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アコギおやじのあこぎな日々

初老の域に達したアコギおやじ。
日々のアコースティックな雑観

サムライが去った

2008-01-22 | Weblog
 社内の飲み会では本当に久々、楽しいと感じることの出来る会合だった。こんな会合は、もう社内では有り得ないだろうなぁ。

 十二月で退社した先輩の送別会である。


     ◇

 有能で、誠実で、人望もあった。特に後輩からは尊敬され、憧憬さえも集めていた。

 要職を重ねてきたが、本人は肩書きで態度を変化させるような人間ではなかった。
 よく、肩書きが上がると意識して低姿勢に気を配る向きがあるが、彼の場合はそういうキャラクターではなかった。肩書きに左右されるような資質はない人であった。自分に対しても、相手に対しても。

     ◇

 「軽々しいケンカはしない。しかし、義有るならば歯に衣着せぬ」。それを教えてもらった。警察官にも、検察官にも、会社の上司にも、正論を吐いた。

 上司に正論を吐いたのが、社内的な躓きの始まりであった。それが組織の厭らしさだろう。彼には厭らしい組織は向いていないと、以前から思っていた。

     ◇

 サムライが去ってしまった。

 残されたのは、内側の身の処し方を案ずる有象無象ばかり。それが、実態。

 子どものころ、「NHK特派員報告」「すばらしき世界旅行」の2つだけのテレビ番組を見ることが許されていた。

 私にとって、彼が去った「あの職場」こそが、子どもの頃に憧れた「記者」という職域であった。


 希望した職業には就くことができた。幸福だと思った。が、いま思う。あの職場も変わった。本当に幸福だったのか。

     ◇

 きょうは、妻が職場でけがをしてしまい、5時半に連絡を受けた。私が夕方から夜の時間帯、息子のお世話をすることになり、仕事を早引け(夕方6時から)させてもらった。

 2人で買い物をして、ご飯を食べて、お風呂に入って。入浴中に妻が病院から帰ってきた。

 子どもとの2人の時間。毎日だと苦痛になるが、しばしばだと、だれにも渡したくない幸福な時間である。子どもが小さなうちだけでも、もっと時間を共有したい。

     ◇

 時代は移ろい、先輩は去り、後輩は在り。ただ身を流れに任せる。乱れたりもする。


 息子よ、君は誠実の紺碧の空を雄々しく飛べ。

 先輩は道標でありました。ありがとうございました。

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