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「天狗の中国四方山話」
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JBpress (井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)
2025年5月25日
2022年にプロトタイプが初公開されたクロスオーバー「モデルB」(写真:NNA/共同通信イメージズ)
BEV(バッテリー式電気自動車)の世界市場への進出を目論む台湾の電子機器大手、鴻海(ホンハイ)精密工業。先進国メーカーとの最初の協業相手は日本の三菱自動車だった。
5月7日に両社は業務提携の覚書を締結。三菱自動車は鴻海から供給されるBEVをオーストラリア、ニュージーランドに投入すると表明した。
図:共同通信社
1974年に樹脂メーカーとして発足し、コンピュータ用基板をはじめとする電子部品分野で成長した鴻海の名が世界で一躍知られるようになったのは、米アップルのスマートフォン、iPhoneの製造受託だった。
その鴻海がBEV専業メーカーとして鴻華先進科技(フォックストロン)を設立し、自動車ビジネスに乗り出したのは2020年。翌21年にはさっそく上級セダン「モデルE」、電動バス「モデルT」を発表。22年以降も新しい乗用車、商用車を間断なく公開している。
2021年に公開された上級セダン「モデルE」(©Walid Berrazeg/SOPA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
驚くべきスピード感だが、自動車開発の経験ゼロの鴻海が単独でそれをなしえたわけではない。同じ台湾の自動車メーカーで、日産自動車のモデルのノックダウン生産などで技術力と知見を蓄積してきた裕隆汽車(ユーロン)あってこその力技。フォックストロンも鴻海51%、裕隆49%の合弁会社である。
鴻海の目指す自動車ビジネスの形態は完成車を作り、自社ブランドで売り切ったり、リースを行ったりという一般的な自動車メーカーとは根本的に異なる。電動バスについてはフォックストロンブランドで販売しているが、乗用車については他ブランドでの販売を前提とした開発・製造受託を志向している。
基本となるのは独自の電動プラットフォームMIH(Mobility in Harmonyの略)で、それを活用したクルマ作りは大きく分けて2通りある。
ひとつはフォックストロンがひな形となるクルマを作り、それに他の自動車メーカーのエンブレムを付けて売るバッジエンジニアリング。もうひとつはクライアントとなる自動車メーカーの商品企画について開発、製造を一括で受託するというものだ。
三菱自動車との協業が最初に報じられた今年3月の時点では、三菱自動車サイドが鴻海との関係をどう捉えようとしているのかについては不明な点が多かった。
PHEV(プラグインハイブリッドカー)を得意とする三菱自動車にとってBEVを作ること自体はそうハードルは高くないが、小規模メーカーがPHEVとBEVの二正面作戦を展開するのは負担が大きい。その点、今後の動向が読みにくいBEVを鴻海にアウトソーシングするということ自体はまったく不自然ではない。
問題は先に述べた鴻海のビジネスモデルのうち、三菱自動車がどちらを志向するかということだった。
BEVにもある程度本気でかかるのであれば、三菱自動車のブランドイメージを強化するようなオリジナリティの高いものを出す必要があるため、開発・生産を一括で委託。BEVは傍流とみるのであれば鴻海があらかじめ作ったモデルのバッジエンジニアリングでしのぐのが理にかなう。
BEVの投入先を販売台数の少ないオセアニア市場としたことで、当面の協業の形態はバッジエンジニアリングとなる公算が大だ。
三菱自動車は翌日の決算発表でルノー、日産自動車からのOEM(相手先ブランドによる供給)を積極活用する方針も示していることから、鴻海との関係もその一環に位置付けていると推察される。
となると、ユーザーの興味関心の対象はフォックストロンの作ったひな型モデルの商品性であろう。
すでに市販されているフォックストロン製「モデルC」のメリデメ
バス、デリバリーバンなどの商用車を除いたコンシューマー向け乗用モデルとしてここまでフォックストロンが公開しているのは、以下の4モデル。
① モデルE
全長5.1mのEセグメントラグジュアリーセダン。2021年公開のプロトタイプは電動AWD(4輪駆動)で総出力は550kW(748ps)
② モデルC
全長4.6mの7人乗りクロスオーバー。2021年、モデルEと同時に公開されたプロトタイプは電動AWDで0─100km/h加速3.8秒を謳っていた
③ モデルB
2022年にプロトタイプが初公開された。全長4.3mのコンパクトクロスオーバーで、低価格レンジ向けの商品となる。
④ モデルD
2024年に公開された全長5.1m、ホイールベース3.2m、スライドドア装備のラージクラスミニバン。超急速充電を受け入れる電圧800Vアーキテクチャを採用
三菱自動車に供給されるのは③のモデルBとみられるが、現時点で市販開始にこぎつけているのは②のモデルC。提携先である裕隆汽車のサブブランド、Luxgenから「n7」の車名で2024年初頭にデリバリーが開始された。
2024年に台湾で発売された「n7(モデルC)」(写真:AP/アフロ)
n7の販売は今のところ台湾の国内のみで行われているため、一般ユーザーが日本でドライブする機会はない。だが、発売から1年余りが過ぎ、現地では長期テストを含めてインプレッションが出そろいつつある。それらの概要をまとめてみよう。
●走行性能、動力性能は4.6m級クロスオーバーとしては標準的なレベルをクリアしている。重量は2輪駆動の長距離版で2.2トンとやや過大
●100%充電時のオンロードでの航続力は大容量バッテリー版で500km程度と、先進国メーカーの同格モデルに匹敵。充電速度も十分
●OTA(Over the Air=クルマのファームウェアのオンラインアップデート)機能を標準で備え、更新頻度も多い
●内外装の装飾性は高いが仕上げはトップランナーモデルに対して劣っている。とくに指摘が多かったのはインテリアの樹脂マテリアルの質感で、隙間も大きめ
●価格はインフレの影響を受けて上昇中で、スターティングプライスは120万台湾ドル(582万円/1台湾ドル=4.85円換算)。台湾における大衆価格の目安となる100万台湾ドル(同485万円)以内のモデルではなくなった。トップグレードは150万台湾ドル(同727万円)
三菱自動車のバッジをつけてユーザーの支持を得られるか
台湾ではBEVの販売台数はまだ多くはないが、今年4月に日産自動車「アリア」が台湾カー・オブ・ザ・イヤーの大賞を受賞するなど注目度は上昇中だ。
n7は台湾の独自開発による高性能BEVということで、台湾ユーザーからは誇らしく思われている。比較対象のリファレンスとされるモデルもテスラ、日産、アウディ、BMWなどBEVの強豪が多く、見る目も厳しい。
そういった感情を含んだものとしてフォックストロン車の現在地を推測すると、中国勢、既存の先進国勢のキャッチアップに向けて成長途中といったところだろう。n7は初期にはいろいろ問題も起こったものの、その大半がOTAによって自動的に解消したというレポートが多くみられる。
また発売後しばらくして支え棒がなくともボンネットを開放状態にできるボンネットダンパーが追加されたが、それがない仕様の既納客にもディーラーで追加する措置が取られたという。顧客満足度向上への取り組みはかなりアグレッシブだ。
7人乗りクロスオーバーの「n7(モデルC)」(写真:AP/アフロ)
三菱自動車に供給されるとみられるモデルBはn7(モデルC)よりも世代が新しい。OEM供給を受けてラインアップを補完するにせよ、スリーダイヤのエンブレムをつけて販売する以上、評判を下げるような出来では選ばれまい。仮にも量産BEVのパイオニアである三菱自動車がこれでいけると判断しただけの出来は期待していいだろう。
しかし、モデルBが日本に投入されるかどうかは現時点では未知数だ。現在、日本ではBEVの販売がきわめて低調で、導入のコストや手間を考えると三菱自動車にとってのメリットは薄い。また三菱自動車が自身の意思と技術を込めて作ったモデルではないだけに、クルマとしての出来が良かったとしてもユーザーの支持を取り付けるのは容易ではない。
三菱自動車と鴻海の協業は現時点では拘束力のない覚書の段階であり、すべてはこれから始まる。鴻海は2027年までに日本にBEVを投入したいという意向を明らかにしている。モデルBのOEM供給で相互の信頼感が高まれば、鴻海開発のBEVの日本市場投入、さらにその先、三菱自動車の商品企画による開発受託にこぎつけられる可能性も出てくるであろう。
2025年4月、東京都内でEV戦略に関する説明会を開いた鴻海CSO(最高戦略責任者)の関潤氏(写真:ロイター/アフロ)
開発受託は鴻海にとっても長期ビジョンの本丸であり、先進国メーカーで初となる三菱自動車との協業はそれを実現するための重要な橋頭保と言える。これからどんなストーリーが飛び出すのか、大いに楽しみなところだ。
2024年に公開されたラージクラスのミニバン「モデルD」(写真:AP/アフロ)
井元康一郎(いもと・こういちろう)
1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。
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