グー版・迷子の古事記

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ぼくのなつやすみ(4)

2013年12月14日 | 落書き帖
暗い森の中をしばらく歩いていると目の前に明るい光が見え、僕たちは森の中にぽっかり開いた小さな広場へと出た。
広場の向こうには古びたお寺も見える。
もう森の中を迷わないで済む安心から、今まで感じていた不安は消えていた。

「ここにもクワガタいるかもしれないよ。」

サッちゃんは広場の中央に盛られた枯れた木の葉や枝草を指差した。
お寺のお坊さんが境内を掃除した後に捨てた物に違いない。
多分ここで焚き火でもするつもりなのだろう。

僕たちは広場の中央に盛られた枝草を四方から囲み一斉に掻き分け始めた。
頭の中はクワガタの事でいっぱいだった。

あらかた枝草を崩し終えた所で僕たちの手は一斉に止まった。
目の前には大きさが30センチ程もある薄黒いピンク色をしたイモムシのような塊が横たわっている。
形はイモムシだが色は哺乳類の様でもある。
あまり生気の感じられないその塊は何かの赤子の胴体の様にも見える。

見てはいけない物を見てしまったのかもしれない。
得も知れぬ恐怖に空気が凍りついた。
僕たちは目を大きく見開き、口を半開きにしたまま体を固くし動かなくなった。
もし瞬きをしたり息を吐き出しでもしよう物なら、その音に何かが襲い掛かってきそうだった。

恐ろしさのあまり身動きできないでいると、その薄黒いピンク色の塊が一瞬蠢いた。
僕たちが今まで必死に抑えていた物はもはや止められなくなった。

「わーーーーーー。」

僕たちはその薄黒いピンク色の塊を今まで崩した枝草で全て覆い尽くすと、その廻りを大声で叫びながらぐるぐると走り出した。
何故大声を出しているのか、何故走っているのかさえ分からなくなっていた。
ただ本能のままに動いていた。

マア君が最初に手に持った枝でその覆い隠された塊を突き始めると、みんなもそれに習って枝を手に突き始めた。
血走った目の前には赤い世界が広がっている。
しばらくの間、その廻りを大声で叫び走りながら突いた。

そのうち疲れ果て動きを止めた頃には、さすがに少しずつ冷静さが戻りつつあった。
あの薄黒いピンク色の塊はどうなったのだろう?と言う思いから、僕たちはまた枝草を掻き分け始めた。

いない。いないのだ。
先ほどまで居た筈のあの塊の姿はどこにもいない。
もう目の前で何が起こっているのか理解できない。
僕たちの頭は混乱し、先ほどの恐怖だけでなく何か良く分からない感情でいっぱいになった。

真っ先にエイジ君がすぐそこに見えるお寺へ向かって走り出した。
僕たち3人もただその後に続いた。
誰かいるかもしれないお寺で、大人の存在を感じ安心したかった。

お寺の境内に入り僕たちがざわざわしていると、本堂を回りこむようにお坊さんが出てきた。
かすれた茶色い袈裟につるつるの頭、伸び放題の白い物が混じった眉毛の下には一瞬鋭い光が差しているように見えた。
その鋭い光に身を固くしていると、お坊さんはすぐに穏やかな顔になり声を掛けてきた。

「どうしたんだい?」

僕たちには先ほど味わったばかりの恐怖を再び反芻するだけの勇気は無かった。
そしてただ、虫取りに来て道に迷った、とだけ告げた。
お坊さんはただ頷くと、ついて来なさいと促し僕たちを森の外まで連れて行ってくれた。

途中、安心しきった僕たちは学校の事や家の事など色々お坊さんに話した。
少しでも声を出し胸を落ち着かせ、森での出来事を忘れてしまいたかった。
お坊さんは、ただうんうんと頷くだけである。

森の端へ着き神社の山が見える所までくると、お坊さんは、「さあ、行きなさい。」と言い見送ってくれた。
僕たちは礼を言うと神社の山へ向け歩き始めた。
少し歩き振り返るともうそこにはお坊さんはいない。
森の上にはかすれた茶色い衣をきたトンビが回っていた。

おしまい

(迷子の古事記 2013.11.16)