5日に続いて6日にも産んでました。
そして昨日(7日)は午前と午後に似た形が2個。
並べてみると
殻の色はいろいろ から判断すると、5日の白い卵はカイで、6日の薄茶の卵はクーに間違いなさそうです。しかし、今日7日の2個の形はほぼ同じです。午後の卵(一番右)はおそらくカイです。午前の卵(右から2番目)はどちらかの子ではないでしょうか。すこし茶が入ってますが形的にはカイの子である確率が高いように思います。
といっても皆さんには「・・・?」でしょうね。少しご説明しましょう。
雛の親子関係ははっきりしています。これぞ『一目瞭然』
雄鳥は茶の混ざった1羽だけ。あとの4羽は雌鳥です。
写真でお分かりになるように、白い雛(左奥)は白いカイ(右手前)から、黒い雛(左奥)は黒いクー(右手前)から産まれたに間違いないでしょう。雛も成長し親鳥と瓜二つになってきました。ちょっと見では分らないぐらいです。
「雛たちの名前はなんやったっけ?」と娘に尋ねると、
「ちょっと待って」と兄姉に確認してましたが、「ちょっと分らん」だって。
雛が孵ってしばらくの頃、子ども達で名前どうするか話し合っていたんですけどね。
ペットに限らず生き物には誰だって名前を付けますよね。雛につけた名前を思い出せないと云うことは、子ども達の興味はすっかり烏骨鶏から離れてしまったということですね。
書かれてました。
「ただ、一般に家畜とされる動物種でも、これを愛玩する者も一定数おり、ペットと家畜の境界は、その動物に対する人間の態度によって存在する。」
つまり、
我が家の烏骨鶏は「ペット」ではなく「家畜」になりました。
慣れ親しんだ生きていたものがはっきりとした目的の為に殺される。当り前のこととして捉えていても、やはり悲しい事です。
そうやって食べものとなったからこそ、「頂きます」の持つ意味を理解してきたのでしょう。
ペットはとても身近な動物ですが、今や家畜は民家から隔離された場所で飼育されるようになってきました。物理的に距離があります。「生きている」ことを感じることは出来ません。だからこそ、スーパーで切り身で売られている食べ物に対して「頂きます」の意味がつかめるはずが無いと思うのです。
とても残念なのは、今の子ども達が理解できないと云うことより、こと給食に関して云えば「給食費を払っているんだから、当然食べる権利がある、だから『頂きます』と云う必要はない」などと、訳の分らないことをいう親がいるということです。
ちょっと横にそれちゃいましたね。