かりんとう日記

禁煙支援専門医の私的生活

ふたりで

2007年03月31日 | がん病棟で
夕方、外科のリエ先生に呼ばれました。
私が手術ができそうだと思って紹介したNさんが、治療をしたくないと言っているというのです。

Nさんの左肺には2cmくらいの癌があって、リンパ節にも転移しています。
タバコを吸っていたので、肺気腫にもなっていて肺はボロボロなのですが、どうにか手術ができそうです。
でもひょっとしたら術後に酸素を吸う生活が待っているかもしれないこと、完全に治る率は低いことなどを聞いて、治療に意欲がもてなくなってしまったようです。

「抗がん剤もやれば毛が抜けちゃうんでしょう?治る可能性が低いなら、つらい治療はしたくないわ。(先生たちは)もう年だから髪の毛くらいどうでもいいじゃないっておもうかもしれないけど」

『いいえ、私たちだって同じ女ですから、そのお気持ちはよくわかります。でも命よりも本当に髪のほうが大事ですか?』

「抜けた髪はまたはえてくるのは知っているのよ。かつらだって買ってあるの。でもね、がんじゃなくたって、明日交通事故で死んじゃうかもしれないのよ。そう考えたら、もうどうでもよくなってきたの」

『残念なことに、治癒率の低い肺がんになってしまった現実からは逃げられません。手術をしなくたって、この肺では近い将来酸素を吸う生活になる可能性があります。Nさんのこれからの人生にとって、何が最も大切なのか、そこをよく考えていっていただきたいのです』

「誰のでもない、私の命ですものね。ここ何日か病室の天井を見ながらずっと一人で考えてはいたのよ」

20年連れ添ったという旦那さんは、彼女の隣で少し困った顔をして、病状説明の紙をじっと見ています。

『ご主人ともよくお話をなさってみたらいかがですか?病気や治療のことを直接話さなくても、これからのお二人の人生をどんなふうにしていきたいかを一緒に考えていくと、自然と選ぶべき道が開けてくることもあります。せっかく長い間連れ添っていらしたのですから、お二人が納得できる方法がわかるといいですよね』

同席しているリエ先生は、今年入籍したばかり。
かく言うワタシは独り者。
20年も人生を一緒に歩んできたパートナーがいるというのに、今、一人で悩んでいる彼女と、そんな彼女を傍目に見ながらもう一歩踏み込めないでいる旦那さんがワタシには不憫に思えました。

「そうだよ。今日は許可をもらって一緒に帰ろう。それでよく考えようよ」

子どもがいらっしゃらないというNさんご夫婦は、桜の花咲く週末を自宅で過ごすために、連れ立って外泊に出かけていきました。





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