「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.385 ★ 台湾・鴻海のAI集中で子会社シャープの運命激変 液晶パネル工場を  データセンターに転換の必然

2024年06月08日 | 日記

東洋経済オンライン (山田 周平 : 桜美林大学大学院特任教授)

2024年6月7日

5月31日に株主総会を終え記者団の取材に応じる鴻海精密工業の劉揚偉董事長(会長)。就任後の5年で鴻海の経営を大きく変えた(写真:筆者撮影)

台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が就任から5年が経過した劉揚偉董事長(会長)のもと、人工知能(AI)を軸とした収益構造の改革を加速している。世界最大手である電子機器の受託製造サービス(EMS)で生成AI向けサーバーの受注・供給を拡大するほか、AIを活用して電気自動車(EV)やロボットの付加価値も上げる戦略だ。

大型液晶パネルで巨額の赤字を計上し、生産撤退を決めた子会社シャープもこの戦略に沿って再建を目指すもようだ。

「AIサーバーの売り上げが今年は4割以上増える見通しだ。2025年には売上高1兆台湾ドル(約4兆8000億円)超のビジネスに育つだろう」。劉氏は5月31日、台湾・新北市の鴻海本社で開いた株主総会でこうぶち上げた。冒頭の40分間を使って10種類の経営テーマを株主に説明したが、AIサーバーにそのうち12分間を割く力の入れようだった。

鴻海は前董事長の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が1974年にテレビ部品メーカーとして創業し、パソコンや一般的なサーバーのEMSへと事業を拡大した。近年はアメリカのアップルの「iPhone」の約6割を受託製造するスマートフォンが売上高で2兆5000億台湾ドル(約12兆円)規模の主力製品となっている。

しかし、スマホ市場は成長が鈍化しており、新たな製品領域の開拓が課題となっていた。

エヌビディアとの蜜月を強調

「皆さんも私が昨晩、ジェンスン・フアン氏の宴会に参加したニュースを見たでしょう」。劉氏は株主に対し、台湾滞在中だったアメリカ半導体大手エヌビディアのフアン最高経営責任者(CEO)との蜜月ぶりも訴えた。鴻海は3月、エヌビディアがアメリカで開いた開発者会議に最新のAIサーバーを出展していたが、総会でも会場の近くに実機を展示していた。

台湾のIT(情報技術)製造業は現在、「AI特需」に沸いている。半導体最大手の台湾積体電路製造(TSMC)がエヌビディアなどのAI向け半導体のチップ製造を一手に受託していることは有名だが、実はAIサーバーにも恩恵が来ている。サーバーメーカーは中国などにも存在するものの、特に台湾EMSに発注が集中しているのだ。理由は大きく2つある。

1つは生成AIの学習・推論に特化したAIサーバーが強力な画像処理半導体(GPU)や高速メモリーを搭載していることだ。データ保管やネットワーク管理にも使う一般のサーバーに比べて消費電力が多いうえ、発熱量も大きい。台湾にはサーバーの電源管理や冷却に使う周辺機器の優秀なサプライヤーがそろっている。

2025年には売上高1兆台湾ドル(約4兆8000億円)超のビジネスに育つという鴻海のAIサーバー(写真:筆者撮影)

もう1つは米中ハイテク摩擦の影響だ。エヌビディアのAI半導体はアメリカ政府による対中輸出の規制対象となっている。AIサーバーの発注者である「GAFA」などアメリカIT大手が情報セキュリティーの観点から中国以外での製造を望む例も増えている。EMS最大手の鴻海は現在、これらの追い風をフルに享受できる位置にいる。

劉氏はこの日の総会で、別の新規事業であるEVや工業用ロボットの受託製造の運営状況も説明した。これらのハードウエアもAI化で付加価値を高め、受注拡大を目指す方針を強調していた。鴻海は従来、パソコンやスマホなど汎用ハードウエアを大量に受託製造するビジネスモデルで成長してきたが、AIを軸に収益力を向上させる姿勢を鮮明にしている。

「リリーフ経営者」が化けた

鴻海で半導体事業の責任者などを務めた劉氏は2019年6月、「3+3」と呼ぶ経営戦略を掲げて董事長に就任した。「EV」「ロボット」「デジタルヘルス」という3つの成長産業を「AI」「半導体」「次世代通信」の3つの新技術で開拓するという意味だ。

ただ、劉氏は当時、翌年の台湾総統選挙への出馬を目指して退任したカリスマ経営者である郭氏の「単なるリリーフ」という印象が強かった。郭氏が院政を敷くことや、総統選の行方次第では短期間で董事長に復帰する可能性が噂され、劉氏の経営手腕への期待が大きかったとは言いにくい。

しかし5年を経て、劉氏の改革は一定の成果を上げている。総会で承認した2023年12月期決算は売上高が前の期比7%減の6兆1622億台湾ドル(約29兆5800億円)で、純利益は1420億台湾ドル(約6800億円)と微増だった。新型コロナウイルス禍に伴う特需の反動が響いた。

ただし、収益力を示す1株当たり純利益(EPS)は10.25台湾ドル(約49.2円)に増え、2008年12月期以降で最も高くなった。

鴻海の株価はAI特需への期待で3カ月前から約7割も上昇(5月31日終値は172台湾ドル=約825.6円)しており、総会では株主から劉氏の手腕を評価する声が相次いだ。一方で、2016年に買収したシャープに関する質問もあった。劉氏は「6月に開く株主総会で発足するシャープの新たな経営陣に説明してもらいたい」と詳細を避けた。

ただ、劉氏は5月下旬発売の台湾の経済誌『商業周刊』のインタビューで、シャープ再建について赤裸々に述べている。シャープの業績は一時回復したものの、「鴻海はメーカー(製造に特化したEMS)であり、製造業のコストダウン文化で(シャープという)ブランド会社を経営してしまった。これは間違いだった」と反省を明言している。

シャープの不振が改めて鮮明になった2023年7月以降、合計で8回来日し、毎回1週間ほど滞在して300人以上の社員と対話したことも語った。こんな過程を経て、液晶子会社の堺ディスプレイプロダクト(SDP、堺市)の工場をAIデータセンターに転用し、シャープ本体は家電などブランド事業が中心の資産規模の小さな会社にする方針を固めたという。

「軍隊式」の経営手法と決別

鴻海はEVなどの新規事業もAIの活用によって加速させる構えだ(写真:筆者撮影)

劉氏はインタビューで「最も変えたいのは鴻海の力任せ(中国語で鉄腕的)の管理文化だ」とも話している。名指しは避けているが、軍隊式といわれた郭氏の経営手法を否定する発言だ。

郭氏は依然として鴻海に12.56%出資する筆頭株主だが、2023年9月に董事(取締役)を辞任している。少なくとも今回の総会では、郭氏の影響力はまったく感じられなかった。

日本の産業界ではシャープについて、郭氏が剛腕を発揮して官民ファンドの産業革新機構との争奪戦を制し、鴻海傘下に収めた会社との印象が根強い。日本の総合電機メーカーという業態や液晶パネル産業の衰退という視点で語る向きも多い。

しかし、劉氏が率いる鴻海はすでにAIやEVなど郭氏の時代とは違う事業でシャープを活用する姿を描いている。実際にシャープは3日、KDDIなどと共同で、SDPの工場をAIデータセンターに転用する計画を発表した。日本側は鴻海が8年前とは違う行動様式の会社になったことを理解したうえで、今回のシャープ再建の行方を見守る必要がありそうだ。

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