あるベーシストの平穏な日常

ネタに困った男が暗中模索する綱渡り的な日記

熱中時代

2013年07月12日 01時21分52秒 | 日常の話

フィーバーそうさ~~♪
…とか言ってる場合ではないのですよ。
久々にやってしまいました、熱中症。
久々って言うくらいですから、勿論、初めてではない訳でして。
1998年、24歳の時から数えて早や15年、今回で5回目になります。

まあ、ワタクシレベルのベテラン熱中症患者になってくると、
ヤバイ時の流れは心と体に深く刻み込まれている訳でして。
先駆者としての経験談と対策を偉そうに語ってみようかと思います。



STEP.1 体温が上昇したような錯角に陥り、集中力が散漫になる。
ちょっと表現し難いのですが、体と服の間の熱気が上がるといいますか…


STEP.2 やたらと手や足が攣り始める。ビクンビクンッ
3回攣ったら危険信号。仕事中の方は周囲から何を言われようとも、職場放棄をお勧めする。
ここで踏み止れたら、ギリギリ病院には行かずに済むかも。


STEP.3 汗が止まり、体が震え出す。
もはや手遅れ。ここから急激に症状が悪化します。全身に水を浴びて冷やせ!


STEP.4 顔面蒼白、唇が紫色になる。
『生きたい!!』という強い意志を持ち、希望だけは捨てないで下さい……


STEP.5 白目を剥いてブッ倒れる。
チーン……






勿論、個人差はあると思いますが、ワタクシが過去に経験してきた症状を分かり易く(?)まとめてみるとこんな感じ。
STEP.5は未体験ゾーンなのですが、経験者曰く、『絶対に死ぬと思った…』らしく、暫く入院を余儀なくされたそうです。

ワタクシは5回とは別に、幾度となくSTEP.2の段階で踏み止まった経験があるだけに、
『手足が攣るまでは安心』と、今回はかなり油断していました。

そんなワタクシを嘲笑うかの如く突如訪れたSTEP.3。

膝カックン喰らったようになって崩れ落ち、
『どうした!!』と、心配して駆け寄って来てくれた上司が『うわぁぁぁ~~!!』と悲鳴を上げました。

死人のような顔だった…上司・談

その後、アイスノンで首筋と両腋、キ●タマを冷却し、症状が落ち着いた後に病院にて点滴を打って帰って来ました。

『明日は無理して出て来んでいいけん、ゆっくり休んどき』
と、アリガタイお言葉を頂戴していたワタクシは、
『イヤッホ~~ゥ!バイクでもイジって遊ぶぜぇ~~!!』とか、非常にバチ当たりな事を考えていたのですが、
昨日は頭フラフラなグロッキー状態が継続中、一日中、部屋でゴロリ状態でした。







いや~、怖いですねぇ、熱中症。
これからが夏本番。皆サマ方もどうかお気を付けて!


以上、

ワ タ ク シ の 経 験 談 が 全 く 参 考 に な ら な い 事 が 判 明 し た 話 で し た 。





誰もググってはならぬ

2013年06月24日 01時43分12秒 | 日常の話

何やら面白げな催しモノがやって来るようですな。



マチュピチュ ハケーンから100年ですか…
『100年』と一言で言っても、捉え方は人によっても様々だと思います。

へえ~、100年前には既に存在は確認されていたんだ~
と、捉える方も居るでしょうし、
え、マジで!?発見されてまだ100年!?スペイン人ってサボり杉!
と、思われる方も居られるでしょう。

ワタクシの場合はと言うと、母方のバーチャンが当年とって104歳な訳で。(松本清張の1コ上)
足腰は弱って来たものの、痴呆の気配すら無く、耳も遠くない、そんなバーチャンと普通に会話とかしていると、
ふ~ん、マチュピチュ100年?ああ、そう。で?
…と、バーチャンが凄すぎる余り、100年という膨大な期間を軽く考えてしまいがちになって困ります。

マチュピチュとバーチャンを同径列で並べて考えるなんて、
私と仕事、どっちが大切なの!?
と、彼氏や旦那に問い質す、残念な女子みたいな事を言っているワタクシ。キモい?ねぇ、キモい?


まあ、インカ展の話に戻ろうか。

始めに言っておきますけど、インカとか全然詳しくないですワタクシ。
ただ、こういった遺跡モノや国宝モノ、恐竜や化石等、昔から何故か妙に惹かれる性分でして、
福岡市美術館や博物館で開催される度に、『これは行くっきゃないよね!』と、テンションが上がるのですが、
結局、『まあ、2ヶ月あるし…』とか思っている間に気が付けば終わっているというパターンを幾度となく繰り返して来た訳です。

さて皆サマ、ここまで書くと『お、コイツ心を入れ替えて今回はマジで行く気やな?』と、思われた事でしょう。
ええ、行きますよ。行きますとも。30日からですよね?あと1週間かあ…楽しみだなあ…

いや、ちょっと待てよ…
開催初期って絶対に混雑するよなあ…
俺、人込み苦手やしなあ…
よし、1ヶ月くらい経ってから行こう!
あ…夏休みが始まった頃やん…チビッコが大挙してくる頃やん…
しゃあねえな…9月1日までやし、夏休みの友が佳境を迎える8月後半まで待つか…


…とか思っている内に終わってしまっている気がしてなりません。
アレ?終わっとうしWって言ってる自分しか想像できません。

まあ、結局は行こう行こうと思いながら行かないという、ワタクシの黄金パターンになりそうな訳で、
所詮、ワタクシのインカに対する情熱もその程度だという事なのですが、
じゃあ、何故こんな記事を作成したのだ?と問われると、
インカ帝国を知るという事において、皆サマ方に注意を促しておかなければならない必要性があったからなのです。

いいですか皆さん…
インカ帝国に興味を持ったとしても、決して【インカ帝国初代皇帝】とか検索してはいけません。
大事な事ですから、もう1度言います。

い い か ? 絶 対 に グ グ る な よ 。




キヨキヨの奇妙な冒険

2013年06月08日 16時06分12秒 | 日常の話

本日、前回の記事『ンマー3』にコメントが届いていました。




めぐみ…
グヘヘ…カワイコちゃんからコメントだぁ…とか思っていたら、

『こいつはくせえッ――!!
 業者のにおいがプンプンするぜッ――!!
 (中略)
 こいつは生まれついての業者だッ!
 ヤスコウチさん、早えとこ通報しちまいな!』


と、脳内のスピードワゴンさんが警鐘を鳴らして来ましたッ!

つーか、タイトルとコメントが一緒って…
あわてん坊な業者さんだなあ。そんなんじゃ誰も引っ掛からないゾ★

まあ、アレでしょう。
律儀にコメ返とかしちゃった日には、直アド書いたコメントが来たりして、
そのアドレスに、鼻の下を伸ばしたり、体の一部を大きくしたりしながらメールしてみると、
身に覚えのない法外な請求が来たりするのだろう。
場合によっては、高価な絵画や高級羽毛布団、英会話教材なんか買わされちゃったりするのかもしれない。

フフフ…面白い……
顔に似合わず律儀なワタクシは、業者と知りつつ、コメントを返しておきました。

さあ、どう出る?業者…もとい、めぐみ…



俺は逃げも隠れもしないッ!
めぐみッ!
どこからでも掛かって来いッ!!



生きてれら

2013年06月01日 13時27分10秒 | 日常の話

この記事のタイトル、カリオストロの城でルパンが銭形に対して言った台詞、
『あ~ら、とっつぁん、死んでれら~と思ったら生きてれら~』から引用したモノで、
決して、うっかりヤブ医者に殺されかけたワタクシが呟いた安堵の台詞という訳ではない。
誤診された挙げ句、5万円も支払わされた事に納得いかないヤスコウチです。暴れてもいいかな?

さて…
相も変わらず冒頭から意味不明な発言を連発し、
皆サマ方を混乱の渦に巻き込んでしまうウザいワタクシですが、要するに何の話がしたいのかと言うと…

C I N D E R E L L A を 熱 く 語 り た い の 。


正直、シンデレラってバンド名ってどうなの?と、個人的には思います。

Vo&G.トム・キーファー
G.ジェフ・ラバー(野村義男似。確か日系人だったような…というだけの人)
Dr.フレッド・コウリー(2ndアルバムで叩かせて貰えなかったレベルの人)
B・エリック何ちゃらって名前だった気がするも、憶えてない。え、調べろ?ハハハ…嫌 だ ね 。


80年代初頭から始まった、L・Aのハリウッドを中心としたL・Aメタルというムーヴメント。
キラキラでピカピカのチャラい風貌、ギュイーン!とか、ジャッジャッジャッジャ!とか、ピロロロロロロ…
とかやりながらも、万人受けするキャッチーさも併せ持つチャラい楽曲…
さらに、81年に放送開始したMTVとの相乗効果で、一気に栄華を極めたムーヴメント、それがL・Aメタル。
そんなL・Aメタルが世を席巻する86年にデビューしたシンデレラ。

87年、GUNS N' ROSESの登場や、AEROSMITHの復活に伴い、
原点回帰という名のもと、60~70年代のロックに代表される、ルーツにブルースを持つバンドが再評価され、
俺のルーツは実はZEPなんだ!とか、
やっぱジミヘンっしょ!とか、
クリームって最強じゃね?とか公言し出すバンドが増え始めたりした訳ですよ、奥さん。
まあ、流行りに乗っかっただけのバッタモン的な亜流バンドが多数を占めていたのですが、
シンデレラは…
というか、トム・キーファーは、数少ないホンモノだったとワタクシは思います。




Night Songs (1986)



随所にルーツロックからの影響をを醸し出し、他のバンドとは一線を画す雰囲気は感じさせるものの、
ジャケ写を見てもお分かりの通り、やはりL・Aメタルの範疇からは抜け出せていない作品。
このアルバムはサッパリ聴かなかった為、勝幸先生に贈呈してしまったので現在は持っていません。
ゲッツ!なポーズが良く似合うトムさん。



Long Cold Winter (1988)



このアルバムからガラリと変わります。
1曲目冒頭からのスライドギター、往年のロックを思わせるブルージーでハードなリフの2曲目、
まんまブルースですやん!な6曲目、12弦の音色が美しいカントリーテイスト溢れる8曲目etc…
トム・キーファーのブルース嗜好が色濃く反映された、良いアルバムだと思います。


懐かしい!勝幸先生!モスクワLIVEですよ!
ちなみに、ここはロシアではなく、ソビエト連邦。
尚、言葉の壁は厚い模様…



LIVE動画ハケーンできず。

地声のハスキーな低音ボイスは好きなのですが、尻尾を踏まれた時の猫の様な搾り出すウラ声はどうも…
ちなみに…
前述した、レコーディングで叩かせて貰えなかったフレッド・コウリーの代役はコージー・パウエルだそうです。



Heartbreak Station (1990)



トム・キーファー爆発。もう、やりたい放題。
メンバー、遥か彼方に置き去り。突っ走り過ぎっスよ、トムさん!
当時からしてみれば、あまりに露骨な原点回帰志向なアルバムの為、発表当時は賛否両論あった様なのですが、
ワタクシ的にはシンデレラの最高傑作。
HR/HM至上主義の方々には退屈極まりないアルバムに映るかも知れませんが、これは名盤ですよ。


Final Countdown The Big Joint Tour '90-'91
これも懐かしい。東京ドームやなあ。
BS放送が始まって間もない頃、ブルジョワなカワグチ君の家で観ました。WOWWOWでした。


こういう甘い曲はトムさんの真骨頂。
カワイコちゃんにキャーキャー言われそうです。べ…別に羨ましくなんかないんだからね!


LIVE動画ハケーンできず。
どうやらワタクシはスライドギターが好きで好きで堪らない模様。


まさかYou Tube内にフルアルバムがあるとは…




Still Climbing (1994)



4年ぶりのアルバムという事で、非常に楽しみにしていたのですが、
正直、聴いた瞬間にアレ?ってなりました。
前作でやりすぎたと反省したのか、それとも、当時シーンを席巻していたグランジ・ロックに対応する形を執ったのか、
原点回帰志向は鳴りを潜め、ゴリゴリのハードロックなアルバム。
さらに突き抜けたトムさんを期待していただけに、当時はガッカリしたものです。
悪くはないとは思うのですが、良くも悪くも普通。佳作って感じ。ワタクシは全く聴かないです、コレ。

このアルバムを最後に、シンデレラは解散してしまいます。



その後、ベスト盤が出たとか再結成したとかの情報は耳にしていたのですが、
新作を発表する事も無く、十数年を経て現在に至る訳です。

こんなに熱く語っておいて言うのも何ですが、
実際のトコロ、大ファンというほどでもなく、まあ、結構好きかな?ってレベルだったりします。

それが何故、今さらシンデレラとかいう、トム・キーファー以外どうでもいいようなバンドの事を語っているのかと言うと…

年に1度くらいの割合でしょうか?突拍子も無く、勝幸先生とシンデレラの話題になる事がありまして。
『シンデレラって今何しよっちゃろ?』みたいな。
毎回、会話の最後は、
『シンデレラげなサッサとヤメてトム・キーファーがソロでやればいいったい!』で終わります。

そんな会話を何年も繰り返してきた訳ですが、先日、Amazonを探検中に発見してしまいました。
即ポチして、首を長くして到着を待っていました。



うおおおおおおおおお! 
と、ディスプレイの前で雄叫びを上げる勝幸先生が目に浮かびます。

どうでもいいけど、ディスプレイとオスプレイって似てますね。
ニュースでオスプレイと聞くたびに、脳内で雄プレイと変換されて困ってしまいます。
押すプレイとかね。どんなプレイやねん!って関西弁でツッコミを入れてみたり。
待てよ…
オスがあるのならメスがあってもいいのではないのだろうか…?
メスプレイ…雌プレイ…
漢字に変換しただけなのに、何なのだろう、この甘く危険で淫靡な香りは…
開けてはいけない禁断の扉に触れてしまったかの様な背徳感…
何やら背筋がゾワゾワしてきま…って、俺は一体、何の話をしているのだろう?


あ、そうそう、シンデレラね。トム・キーファーね。

何かもう面倒になってきたので、駆け足で進めますわ。

公式サイト※音が出ます

方向性としては3rdアルバムに近い感じですかな。
トムさんの真骨頂、甘い曲が多めです。
シンデレラのロック・チューンが好きな人には物足りなく感じるかも知れませんが、
顔に似合わず甘い曲が大好きなワタクシは、現在ヘビロテ中。

気持ち悪い事ばっか言ってる癖に甘い曲が好きとか、
お前、ふざけんなよ!って話ですが、他人がとやかく言う権利は無いと思うの。
誰にも内緒で、夜中にこっそりシカゴとか聴いたりしてる事はここだけの秘密。








おまけ










闘病記・まとめ2

2013年05月16日 23時35分54秒 | 日常の話

それでは、5月2日(木)の続きから。


オッサン主治医の言った通り、約20分程度で救急車が到着。
モノモノしい雰囲気の中、担架で運ばれる苦笑いのワタクシ。
尚、この時の模様は勝幸先生から写真付きでブログとfacebookにて晒されました。
勿論、ワタクシに無断で。


※勝幸先生ブログより無断転載

彼のプライバシー侵害っぷりたるや、フライデーも真っ青なレベル。
訴訟モノですわ。


そんな訳で、15:30頃には吉塚にある某・病院の救命救急病棟に到着。
まさにER。ジョージ・クルーニーとか現れそうな勢い。ER、観た事無いけど。

手術や入院の事務手続きを終え、術式の説明を受けます。
全身麻酔で手術を受けるという事、腹に3箇所穴を開け、内視鏡で患部を取り除く事、
術後の痛み止めの点滴の為、予め脊髄に直接針を刺しておく事etc…

その後、術着に着替えさせられ、パンツも手術用へと交換。
手術用パンツとか言っていましたが、要はオムツですわ。
ワタクシ、その手のプレイは趣味として持ち合わせていない為、およそ38年振りのオムツ。
これを期に童心に還り、新たな趣味に目覚めました、的なオチはありません。
う、嘘じゃないぞ!バブーとか言いませんから!

あ、そうそう。
盲腸という事で、きっと皆サマ方が気になって気になって仕方がないであろう、
ワタクシのアンダーヘアー事情について話をしておかなければなりませんね。
結論から申し上げますと、パイ●ンにはなっていません。
一昔前の開腹手術ならば全剃りがデフォだったようですが、
現在は内視鏡手術が一般的になっており、チョチョイとギャランを刈り取るレベルで済みました。
まあ、盲腸の診断を受けた当初、その辺の内部事情を全く知らなかったワタクシは、
数時間後には自分がパ●パンになってしまうと信じて疑わなかった訳で、
『メジャーリーガーかよ…』なんて事を思ったりした次第でして。
いや、パイパ●とメジャーリーガーの関係性については皆サマ方には勝手にググって頂くとして…欧州サッカーとかもね。
要は、欧米では男女ともに【パイパンは嗜みだ】的な話をネットで知って文化の違いに愕然としつつも、
最近では日本でも急速に市民権を得つつある、なんて噂がまことしやかにネット上で流布されているのを見るにつけ、
『それならまあ…仕方ないか…』と、半ば諦めと言うか、気持ちが軽くなったような気がするも、
じゃあ、実際にワタクシがパイパンになってしまった際、
『欧米か!』と、ツッコミを入れてくれる人が現れるかどうか心配になり、
今さら『欧米か!』とか誰も言わんよなあ…とか絶望したり……って、俺は一体、何の話をしているのだろう?


まあそんな訳で、到着から1時間強、17:15に手術室に運ばれました。
酸素マスクから麻酔を吸引という事で、(゜益゜)←こんな顔して抵抗を試みるも、あっけなく轟沈。

目覚めたのは丁度5時間後、21:00を少し回ったトコロでした。
普通、盲腸は小指程度の大きさらしいのですが、ワタクシの盲腸は余裕の20cmオーバー、
通常の3倍程まで成長して破裂寸前、癒着も進行していたそうで、ワタクシが思っていた以上にヤヴァイ状態だったようです。

あ の ヤ ブ 医 者 …

この日は麻酔の影響か、朦朧としていた為、そのままICUにて就寝。


5月3日(金)

07:00頃起床するも、痛みの影響と体力が落ちていた事も重なってか、寝て起きてを幾度となく繰り返す。
09:00頃でしたか…
新たな主治医のヤングマンな先生が登場。
意識確認と簡単な受け答えを済ませ、心電図とカテーテルを取り外します。
この場合のカテーテルとは…
え~と、まあその、何だ…
要はチ●コの先から通した管でありまして…

え?文字フォントが小さ過ぎて見えない?

チィッ…

チ●コの先から通した管だよ!チ●コの先からな!!

チンコチンコ言わせんじゃねーよ、バカ野郎!!

実は当初、術式の説明を受けた際、麻酔ナシで In The チンコとかいう話でして、
それこそチンコが縮み上がるほど戦々恐々としたのですが、
後に、やはり麻酔ナシでは非常に激痛を伴うので…という事で、全身麻酔後に変更になりました。
冷静に考えれば、そりゃそうやろ!!って話ですわ。
何か、面白がって脅されただけのような気がして釈然としません。
ちなみに、カテーテルは勢いよく一気に引っこ抜くのですが、その瞬間は(*゜Д゜*)←こんな顔になります。

そんな、数多の辱めを乗り越え、午後からパンビョ―(一般病棟)に移りました。

新たな病室は3人部屋で、一番奥の窓際がワタクシの寝床。
ヤングマン主治医から『出来るだけ動くように』とお墨付きを頂いたので、お言葉に甘えて喫煙所に入り浸りました。

まあ、そんな感じで入院生活5日目も無事終了…

と言いたいトコロですが、此処でも爺さん×2が奏でる鼾のハーモニーに悩まされ、
誘眠剤の助けを借りる事になりました。


5月4日(土)


05:30起床。
喫煙所直行→部屋で読書→喫煙所→部屋で読書→喫煙所→部屋で読書……無限ループ。




5月5日(日)


05:30起床。
喫煙所直行→部屋で読書→喫煙所→部屋で読書→喫煙所→部屋で読書……無限ループ。



5月6日(月)


退院。


~7泊8日・盲腸の旅 完~




闘病記・まとめ

2013年05月13日 01時29分21秒 | 日常の話

う~む、イカン。
どうにもブログの放置癖が治りません。

あ、虫垂炎の方は順調に回復しております。
5月7日(火)、おかげ様で無事に退院して参りました。


入院中は『リアルタイム闘病記』と称し、携帯からテキトーに更新して来ましたが、
後から読み返して見てみると、詳細にはあまり触れておらず、
勢いだけで乗り切りました的な、何ともムズ痒いようなシリーズになってしまった為、
一連の経緯を振り返ってみようかと思います。


4月29日(月)

11:00起床。
軽く胃に違和感を覚えるも、ワタクシにとってみればまあ、よくある話。
サクロンのバッタモン的な緑色の胃薬を飲み、ダラダラとネットとかしていました。
普段なら、30分もあれば胃薬が効いて楽になるのですが、その日は全くその兆候が現れません。
『飲みすぎたかな…』と思い、前日、モノ凄く久々に買ったバーボンを見てみると…



あ~、やっちゃってますなぁ…
そういや、途中から記憶ねえしなぁ…
相変わらず懲りんなぁ…こりん星とか懐かしいなぁ…

てな事を思いながら、虎の子ウェポンのガスター10を服用。

まあ、これで大丈夫やろ…
と、安堵するも、一向に胃の違和感が治まらず。
それどころか、時間の経過と共に、キリリ…キリリ…と痛み始めました。

この頃から、5年前に患った十二指腸潰瘍の時の忌まわしい記憶が甦り、
恐ろしくなったワタクシは布団を被って寝る事にしました。

しかし、痛みは多重債務者の借金の如く膨らみ続け、
起床から6時間後、遂に我慢の限界値を超えてしまい、近所の某・総合病院に駆け込みました。


その日の当直は20代後半と思しき内科のJOY…もとい、女医。
エリート意識が強いのか、はたまた持って生まれた性格なのか、非常に高飛車な感じ。
看護師さんに指示を出す様子も、見ていてスゲー感じ悪い。
勿論、診察台のワタクシとの一問一答でも同じ対応。

ワタクシが真性ドMの患者ならば、AVも真っ青なレヴェルのご褒美 的シチュエーションな訳ですが、
悲しいかなワタクシはS。ブッちぎりのドS。終始イライラするだけでした。残念。

エコーとCTスキャンでは特に異常無しとの事。
ワタクシ、前日の夕飯から何も食べていなかったので、胃カメラでの診察を直訴したのですが、
祭日で胃カメラの技師が不在との事で、翌日に持ち越し。
この時点で38時間の絶食が確定。
そのまま入院という事になった訳ですが、痛みの原因が確定していないという事で、
抗生剤の点滴のみで、痛み止めの類いの内服薬等は処方されませんでした。
チッ、この役立たずの雌ブタ…い や 、 何 で も な い 。




4月30日(火)

朝イチで胃カメラ検診。
泣きながら胃カメラを飲み込むも、胃、十二指腸共に問題無し。
実はこの頃、既に胃の痛みはだいぶ治まっていたのですが、
その代わりに右下腹部が微妙に痛み始めており、それを主治医のオッサン先生に訴えるも華麗にスルー。

抗生剤の点滴で暫く様子を見ましょう。
食事は…取り合えず、明日までは控えましょう。


ちょっと何言ってるかよく分からないんですが、60時間の絶食が確定した事だけは理解できました。

まあ、そんなこんなで入院生活2日目が終了。


5月1日(水)

入院生活3日目。
相変わらず右下腹部に微妙な痛みを感じるものの、抗生剤が効いたのか、胃の方はほぼ完治。
この日、絶食の禁が解かれ、待望の食事。3日振りの食事。正確に言うと62時間振りの食事。
ヤター!とか思っていたのですが、朝食はお粥のみ…
ひもじい思いを乗り越え、昼食は何とか通常メニューに有り付きました。



病院食に味とか求めてはいませんが、これは衝撃的に不味かった。
どうやったらこんな不味く作れるのか、是非ともレシピを拝見したい。
もしかしたら、シェフはイギリス人なのかも知れませんね、HaHaHa。
つーか、めでたくもないのに赤飯て…
これって新手の嫌味なのでしょうか?
それとも、ワタクシが弱っているからといって、これ見よがしに喧嘩でも売っているのでしょうか?


午後になり、これまで2人部屋を1人で使用していたワタクシにルームメイトが出来ました。
何処か他所の病院から転院してきたと思しき爺さん。
この爺さんもまた、衝撃的でして。
鼾、歯軋り、寝言の三重奏。
しかも、
グゴゴゴゴォォォォ…グゴッ…………プハァ!!グゴゴゴゴォォォォ……
という、『睡眠時無呼吸症候群』というオマケつき。

まあ~、これが気になって眠れない。
ナースコールを握り締め、オロオロするワタクシ。
そんな爺さんに振り回されるも、最後は誘眠剤を貰って何とか就寝。


5月2日(木)


相変わらず右下腹部に違和感はあるものの、
抗生剤の効果なのか、特に痛いと感じる程でもなく、
翌日から4連休という事もあり、退院に向け色々と画策してみました。
と言うのも、もし仮にこの日に退院許可が下りなければ、
次の診察は連休明けという事になり、否応なく入院が4日延長されてしまうのです。

そんな訳で、点滴台を従えつつではあるものの、院内を無駄に歩き回り、
僕はもう大丈夫ですよ~。ほらほら、完治してますよ~。と、無言のアピール。
その甲斐あってか、オッサン主治医の、
午後から検査して、問題なければ退院しましょうか?という、免罪符を取り付けることに成功。

帰る気マンマンで、2度目のエコー診断に臨みました。

エコー技師)
あれから胃の痛みの方はどんな感じですか?


ワタクシ)
胃は全く痛くないですねぇ。強いて言うなら、若干、右下腹部に軽い違和感が…


技)
右下腹部?じゃあ、ちょっと見てみましょうか……ん?アレ?


ワ)
ちょ、どうしたっスか(笑)


技)
…盲腸です。


ワ)
は?


技)
いや、最初、胃が痛いって話やったけん、まさか盲腸とは…


ワ)
え?え?俺、退院できないんですか?


技)
これは…手術やなあ…


ワ)
薬で散らしたりとかは…?


技)
…無理。多分、即、手術やねww


オイ、お前、笑い事じゃねーぞ。


あまりにも衝撃的な話だった為、イマイチ思考が追い付かず、
病室で半ば呆然としていたトコロ、オッサン主治医が登場。


主)
緊急に手術できる病院を探していますので、準備して下さい。


ワ)
は?


主)
稀に盲腸で胃の痛みを訴える人が居るんですよねぇ。


ワ)
ちょ!俺、右下腹部が痛いって言いましたよね?


主)
ああ、うん。盲腸かも…って思ったけど、それにしては元気過ぎるけん、まさかね…って…
抗生剤が効いたけん、痛みが出らんかったかも知れませんねぇ。
あ、20分くらいで救急車が来ますんで。


ワ)
………


主)
あ、救急で呼んでるんで、痛そうなフリして下さいねWW





何やらスゲー嘘っぽい話です。
コイツ、また面白おかしくしようと思って大袈裟に…

とか言われそうですが、会話に関して言えばほぼ ガ チ 。
これ、マジなのですよ。
あまりにもブッ飛んだ対応であった為、未だに怒りよりも笑いが込み上げて来てどうにもならん。
事実は小説よりも奇なり。








簡潔に纏めるつもりだったのですが、
年を取ると、話はおろか、メールもブログも長くなってイカンですな。


続きは明日…
いや、明後日…?
明々後日かも…


…うん、来月までには何とか。