かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

イリュージョン

2019年09月19日 | 昼下がりの外来で

食事がのどを通らなくなったので病院を受診して、食道がんと診断された患者さんが、禁煙外来に通ってきている。

 

水も飲めないということで、入院して点滴をしながら、放射線治療開始。

「そんな状況では、もう、タバコ吸ってるどころじゃないでしょう?」と、一般的な非喫煙者なら思うかも。

でも、「こんな状況でも」、吸いたい気持ちがないわけではない。

依存症というのは恐ろしい。

 

だから、きちんと依存症について説明して、ニコチンパッチを使っていただく。

タバコのことなんかにとらわれずに、少しでも気持ちを楽にして、自分をケアし、がん治療に専念していただきたいという思うからだ。

 

自己流でがんばってタバコをやめようとすると、やめられないことが多く、リバウンドがきたりもする。

まずは、「喫煙=ニコチン依存症という病気」と認識することが大切。

それでもわかりにくい場合は、たとえば、「がん」という病気に置き換えてタバコのことを考えると、どうすべきかが理解しやすいかもしれない。

 

もしも「がん」などの病気であると診断されたら、みな「いい医者」を求めて、専門医にかかるだろう。

そうすれば、医者はしっかりとエビデンスのある標準的治療を紹介し、個人の状況に合わせて、治療について相談にのってくれる。

必要であれば、つらい症状を緩和する治療も施してくれる。

 

けれど、自己流でどうにか治そうとすると、長い間つらい思いをしなくてはならないし、一時的には良くなったような気がしても、結局よけいに悪化させてしまったり、完治せずに再発したりする。

 

禁煙を病気の治療として、シンプル、素直に受け入れてもらうには、どうしたらいいかと、常々考えている。

 

さて、ニコチンパッチも使い、放射線治療も順調に進んで、一時は胸焼けの症状に悩まされていたようであるけれど、どうにかお粥などの食事がとれるようになった例の患者さん。

顔色もよく、少しふっくらと健康そうな表情になった。

ニコチンパッチも予定どおり終了した。

 

「胸焼けはなくなったんですけど、でも、まだ少しづつじゃないと食べられないんです」

 

カルテで胃カメラの写真を確認してみると、がんや放射線による炎症はおさまっていて、食道の粘膜はきれいだけれど、胃の入り口の上あたりが狭いままになっている。

 

「タバコ吸ったら、ご飯をごっくんと食べても、スーッと胃の中に入っていくんじゃないかなと思うんです」

 

依存症の怖さを本当に思い知るのは、こういうときである。

そして、医師がきちんと説明、指導すべきは、まさに今である、とも思う。

 

タバコを吸えば、ニコチンのせいで血流が悪くなり、ますます内臓の働きは悪くなる。

そして、せっかくよくなりかけてきた食道の粘膜は、タバコ煙のさまざまな化学物質によって、再び火傷を負ったようにただれてしまう。

 

日本人のヘルスリテラシーの低さを実感する。

いや、それで済ませてしまってはいけない。

 

患者さんは、とにかくつらいのである。

バクバク、ゴックンと、ご飯を食べたいのである。

 

病気になる前の自分、タバコを気持ちよく吸っていた頃の自分に戻りたいのである。

 

だから、ひょっとしたら、タバコを吸えば・・・といった、イリュージョンを抱いてしまったのだ。

 

 

 

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