COCCOLITH EARTH WATCH REPORT

限りある地球に住む一地球市民として、微力ながら持続可能な世界実現に向けて情報や意見の発信を試みています。

「BS世界のドキュメンタリー マラリアとの闘い」視聴記

2005-11-15 23:55:30 | Weblog
1. はじめに
先月NHK衛星テレビでマラリアと闘っている人びとの活動を描いた中味の濃い番組放送された。原作は2005年に英国で制作された。ご覧でない方もあると思われるので、内容の概略を紹介したい。
2. 背景
現在100カ国、20億人の人びとがマラリア感染の危険にさらされている。発展途上国では年間300万人、30秒ごとに1人の子どもがマラリアで死亡しており、適切な対策が講じられなければ更に犠牲者が増える予測である。マラリアの病原体は原虫と呼ばれ、そのライフサイクルで様々に形を変える厄介な生き物だ。患者の血を吸ったハマダラ蚊が他の人を刺すことで感染が広がる。人体に入った原虫は迅速に肝臓の細胞に侵入後、形を変えて増殖し、約1週間後に赤血球に移行する。そこでも盛んに増殖して赤血球を破壊し、新たな赤血球に侵入して増殖・破壊を繰返す。肝細胞にせよ赤血球にせよ、細胞内に潜伏している期間が大部分なので免疫系からの攻撃を受けにくい。治療しないと発熱、吐き気、昏睡状態を経て死に到る。
第二次世界大戦時に殺虫効果が見つかったDDTの大規模散布で、欧米諸国でマラリアはほとんど撲滅された。しかしアジア・アフリカでは資金難と蚊のDDT耐性獲得で十分な効果が上げられなかった上、先進諸国から忘れられた問題となって行った。治療には長い間クロロキンが特効薬だったが、1990年代からクロロキン耐性原虫が出現し、現在はスルファドキシンとピリメタミンの配合剤が使われているが、効かない症例も出てきている。ヨモギ属の植物から抽出された最新薬アルテミシニン(artimisinin)は効果大で、未だ耐性原虫も現れていない。しかし観光客には買えてもアフリカ人達には買えないほど高額な上、原料植物の栽培が間に合わなくなっている。
3. マラリアと闘う人びと
3-1. フロリダ州パームビーチ郡モスキートコントロール隊員
予期せず数名の感染者が出たので、隊員達がハマダラ蚊の駆除と感染拡大防止のため、夜間の住宅街での殺虫剤散布、虫除け剤配布、注意の喚起等の活動を行っている。感染源としてホームレスに疑いがかかっているが、人々の往来が盛んな現代では、感染者とハマダラ蚊がいれば何処でも流行の可能性がある。郡は蚊の駆除に年間200万ドル、公衆衛生にも数百万ドルの予算を充てており、次項より遥かにましである。
3-2. ケニアキアグワレ村のコンボ村長
保健医療の基盤整備には十分な数の診療所と医師の配置が無いと、資金が最も必要とされる場所に届かない。村に病院はなく、7月に入ってから死者が続出している。大きな町に通じる道路に出るまで山道を4時間歩かねばならない。村長は警察官と民生委員も兼任しており、村人達の健康を守ろうと懸命に努力している。保健医療の予算は殆どないが、村民は村長が守ってくれることを期待している。マラリアの流行シーズンになると、ケニアの村々には医師と称する人物が出現して診療所を開き、大都市から持参した欧米の薬品を売りさばいている。殆どが医師免許を持たず、マラリア治療に関する知識も怪しい。食べて行くのがやっとの村民は病人が出ても薬を買うお金が無くて、家で寝かせておくしかない。村長は病人の状態を見かねると、土地の薬草治療師やエセ医師に診て貰うように勧める。治療費は交渉で村長の後払いである。村長はこういう人達に沢山借りがある。ある少年の容態が改善しないことに責任を感じて、村長は自腹で搬送費と治療費を払って病院に行かせることにした。山道を担架に揺られ、未舗装道路を車で長時間かけて少年が辿り着いた町の病院は、地域住民50万人を引き受けているが、医師は1人しか配置されていない。あいにく不在で、医師の訓練を受けたクリニカルオフィサーが代診を勤めていた。ケニア政府は子供の抗マラリア薬を無料化しているが、受診前にカルテの購入が必要である。もう一枚別のカルテの購入を指示されたがもう買う金が無い。症状が深刻なため、後払いの約束で即入院になった。適切な治療で少年は快方に向かったが、母親がもう治療費が払えないと連れ帰ってしまった。処方箋は貰ったが薬を買う金は無く、少年の命が危ぶまれている。村の集会で政府に蚊帳の無料供与を要求することになった。村長は一昼夜歩いて地方行政官のところに何度も足を運んだが、不在でなかなか面会できない。文書で何年間も政府に要求を送っているが、予算が無いとの回答ばかりで時間だけが経って行く。村長は怪しげな治療をしたエセ医師達の逮捕に踏み切ったが、頼んだ自分達が悪く、助けようとしてくれたから許して欲しいという村民達の嘆願に抗し切れず、釈放やむなしになった。
3-3. オックスフォード大学の医学者ヒル教授
1988年にザンビアでの状況を見て、ヒル教授は子供達の死を防ぐ方法を見つけねばと考えた。戦略は細胞に潜伏中のマラリア原虫を叩くワクチンの開発である。英国のボランティアーによる臨床試験では5例中2例が有効だったが、西アフリカでの臨床試験では期待した効果が見られず、まだまだ闘いが続いている。世界でも他に11グループがワクチン開発に取組んでおり、化学合成したアルテミシニンの臨床試験も進んでいるが、何れも新薬として実用化されるのは何年も先である。
3-4. 経済学者サックス教授
国連特別顧問を務めるサックス教授は、年間30億ドルかけて殺虫剤を浸み込ませた蚊帳の配布、残留性殺虫剤配布、妊婦や幼児の早めの治療を行えば、マラリア死亡率を大幅に下げ、新たな感染を劇的に減らせると主張している。アフリカでは20人に一人しか蚊帳が無い。貧しい人達はたとえ2ドルでも買う余裕が無い。教授は世界基金の設立に尽力し、欧米政府に対策資金供与を要請した。2004年、米国は5億ドル拠出したが、同じ年の軍事費に4500億ドルが投じられた。
ケニアを訪れた教授は、視察した50万の住民が利用する地域病院に最近まで水道が無く、患者が水筒を持参していたことに衝撃を受けた。先進国大使や国際的銀行の代表を招いた朝食会で、マラリア死を減らし、子供達を守る予算や投資を要請したが、出席者から「主旨はわかるが、資金さえ供与されれば万事うまく行くか?」と反論が出た。教授は問題の原点は貧困に有り、人々を劣悪な環境から救おうという寛容の精神を説くが、積極的賛同は得られなかった。
教授はジュネーブのWHO本部でも、各国代表にアフリカの人々に蚊帳の無料配布を要請した。論点は先進諸国の国益や安全保障のためである。マラリア流行はその国の生産高を減らして観光客や外国の投資家を遠ざける。経済損失で保健医療など住民への基本的公共サービス提供が困難になり、武力衝突やテロが起こる。多くの人が他国に移住し、一緒にマラリアを運んで行く。豊かな国が病気との闘いに援助しなければ、世界中のいかなる人も安定や安心を得られないと説いた。この時も教授の要請は受容れられなかった。何処も直接利益にならないことに財布の紐をゆるめたがらない。しかし皮肉なことにアフリカの人々を救うという気持ちより、安全保障の面から、将来先進諸国がマラリア撲滅に乗り出す可能性が全くなくはないようだ。
4. おわりに
 同じ地球上で、キアグワレ村のような状況に置かれている人達が大勢いることに痛ましさと怒りのようなものを痛感する。そんな状況で懸命に努力しているコンボ村長が強く印象に残った。米国が拠出したマラリア対策資金と軍事費の差をみれば、発展途上国の問題が如何になおざりにされてきたか明らかである。今は強者の論理がまかり通る時代である。全ての国々の人びとの福利と、将来の地球環境へのメリットを優先にする方向への軌道修正が望まれる。


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8 コメント

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Unknown (tj)
2005-11-18 10:25:47
やっと「マラリアとの闘い」視聴記を読み了えました。

マラリアと言えば、野口英世博士の研究によって、ハマダラ蚊の広がりの防止および病気への治療法が見つかり、撲滅されたと思っていました(小学校時代に読んだ伝記程度の知識ですが)が、病原体が耐性を得てしまい、薬の効果が弱まる結果が生まれるということを知りました。ですから、また新薬を発明しなくてはならなくなるのですね。しかも、耐性原虫が現れないような。

それと、マラリアは医学の問題であると同時に、社会問題であるという指摘がありました。

一人の「村長」の努力では、解決できないのは明らかです。世界の人々がこの問題に関心を持つことが肝要です。

この問題は同時に政治問題でもあります。先進諸国が多額の金を軍事に使っていることの是非が再検討されなければなりません。しかし、発展途上国内の状況(治安、対立など)も、解決されなければなりません。これはどうすればいいのか。この点が難しいところでもあります。

コメントにもならず、無知をさらけ出すだけですが、どんどん情報をお知らせ下さい。
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TB送ります。 (U-2)
2005-12-08 15:15:42
はじめまして。

何かが、落ちませんか??
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評価、落ちるなぁ、 (Unknown)
2005-12-09 00:04:26
こんばんは。三十秒に一人、マラリアで死亡すると一年では、105120人ですね。

年300万人とすると、10秒以下に一人の割合ですね。計算おかしいと思いませんか、先生??



世界保健機関WHOでは、途上国では、年間1200万人がマラリアを含めたビタミンA欠乏で死亡していると発表していますが、??

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コメントいただいた方への回答 (coccolith)
2005-12-11 01:17:32
30秒に1人の5歳未満児が死んでいると言われます。これを1年間に換算すると御説の数字になりますが、5歳以上の年齢層での死者数を加えれば当然それより高くなります。WHOによる死亡原因の報告(2004年報告の2002年値)によると、年間約127万人です。これはマラリアそのものによる死者数で、他の感染症や栄養不足等の合併症での死者数も合わせたおよその数字が300万とみなされています。同じ報告にあるビタミンA欠乏症による死者数は23000人です。これは多分ビタミンA欠乏が主因と特定されたものではないかと思います。

ビタミンAはよく知られた視覚以外に、細胞の増殖と分化、骨の成長、体表面の組織の保全、免疫機能増強による感染防除など全身的健康維持に重要な働きを演じている生理活性物質です。従ってマラリアを含む種々の疾病と合併した場合は、死亡のリスクが高まって当然です。ビタミンA欠乏が度の程度あったかの評価の仕方にもよりますが、1200万人は高すぎと思います。上記のWHOの報告では全ての感染症、産婦と周産期の疾患、栄養不足を含めた死者数は年間約1800万人です。

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ホワイトバンドの次は、蚊帳ですか (本当に青学の講師ですか?)
2005-12-11 11:24:52
拙ぶろぐへのご訪問ありがとうございました(^^)。。文系の学生は、電卓持ってないことをいいことに、何かうそ臭いですね(^^)。ヴィタミンA欠乏による諸々の症状による死者数は、1200万人であると、WHO

のページにありますよ(^^)。

http://www.who.int/vaccines/en/vitaminamain.shtml

一方、マラリアによる死者数は127万人とのことですから、1200万人と比べて、少ないですね。

で、これに3600億円かけて、蚊帳と残留性農薬をばら撒くと言うのは、おかしいと感じませんでしょうか??先生。



最近、キリスト教系大学で、小学生を殺傷する事件や、広島の折鶴に火をかける事件が相次いでいますが、学生にひどいストレスな授業が多いのではないでしょうか。

テレビ番組を無批判に、記事にしている人も珍しい・・・・。
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U-2さんへ (coccolith)
2005-12-12 01:22:20
ご紹介のWHOのサイトからは、発展途上国では年間1200万人の5歳未満児が死亡しており、その多くにビタミンA欠乏が関係していると読みとれます。適切な食材の摂取が状況改善に有効と思います。

ビタミンAではマラリアを防げません。残留性農薬使用はできれば避けたいところですが、空から大量に散布したり、蚊よけスプレーを多用するよりはるかにましであり、アフリカで5歳未満児の死亡を1/3に減じたという情報もあります。http://www.rbm.who.int/cmc_upload/0/000/015/367/RBMInfosheet_6.htm

経費は世界で何を優先順位を置くかの問題です。

それ以外のコメントについては、そのようにお考えになるのは貴方の自由であり、敢えて論評しません。
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3600億円分の「DDTと蚊帳」 !! (U-2)
2005-12-15 11:11:07
レスありがとうございます。国連の年間総予算は、1800億円程度ですが、3600億円分の「DDTと蚊帳」というと、実に莫大な量ですね{ /ee_2/}



先進国で使用が禁止された、厄介物をアフリカで処分」するのが実態では?

そんな、大量に散布してかまわないのですか?!



キリスト教系大学で、小学生を殺傷する事件や、広島の折鶴に火をかける事件が相次いでいますが、学生にひどいストレスな授業が、多いのではないでしょうか。

この点、先生はいかが思いますでしょうか。

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U-2さんへの回答 (coccolith)
2005-12-19 00:28:30
1)30億ドルという額を国連予算と比べると莫大といえますが、2003年の世界の軍事費は8800億ドル、2004年までにアメリカがイラク戦争に投じた額1500億ドルと比較すると大した額ではなくなります。2001年の日本の軍事費は400億ドルです。優先事項を何処に置くかの問題です。

2)蚊帳に浸み込ませるのに使われているのはペルメトリンです。これは除虫菊から取れるピレスリンという殺虫効果のある物質に類似した人工化学物質です。DDTとは違って、ストックホルム条約で規制された12品目に該当しない物質です。先進国でも農薬や家庭用殺ゴキブリ剤などに使われていますが、体内に入った場合、内分泌系を撹乱する報告があります。繊維製品に浸み込んで乾燥すると化学的に結合する性質があり、蚊などの多い場所での屋外活動用着衣等に使われています。

 なお、DDTには正と負の面があり、第二次大戦後に重点的に使われた先進国でのマラリアや発疹チフスの制圧につながったことは否定できません。効果が世界に普及する前に昆虫が耐性を獲得したり、負の面が明らかになったりで、貧しい発展途上国が置き去りになりました。環境と健康に配慮しながら如何にして発展途上国のマラリアを制圧するか、ペルメトリンを浸みこませた蚊帳は可能なアプローチの一つでしょう。

3)キリスト教系大学で起こっている事件は、政治をはじめとした現代の歪んだ社会病理的状況の反映ではないかと思います。いじめ、誘拐、傷害事件の背景には、他者に対する思いやりの欠除があり、世界で見れば南北問題にから読み取ることができます。

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