「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.533 ★ 変質した「3中全会」にみる変わりゆく中国政治 中央委員会の地位低下や対台湾立法措置に注目

2024年08月02日 | 日記

東洋経済オンライン (鈴木 隆 : 大東文化大学教授)

2024年8月1日

日米欧では経済問題への対処が出されると思われた「3中全会」だが、実際には「ミニ政治報告」のような内容。背景やポイントを専門家が鋭く解説する。

権力を強化していく習近平政権だが、経済の重要性はますます薄れつつある(写真:Bloomberg)

2024年7月15~18日まで中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(20期3中全会)が開催された。会議では習近平総書記の説明演説に基づき、「改革のさらなる全面的深化と中国式現代化の推進に関する中国共産党中央の決定」(「20・3決定」)と題する決議が採択された。

これまで3中全会は、直近に開かれた共産党大会で提出された政治、経済、社会、文化、外交、軍事・安全保障、党務など多方面に及ぶ政策領域の長期方針に基づき、とくに経済分野を中心に、それに関係する行政や民生上の課題(戸籍、労働、社会保障など)について中期的な改革の取り組みを決定する重要な会議として位置づけられてきた。

それゆえ今回の3中全会前にも、日本をはじめ海外の専門家の間には中国経済・社会が直面する構造的な課題に対し、一定の方向性が示されるのではないかとの淡い期待があった。ポスト・コロナ期になっても十分に回復しない足元の景気動向や長引く不動産業の低迷、人口減少に伴う社会・経済的活力の低下、社会保障の持続可能性など懸念が続いているからだ。

裏切られた3中全会に対する期待

だが、フタを開けてみれば、「20・3決定」は、2022年の20回党大会での既定の内容をもとにその後の政治経済状況の推移を部分的に足し合わせたような「ミニ政治報告」のような文章だった。メリハリと具体性の乏しい総花的内容に対し、市場関係者の失望は大きい。

アメリカのあるエコノミストは次のように手厳しく批判した。「今年の3中全会では、深刻な経済・金融問題への対処が急務であるにもかかわらず、習国家主席が市場の方向性とは対照的に内向き姿勢であることを確認する以外、本質的なことは何も打ち出されなかった」、「3中全会でまとめられた中身の乏しい方針は職務怠慢に等しい」。

経済専門家のこうした見方に対し、政治学者である筆者の意見は次の4点である。

第1に、習近平政権の下、とくに2022年の第3期政権の成立以降、従前のような社会経済の中期的な発展の方向性と、そのための改革措置を国内外に提示するという3中全会の意義はすでに失われた。

第2に、したがって20・3決定を、経済・社会改革の文書として読むのは、文書の起草グループの長である習近平の考えにそもそも合致していない。習近平時代が続く限り、3中全会が経済・社会改革の重要会議としての意義を取り戻すことは期待薄だろう。

第3に、今回の3中全会にみられるとおり、政策過程全般に対する習近平個人と中央の特設機関の影響力が強まった結果、政策形成と政治的コミュニケーションにおける党中央委員会の役割は今後さらに低下していく可能性が高い。

第4に、中台関係に関し、20・3決定に示唆される中国側の今後のありうる動きとして、中台関係を規律する新たな法制化や関連法制の見直しが図られる可能性がある。

「中国式現代化」のための「改革の全面深化」

今回の3中全会が経済を中心テーマに据えない可能性の予兆は、開催前からあった。会議の開催日程と決議草案を話し合ったとされる2024年6月27日の党中央政治局会議について、新華社が事前に伝えた「20・3決定」の骨子案では、経済的な論点にほとんど言及していなかったからだ。

「20・3決定」の正式名称は、「改革のさらなる全面的深化と中国式現代化の推進に関する中国共産党中央の決定」という。ここでいう「中国式現代化」の趣旨は、基本的人権の保障を含む欧米諸国の歴史経験に由来する近代化モデルを拒絶し、中華人民共和国の独自の発展コースを追求することにある。2022年8月には習近平名義で関連論文が発表され、同年10月の20回党大会では、「中国式現代化によって中華民族の偉大な復興を全面的に推進すること」が今後の「中心任務」と宣言された。トップ肝いりの政治スローガンである。

3中全会での習近平氏による説明演説によれば、「20・3決定」で規定された「改革のさらなる全面深化」の内実は、この「中国式現代化という青写真を現実のものに変える」ために必要な制度や仕組みの整備にほかならない。「中国式現代化」が目的で、「改革の全面深化」はその方法という関係である。

このうち改革を通じた成長は、有力だが複数ある手段の1つにすぎない。事実、表1のとおり、20・3決定には多様な施策が盛り込まれ、個々の政策分野には、まるで言葉遊びのように「中国式現代化」との関係性が羅列されている。

だが、歴史を振り返ってみれば、習近平政権下での3中全会の「経済」の重要性の低下は、今回に始まったものではない。それは、2012年の第1期政権の発足以来、過去10年以上に及ぶ継続した流れであった。

表2は現在まで過去45年余りの間に開かれた計10回の3中全会についての主な成果だ。これによれば、改革開放政策の開始を告げたとされる史上もっとも有名な1978年の11期3中全会以来、2008年の17期3中全会までの30年間は、決議文書の表題や決定の要点にみられるとおり、3中全会の主題はたしかに経済政策と経済・社会改革であった。

その経済・社会改革の重点についても、①(1980年代)農業と農村から工商業と都市への改革の拡大、②(1990年代)「社会主義市場経済」の確立、③(2000年代)都市と農村の均衡発展の強調、④(1990~2010年代)経済活動における市場の役割強化、といういくつかのポイントがみてとれる。

改革開放時代の3中全会路線からの離脱

一方、習近平氏が党総書記に就任してから初めて開かれた2013年の18期3中全会以降、決議文書の名称には、「経済」とそれに関係する単語が1つも含まれていない。素直に読めば、習近平指導部のもとで採択された3中全会の決議を、2000年代までの3中全会の成果と印象に基づいて解釈しようとするのは適切ではないだろう。

要するに、前例踏襲をよしとせず、自身が掲げる「新時代」を邁進する習近平は、3中全会の意義も変えてしまったのである。そう考えると、18期3中全会の「改革の全面深化」の決定の評価も見直しが必要である。「18・3決定」と「20・3決定」が、形式と内容の両面で直接的な関連があることは、決議文の名称からも一目瞭然である。

ただし私見によれば、「18・3決定」は、習近平氏と李克強氏のそれぞれに代表される2つの政治的要素の折衷の成果であり、同時に習近平氏の権力強化の過程における過渡期の産物であったと思われる。政治的意思の1つは、当時の李克強首相の主導のもと、それ以前の3中全会路線を踏襲し、経済と市場化に力点を置いた改革推進への意欲である(①)。いま1つは、そうした改革のあり方に異を唱え、3中全会の議題の範囲を軍事や安全保障まで含む多様な論点に拡大することで、「改革」の語が指示する政治的内実の変更――具体的には、経済の地位の相対的低下と経済活動に対する政府の役割強化――を目指す習近平の意思である(②)。

実際、②に関して、「20・3決定」と同じく、「18・3決定」も、政治、経済、社会、文化、軍事など複数の政策領域について、計60項目300件以上の内容が多岐にわたる改革事項を列挙していた。また、中国軍の内部資料によれば、習近平は、18・3決定の起草に際し、同文書のなかに国防と軍事改革の項目を書き込むことを、みずから提案したことを明らかにしている。

18期3中全会の決議文の構成を議論しているとき、わたしは国防と軍の改革に関する内容は、単独で1つの構成部分とすべきことを提案した。(2013年12月27日の発言、中央軍委政治工作部編『習近平論強軍興軍』解放軍出版社、2017年、191ページ)
18期3中全会は、国防と軍の改革の深化について特別な手配を行った。これは、わたしの意見である。わたしの考えは、国防と軍の改革は、われわれの改革の全面深化の重要な構成要素であり、改革の全面深化の重要な目玉でもある。改革の全面深化の大きな枠組みのなかに必ずや組み入れなければならないということであった。(2014年3月15日の発言、同上書、215ページ)

もっとも、2013年の18期3中全会の開催当時は、上記①のとおり、「リコノミクス」と呼ばれる李克強首相の重視する市場化と構造改革への期待感が大きかった。18・3決定でも「経済体制改革が改革の全面深化の重点」であり、資源配分における市場の「決定的役割」が謳われていた(表2)。

しかし、李克強はもうこの世にいない(2023年10月死去)。この結果、習近平氏の個人支配が強まり、政治的過渡期の性質がなくなった20・3決定では、①の李克強的要素が減少し、②の習近平的要素が強調されることになった。

中央委員会の政治的地位の低下

今回の3中全会から得られる政治的示唆としては、次の2点が挙げられる。

1つめは、党中央委員会の政治的地位の低下である。開催日程の大幅な遅れや、決議文書における経済・社会改革の意義の相対的縮小など、改革開放期以来の慣例化されたパターンからの逸脱や実質的変更は、政策過程全般に対する習近平氏個人の影響力の増大とその裏返しとしての中央委員会軽視にほかならない。

習近平氏の考えはおそらく、自身がトップを務める党中央全面深化改革委員会や党中央財経委員会が、「改革」や「経済」の立案・執行・指導監督などの司令塔的役割を十全に担い、個々の党組織や政府機関がそれぞれの組織系統に基づき、上級からの指示命令を着実に履行しさえすればそれで事足りるというものだ。政策形成と政治的コミュニケーションにおける中央委員会の役割は、今後ますます小さくなっていくだろう。

2つめは、中台関係を規律する新たな法制化や関連法制の見直しが図られる可能性である。「20・3決定」では、台湾政策に関する直接的記述は少なく、「両岸の経済文化交流協力を促進するための制度と政策を改善し、両岸の融合発展を深化させる」などと述べる程度にとどまった。

一方で、同決定では、指導部が管理監督の強化が必要と認識する重要政策の立法化に複数回言及している。具体的には「民営経済促進法」、「金融法」、「民族団結進歩促進法」などであり、ほかにも「環境法典」や「国境をまたぐ反腐敗法」などの法整備も指摘されている。このうち「民族団結推進法」の制定は、「中華民族の共同体意識」の涵養を目的とした制度基盤の整備とされるが、実態的には、チベットや新疆ウイグルなどの少数民族、香港住民など各種マイノリティへの抑圧的統治の強化とみられる。

こうした動きから推察するに、内政では「中国的法治」の徹底を掲げつつ、台湾問題の「解決」をライフワークとする習近平氏が、中台関係についても、今後なんらかの立法措置を試みるかもしれない。例えば、2005年制定の反国家分裂法の条文修正や解釈変更、新法の制定などである。

本年(2024年)6月末、中国最高人民法院、最高人民検察院、公安部、国家安全部、司法部が連名で作成した「台湾独立分子」への死刑適用を定めた処罰規定の発表は、「法」と「台湾」をめぐる習近平のそうした政治的意向の反映であり、官僚たちの忖度の表れとみられる(これに関する詳しい分析は、福田円「『台湾独立派』に死刑適用も中国の狙い外れる背景」)。今後こうした動きにも注視する必要があろう。

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