「獣の棺桶」
柱から柱へと影は完全に消音化した動きで飛び移る。
その動きは俊敏にして安定性を持った隠行の業。
アサシンのサーヴァント、「否」アサシン、ハサン=サーバッハはこのビルをまるで自らの巣とも言える動きで攻略していく。
彼の曲芸めいた動きは決して無駄ではない。
( クク・・・水陣とは粋な罠を仕掛けおる)
彼が地面に足を着けぬ歩法を用いているのは単純。
地面に自然な感覚で引かれた水にある。
その正体を知らねばこの水に浸された空間は水道管の故障か
あるいは、前衛芸術の試みとに思われただろう。
十重、二十重に無造作に見せ掛け張られた水は、単純だがそれ故に確実な索敵装置となる。
仕掛けには魔術的素養など不要。
元よりこの陣は外敵が侵入した時に起きる振動から起きる「波紋」を見る。
通常の結界を苦もなく侵入可能な自分にとっては一番厄介なタイプのトラップだ。
( だが・・・流石に我が動きまでは範疇の外だと見える)
飛び移る際の衝撃を完璧に殺し、ハサンは「獲物」へと着実に近づいていく。
その動きはまるでこの移動の為だけに特化した肉体を持つがよう。
爆発的な加速力を持つランサーでは衝撃を殺しきれず
浮遊魔術などを使用可能なキャスターでは対象に感知される。
暗殺者のみが持ちうる神業だ。
ハサンの足が止まる。
抜き出た鉄パイプに足を絡ませだらりと宙吊りの体勢となる。
視線には無防備な姿で一人佇む「獲物」
ジュルリ・・・。
涎を飲み込む。良質だ。
全身に張り巡らされた魔術回路。
魔力が心臓にのみ特化して流れているのは妙だが、この場合はそれが上手に運ぶ。
(それでは・・・「食事」としよう!!)
空気が爆ぜる。
影と同化していた存在を浮き彫らせ、八対のダークを投擲。
魔術師が動く。遅い。反応速度から直接戦闘系ではないと判断する。
ますます上手い。「肉は」「柔らかそうだ」
魔術師は身体を無理矢理に捻りダークを避ける。
判断力は適切。故に積み。
妄想心音。
投擲と同時に着地した我が身は絶対無比の呪詛を腕に乗せる。
伸びる死神の腕。連続回避は不能。
あっさりと多重存在となる心臓が出現し・・・・
グシャリ。
容赦という間も与えずに潰す。
浮かぶ愉悦。しかしその喜色は次の一言で打ち消される。
「随分と派手な登場だなアサシン」
「・・・・馬鹿な・・・妄想心音は確実に貴様の心臓を砕いたはず」
「多重存在の複製による暗殺、妄想心音は『同一の存在』を破壊することで真作である本体の心臓を砕く
故に作成される擬似心臓の存在係数を数点変更するだけで『単なる心臓の贋作』へと落ちぶれる」
魔術師は方位陣より大型のラックケースを取り出し、無造作に構える。
「不愉快だなアサシン。俺が今回の聖杯戦争の参加者でないことは諜報を得意とする貴様ならとうに承知のはず。
それとも・・・貴様のマスターは無差別に人を襲えとでも令呪を使ったのか?」
冷たい声音で問いかける男。
人を超えし、サーヴァントの登場にも驚いた様子はない。
「クク・・・・マスター?令呪?鋭いようで浅い観察眼だな魔術師殿」
「・・・何だと?」
「そう難しい話ではないさ・・・ククク・・・・」
笑みと共に暗殺者は腕をまくる。
左腕。妄想心音を放つ呪腕とは逆の手を。
そこには紅く輝くは紛れもない魔術刻印。
「・・・・そうか、アサシン。貴様、マスターを「喰った」のだな」
「御名答」
本来サーヴァントは主たるマスターを失えば現界することは不可能になる。
そう、「本来は」
「我が血肉は主とあり、彼の心臓は我となり、我が魂はあの愚かな魔術師と共にある。
分かるか若き魔術師よ。我は彼と同一の存在となったのだ。最早この身は貴君と同じ生身のモノだ」
「ならば重ねて問う。何故俺に戦いを挑む」
「ク。先の言葉と矛盾はするが、我は生身でありながら英霊たる不安定な存在・・・・「餌」はいくらでも必要なのだよっ!!」
ダークが複雑かつ複数の軌道を描き魔術師に殺到する。
先の妄想心音の、布石としての一撃ではない。全力の一投。
だが・・・
「白痴が。相手を見てものを言えッ!!!」
魔術師はケースを盾にし、躊躇なく間合いを詰める。傾くケース。その矛先が自らを狙う。
( 用途不明、効果不明。魔術武装に対し過小評価は危険。接近から近接武器と判断)
一瞬で複数の判断材料を同時に処理し飛びのく。
だがそれすらも「予測」の内。
「―――Open」
ケースの魔術が発動する。現れしは七つの獣。
実体のない、「象徴」としての獣性だ。
自身の判断で開いた間合いはこの狩人達にとって絶好の射程で召喚された。
(まさか、此方が下がるのを計算に入れていただと!?)
有り得ぬ。
環境と敵の状態を正確に把握し最適の行動選択を最小の思考時間で実行する。
それこそが「人間<アマチュア>」と「英雄<プロ>」の決定的な差。
故にこの男は例外中の例外。
何故なら。
その瞬間計算こそ、この魔術師の持つ特化した才能なのだから。
「―――Comand」
二の句が繋がれた瞬間、ハサンの姿が掻き消える。
敏捷性Aを誇る体躯が全力で離脱に走る。
勝機の薄い戦いなど不要。暗殺者は絶対確実の殺戮を基本する。
しかし・・・
「ガッ――!!?」
逃がさぬと獣は左腕を咬みつける。
信じられぬ速度。不愚の猟犬に匹敵する速度をなぜこの程度のアーティファクトが・・・
「この、水――か」
「御明察。まさかビルを隈なく覆ったこの流水の陣を「単なる索敵装置」とでも思ったかアサシン?」
魔術師の当然のような笑みに、ハサンは人知れず戦慄する。
アリエナイ。アリエナイ。
この半端な警戒態勢も。この襲撃も。この戦況も。
ソノスベテガエンシュツニスギナカッタトイウノカ!?
ファルテシアの狼は水を渡る。
存在理念である概念核は「川渡り」
地に走る水の上ならばその敏捷と追跡能力はサーヴァントに匹敵しうる。
躊躇は一瞬。
アサシンは全身の気流を捕食された左腕に集中させ・・・
ザクンッ!!
迷う暇なく切り落とした!!
「・・・やれやれ。戦果は左腕一本・・・・かっ・・・」
どさっ、と倒れる。集中の糸は切れた。
体力は限界だ。
最初に三本、二撃で七本のダークが自身の身体を貫通している。
ヤツが逃げを打たなければ死んでいたのはこちらの方だったろう。
この身は空牙やレンのような自らの肉体を武器とする形式(タイプ)の魔術師ではない。
万全の準備と最善の計算をもってしても、無傷で英霊を倒すことは出来ない。
傷を乱暴に手当てしながら、鉄球で殴られたかのような頭の痛みを我慢する。
「読込」を三回、「書込」を一回。
肉体的、魔術的にも限界も限界の状態。
「・・・・とはいえ。まだ倒れる訳にはいかないな」
足元の魔方陣を見やる。
緊急時の脱出用にした転送系魔方陣。
「ハードだねぇ・・・」
暗殺者の隻腕を片手にし、下典十三位、ダイ=マクスウェルは瞳を閉じ、そして笑った。
柱から柱へと影は完全に消音化した動きで飛び移る。
その動きは俊敏にして安定性を持った隠行の業。
アサシンのサーヴァント、「否」アサシン、ハサン=サーバッハはこのビルをまるで自らの巣とも言える動きで攻略していく。
彼の曲芸めいた動きは決して無駄ではない。
( クク・・・水陣とは粋な罠を仕掛けおる)
彼が地面に足を着けぬ歩法を用いているのは単純。
地面に自然な感覚で引かれた水にある。
その正体を知らねばこの水に浸された空間は水道管の故障か
あるいは、前衛芸術の試みとに思われただろう。
十重、二十重に無造作に見せ掛け張られた水は、単純だがそれ故に確実な索敵装置となる。
仕掛けには魔術的素養など不要。
元よりこの陣は外敵が侵入した時に起きる振動から起きる「波紋」を見る。
通常の結界を苦もなく侵入可能な自分にとっては一番厄介なタイプのトラップだ。
( だが・・・流石に我が動きまでは範疇の外だと見える)
飛び移る際の衝撃を完璧に殺し、ハサンは「獲物」へと着実に近づいていく。
その動きはまるでこの移動の為だけに特化した肉体を持つがよう。
爆発的な加速力を持つランサーでは衝撃を殺しきれず
浮遊魔術などを使用可能なキャスターでは対象に感知される。
暗殺者のみが持ちうる神業だ。
ハサンの足が止まる。
抜き出た鉄パイプに足を絡ませだらりと宙吊りの体勢となる。
視線には無防備な姿で一人佇む「獲物」
ジュルリ・・・。
涎を飲み込む。良質だ。
全身に張り巡らされた魔術回路。
魔力が心臓にのみ特化して流れているのは妙だが、この場合はそれが上手に運ぶ。
(それでは・・・「食事」としよう!!)
空気が爆ぜる。
影と同化していた存在を浮き彫らせ、八対のダークを投擲。
魔術師が動く。遅い。反応速度から直接戦闘系ではないと判断する。
ますます上手い。「肉は」「柔らかそうだ」
魔術師は身体を無理矢理に捻りダークを避ける。
判断力は適切。故に積み。
妄想心音。
投擲と同時に着地した我が身は絶対無比の呪詛を腕に乗せる。
伸びる死神の腕。連続回避は不能。
あっさりと多重存在となる心臓が出現し・・・・
グシャリ。
容赦という間も与えずに潰す。
浮かぶ愉悦。しかしその喜色は次の一言で打ち消される。
「随分と派手な登場だなアサシン」
「・・・・馬鹿な・・・妄想心音は確実に貴様の心臓を砕いたはず」
「多重存在の複製による暗殺、妄想心音は『同一の存在』を破壊することで真作である本体の心臓を砕く
故に作成される擬似心臓の存在係数を数点変更するだけで『単なる心臓の贋作』へと落ちぶれる」
魔術師は方位陣より大型のラックケースを取り出し、無造作に構える。
「不愉快だなアサシン。俺が今回の聖杯戦争の参加者でないことは諜報を得意とする貴様ならとうに承知のはず。
それとも・・・貴様のマスターは無差別に人を襲えとでも令呪を使ったのか?」
冷たい声音で問いかける男。
人を超えし、サーヴァントの登場にも驚いた様子はない。
「クク・・・・マスター?令呪?鋭いようで浅い観察眼だな魔術師殿」
「・・・何だと?」
「そう難しい話ではないさ・・・ククク・・・・」
笑みと共に暗殺者は腕をまくる。
左腕。妄想心音を放つ呪腕とは逆の手を。
そこには紅く輝くは紛れもない魔術刻印。
「・・・・そうか、アサシン。貴様、マスターを「喰った」のだな」
「御名答」
本来サーヴァントは主たるマスターを失えば現界することは不可能になる。
そう、「本来は」
「我が血肉は主とあり、彼の心臓は我となり、我が魂はあの愚かな魔術師と共にある。
分かるか若き魔術師よ。我は彼と同一の存在となったのだ。最早この身は貴君と同じ生身のモノだ」
「ならば重ねて問う。何故俺に戦いを挑む」
「ク。先の言葉と矛盾はするが、我は生身でありながら英霊たる不安定な存在・・・・「餌」はいくらでも必要なのだよっ!!」
ダークが複雑かつ複数の軌道を描き魔術師に殺到する。
先の妄想心音の、布石としての一撃ではない。全力の一投。
だが・・・
「白痴が。相手を見てものを言えッ!!!」
魔術師はケースを盾にし、躊躇なく間合いを詰める。傾くケース。その矛先が自らを狙う。
( 用途不明、効果不明。魔術武装に対し過小評価は危険。接近から近接武器と判断)
一瞬で複数の判断材料を同時に処理し飛びのく。
だがそれすらも「予測」の内。
「―――Open」
ケースの魔術が発動する。現れしは七つの獣。
実体のない、「象徴」としての獣性だ。
自身の判断で開いた間合いはこの狩人達にとって絶好の射程で召喚された。
(まさか、此方が下がるのを計算に入れていただと!?)
有り得ぬ。
環境と敵の状態を正確に把握し最適の行動選択を最小の思考時間で実行する。
それこそが「人間<アマチュア>」と「英雄<プロ>」の決定的な差。
故にこの男は例外中の例外。
何故なら。
その瞬間計算こそ、この魔術師の持つ特化した才能なのだから。
「―――Comand」
二の句が繋がれた瞬間、ハサンの姿が掻き消える。
敏捷性Aを誇る体躯が全力で離脱に走る。
勝機の薄い戦いなど不要。暗殺者は絶対確実の殺戮を基本する。
しかし・・・
「ガッ――!!?」
逃がさぬと獣は左腕を咬みつける。
信じられぬ速度。不愚の猟犬に匹敵する速度をなぜこの程度のアーティファクトが・・・
「この、水――か」
「御明察。まさかビルを隈なく覆ったこの流水の陣を「単なる索敵装置」とでも思ったかアサシン?」
魔術師の当然のような笑みに、ハサンは人知れず戦慄する。
アリエナイ。アリエナイ。
この半端な警戒態勢も。この襲撃も。この戦況も。
ソノスベテガエンシュツニスギナカッタトイウノカ!?
ファルテシアの狼は水を渡る。
存在理念である概念核は「川渡り」
地に走る水の上ならばその敏捷と追跡能力はサーヴァントに匹敵しうる。
躊躇は一瞬。
アサシンは全身の気流を捕食された左腕に集中させ・・・
ザクンッ!!
迷う暇なく切り落とした!!
「・・・やれやれ。戦果は左腕一本・・・・かっ・・・」
どさっ、と倒れる。集中の糸は切れた。
体力は限界だ。
最初に三本、二撃で七本のダークが自身の身体を貫通している。
ヤツが逃げを打たなければ死んでいたのはこちらの方だったろう。
この身は空牙やレンのような自らの肉体を武器とする形式(タイプ)の魔術師ではない。
万全の準備と最善の計算をもってしても、無傷で英霊を倒すことは出来ない。
傷を乱暴に手当てしながら、鉄球で殴られたかのような頭の痛みを我慢する。
「読込」を三回、「書込」を一回。
肉体的、魔術的にも限界も限界の状態。
「・・・・とはいえ。まだ倒れる訳にはいかないな」
足元の魔方陣を見やる。
緊急時の脱出用にした転送系魔方陣。
「ハードだねぇ・・・」
暗殺者の隻腕を片手にし、下典十三位、ダイ=マクスウェルは瞳を閉じ、そして笑った。