今日は梅雨の晴れ間でいい天気になりました。写真はベランダから見える六甲山と午後4時半の空です。沖縄戦から62年「慰霊の日」に寄せて、父の思い出話を一つ、大正7年生まれの父は20歳~30歳の人生で一番いい時期10年間をお国の為に戦争に行きました。待っている奥さん、子供の為に必ず帰ると写真を身に付けている戦友が、次々に命を落とし、僕のように両親の居ない誰も待っていない者が生きて帰るなんて・・・と、戦争の無意味さや無常をよく話してくれました。憲法改正が叫ばれている昨今、先人達が大きな犠牲を払って日本を守って、今が有る事を真剣に考えて欲しいと思います。海外支援も大切ですが・・・国民の命はもっと大切です。難しい問題です。すると、息子が、「軸はぶれたらアカン!」これが、私の子育ての源。「だから、違憲であろうが、それに沿う範囲にしとかないと又、ドンドン変わっていくから・・・知らない内に戦争に巻き込まれるかも?」と言われ「負うた子に教えられて・・・」と、感じてしまいました。経済大国になったけれど・・・日本の行方は・・・大きな問題です。「平和の礎」の意味をそれぞれに考えたいもんですね。cyicyikatsuko
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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)
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- うちの父も満州事変から太平洋戦争まで。もっと多... (Jullymamasilver)
- 2007-06-23 21:24:04
- うちの父も満州事変から太平洋戦争まで。もっと多くの話を聞いておくべきだったと懐かしく父を思い出しています。
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- 子どもの頃、どうして戦争に向かうのを止められな... (さつき)
- 2007-06-23 23:09:48
- 子どもの頃、どうして戦争に向かうのを止められなかったのかと不思議でした。今、私達にその決定権が委ねられているのだということを肝に銘じて、本質を見失わないようにしないとね。
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