グー版・迷子の古事記

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中山最終レース(1)

2013年12月18日 | 落書き帖
男はワクワクとイライラが綯い交ぜになった、ある種高揚した気分でトラックを運転していた。
ワクワクと言うのは、本日の中山最終レースの馬券を買っていた事に由来する。
このレースは2頭の飛び抜けた馬がおり1‐8で鉄板だ。
1‐8は馬連でも馬単でも配当は2倍にも満たない。
はっきり言って通常なら、穴党のこの男にとっては詰らないレースのはずだった。
ところが男には、この2頭の他にもう1頭気になる馬がいたのだ。

その馬は8歳でもうとっくに現役を引退していてもおかしくなかったのだが、馬主の意向なのだろう、いつまで経っても使われ続けている。
若い時には三冠レースに絡む活躍をしていたその老馬は、淀の花道を先頭で駆け抜けた事もあり、またその翌年には最強のステイヤーと言われたシロクイーンさえ力でねじ伏せていた。
普通ならこの時点で種牡馬として繁殖に回されても良かろう物だが、その後も相変わらず連投で使われ続け、ついには7歳春の宝塚記念で骨折してしまった。
その老馬が骨折から一年半ぶりに復活し今日の中山最終レースに出走してきたのだ。

G1馬なので本来なら人気が集まっても良いはずである。
しかし8歳で骨折明け、馬車馬の如く使われ続けたこの馬をファンも今回ばかりは見放したのかもしれない。
この老馬が絡む馬券は全て万馬券になっている。

男の喜びは尋常ではなかった。
あの老馬が緑のターフに帰ってきたのだ。
長距離を走らせれば右に出る物はいなかったあの名馬が帰ってきたのだ。

このレースを無事に走ってくれ!
そして種牡馬になりその仔馬を見せてくれ!

男は全ての貯金をはたいてこの老馬を応援することにした。
男にはまた不順な動機もあった。

この老馬が絡む馬券は全て万馬券だ!
淀の走りの半分でも力を出してくれれば、この老馬が負けることなどあるまい!
このレースをとり来年は一年間遊んで過ごすぞ!

そして男は本日の荷物の積み込みが終わると、すぐには目的地に出発せずJRAの場外で老馬の絡む馬連一点に全ての貯金をつぎ込んだ。
しかしそのせいで、トラックの荷下ろしをすべき所までの道程は大幅に遅れていた。

話は初めに戻るが、この道程の遅れこそ男がイライラしている原因だった。
普通にトラックを走らせても予定時間までギリギリの時間しか残されていない。
片側一車線の道。トラックの前には赤い軽四自動車が法廷速度を遵守して走っている。
軽四の後ろにはもう既に長い行列が出来上がっていた。
大きなカーブの時に垣間見える軽四の運転手はどうやら白髪にパーマをかけた老人のようである。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.20)