本来の宗教は肉体の中に入った霊即ち人間が、もといた世界のことを
忘れてしまったり、否定したりしないように
神仏が自分の代理人を遣わして、人間に教えをといたものです
その代理人が釈尊であり、キリストでありマホメットだったりします
それぞれの宗教の信者はそれぞれの教祖を最高神だと思っていますが
それは違います
釈尊やキリストやマホメットからみて、神と思われる存在がいます
その存在はもはや人間の形として認識することはできませんが
しかし、意思や考えがあることは間違いありません
とはいえ、私たち人間がもはや形態の概念をこえた神を信仰するのは
抽象的すぎて現実的ではないでしょう
かなり悟りが高い人が言う言葉に
「自分は神は信じているが特定の神は信じない、その特定の神の上の神を信仰している」
というものがあります
これは真実をついているようですが
反面、自分の優秀性を暗に示していますし
神から見た神を人間が信仰するなど、身分不相応というか立場をわきまえない言葉です
釈尊やキリストでさえ、私たちからみれば、遠く足元にも及ばない神仏なのです
彼らが信仰していた神を自分も信じるということは
自分を釈尊やキリストと同列においているということに気づくべきでしょう
仏教やキリスト教は誕生から2000年以上も経過し
科学の進歩した現在ではあまり影響力を持たなくなってしまいましたが
そこを悪魔たちはうまく利用して邪教をたくさん作ってきました
そして、過去世間を騒がせましたし将来も騒がせるでしょう
今回は前回に続き、宗教の注意点を
主に将来出会うであろう言葉を中心に述べてみたいと思います
注意を要する言葉 1
「あなたは選ばれた魂です」
この言葉は人を勧誘するときに邪教が良く使う言葉です
この言葉を発せられたのに、勧誘を断るのは、自分で
自分は選ばれた魂ではないといっていることになるので
つい、勧誘に応じることがあります
この言葉は正しい宗教でも使われます
特に、優秀な人間を自分たちの組織に転職(就職)させるためによく使われます
この言葉が幹部たちによって、安易に使われると
宗教家として生きる予定の人にはよいのですが
そうではなく、宗教的に生きる予定の人に使われると軽はずみな転職を招きます
そして、その軽はずみな転職を理解できない
あるいは許せない家族との間に葛藤を生みます
転職を躊躇している相手に発せられる言葉に
「あなたは、そんな仕事をするために生まれてきたのではありません」
というものもあります
これは、かなりインパクトがある言葉で、この言葉で決心する人もいます
注意を要する言葉 2
「あなたは今、試されています」
これは邪教が信者に資財を提供させる時に使う典型的なセリフです
これを言われると、資財を提供することを渋ることや拒否することが
自分で自分を否定するような感覚に陥り、つい資財を提供してしまいます
「私は、’試し’に合格した」
と、自分で自分に言い聞かせ、周囲もそれを祝福します
邪教では、女性に性的行為をさせる時にもこのセリフは使われます
なぜ、あんな不細工な男と関係がもてたのかと不思議がる人がいますが
この言葉に彼女たちは抗しきれなかったというのが実態です
さらに、犯罪を行なわせる時にもこの言葉は使われます
「ポア」という殺人行為をさせるときも、この言葉は使われました
「あなたは今、試されています」は正しい宗教でも使われます
資財を提供させる時には普通に使われます
この点において邪教と全く同じです
違うのは、本当に試されているということです
つまり、今回の人生において、自分の財産を正しい宗教に提供し、功徳をつむ
執着をたつということが予定されているのが本当のことであるということです
ですから、ここで本人が世間常識に負けて資財提供を拒否すれば
守護霊はかなり落胆することになります
ですが、実際はこの言葉は安易に多用されすぎて
信者にその宗教に不信を抱かせていることもなきにしもあらずです
また、予定外の転職や離婚、家族崩壊を招いている原因ともなっています
正しい宗教において活動している人は安易に
「あなたは、この教えを取るのか、伴侶をとるのか、今、試されています」
と言ってはなりません
もし、的外れの人にこの言葉を発したために
その人が離婚して不幸になり、将来
「自分が不幸になったのは、あの時のあいつの言葉のせいだ」
と思われてもしようがないということを認識すべきでしょう
自分としては、良いことを言ったと思っていても
実は適切でないことを言っており人を不幸にしていたことが少なからずあるのです
今日は2つの注意を要する言葉について述べました
今日のことを認識しておくことは、あなたの人生のどこかで役立つことがあるかもしれません