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私の音楽 & オーディオ遍歴

お気に入りアーティストや出会った音楽、使用しているオーディオ機器を紹介します(本棚8)。

MP3で聴く「姫神」

2013年08月20日 |  My Favorite Artist
 購入したのはロシア製のMP3-CDでデビュー当時から近年のアルバムを網羅しています。
 私が「姫神」を聴き始めたのは大学に入った頃(今から30年前)。
 当時は「姫神せんせいしょん」と名乗っていました。

 日本のふるさとの音をシンセサイザーで綴った斬新な音楽で、「奥の細道」「姫神」「遠野」はレコードをカセットテープにダビングしてウォークマンで繰り返し聴いたものです。
 初期の作品は東北の素朴な自然を音楽で表現したものでしたが、名前が「姫神」に変わってからはドラマチックな展開になり、なんとなく離れてしまいました。つまり、私がリアルタイムで聴いて過ごしたのは1980年代前半ですね。

 当時私は「民俗研究部」なるものに属し、夏休みに村々へ出かけてフィールドワークを行い、わずかに残されている昔の生活の記録を冊子にまとめるという作業をしていた時期。
 現代に生きながら、古へに想いを馳せるという共通するスタンスにどっぷりはまったのでした。
 そうそう、下宿の隣に住んでいた女の子が遠野出身だったことも影響したのかもしれません。
 聴いていると、あの四畳半で過ごした青春の日々が甦るようです。

<YouTube>
舞鳥
見上げれば花びら
青らむ雪のうつろの中へ
光の日々

遠い日、風はあおあお
空の遠くの白い火
月あかりの砂のなかに
鳥居

★ 有名になってからの曲
海道を行く
神々の詩・・・これが一番有名でしょうか

★ ライブ映像つき
時を見つめて
光の日々
風の旅
月の明かりはしみわたり

 YouTubeで聴いて気に入った方は、ぜひCD(あればハイレゾ音源)を購入し、それなりのオーディオシステムで聴いて欲しいと思います。
 シンセサイザーの音ははじめからデジタルですから、数十年前の音も一点の曇りなくクリアに再生されます。
 中坊だった35年前に聴き倒した冨田勲さんの「惑星」を現在のシステムで聴いたときの感動といったらもう・・・。

「Duet 」by Tony Bennett

2013年04月28日 |  My Favorite Artist
 WOWWOWで放映したものを視聴しました(実は2回目)。
 若い頃から「ベルベット・ヴォイス」で鳴らしたジャズシンガー、トニー・ベネット
 御年85歳で作成したアルバムの録音風景をドキュメンタリー化した番組です。
 いろいろなシンガーとの共演が次々出てくるので、ワクワクドキドキしながら見聞きしていたらあっという間に1時間半が過ぎてしまいました。

 トニーは若い頃と比べて声のなめらかさは落ちたものの、ほどよく枯れた喉は渋さを増して魅力的です。
 語るように歌い、しかもなめらか、ときにパーカッシブ、しかしサビの部分はキチンと高音が伸びるのが驚異的です。

 何よりもそのステージ・マナーが紳士的で、共演者に気遣いリラックスさせる能力はピカイチとプロデューサーのフィル・ラモーンがコメントしていました。
 トニーの優しさに包まれる心地よさを感じながら、ベスト・パフォーマンスを引き出してもらい共演を感謝しているシンガーの多いこと多いこと。

 特に記憶に残ったシンガーは・・・

ノラ・ジョーンズ:トニーの枯れた声とノラのとろけるような声がブレンドされ、得も言われぬ甘い時間がそこに。

レディー・ガガ:たった一曲でも「ショー」にしてしまう彼女の天性のエンターテインメント振りが発揮されました。

アレサ・フランクリン:ソウルの大御所アレサの溢れ出るような声と、喉を鳴らすようなトニーの声の対比が絶妙で、しかし最後のサビの部分で魅せた素晴らしいハーモニーは圧巻です。アレサも「これは歴史的な歌唱」とコメント。

 こんな極上の音楽空間を造り出せるアーティストはなかなかいません。
 「Duet 」でトニーは85歳にしてBillboard 200で自身初の初登場1位を獲得したそうです。
 歳とともに衰えるシンガーの多い中、よほど体調管理に気を使っているのでしょうね。

★ 前作「Duet」はこちら。

秋の夜長に聴きたい曲

2012年10月11日 |  My Favorite Artist
 秋になると聴きたくなる曲がいくつかあります。

 まず、有名なところではオフコースの「秋の気配」。
 数ある彼らの楽曲の中で、私の一番のお気に入りです。

 それから、知る人ぞ知る大貫妙子の名曲「黄昏れ」。
 1978年発表の「ミニヨン」というアルバムに収められています。
 大学生の時、FM放送でニューミュージック特集「黄昏のワンシーン」という番組をエアーチェックしたものに入っていました。
 落ち葉を踏みしめながら、抑制の効いた曲調で別れを語る大人の恋愛に少し憧れました。バックの弦が効果的で、ヨーロッパ的な不思議な雰囲気を醸し出しています。
 すごく気に入って、カセットテープをウォークマンで繰り返して聴いたものでした。
 もう30年前になるのですねえ・・・光陰矢のごとし。

 その番組の中で、もう一つ忘れられない曲があります。
 上田知華の「ラプソディー・イン・ブルー」。
 語るように自由に歌う曲調がとても新鮮でした。CDを探してもなかなか見つからず、ふと思いついて YouTube で検索したらあっけなく見つかりました。

 一方「なんじゃこりゃ?」という曲もありました。
 NSPの「夕暮れ時は寂しそう」がそれ。
 軟弱すぎる歌詞、でも彼らの代表曲の一つらしい。

 昔、山寺で撮影した落ち葉の動画もどうぞご覧ください。落ち葉の音が聞こえる貴重な体験でした。

MP3で聴く「スティーリー・ダン」

2012年03月30日 |  My Favorite Artist
 ロシア製のMP3ディスクを入手しました。スティーリー・ダンの曲が80曲以上入っています。
 毎日の通勤の約40分間、約2週間かけてカーステレオで最後まで聴き続けました。

 スティーリー・ダンの曲の特徴は、妥協のない硬質でストイックなサウンドです。
 彼らのビデオを見たことがありますが、マニアックなほど緻密な音楽を追求しています。
 その証拠に、音源のリマスターやSACDが出るたびに「本来目指した音が聴ける」と話題になります。

 私が持つイメージは・・・

  自然環境より都市環境。
  木造より鉄筋コンクリート。
  ピュアモルツよりアサヒ・スーパードライ。
  鉛筆で云えば、HBより2H。


 決して嫌いではないのですが、好きというわけでもありません。
 中性的で「色」や「ぬくもり」「うるおい」が無いのですよねえ。

 今回、そのサウンドにどっぷりつかっても、やはりイメージは変わりませんでした。
 合わないのは趣向なのか、年齢によるものなのか・・・。

ホイットニー・ヒューストンの訃報

2012年02月13日 |  My Favorite Artist
 一瞬、耳を疑いました。
 ホイットニーが死んだ!?

 彼女がデビューした当時のことをよく覚えています。
 歌手デビューは1985年(実はモデルとして既にデビューを果たしていた)、私は青春まっただ中の大学生でした。


デビューアルバム「そよ風の贈り物」

 当時小林克也氏による「ベストヒットUSA」を欠かさずに見てアメリカンチャートを追っていた私は、ホイットニーのデビューに衝撃を受けました。
 ゴスペルをベースとしたソウルフルで伸びのある、かつ透明感のある歌声、そして抜群のルックス。
 早速、街のレコード店でレコードを購入(CDではありません)しました。
 これはブレイクすると確信し、友達に「ねえねえ、この歌手すごいよ!」と宣伝(?)して回った記憶があります。予想通り、あっという間に人気と名声を獲得しました。
 その後、映画「ボディガード」にヒロインとして出演しさらに人気を博しました。

 彼女のお母さんはゴスペル歌手のシシー・ヒューストン。独特の歌い回しは母親譲りだそうです。母娘のデュエット・アルバムも発売されています。
 下記記事で湯川れい子さんは「ダイアナ・ロス~ホイットニー・ヒューストン~ビヨンセ」ラインに言及していますが、私はダイアナとホイットニーの間に知性派ソウルのロバータ・フラックを入れたいですね。

 有名になってから生活が乱れて、近年は大麻所持で逮捕されたり奇行が目立ったようです。
 名声に潰された一人かも知れません。

 実は彼女と私は同じ年で、誕生日も1ヶ月しか違わない。
 歌手で大成して幸せだったのでしょうか・・・違う人生もあったのになあ、などと考えてしまいます。

ホイットニー・ヒューストンさん急死 48歳
(2012.2.13:スポニチ)
 グラミー賞を6度受賞した米歌手ホイットニー・ヒューストンさんがロサンゼルスのホテルで倒れているのを発見され、11日午後3時55分(日本時間12日午前8時55分)死亡が確認された。48歳だった。死因は不明。主演映画「ボディガード」の主題歌など大ヒット作を連発する一方、最近は薬物依存が伝えられていた。第54回グラミー賞の授賞式前日の悲劇。式で追悼コーナーを設けることも急きょ決まった。
 ホイットニーさんが倒れていたのは、ビバリーヒルズにあるビバリー・ヒルトンホテルの客室。発見したのはくしくも、自身のボディーガードだった。地元警察は「事件性はない」と発表した。
 ホイットニーさんは、きょう12日(日本時間13日)にロサンゼルスで行われるグラミー賞授賞式に合わせて現地入り。記念パーティーなどに出席する予定だった。ここ数日はホテルのプールでくつろぐ姿が目撃され、9日にはハリウッドのクラブでステージに飛び入りし歌声を披露していた。
 歌姫の急死に音楽界にも衝撃が走った。友人の歌手マライア・キャリー(41)はツイッターで「素晴らしい歌声は絶対に忘れない」と追悼。グラミー賞主催者は急きょ、授賞式のプログラムを変更し、歌手ジェニファー・ハドソン(30)がヒット曲を歌う追悼コーナーを決定した。
 1985年にデビューすると、透き通る高音ボイスを生かしてヒットを連発。「オールウェイズ・ラブ・ユー」はビルボードシングルチャートで14週連続1位を記録。同曲を収録した映画「ボディガード」(92年)のサントラは、日本でも当時の洋楽史上最高の280万枚を売り上げた。ケビン・コスナー(57)と共演した同映画も全世界で大ヒットした。
 92年に米歌手ボビー・ブラウン(43)と結婚。翌年には長女を出産した。90年代中盤になると、音楽より私生活で話題を集め、ボビーの薬物乱用や家庭内暴力などで度々、離婚危機と報じられた。自身も00年、ハワイの空港で大麻所持が発覚。04年には薬物依存の更生施設に入り、06年に離婚が成立した。
 来日公演は7度。ただ日本人スタッフに気さくに接することはなく、97年には、一緒に来日したボビーが約6000万円の結婚指輪を首都高速から投げ捨て、ホイットニーさんの指示でスタッフが周辺を捜し回ったこともあったという。
 死因について日本の音楽関係者は「睡眠薬など違法でない薬の中毒という可能性が高いのでは」と話している。

◆ホイットニー・ヒューストン
 1963年8月9日、米ニュージャージー州生まれ。10代のころからソウル歌手の母親シシー・ヒューストンと舞台に立った。22歳の時(85年)に「そよ風の贈りもの」で歌手デビュー。公式サイトによると、アルバムやシングル、ビデオを合わせた売り上げは1億7000万枚。

▼音楽評論家湯川れい子さん
 米ポップスの王道をいきながらも、どこかにゴスペルのにおいがした。ダイアナ・ロスが作ったその流れはホイットニーさんが引き継ぎ、ビヨンセへと渡っている。デビューアルバム発売後の来日会見で、母親が「17歳でスカウトされたが成人するまでデビューを待たせた」と話したときに、横で恥ずかしそうにしていた姿が思い出される。喉には人一倍気を使っていて、いつもハチミツ入りの紅茶を飲んでいた。あの伸びやかな声は誰もが出せるものではないだけに、急死は本当に残念です。



<YouTubeで視聴可能なホイットニー>
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