goo blog サービス終了のお知らせ 

私の音楽 & オーディオ遍歴

お気に入りアーティストや出会った音楽、使用しているオーディオ機器を紹介します(本棚8)。

「22'50"」

2010年04月18日 | ポピュラー
 わかるヒトにはわかりますよね。
 小田和正プロデュース「クリスマスの約束ー2009ー」で歌われた曲です。

 今の時代に歌を生業(なりわい)として生きるアーティスト達に小田さんが声をかけて、「みんなの歌をみんなで歌いたい」という夢を叶えた瞬間でした。一気にメドレーで歌いきる、その時間が「22分50秒」、すなわち曲のタイトルです。

 古くは財津和夫(チューリップ)の「青春の影」、山本潤子(ハイ・ファイ・セット)の「翼をください」から始まって、若手はいきものがかりまで。
 30年以上の開きがある楽曲が一堂に会しても違和感がありません。
 この30年間、J-POPが歌ってきたことは「変わらない想い」だったんだなあ、としみじみ思いました。
 集まったアーティストも老若男女(苦笑)ですが、みな一体となってとても良い表情で歌っていました。

 「歌うことの喜び」をアーティスト全員が感じ、表現していました。
 ふだんは人に歌を聴かせる立場ですが、人の声を聴き、たくさんの声に包まれる喜び。

 カメラは発案からリハーサル、本番に至るまでを追っています。
 当初、小田さんのアイディアをアーティスト他スタッフも理解できず、軋轢を生み、何度も頓挫の危険にさらされましたが・・・完成にこぎ着けたのは小田さんの想いがそれだけ強かったのでしょう。

 本番を終えて初めて小田さんの真意がみんなに伝わりました。

 彼も還暦を過ぎて自分の音楽生活のまとめに入っています。
 学生時代からオフコースの音楽を聴き続けた私には寂しい面も無きにしもあらずですが・・・大人の仕事ですね。


<歌われた曲>

「この日のこと」
「TRUE LOVE」 藤井 フミヤ
「今夜だけきっと」 STARDUST REVUE
「ロマンスの神様」 広瀬 香美
「明日がくるなら」 JUJU
「明日、春が来たら」 松 たか子
「友達の詩」 中村 中
「LaLaLa」 佐藤 竹善
「恋におちたら」 Crystal Kay
「Story」 AI
「夢で逢えたら」 鈴木 雅之
「ハナミズキ」 一青 窈
「翼をください」 山本 潤子
「HOME」 清水 翔太
「YES-YES-YES」 小田 和正
「LIFE」 キマグレン
「虹」 AquaTimez
「全力少年」 スキマスイッチ
「Jupiter」 平原 綾香
「涙そうそう」 夏川 りみ
「青春の影」 財津 和夫
「帰りたくなったよ」 いきものがかり


マドンナ・論

2010年03月11日 | ポピュラー
NHK-BS「熱中夜話」で2晩連続のマドンナ特集が放映されました。
前回記したように、私は初期のアイドル時代しか知りませんでしたが、その後ドンドン変化&進化していったんですねえ。

長期に渡り人気を博するアーティストにはいくつかパターンがあると思います。
ひとつはその人物の生き方が魅力的で、彼が発する言葉が魅力的である例。
ひとつは一流のエンターテイナーで、時代を取り込みパフォーマンスで魅了する例。

マドンナは後者でしょう。
「アイドル・マドンナ」「セクシー・マドンナ」「クラブ・マドンナ」・・・どれが彼女自身?
答えは「全部」。
彼女は聴衆が求めていることを敏感に感じ取る能力に長け、それを自分の音楽で表現できる才能に恵まれているのだと思います。

大ヒット曲「ハング・アップ」の前奏では聴いたことのあるメロディーが流れました。
あれ? これってアバ(★)じゃない?
その通り。マドンナが拝み倒してアバからサンプリングの許可をもらったそうです。その経緯も番組で説明していました。
でも、すごく新鮮に聞こえるのがマドンナ・マジックなのでしょう。
★ アバ:1970~80年代に活躍したスウェーデン出身の4人グループ。「ダンシング・クイーン」は永遠の名曲です。ハーモニーが輝いていました。

マドンナは1958年生まれ。
現在50歳を過ぎていますが、あの肉体はすごい。
セクシーな柔らかさを感じさせる女体ではなく、贅肉をそぎ落とし、鍛え上げた筋肉を纏ったアスリートの体です。
40代半ばにして体を壊し、スポーツを控えざるを得ない自分と比べると驚異ですね。
頭が下がります。

初期のヒット曲「ラッキー・スター」(1983年)ではキュートな声と不思議なダンスで魅力を振りまいた彼女。
でも、その眼差しの奥にある光は「ただ者でない」オーラを放っていました。
ここまで大きな存在になるとは・・・。

ベストヒットUSA

2010年03月06日 | ポピュラー
ご存じ小林克也おじさんが流暢な英語でアメリカン・ヒットチャートを紹介する音楽番組です。

先日、久しぶり(20年振り?)に見ました。
いやあ、まだやっていたんですねえ。
小林さんは1941年生まれだそうですから、御年69歳!
お元気そうで何よりです。
さすがに昔ほど言い回しにスピード感が無く、ときに言葉が出てこないもどかしさを感じることがありますが、立派なもんです。

私が毎週食い入るようにこの番組を見たのは1980年代前半のこと。
当時、洋楽チャートの情報はこの番組しかありませんでした。
TVもない貧乏大学生でしたので、友達のアパートに押しかけて画面に釘付け。
それまで日本の歌謡曲しか知らなかった私には、プロモーション・ビデオの映像も楽曲も全てが新鮮でした。

記憶に残るアーティストについて少し書いてみます;

■ プリンス
 さわやかな曲調が多かった1980年代にダークなリズムで乗り込んできた不良少年。ちょっと不気味なメロディーが魅力的でした。「ビートに抱かれて」が大ヒットしましたが、私はその前の「1999」というレコードがお気に入りでよく聴いてました。シーラ・Eをはじめ「プリンス・ファミリー」をつくり一大勢力となってました。彼がインタビューで「肌の色ではなく、曲のクオリティで評価される時代になって欲しい」と答えていたのが印象に残っています。

■ マドンナ
 彼女はレコードよりビデオ・デビューが先という戦略をとりました(日本では少年隊が真似したようですね)。まずダンスありき、という売り方をしたアーティストです。
 初期の名曲「ラッキー・スター」「ボーダーライン」「ホリデイ」がシンプルでよかったなあ。「ライク・ア・バージン」で大ブレイクしましたが、どうも、有名になると興味が失せてしまう私です(苦笑)。

■ ホイットニー・ヒューストン
 母親のシシィ・ヒューストンはゴスペル歌手、叔母にディオンヌ・ワーウィックというサラブレッドで歌手より先にモデルでデビューした才色兼備。初めて彼女の歌を聴いたとき、その歌唱力に衝撃を受けました。
 予想通りその後ヒットを連発し、「ボディガード」で女優もこなし、今では大御所になってますね。

■ ティアーズ・フォー・フィアーズ
 「シャウト」「ルール・ザ・ワールド」など、明るく未来的な良質なポップスでした。あのワクワクするような明るさは昨今の曲にはないですねえ。

■ メン・アット・ワーク
 オーストラリアのグループで「ダウン・アンダー」という曲がヒット。低い声でモソモソ歌うんですよね。テンションは上がらないのですが、なぜか惹かれます。

まあ、上げればキリがないのでこの辺で。
3~4年はこの番組を見続けましたが、ヒットする曲のパターンが似ていることに気づいて飽きてきました。
以降、ジャズとクラシックにのめり込むことになります。この二つのジャンルに共通する特徴は「時代を超えた」支持を獲得していることです。ジャズは100年、クラシックに至っては300年以上の歴史があります。

先日見た番組でも、曲やプロモーションビデオの印象は昔とそう変わりませんでした・・・違うのはラップ系の曲が増えたことくらいかな。ラップは「韻を踏む」点では古典的な詩(ポエム)に通じるものがありますが、詩の内容よりリズムを重視して曲作りされており、メロディーに酔いたい私にはあまり訴えてきません。

手元に8枚組のCD集「ベストヒットUSA」があるので、今でも年に1回くらい聴いてます。

『MASTER TAPE ~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~』

2010年01月28日 | ポピュラー
NHK-BS放送でタイトル名の番組を観ました。
ユーミンこと松任谷由実(旧姓:荒井由実)さんのデビューアルバムである「ひこうき雲」(1973年作品)のマスターテープを当時製作に関わった人たちが集まり、同窓会気分で聴いてみようという企画です。

37年前に作ったアルバムを聴くってどんな気持ちなんだろう。
苦労して作った卒業文集をひもとくときの気持ちに似ているのかな。

当時のユーミンの声はややアンニュイ、でもストレートに伸びる爽やかさも兼ね備えた不思議な魅力をまとっています。
雲を突き抜けて天に届くような鋭く美しい高音も聴かれます(今はもう出せないでしょう・・・)。
バックを担当するのは強者揃いの「キャラメル・ママ」というバンド(?)。
キーボード:松任谷正隆、ベース:細野晴臣、ドラム:林立夫、・・・その後の日本ポップス界の屋台骨を支えた人達です。
演奏は至ってシンプル。
オーケストラとか大がかりな伴奏が入らなかったおかげでしょうか、今でも新鮮な耳触り。
歌詞は詩的で夢のある言葉で綴られています。
当時流行していた四畳半フォークは細々とした日々の生活を歌っていたので、ユーミンの登場は衝撃的だったことでしょう。

私自身がユーミンを知ったのは「守ってあげたい」(1981年)だと記憶しています。
当時既に「松任谷由実」さんでした。
ふとしたきっかけでもっと昔の曲を耳にし、「荒井由実」時代のシンプルな世界に惹かれるようになりました。
今では冬になるとオフコースと並んで荒井由実時代のユーミンのCDがカーステレオの常連となっています。

番組は「ひこうき雲」の製作秘話にも迫ります。
いくつか驚かされた発見がありました。

■ ユーミンは10代半ばから音楽活動を始めた根っからの音楽人間で、当初ブリティッシュロックに傾倒していた。歌手になるつもりはなく、作曲家志望だった。

■ ディレクターの有賀恒夫さんの好みでユーミンの「ノンビブラート唱法」が決まった。
松任谷:「どうしてこの歌い方を指示したんですか?」
有賀:「ユーミンがビブラートをかけると細かいちりめんビブラートなってしまい、そういうの嫌いだったんだよねえ」と回答!

■ 有賀さんは音程チェックに厳しく、ボーカルの録音は1年以上かかった。
 有賀さんは複数のテイクから一番良い部分を切り取り繋げて曲を構成していくが、ユーミンはそれが許せない。
「音程は合ってるかもしれないけど、気持ちが繋がらない。こんなのイヤ。」と抗議する。
 しかし有賀さんは譲らない。
「10年後に聴いても恥ずかしくないアルバムを作るのがプロの仕事」と言い切る。
 スタジオの隅でユーミンは泣いていたそうです。

■ ブリティッシュ・ロック志向のユーミンと、アメリカン・ロック志向のキャラメル・ママ。
 初めのうちは「どうもちぐはぐで、ぎこちなかった」そうです。
 しかし後半になるとがっぷり四つに組んで、二つの音楽が融合した今までにない新しい音楽を造り出します。
 なぜって、松任谷正隆さんとユーミンが意気投合して職場恋愛に発展したから。
 グループサウンズや四畳半フォークと一線を画す「ニューミュージック」の誕生秘話です。


2月に再放送されるそうです。
ユーミンファンは必見!