写真は20年以上も前のものとなりました

つれづれなるまゝに日ぐらしPCに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづっていきます

「月見」焼き・・・(?)

2014年07月08日 | 食・酒

 

 

 

「月見」とは、

、主に「満月」を眺めて楽しむこと。「観月」とも称する。

鶏卵「黄身」「満月」に例えた料理も、「月見」という。

by Wiki

 

 

蕎麦・うどんに、叢雲(むらくも)やススキに見立てた海苔を

敷いてから、生卵を割り入れたものを「月見そば」「月見うどん」

と呼ぶ。

「月見の風情」を 丼の中に見立てたものである。

同上サイト下段)

 

 

 

 

鶏卵の「黄身」を「満月」に例えて、「月見の風情」を

見立てる、というほどに「風情」にこだわっているのに、

フライパンで卵を割り入れて焼いたものは、風情も何も

あったもんじゃない、というほどの呼び名の、「目玉焼き」。

「見た目が目玉」 (>_<) のようになることからそう呼ばれる、と

Wiki で解説されているが・・・隻眼の料理、かよ。

 

(目玉焼き)

 

 

Wiki では、続けて、

英米系の卵料理であり、江戸時代の『万宝料理秘密箱』には

記載されていない。」と解説している。

 

なるほど、それなら納得・・・。

 

 

日本人なら、「目玉に見える」などという感性のかけらもない

名前の料理を好んで食べることは なかっただろう、などと

勝手に推測。

 

(『万宝料理秘密箱』は「黄身返し」卵などを掲載)

 

(黄身返し卵)

 

 

ウサギを、鵜・鷺だから数えるのも「一羽、二羽、・・・」と

いうくらいだから、鳥類は食していたはずなのに、なぜ、

卵は食べようとししなかったんだろう?

 

どうも、ムカシの日本人は、卵を食べることを「恐ろしい事」と

考えていたようで、『日本霊異記』には、毎日卵を食べていた

男が、ある日、「暑い暑い」と叫びながら麦畑を走り回っていて

村人達が見てみると、男の脛の肉は爛れ落ち、骨だけになって

いたそうだが、その男は、毎日、鶏卵を食べていたのだという。

 

また、『沙石集』には、

いつも子供にたくさんの卵を食べさせていた母親の枕元に

見知らぬ女が立ち、 「子供はいとおしいぞ、いとおしいぞ」と

泣いている夢を見て、程なく子供達がつぎつぎと死んで

しまった、というような話も載っているという。

 

 

鶏卵考-たまごの禁忌-では、

オシラ様(蚕神)を信仰する家では鶏卵を食べない。」という

解説が記載されている。

 

まぁ、信仰は飲食に大きな影響を及ぼすから、「信仰」なら

決して食べることはないだろうな、とは思うが、信仰で全てを

片づける訳にもいかないので、少し推測をいれてみると・・・

 

卵は、室町時代の頃になって、

形が丸い、ということで「玉の子」、「玉子」と呼ばれるように

なった、と言われているが、それ以前は、殻の子」(かひのこ)

「かひこ」 と呼ばれていたそうで、その語感が、蚕(かいこ)と

似ていたので、恐れ多くも お蚕(かいこ)様を口にすることはならぬ、と

タブー視されたのではないか、と思われる。

 

 

 

目玉焼きについては、「ここで熱く討論できます」という

全日本目玉焼き学会」のサイトがある。

 

 

 

今では、「月見焼」と言えば、

「バーガー」か「お好み焼き」、なんだそうである。

 

(月見焼き)

 

 

 

八尾には卵のお菓子「玉天」がある。

http://urx.nu/9ZJD