徒然なるままに修羅の旅路

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In the Flames of the Purgatory 26

2014年11月19日 23時48分31秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   *
 
「取舵一杯、主檣、後檣大三角帆ラティーン、主檣補助帆風を抜け!」 後方から船長の指示が聞こえてきた――同時に主檣と後檣の大三角帆ラティーンセイルと檣上部の補助帆の索が繰り出され、それまで風を孕んで膨らんでいた帆が強風ではためく。
「前檣大三角帆ラティーン帆桁廻せ、開き変え!」
 その指示に、前檣の下で操帆についていた者たちがあわただしく動く――それまで船体に対して左斜め後方に向かって廻され、右舷から風を受けていた大三角帆ラティーンセイルの帆桁が回転し、逆側へと可動範囲いっぱいまで廻される。まるで前檣だけが、残る大三角帆ラティーンセイルとは逆に左舷側から風を入れようとするかの様に。
 だが当然ながら、今は右舷に開いて切り上がっているのだ――帆桁の角度を左舷に開けば、帆桁の向きは切り上がり角度も考えると風向きに対してほぼ直角になる。これではまったく推力が得られない――否、違う。
 ぎしっと船体がきしみ、同時に風景が回転し始める。急激に船首が風上へと落ち、そのまま船尾を振り回す様にして船体が回頭する――前檣の大三角帆ラティーンセイルを風向きと直角にすることで最大限の風を受けると同時に取舵を取り、さらに主檣と後檣の大三角帆ラティーンセイル、主檣の上部の補助帆の風を抜いて空気抵抗を減らし、船首を風下に向かって抑えつけながら船尾側を振り回して曲芸の様に急旋廻したのだ。
 遅れること一瞬、海賊船の残る二門の大砲が轟音とともに火を噴く――少なくとも〇・二海里(約三百六十メートル、一海里は約一・八キロ、国際単位は千八百五十二メートル)は離れているというのに、強烈な衝撃がびりびりと伝わってきた。
 今の急旋廻で船体の向きは海賊船とは直角になっている――つまり、的は一気に小さくなったのだ。発射された砲弾がぎりぎりのところで左舷側をかすめ、舳先の向こうで着弾する。
「前檣大三角帆ラティーン開き変え――舵戻せ、主檣、後檣大三角帆ラティーン風を入れろ!」 再び船長の指示が飛ぶ――どうやらこのまま海賊船に艫を見せて風下に下るつもりらしい。
「進路そのまま、適帆合わせ!」
 船体を海賊船の竜骨線と直角に向ければ、的が小さくなって被弾はしにくくなるが――
 まあそれはともかく――
「ひゃぁぁぁぁ――」 頭上から若い女の声が降ってくる――アルカードは手を伸ばして、前艢の見張り台から落下してきたアマリアの足首を掴み止めた。
 どうやら命綱をつけていなかったために、旋廻の勢いで大きくぶれた見張り台上から振り落とされたらしい――舷側の外側に転落しなかったのは僥倖というべきだろう。頭から甲板に叩きつけられる寸前のところで逆さまに宙吊りにされた体勢で、アマリアがこちらを見下ろして口を開く。
「あ、ありがと」
「礼などどうでもいい」 アルカードはアマリアの感謝の言葉にそう返事をして、アマリアが甲板に両手と掴んでいない片足を着くのを待って手を離した。再び見張り台に上がろうとして縄梯子に近寄った彼女の首根っこを掴んでそれを止め、
「見張りはもういい。意味が無いし危険が増えるだけだ」 そう告げてから、アルカードは舷側から身を乗り出して海賊船の様子を窺った。
 人差し指を立てて遠くに見える海賊船に向かって翳し、指の太さと船体の長さを比較する。距離がわかっていれば船体の大きさが、船体の大きさがわかっていれば距離が、それぞれ計算で導き出せる。今はどちらもわからないが、中央凹甲板の砲門から覗く大砲の先端部でだいたいの見当はつく。
 おそらく〇・二海里ほどか――先ほどに比べると船影が小さくなっている。こちらと平行ではなく、若干離れていっているらしい。飛び移るには距離がありすぎる。
 海賊船の舷側の大砲が再び、今度は四門同時に火を噴いた。だが射程が足りていないのだろう、いずれも商船に命中すること無く彼我の距離の七割ほどで海面に着弾し大きな水柱を立てた。
 射程を見誤ったのではない――風上から風下に向けての艦砲射撃だったために、それが限界だったのだ。もっと装薬量を増やせばいいと思う向きもあろうが、実際はそれほど単純なものでもない――砲身からあふれ出すほど装薬量を増やしたところで、砲身内部で燃焼しきらなければさして意味が無いからだ。それにどんなに火薬を増やしたところで、弾頭は仰角以上に高い角度では飛ばない。
 先ほどの砲撃で水柱となって空中に巻き上げられたものだろう、頭上から降り注いできた海水の細かな飛沫が目に入って顔を顰めたとき、
「取舵一点!」 その号令とともに船体が舵をやや風下に取り、船員たちが適切な角度で風を入れるために大三角帆ラティーンセイルを廻す。
「ひとつ聞くが」 アルカードの言葉に、主艢の大三角帆ラティーンセイルの操帆要員のひとりがこちらに視線を向けた。
「船長がこの船で振り切るのは難しいと言っていたが、そうなのか?」
 その質問に操帆手はうなずいて、指先で空中に横長の長方形と二等辺三角形を描きながら、
「単純に帆の表面積が違うからな。帆桁の取りつけ方法上、どうしても風に対して斜めになる三角帆ラティーンセイルと横帆じゃ、帆で風を受ける効率も違うし――」
 彼はそう返事をしてから足元の甲板、否船体に視線を落として、
「船体の性能が似通っていれば、単純に帆の面積で速力が決まるからな。縦帆船は帆の面積も少ないし、追い風帆走時の効率面から言うと横帆船ほど高いとは言えないから、追い風に乗るぶんには――」 そこで言葉を切る――こちらの変針に気づいた海賊船が取舵を取って回頭し、こちらに船首を向けるのが見えたからだろう。
「――追い風に乗るぶんには、勝てない?」
 彼の言葉を引き継ぐ形で問いを口にすると、
「ああ、あの船が風上で進行方向を抑えてるぶんにはな」
「なら、どうして船長は風下に下ることにしたんだろう?」
「さぁな――」 船員がそう答えたとき、
「取舵一点(※)!」
「っと」 号令に応じて、船員が索具を若干引き込む――それを横目に、アルカードは再び海賊船に視線を戻した。
 海賊船が取舵を取って、風下に変針している――風上に向かって浅い角度で切り上がっていたのを舵を風下に取り、そのまま回頭して逆の舷側をこちらに向けたのだ。そのほうが再装填するよりも早い――否、白煙から逃れて目標を視認しやすくするために場所を変えたのか。
 右舷側をこちらに向けた船体の砲門から顔を覗かせた砲口が、太陽の光を照り返してきらりと光った。
 
   †
 
「取舵一点!」 船長の号令で会話が途切れたのを機に、金髪の男が踵を返して後甲板から中央凹甲板に降りてくる。だが、数歩踏み出したところで彼は足を止めた。
 視線を追うと、海賊船が左に変針して再びこちらに舷側を向けるのが視界に入ってきた――再び舷側の大砲を発射するつもりなのだ。
「お客さん、隠れたほうがいいよ」
「無駄だろう」 アマリアの言葉に金髪の男は肩越しにそう返事を返して、海賊船に視線を戻した。
「この状況でどこへ隠れる」
 ドドドドという轟音とともに、海賊船の舷側で大砲が火を噴いた。
 だがいずれも、彼らの船までは届かない。発射された砲弾はいずれも彼我の距離の半分くらいの距離を飛んだところで水面に着弾し、甲板まで届きそうな高い水柱を立てた。
「当たらない?」
「仰角が足りんのだろう」 誰にともなく漏らしたアマリアのつぶやきに、男がそう答えてきた。
「……え?」
「あれだけ檣の高い位置まで帆を張ってれば、この強風じゃさぞかし傾いてるだろうよ」 金髪の青年がそう続けてくる。
「どういうこと?」
「これが艦載砲がまだ存在していない、弓矢やおおゆみの時代ならな」
 彼いわく、人間同士がたがいに長弓ロングボウおおゆみを撃ち合っていた時代であれば、風下の船に乗り組んだ海兵たちの放った矢は向かい風に阻まれて威力と射程を減じ――逆に風上にいる艦の乗組員たちの放った矢は追い風に乗ってより遠くまで届き、敵船甲板上の敵兵を殺傷せしめるだろう。長弓ロングボウおおゆみといった人間が持ち歩いて手に持って発射する飛び道具であれば、射手は射撃の仰角アングルを自由に設定出来るからだ。
 だが、大砲を使った砲撃戦の場合はどうか?
 見たところ大砲は中央凹甲板上に置かれており、船体が被害を受けない様に砲口を舷側より外側に飛び出させた状態で射撃している。だが同時に、中央凹甲板の舷側には砲口を突き出すための開口部――彼は砲門ガン・ポートと呼んだが――が設けられている。
 大砲は本体の設置位置や発射位置が出来るだけ地面に近いほうが扱いやすい。中央凹甲板の手すりよりも高い位置に大砲本体を置こうとしたら腰よりも高い位置まで大砲を持ち上げる台を設置するか、もしくは中央凹甲板の手すりが足首ほどの高さになってしまう。前者は扱いが不便で――大砲は一発撃つごとに大砲本体が反動で動くので、高い位置に大砲本体を置ける様に台の上に載せたら台ごとひっくり返りかねない――、後者は大砲本体や射手、備品が海中に転落する危険を伴う。
 ゆえに舷側に開口部を設けて、そこから砲口を露出させて射撃する。もちろん、舷側を甲板に設置した大砲本体やその近くに置かれているであろう装薬用の火薬、大砲の操作に従事する乗員に矢などの直撃を受けるのを避けるための楯にする意味合いもあるだろう――特に危険なのは、火薬に火矢などの直撃を受けることだ。
 だが開口部から砲身を突き出して射撃するということは、つまりその開口部の上端よりも上の角度に仰角を取ることは物理的に出来ないのだ。
 敵を風下に見ながら大砲で艦砲射撃を行う場合、逆側の舷側から風を入れているとそれだけで風下側に向かって船体が傾く。そして敵艦の方向に向かって船体が傾けば、それだけで大砲の射程は短くなる。なんとなれば、大砲は船と一緒に下向きに傾くのだから。
 仮にあの海賊船に積まれた大砲が、砲門ガン・ポートに干渉しない範囲で最大十五度の仰角を取れたとしよう。船体の傾きが風下側に向かって十五度であれば、それだけで大砲は水平より高い角度に砲撃を行うことが出来ないのだ。大砲の仰角より船の傾きのほうが大きければ、水平に発射することさえ出来なくなる。
「射角を最大に取っていても、船体がそちら側に傾いていては意味が無い――ここはおかじゃないからな」
 皮肉げに唇をゆがめて解説を締め括り、金髪の男がすっと目を細める――その視線を追うと、海賊船が再び風下側に変針したところだった。今度は砲撃をあきらめたのか、舳先をこちらに向けている。
「追ってくる?」
「そりゃあ追ってくるだろうが」 金髪の青年がアマリアの言葉にそう返事をして、
「向こうのほうが追い風だと速いんだろう? この状況じゃ大砲の射程が足りてないんだ、もう少し距離を詰めたいだろうな」 そう続けてくる。確かに、ともに追い風を受けて走っている状況下では単純に帆の面積が上回る横帆船のほうが有利になる。
「出番になるかな――ならなければそれに越したことは無いが」 そんな言葉を最後に中央ハッチのほうに歩いていく背中に、ガスパールが声をかける。
「どこに?」
「今のうちに武装を整えておく――追いかけっこをしている間は、向こうも砲撃は出来んからな」 そう返事をして、彼はハッチから船内へと姿を消した。
 
   †

 ガチャガチャと足音を立てて、アルカードは船内を歩いていった――通路の両側が船室になっているので、窓の無い通路は薄暗い。
 とはいえ光源が無くとも、ロイヤルクラシックにとってはいささかの支障も無い。総帆を張っているためにいささか傾きの大きい通路を、足早に通り抜けてゆく。
 船尾附近、ちょうど船長室の真下あたりに位置する自分に与えられた部屋の扉を開けて、アルカードは室内に踏み込んだ。
 二段になった寝台の下に放り出してあったベルトを取り上げる――幅広のベルトには、鈎爪状に湾曲した革製の鞘が取りつけられている。鞘は複数の金属製の鞘を鞣し革スムーズレザーでくるんでひとまとめにしたもので、握りの部分が無い刃物が左右それぞれ六枚収納されていた。
 剣帯をはずして寝台に投げ棄て、代わりにベルトを腰に巻きつける――剣帯にはさしあたって用は無い。どのみち剣を吊っていようが負っていようが、戦闘時には鞘ごと体からはずすのだ。
 鈎爪状の刃物同様ベルトにサーベルの様に吊る袋状の鞘に、寝台の上に放り出してあった大口径の銃を差し込む。銃というより小口径の『砲』に近いもので、口径は一インチ以上もあった。
 最初に構築したとき同様身の丈近くもある漆黒の曲刀を、鞘から抜き放つ――眼を象った衣装の装飾が施された曲刀は刃渡りが長すぎて腰に吊ったままの鞘から巧く抜くことは出来ないので、戦闘時は事前に抜いておく必要がある。吸血鬼その他の魔物に対しては効果的だしどういう素材で出来ているのか錆びることもなく刃毀れもしないので扱いが楽なのはいいが、どうにも即応性に欠けるのが欠点ではあった。
 鞘を寝台の上に残し、アルカードは抜き身の剣を肩に担いで部屋を出た。
 後甲板に通じるハッチから甲板上に出て、状況を確認するために周囲を見回す。
「……?」 海賊船を振り返って――アルカードは眉をひそめた。先ほどから風向きは変わっていないのに、海賊船の横帆の帆桁がわずかではあるが動いた様に見えたのだ。距離は先ほどよりも縮まって〇・二海里ほどか。
 船尾楼の階段を昇ると抜き身の剣を担いで現れたアルカードに船長がぎょっと目を見開いてから、彼だと気づいてほっとした表情を見せた。
「脅かすなよ」
「それは悪かったな」 そう返事をしてから、アルカードは海賊船に視線を向けた。
「アマリアといったか、あの娘は見張り台から降ろしたぞ」
「そうか」アルカードの言葉に船長がうなずいて、
「まあいい――どうせこの状況になったら、見張り台は危険だしな」
「ああ」 アルカードは彼の返事にうなずき返し、後方の海賊船から船長へと視線を転じて、
「どうするつもりなんだ、あれを」
「あの島が見えるだろ」
 アルカードの質問に、船長が進行方向に見える島を指し示す。正確には島ではなく岩山の様な構造になっていて、海中の岩山の頂が海上に飛び出したものと表現するのが正しいだろう。島と表現するには面積も小さく、人が入植するのには向いていなさそうだ――自然の驚異というべきか、そんな環境でも木が生えている。
「どうするんだ、あれを」
「海賊船があの島を回避出来ない様に十分引きつけたところで、あの島の向こう側で回頭する――ちょうど海賊船の真横にあの島がきたあたりを狙ってな」 指先で虚空にLの字を書きながら、船長がそんな説明を口にする。
「そのまま風上に切り上がる。おそらく海賊船は島の外周に沿って、島の向こう側を廻り込む様に変針するだろう」
「そうするとどうなる?」 アルカードの質問に、
「岩山に風が遮られて海賊船の速度が落ちる。風が強くて速度は十分に出てるから、風が遮られても惰性だけで岩山を廻り込むことは出来るだろう――だが船体の全幅が広くて水の抵抗が大きいから、もう一度風を受けられる様になるころにはかなり速度が落ちてるはずだ」
「この船も速度が落ちるんじゃないのか」
「そのころにはこっちは岩山からそこそこ離れてるから、変針を始めても向こうほどの速度低下要因にはならないはずだ。それに切り上がり角度はこっちのほうが高い。仮に大砲の射角に入ることがあっても、発射態勢が整う前に振り切れるはずだ。あとは向こうが体勢を立て直す前に目いっぱい風上に切り上がれば、横帆船じゃついてこられない」
 アルカードはふむと声を漏らして、
「今の速度は?」
「速度自体は、悪くない――風が変わらなけりゃの話だが」
 なるほど――
 胸中でつぶやいて、アルカードは岩山に視線を向けた。
 岩山は海抜がかなり高いので、島の陰に入れば確実に風が遮られる。船長の作戦の想定通りに海賊船が動けば、かなりの減速が見込まれるだろう。
 海賊船が島の真横を通り過ぎるころには、商船はかなり先行している。島の陰に入っても、風が遮られることはあるまい。
 その策が成功した場合の懸念材料は風下側に位置して船体の傾きが逆になり、仰角を取りやすくなった砲弾の射程からどれだけ早く逃れられるかだ。だが――
 だが――さっきの動きはなんだ・・・・・・・・・・
 先ほどまではまるで順位を競うかの様に左斜め後ろにいた海賊船が、今は商船の真後ろまで近づいてきている。前檣の見張り台の上でなにかがきらめいた様に見えて、アルカードは眉をひそめた。

※……
 舵●点というのは舵の切り具合を具体的に指示する用語で、舵輪一回転を三十二分割で区切ったものです。
 つまり一点は十一・二五度です。

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