祈りを、うたにこめて

祈りうた(でくの坊  行かないで!)

行かないで!

 

「神さまへのジャンプ」(「道を求めて」2022年1月21日)に書いた息子のことで、もうひとつ思い出したことがある。
 年齢的にはもっと下の頃だった。息子は朝、私が出かけようとすると、玄関に走ってきて泣きじゃくった。「行かないで、行かないで!」と叫びながら。 こうして書いている今も、泣き顔と叫び声がよみがえってくる。何十年も前のことなのに。
 私は、出がけの事なので毎朝困ったのだった。息子を抱きしめて、それでも泣きやまないのを無理やり離して、外へ出ていく。駅までの自転車の時間、私も哀しい気持ちになった。
 少したって、妻と気づいた。
 息子が生まれて間もなく、私は1か月の研修で家を空けたのだった。産院から戻ってきたばかりの子どもを置いて、また、出産を終えたばかりの妻を置いて。会社の業務命令だった。
 1か月の間、帰宅したのは1度か2度、それも一晩である。
 この出来事が、息子の、―何も知らなかったはずの息子の、その心に影を落としていたのではないか。私たちはそのように分析し、納得した。
 赤ん坊の息子に産後間もない母親の心細さが伝わった。それに加えて、父親の声もない、気配もない。自分を置いて何処へ行ってしまったのか。
 当の息子は、おそらく覚えていないだろう。けれど私は、こうして覚えている。会社の仕事だったとはいえ、申し訳なかったという気持ちになる。
 その後、小学生になった息子とふたりだけで絵画展を見に出かけたり、住宅展示場へ連れていったりした。ふたりだけでだった。
 時間を取り戻すことはできないが、なんとか取り戻したい、そんな気持ちが湧いたのだと思う。

 

 

●ご訪問ありがとうございます。
センチメンタルな記憶が、このごろよみがえってきます。単身赴任や出張の多い父親は、たくさんおられるでしょう。その方々への皮肉は毛頭ありませんので、ご容赦いただければと思います。
書き終えてみると、帰宅した私にジャンプしてだきついたあの行動も、もしかしたら「行かないで!」の次の「待ってたよ!」だったのかもしれないと、ふと思いました。

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