「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.109 ★ 中国「一人っ子政策」、誤算が生じた背景 ミサイル科学者が使用した数理モデルに見落とし

2024年02月21日 | 日記

DIAMOND online (The Wall Street Journal)

2024年2月20日

Photo: Zhang Peng/gettyimages

 中国では少子化が大方の予想を上回る速さで進行し、人口学的崩壊への懸念が高まっている。しかも、その影響への対処は今や、40年余り前の計算ミスによって複雑になる可能性がある。

 中国の「一人っ子政策」の立案者らは、現在進行中のこうした急速な変化を予想していなかった。史上最大級の社会実験であるこの政策は1980年ごろに導入された。当時、世界各国の政府は人口過剰が経済成長の妨げになることを懸念していた。モスクワで学んだあるミサイル科学者が、ロケットの軌道計算に使われる数理モデルを人口の伸びに応用した計算表に基づいて、中国の政策を推し進めた。

その40年後、中国では他の主要国よりもはるかに早い発展段階で高齢化が進行している。少子高齢化は経済成長を阻害する恐れがある。一人っ子として育った世代の若い女性は 出産にますます消極的になっており 、その数は年々減っている。中国政府は一人っ子政策をきっかけに定着した意識を転換させることに苦慮している。

 最近の政府統計によると、中国の出生数は2023年に50万人超減少し、22年から始まった人口減少に拍車をかけた。当局はその理由として、出産適齢期の女性の数が急減(前年比で300万人余り減少)したことを挙げ、人々の出産や結婚に対する考え方が変わったことを認めた。

 研究者の間では、政府はこの問題を過小評価しており、人口減少はもっと早くから始まっていたとの指摘もある。

 この統計の発表を受けて、豪ビクトリア大学と上海社会科学院の研究者らは、中国の人口が21世紀中に5億2500万人にまで減少するとの予測を示した。前回予測の5億9700万人から下方修正し、現在の14億人から急減するとしている。



 ビクトリア大学のシニアリサーチフェローで人口調査を指揮するシウジェン・ペン氏は「われわれの2022年と23年の予測はすでに低かったが、実際の状況はさらに悪化している」と述べた。

 中国の出生率は1.0に近づいており、人口を安定させる人口置換水準の2.1の半分に満たない。1970年代後半の出生率は3.0前後で推移していた。

 当時の中国は文化大革命の混乱から脱し、経済改革に着手しようとしていた。同国の最高指導者である鄧小平をはじめとする当局者らは、ある科学者グループから「出生制限を始めなければ、100年後には人口が40億人を超える」と伝えられ、危機感を募らせた。

 この科学者の一部は、1980年初めに中国共産党機関紙「人民日報」に掲載された論文で、中国の人口過剰への対応策は「出生率を1まで下げること(中略)1組の夫婦が持つ子供は1人に限定すること」だと提言していた。

 その年の秋、中国は全国的に一人っ子政策を実施し始めたが、その計算はいくつかの重要な要素を見落としていた。

人口への不安

 当時、人口過剰を懸念していたのは中国だけではない。1960年代から70年代にかけて世界人口が急増したことで、その2世紀近く前に英経済学者のトーマス・マルサスが論じた通り、人類は食糧生産の伸びを上回るペースで増殖するのではないかとの懸念が高まった。

中国当局は文化大革命後、科学研究を復活させる動きを強めていた。社会科学者らは毛沢東の紅衛兵によって迫害されたが、軍事関連の研究をしている者の一部は保護されていた。

 その中には、中国の原爆プログラムの父の弟子で、人工衛星やロケットの開発に取り組む国内トップ科学者の一人だった宋建氏もいた。宋氏はモスクワに留学し、制御理論として知られる数学の一分野と軍事科学の上級学位を取得した。軍当局者らは文化大革命の混乱から逃れるため、宋氏をゴビ砂漠のロケット・人工衛星発射場に送った。

 宋氏はその後、中国の科学技術部門を率いる国務委員(副首相級)となった。現在92歳である同氏に対し、中国国務院および中国工程院経由でコメントを求めたが、回答は得られなかった。

 宋氏をはじめとする科学者チームは1979年後半、独自モデルに基づいた報告書を当局に提出し始めた。女性1人につき3人という一定の出生率であれば、2080年までに中国の人口は42億6000万人に達すると計算した。

 コンピューターを駆使した数理モデルと政治的な人脈で、宋氏は中国指導部の注目を集めた。米ハーバード大学の人類学者で、一人っ子政策についての著書もあるスーザン・グリーンハル氏によると、宋氏は、人口の急増により中国は豊かで近代的な国になれないと主張した。

「彼は人口動態・経済・生態系の危機が訪れるという恐怖をあおる論調を用いて人々を説得した」とグリーンハル氏は言う。

 当局は一人っ子政策に対する懐疑論を打ち消すために、出生数があまりにも減少した場合はギアの切り替えが可能だと表明した。共産党は1980年の公開書簡で「30年後には現在の特に恐ろしい人口増加問題は緩和される可能性があり、そうなれば異なる人口政策を採用(できる)」と述べている。

 それから10年余りで出生率は人口置換水準を下回った。若い女性群はなお巨大で、人口は増え続けていた。だが、女児の新生児数は急速に減少していった。

一人っ子政策の影響



 数十年がたつにつれて、人口統計学者や経済学者の間で、一人っ子政策は時代遅れで欠陥があるとの声が高まった。平均寿命が延び、経済状況が改善するにつれ、中国の出生率は自然と下がっていたはずだという。

 宋氏の人口計算に欠けていた要因の一つは人間の行動である。政府が時に残酷な強制措置(中絶や不妊手術など)を実施したり、小さな家族を持つことの利点を数十年にわたって宣伝したりした結果、一人っ子が当然という意識がずっと残ることになった。同氏のモデルはまた、中国では伝統的に男児を好む傾向があることを考慮していなかった。

 現在、中国の人口動態ジレンマの中心にいるのは若い女性たちだ。

 ハーバード大のグリーンハル氏によると、一人っ子政策の下で育った女性たちは中国政府の目標通り、数は減るものの「より質の高い」人口として成長した。すなわち、教育水準が高く知識も豊富で自立しているのだ。

「こうした女性たちは、家庭に戻って専業主婦になることを受け入れないだろう」とグリーンハル氏は言う。

 宋氏のモデルは文化や社会の変化だけでなく、経済的な要因も考慮していなかった。例えば、鄧小平の改革によって都市部に大量の農村住民が流れ込んだことが出生率の押し下げに想像以上に大きな役割を果たした、と研究者らは指摘している。

 上海社会科学院で研究チームを率いる左学金氏は、10年余り前に人口動態の内部崩壊について警鐘を鳴らし、出産制限措置を正当化するような条件は全て消え去ったと述べた。

 左氏は電子メールで、「長年にわたり、人口過剰は中国の大きな懸念事項だった。中国が人口の急速な減少と高齢化という問題を抱える見通しだということについて、政府や国民の理解を得るのは難しかった」と述べた。

 宋氏は、自身の判断は正しかったとの考えを示している。同氏は母校の済南大学から2010年に出版された論文で、中国は「人口爆発」につながりかねない爆弾をうまく取り除いたと語っている。「(人口)ゼロ成長は現代人類の宿命であり、現代中国にとって喫緊の課題である」としている。同氏は中国の人口が減少に転じるのは2035年より後になると見込んでいた。公式統計では2022年から減少が始まっており、宋氏は10年余りも予測を外した格好となる。

 中国政府は一人っ子政策によって4億人の出生を防いだと主張している。中国はこうした主張を世界への中国流の贈り物のように打ち出すことが多く、(中国が自主的なCO2削減目標を発表した)2009年のコペンハーゲンでの気候変動サミットでもそうだった。人口統計学者はこの数字を疑問視しており、中国の出生率は経済状況の改善に伴い、自然と低下していたはずだと指摘している。

現状把握を急ぐ人口統計学者

 2015年に中国政府が一人っ子政策を廃止したときでさえ、指導部は出産制限を完全に廃止したわけではなく、二人目を容認する政策に軸足を移したに過ぎなかった。政府は現在、子どもを3人持つよう奨励しており、「出産に優しい文化」に戻るよう訴えている。

 人口統計学者は出生数が急速に減少している現状に追い付こうとしている。国連が発表した中国の人口予測は、2020年の国勢調査に基づいて出生率を1.19と想定しており、すでに現実にそぐわないものとなっている。

 国連の人口推計・予測部門の責任者であるパトリック・ガーランド氏は、同部門の計算は長期的なトレンドの捕捉が狙いであり、急激な変化には対応していないと述べた。中国の出生率は1.0に近いとする他の研究者の意見に同意するという。

「中国のように、ある年から次の年への出生率が急速に変化している国の場合、国連の2年前の予想よりも人口(予測)は少なくなるだろう」と同氏は述べた。国連は7月に最新予測を発表する予定だ。

 米ウィスコンシン大学マディソン校の産婦人科学上席研究員で、中国の出産制限に批判的な易富賢氏は、公式統計が示す以上に状況は悪化していると以前から訴えてきた。同氏は就学状況や新生児のワクチン接種数など、他の入手可能な統計から推測される出生数に基づき、中国の人口は数年前から実際に減少し始めていると考えている。

「中国の数十年にわたる人口政策は全て、誤った予測に基づいている。(中略)中国の人口動態危機は当局や国際社会の想像を超えている」と易氏は述べた。

 米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の社会学者、カイ・ヨン氏は、若者世代が一度態度を決めてしまうと、それを変えるのは難しいと語る。

 より新しい世代にもっと大きな家族を持つよう促す公式メッセージや政策によって出生率が上昇する可能性はあるが、「そうなるとしても、短期的には実現しない」と同氏は述べた。

(The Wall Street Journal/Liyan Qi)

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