砂蜥蜴と空鴉

ひきこもり はじめました

誰が為に君は書く

2004年09月08日 | ログ
「いい加減見せろよトーコ」

「ヤダ」

お決まりの問答。もう何回繰り返したんだろうか

彼女、トーコこと凪原瞳子は今日通算三回目の拒否を呆れた視線と一緒に僕にくれた

「あんたもしつこいね東山。私の作品は誰かに見せる為のものじゃないの」

続く言葉はパターンB。即ち通常モードの言い訳だ

ちなみに機嫌が悪かったり無理矢理見ようとした場合はパターンA、殺人的チョップが炸裂する

「んなコト言ったってここは創作文芸部の部室だぜ。仮にもその部員が自分の作品を同じ部員に見せないのはどうかと思うぜ」

俺の正当な理論も彼女には通じない

「私がここの部員やってんのはこの部室の景色が好きだから。それ以上でもそれ以下でもないわ」

そう言いながら彼女は学校でも有数と言われる図書館資料室からの夕景色へと目を見やる

彼女が言ってる言葉に嘘偽りはなく

本気でこの景色を見る為だけにここを部室として使用している創芸部に入ったのだから恐れ入る

「それにちゃんと文化祭には作品提出したじゃない。無問題よ」

「だからその文化祭の作品に感動したからこうしてお百度参りよろしく頼んでるんじゃないか」

そう。正直僕こと東山正行は文化祭まで彼女も彼女の作品も気にしていなかった

自分を含め15人いる部員全員が恐ろしいほどに個人主義者だし

外に貼りだされている一枚のみの宣伝ポスター曰く

『書きたいものを書けばいい』

の精神が第一のここでは各々が書くということ、それ自体を目的としていて

文化部にありがちな馴れ合いや(別に仲が悪いわけでは決してない)

作品の向上を目的とした批評などはあまり歓迎されるものではない

『もし本当に作品の持つ意味を昇華したければそれは君自身の手によるものでなければ意味がない

 確かに他人の意見を取り入れることで表現や技巧は洗練されるかもしれないがそれは君の作品ではない

 それは「君の作品」ではあるが「君だけの作品」ではなくなってしまうだろう

 別に批評やそれを受けての推敲が間違っている訳ではないよ。むしろ作品にとっては喜ばしいことだ

 だが忘れてはいけない。ひとたび世俗の言葉に耳を貸した時点で

 作品が作者と関係していた処女性は呆気なく失われてしまうことをね

 性交とは素晴らしいことだ。お互いの本質を交換し補完する

 だがね東山君。性交の素晴らしさは童貞と処女の存在価値を奪わない

 むしろ性交の持つ素晴らしさを知ったうえで愚鈍なまでに独自性を保つこと僕は決して笑わない

 君が将来的に誰かの作風を真似たり影響されたりすることは悪いことではないよ

 しかし僕は望んでいる

 君が君でしかない時にしか書けない作品を書くことをね』

僕が入部する時に部長が言った言葉を思い出す。

お陰で入部して最初に文芸誌に載せる作品は一行目を書くのも怯えていた気がする

部長の難しい言葉を聞いたばかりの僕には自分の知るどんな言葉も相応しくない気がしたし

他の先輩に助言を請うても口調や話の展開に差異はあれど最後の結論は必ずここに落ち着いた

『書きたいものを書けばいい』

最初の作品は正直自分でも失敗だと思った。世界観の縮尺、登場人物達の台詞回し、テーマ

印刷されたそれを見て酷く自分に腹が立ったのを覚えている

それから三ヶ月。

夏休みの間ひたすら自分がこれから描く世界を追求した

せめて自分が後悔しない言葉を

それだけを目標にして書いた作品は今でも悪くない出来だと思っている

それは自分が書き終えた後に充実感からも

原稿の誤字をチェックする為に読んでくれた佐藤先輩の口元だけの笑みからも伝わってきた

そう、東山正行はいい作品を書いたのだ

少なくとも他人の言葉と作品に影響されないだけの言葉を書いた

書いた、つもりだった

凪原瞳子の作品は簡潔だった

彼女はそれまで参加フリーの文芸誌には一度も投稿していなかったが

文化祭の特別文芸誌(厚さは普段の三倍である)は部員である以上全員参加が原則だ

彼女はどの程度の枚数の作品を書くか尋ねられた時に

いつも通りの何考えているのか分からない顔で言った

『私は一枚でいい』

詩篇なのか問う声に彼女は作品よと答えていつものように夕焼け鑑賞を再開した

かくして彼女は原稿用紙一枚の物語を期限ギリギリに提出し




そして僕の心にその存在を刻ませることとなった




物語の内容は大したものではなかった

風鈴と猫がお互いに一言ずつ声をかけ、そうして夏が終わっていくという

少し奇妙であるが何てことはないお話

だがその童話なのか詩なのかも判断出来ない言葉は確実に僕という存在の芯を捉えていた

格別に面白いというのではない

意外性ならもっと見るべき作品がある

だがそれを読み終えた人は多分僕と同じ不思議な昂揚感を身体に宿しただろう

それはそんな作品だった

ありふれた言葉で構成された、ありふれた世界の物語

敢えてそこに特質を求めるならそれは発想の飛躍などではない、表現の飛躍というヤツだった

知っている言葉

だがその使われ方は僕の知るカタチとはほんの少しだけ違っていて

ほんの少しだけ新鮮で見たことのない色を帯びていた

そう、それはいつか見た原記憶の風景

見ているだけでちっぽけな自分がどこまでも自由で何でも出来るみたい錯覚させたあの白い雲と青い空の心象風景




かくして僕は凪原瞳子の作り出す世界に惚れ込みこうして今日通算四回目の情報公開を要求している

「大体さぁ、小説ってのは誰かに読んで貰うために書かれるものだろ?

 小説っていう形式を取っている時点で第三者を意識してる訳だからさ」

いつだかに読んだ小説家の言葉を吐いてみる

だが彼女は苦笑して軽く首を振った

「まぁ確かにそういう考え方もあるかもしれないけどね。

 少なくとも私は誰かに見せることを目的として書いてないわ。

 まぁそれでも、誰かに見せようとして書いていると定義するならその人物はただ一人ね」

「誰だよそいつ」

「私自身よ」

「はぁ?」

「だから私自身よ。誰かの為に書くとすればそれは私以外に有り得ない。

 我が為に我は書く、よ」

夕陽を背景に詩のように言葉を唄う

「いいこと東山。創作者なんて人種はね、一人残らず自己顕示欲の塊なの

 勿論副次的な要素として『みんなを楽しませたい』とか『作品を通して世界に貢献したい』とかあるかもしれない

 けど作品の根っこには絶対に創作者自身の愉悦と欲望があんの

 『自分の世界を見て貰いたい』『自分の世界を褒めて貰いたい』『自分の世界を思う存分楽しみたい』

 そういう気持ちが形になって芸術ってヤツは生まれるのよ」

「・・・つまりお前は自分の為に書いてるから人に見せるつもりはないと」

「そゆこと」

分かったなら帰ろうよ、彼女は鞄にノートを詰めながら下校を促す

「ん。よく分かった」

「あら珍しく物分りがいいじゃない」

「別に作品を見るのを諦めた訳じゃないぞ」

「・・・あんた何も分かってないじゃないの」

「いやよく分かった。トーコは自分の為に書くんだろ

 なら俺はお前の為に書く」

「・・・は?」

「君が為に我は書く。

 いつになるかは分からねーけどさ、絶対に書くよ

 お前がみんなに自分の世界を知って貰いたくなるような、そんな作品を」

彼女は数秒硬直した後ににやりと笑う

「楽しみにしてるわよ。ま、今のあんたのレベルじゃ当分先のことだろうけどさ」

「む。どっか気に入らないトコでもあったか?文化祭のアレ、自信作なんだけど」

「まず最初の導入部の描写がさぁ・・・」

「あれは一応・・・」

「だったら先にあそこのシーン書くべきじゃない?」

「う・・・」

「大体・・・」

「ならトーコのだって・・・」

「失礼ねアレはちゃんと狙って書いた所で・・・」

初めて交わした互いの作品の話

ウチの部では批評は歓迎されていない

だけどまぁ、僕とコイツに関しては別だろうと思う

僕はこの辛口の批評家の為に世界を描くのだから

書きたいものを書けばいい

ならば書こう

僕の書きたい世界を

誰が為に君は書く

僕を一番伝えたい人の為に・・・