この話、ちょこちょこしたくなるのだけれど(とは言っても第一話、二話があるわけではないが、←ブログとか旧Twitterはアカウントも消したし)
僕はいわゆる、親のエゴだけで子どもを縛り付けるという教育が嫌いである。
はて?
どういうことであるか。
ストレートにいうと娘(特に幼い時代に親が勧めて)にグラビアをさせているとか、そういうものを筆頭に。である。
これには承認欲求(この話の場合は自分の子は偉大だ、褒められたい)
お金(子どもを商品と考える)儲け。
まぁ大抵がこの二つの願望だろう。
(裏社会の話をすると子どもが親の借金を返すためだとかで、健気な…)
まぁ裏社会の話はさておき。
上記でグラビアを『筆頭に』と言ったが、いわゆる趣味や習い事も含まれると考えている。
音楽もである。(僕に関連するのはこれだろうけど)
で、本題に入るのだが、親ガチャというほど難しい話にもなり、あまり良い話ではなく他人を傷つけるような内容になるのはご了承いただきたい。(僕の話もエゴなんだけどな)
オリンピック選手達のように結果的に成果を出せた人々はその人達にしか味わえない努力とかそういったものもあるし、そして、その道に進むきっかけを与えたのは親だと僕は思うんだよね。努力を否定するのはやってはいけないことだし、人の幸せも否定してはいけない。ただし親のエゴは子どもの自由を奪ってはいけないという話をしなければいけないというところ。
で上記のようにオリンピック選手を目指す場合、しんどい話、子どもは半ば強制的にレッスンやトレーニングに打ち込まないとそのレベルに達する可能性は限りなく低いと僕は考えていて。
その根拠として、勝手に好き勝手好きなことに打ち込んでその道のプロになりたい!!とか思う人達は限られているだろうと考えるからである。いや、これは語弊がある。考えるのは簡単かもしれないが、本気でそうなろうと考えるかどうかは運でしかないのである。
つまり何が言いたいのかというと、オリンピック選手に子どもになって欲しいと思うのならば、強制的にその道に進むようにしないといけないのである。🥱
で、なんとなく分かったと思うけれど、それはただの親の夢なのである。
エゴなのである。
自然の話になるが、
本来はそれは子どもが好きな色を選んで、好きな服を選んで、好きな髪型を選ぶ。
それが理想なのである。
もっというと努力は報われるが、才能は金で買えないのである。
つまり、子どもが何に秀でているかは子どもがいろんなことに興味を持ち、始めてみてやっと分かることである。
※難しい話、仕事にも通ずるんだけどね。好きな仕事をするか、得意な仕事をするか、給料がいいから我慢するか。のようにね。
最初の方に述べた子どものグラビアなんか、一部そういう魅力に取り憑かれた少女がいることを否定しないが、限りなく親がやらせてるだけだと思っている。
幸せなら否定はしないが。
そもそもエゴで何が悪い!?子どもがやりたいって言ってるんだ!!
子どもは親の所有物だろ!
まぁ、ご自由に。
みたいにしか言えなくてこの話は結構タブーなんだと思うわけよ。
で、何が言いたいのかをまとめていくと、ただただ自分の教育方針を語りたかっただけなんだと、僕もエゴを押し付けているな、という話にしかならないんだけどね。
・親はいろいろなものを与えて興味を示させる。
・そこから好きなものを選ばせる。
・倫理的に間違っていることはある程度矯正するが排除はしない。
・上記を踏まえて法に背くことの罪は必ず教育すること。
こんなところだろうと思う。
いやぁ、だってお前らさ(急に口悪くなったな)
いきなり親のエゴで
あなたは音楽家にならなくてはいけない!あなたには期待している!
それに応えて生きる人生なんかつまらんやろ。
アドラー心理学派の私はこう言うだろう。
私(親)の期待になど応えなくてよい。
お前は好きなことを全力で頑張りなさい。
これが教育。
でも、それだけはやめて!!みたいなことを言ってしまうのも人間。
これも親ガチャ。毒親。
だって親はみんな、原則子どものことが心配で心配でたまらないのだから🥱
以上。