満ちるは桜。

好きなものを書いてる普通の人日記。

2020/03/31

2020年03月31日 02時37分00秒 | A.B.C-Z創作
とけたならおもいで

また金曜がきた。
約束なんてないようなものだけど、
今日断りの連絡は来なかった。
だから私はいつものように、
いつもは乗らない路線で目的の場所に行った。
街路樹は夜の街頭に照らされてうっすらと白い。
私のはいてるヒールの音だけがそこには響いていた。
「何号室だっけ?」
いつまでたっても、覚えたと思えなかった。
絶対に間違えてはいけない部屋番号だからこそ、
何度も行ったはずだし、覚えているはずなのに連絡してしまう。
部屋にいるかどうかの確認でもあった。

それで合ってる

そう返事が来たのと同時に、
見えているのだろうか?オートロックは解除されて私はマンションに入った。
エレベーターが開いて、目的階まで辿り着く。
歩き始めると、部屋のドアが少し開き、そこに彼がいた。


「私の友達がさ、演劇の学校に通ってたんだよね」
そう友人に言われたのはいつだっただろうか?
そういう繋がりで彼と出会った。
TV越し、舞台の上、どんなに物理的な距離が近づこうと透明な壁の向こうにいた彼は、
その夜居酒屋でビールを飲んでいた。
彼は絶対に仕事関係のことを口走らなかった。
写真を撮るのもダメ。今回1時間だけ参加すると言う話だった。

私の友達は「急な残業で1時間は遅れる…今回悪いけど一人で対処よろしくお願いします」
という内容の連絡を入れてきて、
彼の友達含め3人で話を開始したものの、その友達に電話がきて席を離れた。
こんな偶然あるだろうか。彼と2人になった。
「ごめんなさい。写真ダメとか気を使ってるのに、
今2人ですよね…本当申し訳ないです」
そう私が言うと、彼が初めて私に向かって話しかけてきた。
「うーん、一応個室だし、自分の目で人が来るの何となく見えるような位置にしてるから」
「そうですか」
「うん、だから大丈夫」
そう言った彼は柔らかな笑顔を私に向けた。
「そういえばさ、インスタってしてる?」
彼はそう突然聞いてきた。
「あー…ずっと前にアカウント作りましたね。」
「今はインスタ映え〜とか更新してるの?」
「映え〜って(笑)。いや、むしろ公式アカウント見る為に〜みたいな感じです。みてますよ、公式の」
「おー、ありがとうございます」
「っていうか、私が更新したら見てくれるんですか?フォローとかは無理なんだし」
「……見る」
「今ちょっと間があったんですけど」
「いや、あの、俺も実は見る用のアカウント持ってんの」
「そうなんですか?」
「うん」

そういうやりとりだっただろうか?
彼との連絡はインスタグラムのDMしかしてない。
私は全然アップしてなかったインスタを時々アップするようになった。
彼はそのインスタを時々見ているようで、会うと
「めっちゃ美味しそうだったー」
とか、
「あそこ、テレビでもよく特集組むけど、本当に人多いんだね」
とか、ポツリと感想を伝えてくれた。

※※※※※


「今日仕事終わってから来たの?」
「そりゃそうだよー仕事だよー」
「お疲れ様〜」
「そちらこそ、お疲れ様でした」
「ツイート読んだ?」
「読んだ読んだ。」


いつもどおりのやりとり。
なんとな話して、彼の部屋でなんとなく一夜を過ごす。
なんとなくで、確定的な言葉もなかった。
彼は私に好きだと言わなかったし、
私も言わなかった。
私が好きだと言えば、彼はどう思うのだろう。
ファンが本気になってしまったと思うのだろうか。
目の前にいて、一緒に一年過ごした彼は確かに人間で、普通で、それでいて特別だった。
その彼を見てきた上で考えれば、好きと伝えても、冷たくなるような人ではない。
けど、事実としてあるのは、好きだとは言わない彼と、
インスタのDMしか知らないことと、
いつもこの部屋でしか会わない事実だ。
 
ふと部屋の中に目をやると、見慣れないギターがあった。
「あれ、ギターどうしたの」
「あ、ちょっとね」
仕事のものなのか、彼はそれ以上は言わなかった。
「そういえば、誕生日って来週?」
そう彼が聞いた。
「うん」
そう言いつつギターを見ていたら彼が隣に来た。
指が触れる。
こうなるとダメなのだ。
私の頭は機能する事を放棄して、心だけが反応してしまう。
彼の好きなんて、私の好きの前では消えてしまって、
真心なんか、彼の指先から溶けてしまう。

薄暗い部屋では彼しか目に入らない。
手を伸ばさずとも彼がいる。
私に触れて、本当の現実なんて消えてしまう。
そうして彼と溶けてしまえれば良かったのに。
次の日、私は何食わぬ顔をしてマンションの住人みたいに部屋を出るのだ。

『ごめん、今夜は無理』

その連絡が来たのは久しぶりだった。
『わかった』
とだけ連絡をした。
先週誕生日と話したのに、よりによって今夜は無理なのか。
あえて確認して断られたのだろうか。
気付くと彼から新しく連絡が来ていた。

『今日誕生日だよね。
会えなくて申し訳ない。』



『お誕生日おめでとう㊗️好きだよ。』

※※※※※

恋に落ちるって一瞬だ。
例えば、彼から初めてDMが来て舞い上がった。
彼から連絡が来るなんて!と、喜んだ。
そして、そんな些細なことすら友達に言えなかった。
この幸せが壊れる要素は1ミクロンだって介入させたくなかったから。
本当は友達だって連絡位とるだろうに。

何もなくても金曜日が来たら部屋に行って、
時にお酒を一緒に飲んで、他愛もない話をして眠る。
朝になれば、遮光カーテンの隙間から、かすかにもれる光が部屋に入って、
なんとなく見つめた彼も起きていて、目があって笑った。 
ずっとずっと見てた彼の日常と私の日常が少しだけ交わって、私の生活に彼が実在する様になって、
私はふとした時に彼のことを考えてしまう。
あ、このお茶飲んでたな、とか、
あ、これ好きだって言ってたな、とか、
今度、これを持っていったら喜ぶだろうか…とか。
そういう、ほんとに、些細なこと。
偶然、彼と2人きりになれた居酒屋で、
初めて彼と対等な人間同士になれた気がした。
その時に、私は彼を本気で好きになってしまったのだ。
彼を知りたくて、触れたくて、
全てを知りたくなってしまった。
だから、インスタも教えたのだと思う。


好きの魔法は一瞬にして私の判断を鈍らせて、
好きな気持ちだけを残していった。


彼は、誕生日に好きって言っておけば大丈夫、
位にしか思ってなかったのに。

※※※※※



「体調大丈夫?」

「何か悪いことしたなら謝る」


あの日以来、彼の所に行けない自分がいた。

でも、何となく、インスタは更新していた。
写真を撮って、今日しんどいな、とか、
めんどくさい構ってちゃんのギリギリを狙いながら。
絶対キモい構ってちゃんになりつつ、
絶対ウザがられると思いながら、
いつか、どうせすぐに彼からのDMも止まってしまうだろうと思いながら。

それでも、私は、アカウントが消せなかった。

この1年かけて、ゆっくりと強くなっていた魔法が、
間違いなく、あの日解けたのに。

「今夜は無理?」

珍しく金曜日当日にもメッセージが来て、
私は無視出来なくなって、彼の部屋に行くことに決めた。

※※※※※


彼の部屋にいると彼の生活が透けて見えて、
私はいつも無駄な想像を繰り広げ消耗する。
彼が好きなのに、彼のいない所で考えてしまうからだ。
時々抑えきれなくなって、彼に質問すると、
仕事のことはなかなか教えてくれないけど、
学生時代の思い出とかは教えてくれた。

これまでの日々をなんとなく思い返しながら電車に乗ると、
驚くくらいはやく駅に着いた気がした。
マンションまでの道は既に覚えきってしまったし、
近くのコンビニで何度か買い物したし、
あの店は彼が好きだと言っていたな、なんてことを今更思い返していた。
そんなことを考えていたら、
あっというまにマンションに着いてしまい、
私は彼の部屋番号を問うことなく、
部屋番号を押した。
彼は少し驚いて、でも、すぐ部屋に通してくれた。

「お疲れ様〜」
私はなるべくいつも通りに接した。
「お疲れ様、今日は来てくれて良かった。ありがとう」
「いや、忙しくて返信とかなかなかしてなかったし、ごめんなさい」
「会えたから良いよ」
「それなら、ありがとう」

ぎこちない空気が何となく流れたけど、
私と彼はあくまでいつものようにソファに腰かけた。


「これ、買ってきたから飲もうよ」
と、私が言うと、
「あ、それ飲んでみたかったやつだ。
ちょっと待って、俺も飲み物出すわ」
と彼が言った。
彼はソファに戻ってきて、
「…あのさ」
と言った。
「何?」
そう言って手慣れたように私はグラスに手を伸ばす。
「あの」
「うん?あ、このビール私も飲みたいからコレに入れて良い?」
そう私が言うと、
「俺、愛してるから」
とだけ彼は言った。そして、
「必要だと思ってる」
と続けてくれた。
「あはは、何言ってんの。ありがとう」
「本当だから」
「そうなんだ」
「……一周まわって?」
「一周まわって…」
彼は私の言葉を真似て、そう言った。
「この前は本当に会えなくてごめん。」
「会えないなら仕方ないよ」
「いや、その…ギター」
「ギターって、この前の?」
「練習してた」
「そうなんだ。慣れてないなら大変だね」
「うん、指が全然思う通りに動かない」
「仕事でギター弾くんだ?」
「まぁ、そう」
嘘だろうな、と思った。

そして彼はいつもどおりに私を抱いて、
私は、そんな彼を忘れないようにずっと見つめていた。
私の大好きな、一生懸命な顔。

夜が明ける前に、家を出た。
魔法が解けて思い出にするのは、
あなたじゃなくて、私が決めるから。
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