影なる日記

気ままに音楽、スポーツについて語る…
語り過ぎに注意?

父親たちの星条旗

2006-11-29 16:22:04 | Weblog
原題は、「FLAGS OF OUR FATHERS」。
単なる「旗」よりは、「星条旗」の方がしっくりします。
これは、邦題を考えた人が「いい仕事してますね~」(by中島誠之助=「某鑑定団」)

というわけで、9年振りの映画館でした(1人ってのが哀しいけど…)。
まあ、話題作(?)ではありますが、結構前から公開されているので、さすがに客足も鈍かったです。
雨が降る予報だったことも関連してるでしょうが。
場所は吉祥寺でした。
あまりに久し振りだったので、チケット買うときから少し緊張しましたよ~

とりあえず一言。
「アメリカ万歳!」な映画じゃなくて、良かった♪
それと、英語では、硫黄島=Iwo jimaで、Iouじゃないところが発見でした。


以下、ネタバレ含むので、まだ見てなくて、内容を知りたくない人は、読まないで~っ!

この映画の言いたいことは、「ヒーローは作られるものだ」ということ。
ヒーローは作られ、メディアや政治家に利用される。
これは、今のメディアにも言えること。

しかし、ヒーロー大好きアメリカ人の、クリント・イーストウッドが制作した映画ってところが面白い。
自分もヒーロー映画の主役だったのにね(笑)
アメリカ人のヒーロー好きは、イギリス人の紳士好き、ドイツ人の規則好き、イタリア人の女好きなどとともに、ジョークのネタにされるほど有名です。

個人的に、哀しいと思ったのは、アメリカにおけるインディアンに対する根強い差別。
インディアンの1人アイラ(男だよ!)も擂鉢(すりばち)山に、星条旗を立てた写真に収まった(6人全員の顔は判別できない)おかげで、ヒーローになります。
この「顔が判別できない」というのが、後々問題が出てくることになりますが…
「誰が旗を立てたかは、戦死した者には関係ないが、親にはとても関係があった」という字幕が虚しい…

アイラは、事あるごとにインディアンであることで、からかわれています。
それは、ヒーローになっても同じでした。
トルーマン大統領にも言われ、インディアンお断りのレストランには追い出され…
インディアンの集会に招待されて、スピーチしたときも、なぜか白けた雰囲気。
インディアンにもアメリカ人にもなりきれない中途半端さ。
こういうことを恐れて、初めの方で、「オレがあそこにいた(星条旗を立てた所にいた)ことは言うな!」と、仲間をナイフまで使って脅したのかな、と。
ホントに泣けてきました。

それに、6人のうち3人は戦死してしまったんですが、アイラが、3人は戦死したのに自分たちはヒーロー扱いを受けて豪華な食事をしている。本当にこれでいいのか?と自問するところも共感。

結局、アイラたち生き残った3人は、国民に国債を買ってもらうためのキャンペーンに動員されるわけです。
それが終わったら、もう用済み。
アイラはインディアン社会に戻り、もう1人は就職にも困る始末。
ホワイトハウスや軍に都合よく利用されて、これかよ!

あと印象に残ってるのは、「戦場は、体験した者にしかわからない」という言葉。
確かに、映画とかゲームとか、そんなもので「見る」ことはできます。
でも、その場の「ニオイ」がない。
戦場の死臭とか、砂の臭い、硫黄島であれば硫黄の臭い…

生き残っても、何かの拍子に思い起こされる砲弾が炸裂する音や、自分を呼ぶ負傷兵の叫び声とか、そういったものが生々しくフラッシュバックするわけです。
それに苦しむわけです。
戦場にイイことなんてありませんよ…

今、極東アジアは危うい状態です。
どうか軍隊が飾りになり、人々が笑顔で平和にならんことを。
他にも触れたいことはたくさんありますが、とりあえず、強く思ったところだけで止めておきます。


さて、「父親たちの星条旗」の次は、「硫黄島からの手紙」ですね。
なんか、キャッチフレーズが、「アメリカが5日で落とせると思っていた硫黄島を、36日間も守り続けた男たちがいた」だったかな?
こっちは、ヒーローモノですか?涙誘う感動映画ですか?
「硫黄島からの手紙」は、パスかな…


※追記※
書くの忘れてました。
3人がヒーローとなって帰国し、パーティーに招待された場面がありました。
3人のうちの1人が、恋人と一緒にパーティーに出席しました。
その恋人(女)が、勝手に、強引に男の手を取って割り込んできて、男は仕方なくという感じでしたが…
「ヒーローになった男は、私の恋人よ」気取りで、そのとき、その女を忌々しく感じました。
ホント、吐き気がしました。

だって、そのパーティーには、6人のうち、戦死した3人の母親が出席してたんです。
3人の母親は、ヒーローになり損ねて無念に戦死した息子と、生き残ってヒーローになった3人とどうしても比較してしまうのではないでしょうか?
もしかしたら、自分の息子がヒーローになってたかもしれないのに…と。

そんなときに、ヒーローになった男が、女とパーティーを楽しんでいるのを見たら、どう思うでしょうか?
素直に割り切れるんでしょうか?
オレがその戦死した3人の母親だったら、耐えられません…
そう思ってしまうのは、オレがまだ未熟なだけかもしれませんが。

一応、その女の名誉のために(?)、ルーズベルト大統領が急死して、1度男と会う機会を逃していたので不満が溜まっていたのかも…
ということを付け加えておきます。