ましくふ~気ままに福島 見聞録~

発見!福島県の名所・旧跡・観光・文化・自然など、地元に根ざした独自の視点で紹介。「旬」の福島を探訪。

麓山に見る飛瀑(郡山市)

2008-06-23 06:12:00 | 安積疏水
「麓山の飛瀑」は、1882年(明治15年)に安積疏水の完成を祝い、開拓者たちの寄付によって造られた滝です。大臣の岩倉具視は、通水式典の前夜にこの滝の前で開催された祝宴に招かれた席において「移住した士族の開拓のために造った安積疏水なのに、このような見せ物のために滝を造るとはけしからん」と、中条政恒らをたいそう怒ったというエピソードがあります。 当時、この滝は多田野にある第5分水路(第22分水工)を取水口とし、高さが12メートル(三丈)余りあったようです。今ある滝は平成3年に復元されました。 . . . 本文を読む

戸ノ口に見る今の安積疏水(猪苗代町・会津若松市)

2007-12-16 17:04:32 | 安積疏水
1879年(明治12年)安積疏水事業の開削は、オランダの土木技師ファン・ドールンにより猪苗代湖の水位を調整するため、安積疏水の取水口とは反対側にある日橋川の「十六橋水門」の建設から開始されました。 ファン・ドールンは会津地方から日本海に流れる日橋川の河床を下げることにより、猪苗代湖の水位を保持しつつ、戸ノ口堰・布藤堰の取水量の確保も改善しています。1880年(明治13年)の成工式には6・7万人の住民が集まったそうです。 完成当時の16径間の石造アーチ橋は、1914年(大正3年)に猪苗代水力電気(現東京電力)により水門が電動式ストーニーゲートに改築され、制水門と橋梁が分離されました。その後、取水量の増大が図られ、1941年(昭和16年)の新たな小石浜取水口の完成により、「十六橋水門」の役割は低減しました。現在は増水時のみ開閉されている。 . . . 本文を読む

終点、安積町の,荒池に見る今の安積疏水(郡山市)

2007-12-15 12:41:09 | 安積疏水
1879年(明治12年)から猪苗代湖の湖水を安積平野へ引く安積疏水は、国の直轄事業として進められ、わずか3年後の1882年(明治15年)に完成しました。 その後、何度か改修工事が加えられながら、現在も郡山市・須賀川市の灌漑用水として役立っています。郡山南部地区の安積疏水はU字溝の幅も狭く、農業用水路としてのみ通じ、安積町の荒池へ注ぎその役割を終えます。 安積疏水と思わせるものは何もなく、窮屈な路をたどり長い旅路に別れを告げます。牛庭原には通水以来125度目の冬が訪れています。 . . . 本文を読む

三穂田町・安積町牛庭に見る今の安積疏水(郡山市)

2007-12-14 17:48:02 | 安積疏水
猪苗代湖水を農業水利として利用する計画案は小林久敬によって進言され、その後、中條政恒(ちゅうじょうまさつね)の働きによって、大久保利通内務卿を通じ国の直轄事業として1879年(明治12年)に工事が開始されました。 3年後の1882年(明治15年)8月10日には岩瀬郡仁井田村まで試験通水を実施されています。 また、1878年(明治11年)から明治政府の士族授産と殖産興業の方針のもの、旧士族のうち全国の9藩から約2000人が郡山に移り住み安積開拓が始まりました。今でも郡山の各地に残る入植者の碑は当時の偲ばせてくれます。 . . . 本文を読む

三穂田町に見る今の安積疏水(郡山市)

2007-12-06 02:03:30 | 安積疏水
1970年(昭和45年)に老朽化の激しい安積疏水の通水能力の安定を図るため、大規模な改修工事として「国営安積疏水灌漑排水事業」が着工されました。 事業費は147億円を要し、頭首工7ヶ所が新設され、45kmに及ぶ素堀り水路の新設改修が行われました。完成の1982年(昭和57年)は安積疏水通水100周年記念の年に当たります。 . . . 本文を読む

猪苗代湖・中山峠に見る今の安積疏水(猪苗代町・郡山市)

2007-12-03 22:55:03 | 安積疏水
安積疏水は、1879年(明治12年)10月27日に開成山大神宮の社前において「猪苗代湖疏鑿起業式」が挙行され、その翌日から順次工事が開始されました。1881年(明治14年)7月31日山潟水門が落成し、1883年(明治16年)6月には幹線水路52Km,分水路72Km,3郡(安積・安達・岩瀬)への灌漑が実現しました。 起工式から3年の月日と、85万人を動員した大規模国家プロジョクトにより、猪苗代湖の水が流れる様を見た喜びは、実に感慨深いものであったと考えられます。 その後、山潟水門には湖面低下に伴い、揚水機場が東京電力の補償工事によって建設され、1941年(昭和16年)運転を開始しました。 戦後、食糧増産の政策を目的とした1,500ha開田のための新安積疏水が、安積疏水からの分水方式に計画変更されました。そのため、安定した用水供給・維持管理を総合的に判断し、老朽化が激しい山潟水路から志田浜地区内に新取水口(上戸頭首工)が新設され、取水後すべてトンネルで通水された。 . . . 本文を読む

逢瀬町夏出・河内・多田野に見る今の安積疏水(郡山市)

2007-12-01 02:15:06 | 安積疏水
明治年間に造られた安積疏水は、水田の増大による用水不足と用水路の老朽化により大規模な改修工事の必要性に迫られていました。 1970年(昭和45年)に国営安積疏水土地改良事業着工記念祝賀会が挙行され、1872年(昭和47年)には第90回通水記念式とあわせて国営安積疏水農業水利事業の起工式を行い、安積疏水の通水から90年を経て昭和の大改修事業が着工されました。 1982年(昭和57年)安積疏水通水100周年記念式と併せ、国営安積疏水農業水利事業の完工式を挙行しました。 現在の安積疏水は近代化された設備に生まれ変わっています。 . . . 本文を読む

磐梯熱海に見る今の安積疏水(郡山市)

2007-11-29 14:46:49 | 安積疏水
安積疏水は安積平野(郡山市)の水不足を解消すべく明治政府が士族授産・殖産興業の政策のもとに、1879年(明治12年)から国営事業第1号として猪苗代湖の水を導水した事業です。 磐梯熱海は安積疏水の上流部にあたり、豊富な水流を利用して丸守発電所・竹ノ内発電所・丸守発電所が建設されました。その後、老朽化した用水路の取水口改修工事や、新たな用水需要対応するため熱海頭首工が新設され、現在に至っています。 . . . 本文を読む