き、
デビシル作品を検証。
イギリス人の感性だと
四国にありがちなド田舎の小さな島(すいません)も
こう詩的に解釈するものか…と感心しました。

昔からエキゾティシズムの好きな人だから(笑)
大いに刺激されたのでしょうね。

いずれにせよ直島は、
猫が日向ぼっこをしているような昔懐かしい風景の中に
極彩色だったり観念的だったりする
現代アートの楽園が…という、
世界に類を見ない貴重な空間であります。

ベネッセ経営のホテルは各部屋にテレビがなく
代わりにBOSEのCDプレイヤーがあるとのことで、
「DJか!」っていうくらい
CDを持参してしまいました。(←相当アホ)

明らかにミスだったのは、旅行直前に入手した
モーガン・フィッシャー企画の『ミニチュアーズ』('80)を
聴き込んでしまったこと。

1人1曲1分…計51分の、
キワモノ的コンピレーションアルバムです。
フリップやロバート・ワイアットも参加。

たまたま外は雪まじりの強風という悪天候、
求めていた安らぎのホテルライフとは程遠かったですね(笑)。



皆様も旅先のBGMにはお気をつけ下さいませ~。





ビーストがやって来る!

2009年07月18日 | 心の叫び
先日、
邦楽が好きでバンド活動ではギター担当という高校生と
会話をしていました。
 

「どんなジャンル演ってるの?」
「ハードロック!」

平成生まれだとB’Zとかになるのかな…(百歩譲って)
いやいや、最近のバンドもなにがしかあるんだろう。

もちろんここで引き下がる私ではありません。

「具体的なバンドで言うと?」
「グレイ!」


その瞬間、私の脳の神経回路がプスプス…
ショートしたように思いました。


回復に3日かかりました。(本日全快しました)


↑のように、近年音楽ジャンルのカテゴリーが
曖昧化してきてるように思います。

iPod世代は
アルバム間もシャッフルして聴いてしまうから、
ジャンルのみならず
アルバムという形態も無意味化しているようです。

その流れか、新旧含めたアーティストも
彼らにとっては存在の重みがない気がします。
「記号化」と言ったほうが適切かもしれません。

グレイが好きな高校生も
毎月のように自分のライブ活動は行っているのに、
いわゆるプロのアーティストのライブは
観たことがないそうです。

死に筋系アーティストのライブだけが生きる糧の
私などには、とうてい信じられません。


アーティストは記号にすぎないから
ナマで観る必要もないし、
アルバムをありったけ聴いて
その全体像を捉える必要もない。
iPodのネタとしてザッピング(ツマミ食い)が繰り返されるわけです。

聴いてきた音楽の全体量は多くはないけれど、
ツェッペリンだけは、ジミヘンだけは、YMOだけは、
しっかり聴き続けている…
そういうリスナーが我々の世代には少なからずいます。

iPod世代を責めているわけではありません。
ただ、音楽を受容する上での自分の価値観と
あまりにかけ離れていると感じずにはおれないのです。
社会(技術)の変化と人間精神の変化が
絡み合った結果なんでしょうか…。


そんな中でジューダス・プリーストの
「ブリティッシュ・スティール」全曲演奏は、
アーティストの持つ威厳と偉大な作品が放つオーラ
(W.ベンヤミン言うところの「アウラ」)
を取り戻す試みといえるでしょう。

こういう動きがヘヴィー・メタルという
どちらかといえば亜流扱いを受けてきたジャンルから出てきたのは、
特筆すべきことだと思います。
(ファンとのつながりが特別濃いから?)

音楽に必要以上に身も心も捧げてしまった世代の、
価値観を共有できる場になることを切に願って…



あ、ポール・ディアノのメイデン1st&2ndほぼ全曲演奏は、
ただ単にそれ以降の活動の知名度が低いからで
壮大な試みでもなんでもありません。
(そこがディアノらしくてイイ!


 わーい、Running Free が聴けるぞ~♪



全曲演奏に身も心も燃え尽きたい

2009年07月08日 | ヨモヤマ話
マイケル・ジャクソンの一連の報道に気を取られていたら、
先月はヒュー・ホッパー氏やピナ・バウシュ女史までも
ご逝去されてたではありませんか!!
そんなバカな…


80、90代の大往生ならまだしも、
60代の方に逝かれるとさみしく感じます…。
ますます燃えカスアーティストへの忠節も
尽くしていかねばならん!と思った次第です。

ご存知のように、秋~冬にかけても骨董品の来日ラッシュ。
もう財源の続く限り頑張るしかありません。


さて近年、イベントとして開催される
中古CD・レコード市が京阪神エリアであれば
マメに出入りしています。


輸入CD屋とかアマゾンなんかだと、
もともと関心のあるアーティストの作品しかチェックしないから
自分のこだわりから抜けられないんですよね…

その点、会場の在庫を全部見る勢いで挑みますから
(世に言う「ベストヒットUSA状態」)、
「そういえば、こんなアルバムあったなあ!」
という狂喜の発見が度々あります。

日頃興味のないアーティストのまで
安いので買っちゃいますしね…
在庫の状態から今何が大人世代に聴かれてるのかも
わかったりして、面白い。
(来日があると少しタイムラグを置いて在庫が増える傾向が)

…ですが最近自分が買ったものを見ると、
若い頃関心があったものから
全く抜け出せてないことを自覚させられました。

例えば
ルー・リードとジョン・ケールのA.ウォーホル追悼盤、
『ソングス・フォー・ドレラ』。
こういう企画モノの¥相場は安いですね。
作品としての評価は…微妙ですが。

実はヴェルヴェット・アンダーグラウンドは
昔からかなり好きで(ルー・リード単品は苦手)、
学生時代はウォーホルのダラ撮り実験映画も
「教養として絶対必要だ!」と思って忍耐強く観たり。

4月のニューヨーク旅行も
ウォーホル関係の遺跡(?)巡りは欠かせなかったし、
ロックンロール・ホール・オブ・フェイムの売店では
ヴェルヴェットグッズを購入。(時代錯誤で恥ずかしい
どメジャー観光スポット、エンパイア・ステートも
ウォーホルの重要モチーフの一つだな、
と見なしてしまうわけです。

四半世紀近くも興味の対象が変わらないってのは、
人生とは結局同じところを
グルグル回ってるだけってことなんでしょうねえ。
(いつも痛感させられる…

そういえばミニマル・ミュージックって
また聴かれてるみたいです。
最近は中古市でもミニマル作品を見かけるようになったので、
何事かと思ってました。

我々世代だと現代音楽経由で聴き始めたものですが、
今時のリスナーは
今様テクノやジャーマン・プログレ経由で入るんですね。
キッカケはなんでもいいと思うけど、
聴き出したら系統立ててちゃんと聴いて欲しい。
(↑説教臭い)

ま、自分ルーツを挙げるなら、
私は戦前ブルース経由。
ロバジョンの音源が出回った頃にハイティーン(死語)でしたので。

決して支離滅裂ではありません。
あの単調な反復の世界はある意味ミニマルですからね…。
ただし、隣の姉の部屋から
スティーヴ・ライヒが聞こえてくるという
特殊環境が必要でしたが。


今年も全曲演奏流行りだな~(やっとタイトルとの関連性が!)