日経BOOKPLUS (箱崎 みどり:ニッポン放送アナウンサー)
2024年1月25日
さまざまな三国志作品の中でも、真面目で実直で忠義にあついという諸葛亮(諸葛孔明)のキャラクターは共通している。『孔明のヨメ。』(杜康潤作)は諸葛孔明の妻、黄月英を主人公としたラブコメ風4コマ漫画。
『泣き虫弱虫諸葛孔明』(酒見賢一著)は、現代の視点で三国志を大胆に解釈した抱腹絶倒の小説。どちらも肩ひじ張らずに三国志の世界をのぞきたい方におすすめだ。三国志マニア、研究者のニッポン放送アナウンサー・箱崎みどりさんが紹介する。連載第2回。
真面目で忠義にあつい孔明
今、ニッポン放送の番組『伊集院光のタネ』(火~金曜日、17:30~18:00)でご一緒している伊集院光さんが、三国志に興味を持ってくださっています。
「三国志を知りたいとき、何から始めればいいか」というのは、私もよく聞かれる質問です。三国志全体に関するおすすめ本は次回以降にご紹介しますが、興味を持った登場人物に関する本や漫画から読んでいくのもおすすめです。
『三国志演義』(以下、『演義』)には、「三絶」という表現が出てきます。一般人とはレベルが違う3人という意味で、「奸」の絶が曹操、「義」の絶が関羽、そして「智」の絶が諸葛孔明です。
このうち「奸」とは、悪がしこいとか悪人という意味。たしかに『演義』において、曹操は明らかに悪役として描かれます。ところが吉川英治の『 三国志 』(講談社ほか)をはじめ同時期の小説は、そういう見方を一変させました。器の大きい、人間的な魅力にあふれるリーダーとして描いたのです。
この傾向は、戦後の柴田錬三郎の『柴錬三国志』(新潮社)、陳舜臣の『 秘本三国志 』(文春文庫)などにも継承されます。曹操は書き手によって姿が変わる、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいキャラクターなのです。
「孔明のキャラクターは安定しているので、どんな舞台に登場してもさほど違和感がありません」と話す箱崎みどりさん
対照的に、孔明の評価は安定しています。『演義』の孔明は神がかり的で、ついツッコミを入れたくなる場面もありますが、どんな作品でも、基本的に、真面目で実直で忠義にあつい人、というイメージは変わりません。もちろん描き方に幅はあるものの、方向性はだいたい似ている気がします。孔明を悪者に仕立てようと考える書き手はほぼいません。面白おかしく脚色することはあっても、根底にはリスペクトがあるように思います。
だから、孔明がどんな舞台に登場しても、さほど違和感はなく、往年の三国志ファンも安心して楽しめます。
孔明の妻が主人公、ラブコメ風4コマ漫画
昨今は、漫画『 パリピ孔明 』(四葉夕卜原作/小川亮漫画/講談社)が、アニメ化、テレビドラマ化され、話題になりました。孔明が現代の渋谷の街に転生するという荒唐無稽なお話ですが、『パリピ孔明』の孔明は史実や『演義』をはじめとする小説で作られてきたイメージそのもの。しかもセリフやストーリーの中に『演義』などへのオマージュがふんだんに盛り込まれています。私はそういうシーンを見るたびに、ついニヤニヤしたり涙ぐんだりしました。
『パリピ孔明』は、三国志を知らない多くの人の心をつかんでいますが、三国志を知っていると、マニアックな面白さも楽しめます。そこで私は、テレビドラマの各回の放送が終わるたびに、その解説記事を講談社現代新書のウェブにアップしました。「このセリフやシーンにはこういう深い意味があるんだ」ということが分かれば、もっとドラマを楽しめるかなと思いまして。
もし、このドラマをきっかけに孔明や三国志に興味を持った方がいたら、ぜひおすすめしたいのが『 孔明のヨメ。 』(杜康潤作/芳文社)です。いわゆる“ラブコメ”風の4コマ漫画で、タイトルの通り主人公は孔明とヨメの黄月英。現在も雑誌『まんがホーム』に連載中です。
『孔明のヨメ。』(杜康潤作)
物語は、孔明がまだ世に出る前、2人が出会うところから始まります。同じ漫画でも、現代日本を舞台に壮大なフィクションとして描かれている『パリピ孔明』に対し、こちらは史実ベース、つまり史書『三国志』に基づいています。だから孔明も、扇子を振るだけで風を起こせるような超人ではなく、どこにでもいそうな、でもちょっと変わった人という感じで描かれています。実際の孔明もこういう人だったのではないかなと思わせてくれます。
そして何より面白いのが、緻密な描写。1800年も前の異国の話なので、当時の人が、例えば何を食べてどんな家に住み、どんな服を着ていたのかについては、資料がなかったり、見つからなかったりすることも当然あるでしょう。しかし作者の杜康潤先生は、三国志熱が高じて中国へ渡り、現地で調査・研究をされてきたそうです。
その成果は随所に表れています。例えば各巻の巻頭に「創作ノート」と題して当時の習慣や日常的に使われていた道具などを紹介したり、折に触れて解説を加えたりしています。私もこの漫画を読んで初めて知ったことがたくさんありました。
もちろん分からない部分もあるはずで、そこは類推や想像で埋めました、とも書かれています。ただ考えてみれば、『演義』も含めて、すべて史書『三国志』の空白を埋める作業だったともいえます。もちろん、書き手によって埋め方はさまざま。その振り幅の大きさが、三国志の醍醐味です。
ちなみに、高貴な出自ながら料理や化粧には興味がない、変わり者として描かれることが多い“ヨメ”の黄月英は、『孔明のヨメ。』では、当時の価値観から見れば規格外でも、孔明を懸命に支える一人の女性として描かれています。当時の女性としては珍しかった、学問や工作が好きなところがイキイキと描写されていて、孔明と同志のような関係です。
私は、これはかなり真実に近い姿ではないかと思っています。孔明が作ったとされている武器や道具の中に、実は黄月英が発案したものが多く含まれているともいわれていますので。
偶像としての孔明をたたき壊す傑作
同じく孔明を描いた作品では、小説『 泣き虫弱虫諸葛孔明 』(酒見賢一著/文春文庫)は、相当ぶっ飛んでいます。こちらも史実をベースにした全5巻の大著で、著者の中国史に対する造詣の深さが発揮されています。
『泣き虫弱虫諸葛孔明』(酒見賢一著)
ただし、いわゆる大河歴史小説のような重々しさはありません。三国志に書かれていることを、酒見先生ご自身が現代人として解釈し、鋭いツッコミを入れながら進行する抱腹絶倒の物語です。
そのため、孔明に対する見方にも容赦はありません。宇宙がどうのこうのとか、わざと意味不明なことを語って相手を煙に巻く、あやしげな人物として描かれています。劉備に仕える前の孔明が、無位無官で晴耕雨読の生活を送るなか、大言壮語を吐いていたとすれば、確かに信用できない人物ですよね。史実を読み解いてこういう描き方もできるのかと、私は斬新な孔明像に驚かされました。
例えば序盤には、黄月英(同書では「黄氏」)が、やはり工作好きの妻として登場するシーンがあります。新婚間もない頃、孔明は訪ねてきた友人の徐庶と崔州平の前でさんざんのろけて見せた後、自家製のうどんを食べていくようすすめます。
ところが、黄月英が台所に立って作る様子はない。2人が不思議に思っていると、実は台所では黄月英が工作した自動調理機がうどんを作っていたのです。
ただ、いくら黄月英が道具作りの天才でも、西暦200年ごろにこのような機械が存在するはずはありません。酒見先生はこれを、実は人力だったと種明かしします。ふだんから家事全般を切り盛りしている孔明の弟の諸葛均が、機械のふりをして作業をさせられていたのです。孔明夫婦が友人の前でハッタリをかますために、とんでもない苦役を強いられていたというお話で、『泣き虫弱虫諸葛孔明』が、いかに変わった孔明像を見せてくれるのかが、お分かりいただけるのではないでしょうか。
なお有名な「三顧の礼」の際、諸葛均はこの調理器でもう一度苦労させられます。孔明が留守のタイミングで訪れた劉備一行は、せめて孔明の部屋を見たいと家の中を歩き回ろうとします。応対した諸葛均は、それを必死に止めます。理由は以下の通り。
台所には黄氏発明の自動調理器と木人のかぶり物があり、その他の部屋にも異様なものがごろごろしており、諸葛均は諸葛家のひみつや恥(と思っている)は誰にも見せたくないのであった。
こういう調子で、デフォルメされた多彩な登場人物たちによる、史実ベースなのになぜか荒唐無稽なお話が全編にわたってつづられます。ついでに言えば、呉(ご)の人々はなぜか映画『仁義なき戦い』に出てくるヤクザのように、「~じゃけ」と広島弁を使っています。現代日本でイメージするならこんな感じじゃないか、という酒見先生のユーモアなのでしょう。三国志にあまりなじみのない方でも、肩ひじ張らずにスッと物語の中に溶け込めると思います。
文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/木村輝
『 諸葛亮(上)(下) 』
伝説化された“天才軍師”の実像に迫る
乱世に生きながら清新さ、誠実さを失わない、今まで見たことのない諸葛亮がここにいる。宮城谷版『三国志』完結から10年、ついに待望の作品が紡がれた。
箱崎 みどり
ニッポン放送アナウンサー。1986年、東京都生まれ。ニッポン放送(AM1242/FM93)アナウンサー。気象予報士。東京大学大学院総合文化研究科(超域文化科学専攻比較文学比較文化コース)修士課程修了。論文に、「日中戦争期における『三国志演義』再話の特色」(『比較文学・文化論集』29号、2012年)、「日中戦争期のラジオ番組と中国理解――ラジオドラマ『音楽劇 三國志』を中心として――」(『三國志研究』第16号、2021年)など。著書に『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書)。
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