砂蜥蜴と空鴉

ひきこもり はじめました

♯114 自然

2006年05月28日 | ログ


空を見て上がる歓声は

隣に誰もいなくても

自然と上がる歓声だろう


潮風の中を走る自転車から

自然と作られる笑顔の形は

隣に誰がいようとも

誇って浮かぶ笑顔だろう

♯113 日本人と非日常

2006年05月23日 | ログ

朝、学校へ行く途中に誘拐の現場を目撃した。

悲鳴を上げてるのは知らない人だったので無視して通り過ぎた。

角を曲がると今度は暴行されている女の人を見つけた。

僕の知っている人だった。

これは先程のよう無視する訳にはいかない。

僕はいつものように軽く会釈をして会社へと向った。



♯112 天国

2006年05月22日 | ログ

ここは神の為した最も愚かな浪費と言われている。

あらゆるものが用意され

最高級の幸福が並べられているというのに

来場者は毎年数人しかいないからだ。



♯111 鴉からの挑戦状 (3)紙袋

2006年05月17日 | ログ
博士「最後のお題じゃな」

蜥蜴「唐突に三つのお題を出して貰い何か書く・・・よくあるネタだ」

博士「じゃが」

蜥蜴「・・・・最後のお題が『紙袋』」

博士「かみぶくろ」

蜥蜴「一体この日本で何人の人間が紙袋について語れるだろう」

博士「いっそ『人類滅亡と足し算を愛する病院』とかの方がまだ書けるわい」

蜥蜴「マジかよ」

博士「ギガマジ」

蜥蜴「無駄に強調するなよ。そして嘘をつくな。・・・・しかしこれは困ったぞ。ギガマジで」

博士「これはもう無理かも分からんね」

蜥蜴「・・・・銀行強盗ってさ」

博士「うん?」

蜥蜴「たまに被るよな、紙袋」

博士「あー・・・・そうね」

蜥蜴「・・・・」

博士「・・・・」

蜥蜴「お題達成!!」

博士「えー!!」


(暗転)



※このハイセンスな文章に満足できない方々は紙袋でグーグル検索し
 1ページ目に表示される
 「血も涙もない紙袋」をクリックしてみましょう。
 ちょっとしたブラックユーモアに出会えます。

♯110 鴉からの挑戦状 (2)裏の裏の裏

2006年05月17日 | ログ

男「娘さんを下さい!!」

(遺産目当てだとバレませんように・・・・)

父「ふざけるな!!お前のような男に娘はやれん!!」

(うわ言い切っちゃったよ・・・・どうしよぅ・・・逆ギレされて殴られないかな)

娘「お父さん・・・・」

(あれ・・・・しまった、ここ隣の家だ。お父さんとか言っちゃったー!!)


暗転

(一瞬話としてオチてるように見えるけど全くオチてない事に気づく人はいるまい)


♯107 無題

2006年05月15日 | ログ

言葉は死んだ

僕らは知った

手紙に引かれた赤い検閲線で知った

僕らは叫んだ

言葉の死を嘆いた

けれどやがて知った

この叫びも

やがて歴史書から消されることを

そうして僕らは

遠くまで届く声を捨てた

一晩の嗚咽と引き換えに


            「いつか嘘と呼ばれる真実」

♯105 横浜

2006年05月07日 | ログ

ゴールデンウィーク最終日だからなのかは知りませんが

家族で横浜に出かけました。

中華街で海老炒飯を食べ午後は人体の不思議展へ

そのまま帰りに映画でも見ようと思うも未曾有の混雑。

ヤマダ電機へ寄り臨終5分前のモニターの後継機を購入し

帰途につく。

そんな一日。

何がすごいって文章に書く気になれる程度に「何かありました」って日が

すごい久しぶりって事ですよ。

どうみてもダメ爬虫類です。本当にありがとうございました。




♯104 剣と筆と

2006年05月07日 | ログ

言葉だろうが武力だろうが

相手を圧しうるのに力が必要なのは明白であり

君らは君らの手の内にある

剣と銃とミサイルに対抗しうる言葉を持つのかね。

私は知らない。私は持たない。私は信じない。

故に剣と銃とミサイルを手に言葉は最小限に済ませよう。

従え、と。


♯102 手加減

2006年05月04日 | ログ

昨日は祖父の快気祝いで小学生の従兄弟と遊んだんですが

ちゃんと手加減しろコール。

正直手を抜いてるんですが。

というか攻撃して落とすゲームで攻撃しない以上のハンデを知りません。


♯101 思想部族会議制度

2006年05月01日 | ログ

存在しない政治体制の一種。

思想の論理的完成度や現実への対応性の有無による自然淘汰を否定し

常に全ての思想信仰の値を均等にする事を目的にしている。

各家系は自己の思考によって思想を選択することなく

システム誕生時に決定された自身の家系の思想カラーに従って生きる。

没個人的な体制ではあるが

特徴である「あらゆる意思決定の際に常にあらゆる思想で選択肢が与えられる」点は

近年、政治学者達から注目されている。

例えば資本主義制度下で生活する人々の間ではその体制下での研究は進むが

その他の、共産主義的な思想から派生する発想や方法論は生まれにくい。

しかし思想部族会議制度では各部族は部族内で育まれた論理や発想を

全体である国に提供する事が出来、しかも机上論理ではなく

実地に基いたデータも同時に提供できる。

無論、人権や思想の自由という概念が広まった現在では実地する事は極めて難しいが

より小規模なコミニティを建設し

その内部で集められた情報を国家が利用する戦略には若干の可能性がある。