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オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史の再放送

2013-05-02 11:18:27 | Weblog

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 5月31日に、4月9~12日に放送されたBS世界のドキュメンタリー「オリバー・ストーンが語るアメリカ史」第1~4回目の再々放送があります。
 映画を武器に政治や権力と闘っているハリウッドの代表的映画監督オリバー・ストーン氏は、第二次大戦前夜から現代までのアメリカ史を語り綴ったドキュメンタリーシリーズ(全10本)を制作しました。原題は” The Untold History of the United States”です。シリーズ1回目の冒頭で、ストーン氏は次のように語っています。

『オリバー・ストーンです。私はニューヨークで育ち、歴史を勉強し、特にアメリカ史に熱中しました。神の与えし膨張の宿命をアメリカが負うという歴史観。その後世界を旅し、ベトナム戦争には歩兵として従軍、歴史に関する映画も制作し、多くを学んできました。今の子どもたちは昔に比べ、きちんとした世界観を持ってはいないと不安を感じています。実生活は霧の中を行くようなもの、目前のことのみにとらわれず、歴史に触れてほしいと願います。マスメデイアは日々ニュースを流し続けますが、表に表れない大切なことはなおざりにされているのです。ナポレオンは歴史とは暗黙の了解の上に成り立つ作り話であると言いました。それを認めるかどうかはさておき、歴史には意味と目標があると思います。私は新作映画ではなく、これまで語られてこなかったアメリカ現代史を作ろうと考えました。番組では数々の問いも含まれています。それが皆さんの考えるきっかけになればと思います。番組に登場するのは、忘れられた英雄や、信念のために苦境に陥った人々、権力に逆らったがために消えていった人です。事実を正確に伝えるため、英雄といわれた人々の真実の姿もあらわにします。そしてよりよい未来のために、かつてあった◯◯◯さに光を当てようと思います。今まで誰も考えなかったやり方でアメリカという国の存在に◯◯◯第二次世界大戦以後に失ってしまった何かを取り戻したいのです。アメリカは深刻な過ちを犯してきました。しかしそれを正すチャンスはあると信じています。(◯◯◯の部分は聞き取れなかった小部分です。ご容赦ください)』 

 脚本は監督とアメリカン大学(ワシントンDC)歴史学科のピーター・カズニック准教授との共同執筆によるもので、教科書には書かれていない歴史の中で、アメリカの辿った道を変えられたかも知れない人物にも焦点を当てながらアメリカの外交、軍事の軌跡を検証し、アメリカ人の歴史認識を大きく揺さぶっているそうです。第1~4回目では上記の言葉にあるように、アメリカの辿った道を変えられたかも知れない人物(ヘンリー・ウォレス)や大きく変えてしまった人物(トルーマン)に焦点を当てています。視聴してみると、日本に原爆は投下されずに済んだのではないか、オバマ大統領のプラハ演説の数十年前に核兵器廃絶のチャンスがあったのではないかと残念に思われます。日本では沖縄地上戦や本土大空襲で多数の犠牲者が出ましたが、欧州地上戦の惨禍の凄まじさには大きな衝撃を受けました。前回御覧になれなかった方はぜひお見逃しなく。初回放送前に掲載した番組HPの情報を参考にした記事をですが、以下に貼り付けます。なお、5月7~9日に放送された5~7回目については、こちらを御覧ください

5月31日(金)12:00-12:50 BS1 「第1回 第二次世界大戦の惨禍」。
 第二次世界大戦は、ヒトラー、ムッソリーニのファシスト政権と日本の帝国主義を打ち砕いたという意味で、多くのアメリカ人にとって「正しい戦争」だったと言われます。しかしドキュメンタリーは、実際にはおびただしい数の死者を出した「最悪の戦争」であり、アメリカはこの戦争で“深刻な過ち”を犯したとしています。
日本、ドイツ、フランコが勝利するスペイン内戦、スターリンのソビエトなどの様相が挿入されているほか、アメリカのルーズベルト大統領の「大陸への戦争には関与しない」という公約が、ドイツの快進撃の中でどう覆されるのかが紐解かれています。また、当時としては異例の黒人農業技術者を登用したウォレス農務長官を副大統領に据えたことにも焦点をあてています。

5月31日(金)13:00-13:50 BS1 「第2回 ルーズベルト、トルーマン、ウォレス」。
 第二次世界大戦後半、スターリングラード攻防でナチス・ドイツが敗北して以来、独ソ戦の形勢はソビエト有利に傾きました。この形勢逆転で英米はスターリン単独での対ドイツ和平を恐れました。これを防ぐためルーズベルトは、1943年11月にテヘランでスターリン、チャーチルと会談。更にルーズベルトは、チャーチルを外してスターリンと個別に数日間交渉を行い、東ヨーロッパの戦後処理にソビエトが関与することを事実上認め、ナチスとの戦争終了後にソビエトが対日戦争を開始することが極秘に確認されました。
 また、内政面では、圧倒的な支持を得ていた副大統領候補のヘンリー・ウォレス(当時、副大統領)にスポットを当てています。ウォレスは歴史上で忘れられたような存在ですが、1942年に“the century of the common man(市民の世紀)”を訴える演説を行い、全米で最も人気のある政治家でした。しかし、彼のリベラルな姿勢(男女平等、黒人解放的思考、反植民地主義など)が民主党内で危険視され、トルーマンが一転して副大統領候補となる「歴史の分かれ目」となるような変化が起きました。その後、ルーズベルト大統領の死によって大統領となったトルーマンは、日本への原爆投下を決断することになるのです。

5月31日(金)14:00-14:50 BS1 「第3回 原爆投下」。
 広島と長崎への原爆投下に至るアメリカ政府内の“知られざる論争”に焦点があてられます。ニミッツ、アイゼンハワー、マッカーサー、キング、アーノルド、レイヒーという6人の主要な将軍も、原爆投下は「道徳的にも非難されるべきであり、軍事的にも必要ない」としていました。そして、戦後に原爆の破壊力の凄まじさから、核兵器の国際共同管理、あるいはソビエトの研究中止確約によるアメリカの核兵器破棄という選択肢が政権内で多数派を占めながらも、トルーマン大統領、バーンズ国務長官が否定していくことも描かれます。そして、トルーマン路線と対立したウォレス商務長官の突然の辞任につながります。ニューディールの中心的な存在で、ルーズベルト政権の農務長官、副大統領、そしてトルーマン政権の商務長官と政権内にいた彼の存在は大きかったとするストーン監督は、「彼がもし、シカゴの党大会で引き続き副大統領候補に指名されていれば、ルーズベルトの死後、大統領になっていた。そうなれば、原爆の投下はあっただろうか?戦後の核開発競争もあっただろうか。人種隔離や女性の権利向上は数十年早く実現しただろうか?」と問いかけます。
 当ブログ掲載の広島原爆投下前の米政権内の意見対立と、ポツダム会議の裏側もご参照ください。

5月31日(金)15:00-15:50 BS1 「第4回 冷戦の構図」。
 第二次世界大戦直後の5年間、トルーマン政権時代に進む反共戦略に焦点を当てられ、アメリカが核兵器を保有し、世界に君臨する反共産主義国家へと変わっていく経緯が明らかにされます。アメリカでは戦前に比べ輸出額が倍増し、工業生産は年に15%の伸びを示すなど、大きな経済成長を遂げていました。一方、戦争の甚大な被害を被ったヨーロッパ各国では、社会不安から共産主義勢力が拡大していました。ドイツと日本の侵略を恐れたスターリンはアメリカとの協力関係を望みましたが、アメリカはメディアを使ってソビエトが共産主義による世界征服をもくろんでいると国民に信じさせることに成功し、世界は冷戦へと向かいました。
 アメリカが1947年のトルーマン・ドクトリンで冷戦の構図を作りあげたことがターニングポイントとなり、その後の核開発競争と朝鮮半島やインドシナ半島への介入へとつながったとオリバー・ストーン監督は主張しています。

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