
江戸・本所五ツ目・大島の勝智院。浅葱(あさぎ)色の空の下で、小林一茶は。。
田辺聖子さんの『ひねくれ一茶』を、折々に興味深く読んでいます。
先日に読み終わったのですが、いまだ離れがたいので、もう一度読み返そうと思っています。
最近は、良質吟味の本だけを、よくよくかみ締めながら行きつ戻りつ、楽し楽しでゆっくり読む傾向に変わってきました。
年齢相応に、スローペースが心地よくなったのでしょうか。いえたぶんに、急激に進んだ老眼のせいでありましょうね*^^*
かつては濫読の時期もありました。が、結局数をこなしましても、今となっては何も心に残っていない気がします。割とつまらないことに時間を費やしていたものですね。若気の至り?・・はい、いうほどの問題ではございません~(笑)
さて、『ひねくれ一茶』に話を戻します。
<名月や江戸の奴らが何知って>
江戸を秘かに憎しみながら、でも江戸が大好きな一茶さん。
ある日間借りしていたお寺(勝智院)の一室で、風邪っ気でぐらぐらしていますと、訪ねてきた者がおりました。
故郷・柏原村の造り酒屋「桂屋」、中村与右衛門の長男、多三郎(俳号は二竹)でした。
柏原村は昔から、ちょっとした家のあるじたちは、みんな俳諧をかじり、あそび心のゆとりを持つ地域だったようです。
独り暮らしの一茶は、ことのほか客人を喜んだのでした。しかも来てくれたのは、「気良しの二竹」。
二竹は、勝手知ったるナントカで、手早く夕餉の支度をしながら、
「土鍋は耳が欠けてるし、団扇はつぎはぎだらけ。相変わらずだなあ。新しいのを買っちゃどうだなえ」と。
「・・貧乏が芸になるのはおれだけだ、そうだろ?」と、一茶。
「ちげえね。万年床に、春になったというのにどてらにヒマもやらず。これで夏なら蚊帳吊りっぱなしで、それさえ句にしちまうんだからなえ・・。病気の時はどうなさってるのかね。かみさんがいないと、そんつら時は不自由だらず。もらわねつもりかね」
「江戸の女はきついから嫌いだよ。江戸へ来て二十五年になっても、まだ慣れねえ、江戸の女の怖さには。独り者は気楽でいい。腹が減っても、食いに出るのが面倒な時は、じっと炬燵で辛抱してる」
「こまったもんだ。着る物も困るだらず、袖口から綿がぶら下がってるでねか」
「去年の秋から着たきりだもんな<袖口は去年(こぞ)のぼろなり梅の花>。お、梅の花といえば、<梅咲くやあはれ今年も貰い餅>。。これ、この間の作だが、ちょっといいだろ」
「お、良い句だなん。。」
と、このように丁々発止。夕餉の支度ができるまで、楽しい会話が続くのです。
二竹は、稼業を弟に譲って、自らは俳諧師になりたいという希望を持っています。そのことの相談もあって、一茶を訪ねて来たのでした。
一茶は、それを諦めさせようと必死になります。
「家業にいそしめ、二竹。俳諧師になんぞなるな。お父っつあんが泣くぞ。今までにも、何度も言ってきかせたろう」
「しかし、好きなんだあ。旅から旅へ、芭蕉みてに歩いて俳諧修行をするというのが、夢なんだ、おらの」
一茶はこの若者が決して嫌いではなく、俳諧の筋も悪くないと思っています。けれど、
「夢でめしが食えるかね」
その昔、わが父親に言われたと同じ言葉を、今投げ返していると思いながら、二竹を諌めます。
「おめえ、二六庵竹阿宗匠の『其日(そのひ)ぐさ』を読んだか」
「いんや、読んでねえ。あれば貸しとくらい」
「おれは師匠の本だから、何べんもよくよく読んだ、もうおぼえちまったよ。その中に長崎の門人、崎夕(きせき)に別るる詞(ことば)、というのがある。
崎夕は竹阿宗匠の弟子になって、どこまでも旅の伴をしたいと言った。しかし宗匠は許さなんだ。三十にもならぬのに、行脚に出るのは父母も許すまい、そもそも蕉門の俳諧は第一世法だといわれる。
『今の俳諧者をみるに、真の風雅にあらず。風雅を売るの人なり。予もしばらく其徒を逃るべからず。人、恒の産なき者は恒の心なしとや。汝は汝の職をつとめて、風雅にすすむべし』・・」
二竹がふと見ると、一茶の頬には涙が流れておりました。
「聞けよ二竹、いや多三郎」
「聞いてやんす」
「竹阿宗匠は、気持ちのきれえなお方だった。ほんとうに若い者の将来(さき)を考えてくださった。
『頭陀に杖つき、山野海岸に漂白するをうらやましとて思ふべからず。これより家に帰り、父母に仕へてわが業を業とし、余力ある時、よりより風雅を心がくべし。聞かずや、俳諧は老後の楽しみなることを。
われかりそめに師弟となって、いま別るるに臨んで一章を送る。旦暮(あけくれ)、この文を読んで、わが心を弟子とすべし。とく帰れ崎夕、はや帰れ崎夕・・・』」
一茶は手の甲で泪を拭います。
「おれはなあ、ここを読むといつも泣けた。崎夕という人がどんな人か知らねえが・・。いいか、俳諧は老後の楽しみにしておけ。俳諧師で立つなんて、ろくでなしになろうというのと同じだ。余力ある時に、よりより風雅を心がくべし、だ」
「いやぁ、お師匠さんにそういわれちゃあ~、困っちまう」
と二竹は、口ほどは困った風でもなく、ケロリとしています。
「したが、お師匠さんのそばにいると面白えや。一人でしゃべって、一人で力んでるんだけも、周りは楽しくなるなあ」
血の熱い一茶は、亡師竹阿の’感動的な人生指針’を思うたび、胸に迫って泪が出てくるというのに、二竹ときたら・・自分には関係がないとばかり、一向にこたえていないのだった。
一茶は若者の顔をしげしげと見ながら、こいつは気はいい男だが、とらまえどころがないような気がする。。ぅうーむ、と唸ってしまいます。
翌朝、旅支度をして柏原へ帰る二竹を、一茶は見送りました。
「お~い、ふた親をだいじにしろよ~実の親じゃねえか~」
一茶が呼ばわると、二竹は笑い顔を見せて振りかえり、手を挙げたのでした。
<かすみゆく二タ親持ちし小菅笠> 一茶にとっては、呼吸と俳句とは同じもののようなのです。
まぁこんな感じでこの本は、信濃言葉も楽しくて、息が吹きかかるほど、活きた情景が浮んできます。またここでは、面白い言葉が出てきました。
「業俳」「遊俳」「凡俳」「取り俳」など。「取り俳」は一茶の造語のようですが。。
「業俳・ぎょうはい」と世に言うのは、俳句だけで身を立て、判者として生計を立てられる人のことだそうです。
一方「遊俳」は、きちんとした本業を持ちながら俳句に手を染め、その方面で名を上げる人を言うそうです。
次回は、江戸で一茶が最も敬愛・畏怖した’遊俳’、「家業は風月より重し」と言い切った夏目成美(せいび)を、ご紹介したいと思います。ヨロシク(o*_ _)o))ペコッ
※一茶に関わる過去記事です(参考になりますればと f(^ー^;)→ 其の一 其の二 其の三
空見さん、冗談がきついですね。
ハイカイしないよう、元気でいたいものです。
健康で歩けることが一番幸せだと思っています。
お休みなさい。
全国津々浦々、インフルが暴れまわってるようにございます。
そんな中から脱出してきました。
彼?知らん、もう!
このたびは、じっくりと一茶と二竹の会話を、しんみり落語のように聞きました。
推理小説から出られないアタクシ、
またラベル?を引き上げねばイケナイなぁと言い聞かせております。
「ひねくれ一茶」、私も読み返そうと手元に置いたままです♪
空見さんが抜粋して下さった部分も、実に泣けますね!
俳句は老後の楽しみ・・・。
あの芭蕉でさえ、俳句を生活の種にしてはいけないと言ってますものね。
あくまでも趣味で。
私は日々俳句から遠ざかっています。
今一番興味があるのは、実は川柳だったりして(ww
今日もお元気でね♪(5位でした♪)
さすがに、名作を書く肩の想像力は豊かですね。
一茶の句と一茶と二竹生涯を見るとよくできた話ですね。
一茶の句は、その生涯を知るとのユーモラスな中に寂しさを感じます。
でも、意外と思いのままに自由に生きたのかも知れないと・・・
だから素敵な句を作れたのかもしれません。
空見さんの文章もユーモアたっぷりでお上手です。
いえいえ、冗談ではないンですよ(笑)
徘徊する前に寿命が尽きると思うのですけど(私の場合はね)、、、しかし、先のことは誰も分りませんものね(゜Д゜≡゜д゜)エッ!?
>健康で歩けることが一番幸せだと思っています。
はい、今も歩いてきました。歩けない人から見れば、これもどんだけ幸せか・・ということになりますね。
ひとの行けない山に登れる山小屋さんは、たいへんな幸せ者でしょう。もっと大いに喜んでください♪
いつも愉快なコメントをありがとうございます
ご無事でお帰りでしたね~*^^*
>全国津々浦々、インフルが暴れまわってるようにございます。
血の熱いだんだんさん、新インフルも寄せ付けないパワーがありますね。ステキ!
一茶は俳句以外は不精者でね、周囲にいる者がみかねてお世話したようです。困った人だったのですね(爆)
推理小説は大好きで、一時期そればかり沢山読みましたよ。傾向なんてないのです、ただ無節操という。。f(^ー^;
コメントをありがとうございました
お引越しが迫って、お忙しいことと存じます。お手伝いにも行けず、申し訳ありません~なんてね*^^*(爆)
田辺聖子、頑張ったなぁという感じです。資料集めやら下書きなどのスタッフさんは、たぶん居られるでしょうけれどね。
>あの芭蕉でさえ、俳句を生活の種にしてはいけないと言ってますものね。あくまでも趣味で。
はい、「業俳」とか、結社(一派)を作る、なかなか難しいものなのでしょうね。政治力と経済力も必要になりますし。
その点、夏目成美は稀有の人です。師匠弟子も持たず、すべての俳人を許容し、受け入れましたものね。
川柳でも何でも、同じ575です。自分が一番楽しめれば良いと思います。川柳、短歌、俳句、無季語俳句、自由律俳句、すべて普遍的に良いものは、必ず人の心に響きますね。
応援をいつもありがとうございます。移転では、しばらくは休載になりますか?淋しいですけど、また素晴らしいのを見せてくださいますのを、楽しみにしております(^人^)
はい、二竹は、結局家業を捨ててしまったのですね。
この頃は俳諧がブームだったのでしょうか。誰も彼もが、まるで出家でもするように。。漂泊の俳人に憧れて。。
二竹は、(その後の風の便りで)江戸で、元気に地道に働いていることを、一茶は偶然知ります。会いはしませんでしたが、少しホッとしたようでした。
>一茶の句と一茶と二竹生涯を見るとよくできた話ですね。
一茶の句は、その生涯を知るとのユーモラスな中に寂しさを感じます。
でも、意外と思いのままに自由に生きたのかも知れないと・・・
信濃では、一茶は問題児なのですね。本を読みますと、よく分ります。でも、彼にも三分の理が・・(笑)今では、信濃蕎麦の宣伝マンになっていますから、許してあげてほしいと・・(゜艸゜*)
文章を褒めていただいて、ありがとうございます(^人^)できれば、読み手にあまりストレスがかからないようにと、それだけは注意しているつもりです・・さてどうでしょうかf(^ー^; コメントをありがとうございました
>「業俳」「遊俳」「凡俳」「取り俳」
なかなか・・・人間味あふれるお話でした。
やはり、普通の人間は俳人にはなれそうもありませんですね・・・。
俳諧は。。。興味深く読ませていただきました。
いつもセンス溢れる解説で人を引き込みますね~。
分からなくて言っておりますが、
一茶の句からは、何故か寂しくて切ない印象を受けていましたが、
今、一茶と二竹のやりとりが実に面白くて、
結構人生を楽しんでいたのかしら?と思えてきました。
相変わらず素晴らしいです。