東洋経済オンライン (和田 隆 : 映画ジャーナリスト、プロデューサー
2025年5月30日
仮想現実(VR)に観客を没入させる映画への需要の高まりが市場を推進すると予想されています(写真:Yellowdesign/PIXTA)
実は今、世界の映画市場でハリウッドが陰りを見せる一方、日本映画は興行収入で過去最高を記録し、国内外で存在感を増しています。
なぜ今、日本映画はこれほどまでに好調なのか? その背景には、国際情勢や業界構造、そして日本独自のヒットの仕組みが複雑に絡んでいます。
本稿では和田隆著『映画ビジネス』より、映画において「邦高洋低」の時代が続く理由を、業界紙の記者として映画業界の表と裏を取材をしてきた著者が読み解きます。
世界の映画市場の現状
2024年4月に発行されたアメリカのSkyQuest社の市場調査レポートによると、世界の映画・エンタテインメントの市場規模は、2022年の約974億7000万ドル(約15兆2000億円)から上昇し、2031年までには1822億3000万ドル(約28兆4000億円)に達すると予測しています。
これは仮想現実(VR)に観客を没入させる映画への需要の高まりが市場を推進すると予想しているためであり、音楽や映像が利用できるストリーミング・プラットフォームのその他の特典として、コンテンツのクオリティがさらに向上していくことも、市場の成長の要因の1つとしています。
さらに、ユーザーはオーディオやビデオコンテンツのプレイリストを簡単に作成することができるので、ミレニアル世代(1980年代前半から1990年代半ばまでに生まれた人々)に訴求することができれば、市場の拡大につながるとしています。
中国、韓国、インドなどの国々でモバイルやネットの利用が増加していることも市場拡大に貢献しており、アジア諸国の急速な成長と需要の増加が期待されます。ネットやテレビなど複数のチャンネルで視聴者が利用できることによって、新しい才能の普及も促進されてきました。
アメリカは長い間、世界のコンテンツ市場に君臨してきましたが、ヨーロッパ諸国では、アメリカの巨大なコンテンツ産業から自国の産業と文化を守るために、製作や人材育成に補助金を交付するなど支援を続けています。
アジアでも、日本のコンテンツの流入を制限しながら、自国の文化を守ることを目的に、人材育成や投資などで国が積極的な支援活動をしている国もありますが、お隣の韓国では、コンテンツ産業を国家戦略として振興していて、日本とアジア諸国間のコンテンツ貿易は活発化しています。
中国の映画市場は拡大
日本の映画市場は、2000年以降ほぼ年間興収2000億円前後で推移していますが、中国の映画市場は拡大を続け、アメリカに次いでそれまで世界第2位だった日本を2012年に抜きました。
2014年には約5700億円、2015年には8000億円を突破し、コロナ禍の2020年に遂にアメリカ映画市場を抜いて世界第1位に躍り出て、2021年も第1位をキープしました。
コロナ禍が収束していくと2022年はアメリカが第1位に返り咲き、日本も興収2131億円で第3位を守っていますが、4位のインドとは僅差。アメリカは2009年から2019年まで11年連続で興収100億ドルを突破していましたが、2023年は約89億ドルに留まりました。
ちなみに、コロナ禍前の統計になりますが、2017年の映画の年間製作本数はインドが1986本で1位、中国が874本で2位、アメリカが660本で3位、そして日本が594本で4位でした。
中国と同じ人口10億人を超えるインドが、製作本数では“映画大国”となっています。
なお、インド映画といえば2022年10月に日本公開された『RRR』が大ヒットし、インド映画ブームを再び巻き起こしましたが、インド映画がすべて“ボリウッド映画”ではないことは皆さんご存じでしたでしょうか。インド映画は、制作拠点と使用されている言語によって異なるのです。
『RRR』は、ハイデラバードでテルグ語を使用して制作されたので、“トリウッド映画”。1998年に公開されて、日本で最初のインド映画ブームを巻き起こした『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)は、チェンナイでタミル語を使用して制作されたので、“コリウッド映画”。
そして、インドで歴代興収1位(当時)の大ヒットを記録したコメディドラマ『きっと、うまくいく』(2009)がムンバイでヒンディー語を使用して制作されたので、“ボリウッド映画”となります。
インドの公用語はヒンディー語ですが、方言を含めると約600もの言語が話されているとのことですので、異なる地域で制作されたインド映画を見比べてみてください。
洋画メジャーによる邦画製作
映画業界でもローカライゼーション戦略という言葉をよく聞きますが、何をすることか皆さんご存じでしょうか。
ローカライズとは、海外進出する際に商品やマーケティング方法を現地の文化や地域性に対応させて行うことです。
映画において、ローカライズというと、洋画メジャーの日本法人が、映画配給や製作において言語やポスター、予告編、パッケージデザイン、表記などを日本の文化や規制に合わせたものにし、経営においては現地の人々を雇用し、商習慣に倣ってビジネスを運営していくことです。
洋画であれば、映像・音声・言語の3要素で構成され、言語を鑑賞される国や地域の言葉に翻訳し、ビデオフォーマットをその地域の仕様に正しく変換することです。
以前であれば、ポスターデザインも予告編も本国で制作されたものを日本語に翻訳するだけでしたが、ローカライズが進むと、作品やスタジオによりますが、日本独自のポスターデザインや予告編制作が活発になりました。
翻訳しただけでは違和感を覚えたり、作品の内容や見どころが伝わりにくかったりしたのですが、日本人に合わせて制作することで、興行成績が伸びる例が出てきたからです。
わかりやすい例でいうと、ファミリー映画であれば、字幕ではなく、映画本編中の標識や建物名などの英語表記を日本語またはカタカナに差し替えるようになりました。
子どもと見るファミリー向け映画であれば、吹替版での鑑賞が主流ですが、聴覚だけでなく、視覚でもよりわかりやすくしているローカライズに皆さん気づかれているでしょうか。
それから2000年に入って、ワーナー ブラザース ジャパンなどの洋画メジャーの日本法人(支社)が、日本映画を製作出資するようになりました。
代表的な1本は、ワーナーの『デスノート』(2006)です。日本のテレビ局や制作会社とパートナーズを組んで、日本の人気漫画を実写映画化し、ワーナーの配給網で日本公開。藤原竜也主演『デスノート』、続く『デスノート the Last name』が大ヒット。松山ケンイチ主演のスピンオフ作品『L change the WorLd』も続きました。
人気漫画を実写映画化
ワーナーはこの成功体験から邦画への製作出資を続け、同じく人気漫画を実写映画化し、2012年に公開した佐藤健主演『るろうに剣心』も大ヒットを記録。北野武監督『アウトレイジ ビヨンド』(2012)、アニメの『劇場版銀魂』『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』などもヒットしました。
さらに『はたらく細胞』(2024)ではワーナーが製作・配給した邦画の興収歴代1位を達成しています。

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興収10億円以上をあげる邦画への製作出資と配給を続け、松竹、東宝、東映とは異なるラインで、若い観客層を掘り起こすとともに、才能ある監督や若手キャストを起用して日本映画の底上げを図っています。
ソニー・ピクチャーズエンタテインメントも2015年に『新宿スワン』がスマッシュヒット。
東宝と共同配給した『キングダム』が大ヒットを記録するとシリーズ化され、2022年公開の『キングダム2 遥かなる大地へ』、2023年公開の『キングダム 運命の炎』とヒットを続け、2024年公開の『キングダム 大将軍の帰還』はシリーズ最高の成績をあげました。4本で興収245.2億円を記録する大ヒットシリーズとなっています。
和田 隆(わだたかし)
映画ジャーナリスト、プロデューサー。1974年東京生まれ。1997年に文化通信社に入社し、映画業界紙の記者として17年間、取材を重ね、記事を執筆。邦画と洋画、メジャーとインディーズなどの社長や役員、製作プロデューサー、宣伝・営業部、さらに業界団体などに取材し、映画業界の表と裏を見てきた。現在は映画の情報サイト「映画.com」の記者のひとりとして、ニュースや映画評論などを発信するとともに、映画のプロデュースも手掛ける。プロデュース作品に『死んだ目をした少年』『ポエトリーエンジェル』『踊ってミタ』などがある。田辺・弁慶映画祭の特別審査員、京都映画企画市の審査員も務める。
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