徒然なるままに修羅の旅路

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In the Flames of the Purgatory 21

2014年11月19日 23時46分41秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   *
 
 狭い階段を昇りきったところで、彼らは足を止めた。
 おそらく本来の使われ方からすると、そこは中庭なのだろう――広いスペースの片隅に井戸と思しき縦門がある。周りにはおそらく実験設備と思われる建物があり、それとは別にベルクフリートと呼ばれる主塔があった。
 中世においてはベルクフリートは城塞の周辺監視所であり、長弓狙撃兵の待機所でもあり、君主の最終的な避難場所でもあるのだが――魔術による防衛が施されたこの城においてはさほどの意味は無いからだろう、ほとんど飾りにすぎない様だった。
「塔はどうする?」 エルウッドがレイルに声をかけると、レイルは意見を求める様にグリーンウッドに視線を向けた。
「放っておいてもいいだろう――だが、一応崩しておくか」 そう言って、グリーンウッドは無造作に左手を翳した。
 その手の中で『式』に組み込まれて統一性を与えられた魔力が織り成す虹色の粒子が渦を巻き、次の瞬間ベルクフリートの構造物がまるで絞り上げられた雑巾の様に捩じられながら破壊された。
 轟音とともに粉塵を撒き散らしながら崩れ落ちるベルクフリートを見遣って、エルウッドは盛大に溜め息をついた。
「城ごと崩せばよかったんじゃないのか?」
「目的はアルヴァイン・ディストールの首だろう」 アルマゲストの首領の名を挙げて、グリーンウッドが素っ気無くそう答えてくる。
「直接首を獲るのが目的じゃないのか?」 エルウッドはその気の無い返事にうなずいて、
「まあな」
「否、目的は査察だからね?」 横からリーラが釘を刺してきたところに、
「攻撃を仕掛けてきたから、もう殲滅でもかまわないぞ」 レイルがそう付け加える。
「まあ、査察でも殲滅でもかまわないが」 バーンズがそう混ぜっ返して、
「――さて、当のディストールはどこにいるのかね」
「――ここだ」 唐突に脳裏に男の――否、子供の声が響き渡り、リーラが目をしばたたかせる。
 目の前の空間がぐにゃりとゆがみ、その中からローブに全身を包み込んだ十歳そこそこの幼い金髪の少年が姿を見せた。少年はその場で芝居がかった動作で一礼すると、
「ようこそ、ファイヤースパウンの長セイルディア・エルディナントウッド・グリーンウッド――その身に数十の魔を宿す者よ。単独で扱う魔術においては並ぶ者の無い最強の魔術師の訪問を受けるとは、恐悦の至り」 おどけた仕草で一礼する少年に、グリーンウッドは皮肉げな視線を向けた。
「何百年か会わないうちに、ずいぶんと縮んだな――そのローブよりも七五三のほうが似合いそうだ」
「七五三? ああ、日本の子供の成長を祝う儀式だったかな? あいにくと、この体になってからもう百三十年は経っている。七五三など必要無いし、誕生日パーティーも結構だ。ケーキが蝋燭で針鼠の様になってしまうからね」
「ちょっと待ってくれ、じゃああの子供が?」
 ブラックモアの言葉に、グリーンウッドがあっさりと首肯する。
「アルマゲストの首領、アルヴァイン・ディストールだ――昔俺とヴィルトールを襲ってきたときの首領だよ」
「つまり、そのときから代替わりしていないのか」 レイルの口にした疑問に、グリーンウッドはかぶりを振った。
「さあ、そこまでは知らん。まあ、姿かたちは別物だ。おそらくほかの人間の肉体を乗っ取ったんだろう――俺とヴィルトールで壊滅させたときには、ヴィルトールが肉体を酸で溶かしたからな」 怖いことを言いながら、グリーンウッドが軽く首をかしげる。
「新しい体を用意してから、百三十年ということだろう――それまでの間は知らん。アルマゲスト再結成の話を聞いたのが百年と少し前だから、それまでは本当に組織として存在していなかったのかもしれんよ」
「その通りだ、グリーンウッド。そして初めてお目にかかる、教会の若者たち。我が城を侵略した無礼者ではあるが、ここ数十年ぶりの来客だ、歓迎しよう」
「用件はわかっているな?」 レイル・エルウッドの言葉に、ディアスは小さく顎を引いた。
「ああ、わかっているとも――我々の答えも伝えたはずだが。汚らわしい教会風情の査察など受けるつもりは無いとね」
「おまえたちが民間人を実験材料に使っている事実が無いことがわかれば、すぐにでも退散するさ」 レイルがそう返事をする。
「失踪した者の中には、カトリック教会の信者が含まれている――信徒が含まれている以上、こちらとしては確認が必要だ。含まれていなくても、そんな事態は放置しておけんからな――そんな用事でもなければ、誰がこんな田舎の山奥まで、いまだに天動説をぶちあげているバッタもののヘボ魔術師の群れの査察になど来るものかよ」
 あ、喧嘩買ってる。胸中でつぶやいて、エルウッドはディストールに視線を戻した。
「君たちの神とやらが、真に存在するのならば――」 ディストールが返事をする。
「そのカトリックの信徒たちはなぜ失踪したのかね? もし君たちが疑っている通りに我々のキメラ実験の材料にされたのなら――」 一度そこで言葉を切って、彼は芝居がかった仕草で来訪者たちを順繰りに見遣ると、
ヤハウェは信じる者を救ってはくれないのだねぇ――攫われそうになった時点で助けてくれないのだから」
「もうそのへんでいいだろう」 グリーンウッドが口をはさむ。彼は建物のひとつを親指で指し示して、
「さて、ディストール。潔白を主張するなら、向こうの建物の地下に固まっている人影がなんなのか説明してもらおうか――折り重なっているし体温も損なわれている。ついでにここから透視した限り、腹からなにかが飛び出した様な痕跡のあるものが混じっているんだがな」
 その言葉に、ディストールがすっと目を細めた。
「ああ、キメラの繁殖実験のために街から攫ってきた女どもの屍さ。ほとんどは母子ともに共倒れ、出産までいったものも、残念ながらみんな死んでしまった。もう少し肥えさせておくべきだったかな」
「否定はせんのだな」 レイル・エルウッドの言葉に、
「私は査察を拒否しただけだ。嫌疑を否認した覚えは無いよ」
「なるほどな。ならば、ここで死んでもらおうか」 レイルの声が殺気を帯びる。
「哀れな屍も弔ってやりたいしな」
「実験動物の仇討ちとは、心優しい――」 最後まで言い終わるより早く、乾いた銃声とともにディストールの眼前で火花が弾けた。銃口から硝煙をあげるSIGザウァー九ミリ自動拳銃を左手で据銃したまま、
「もう黙れ。不愉快だ――黙ったまま死ね」
「悪いが断る。そもそも、私は直接戦う様な魔術の使い手ではないのでね。そこのグリーンウッドの様に、白兵戦から魔術戦までなんでもこなせるほど器用でもない。そんなわけで、諸君の相手は『これ』が務める」
 その言葉とともに――いつの間に描き出されていたものか、地面に焼きつけられた魔法陣が金色に輝く。
 魔法陣に織り込まれた式はあまりにも多階層過ぎて、エルウッドには理解出来なかった――だが次の瞬間、魔法陣の中央が盛り上がる。
「――散れッ!」 グリーンウッドの警告の声に、エルウッドは小さくうめいて後ずさった。
 障害物の無くなった魔法陣の中央で周囲に強烈な電光を撒き散らしながら、巨大な影が屹立する。
「さあ、見届けたまえ」 立ち上がったのは、全高十メートルほどの石造りの巨大な悪魔像だった――頭部は梟に似ていて、首から下は狼の姿。ただし後肢は無く、胴体の後ろ半分は蛇の様だ。
「お、おい」 最初はガーゴイルの類かとも思ったが、違う。眼前の悪魔像から放たれる高密度の魔力は、到底ガーゴイルのものではない。
 あれは明らかに地脈の力を吸い上げ、与えられた術式に従って行動するガーゴイルではない――あの悪魔像は魔法陣を中継して特定の強大な存在から供給される、莫大な量の魔力を動力源に動いている。
「おい、まさかこの魔力、それにあの悪魔像の意匠は――」
 嫌な予感に小さくうめいて、先ほど地面に描き出された円陣に視線を向ける――外側に子持ちラインを持つ二重の円陣。外周の円と内周の円の間には、こう書き込まれていた。
 ――AMON。
 シギルだ――高位の霊体の召喚や、その魔力の属性を道具に賦与したりする際に用いる、魔法陣の一種に分類される図形。
 AMONアモン――
 背筋が粟立つ感覚に小さくうめいたとき、おもちゃを自慢する子供の様な口調でディアスが声をあげた。
「そう、君たちなら当然知っているだろう。序列七位の魔神、侯爵アモンだ――地脈から吸い上げた魔力があまりにも少なすぎて、到底本来の力を発揮するとはいかないがね」
 冗談だろ――胸中でつぶやいて、エルウッドは小さなうめき声を漏らした。
 アモンは数々の魔術書に登場する、高位の悪魔だ。
 ソロモン七十二柱の魔神の一柱で四十の悪霊の軍団を率い、序列七番に位置する。
 悪魔像――ディストールの言うことを信じるならば、大悪魔アモンと魔法陣を介して接続され、その端末になっているということになるが――が、その威を示すかの様に天に向かって手にした長鎗を振り翳した。
「せいぜい彼と戯れてくれたまえ――私はじっくりとそれを観察して、新たに召喚する悪魔のために用意する寄り代を研究する材料とさせてもらう」
 そう告げて、ディアスがこちらを指で指し示す。
「さあ、アモンよ。彼らを殺せ」 その言葉に呼応するかの様にアモンが首をひねってディストールのほうに視線を向けてから、梟の口から虎の様な咆哮をあげた。続いて振り回した尻尾が、棒立ちになっていたディストールを横殴りに直撃する。
 その一撃を回避するいとまも無くまともに喰らって、ディストールは中庭の端まですっ飛んでいった。壁に激突して首の骨が折れたのか、そのまま芋袋みたいにその場に崩れ落ちて花壇の向こうで見えなくなる。
 なんかつい最近、似た様な光景を見たな――胸中でつぶやいて、エルウッドはグリーンウッドに視線を向けた。
「悪魔ってのは、召喚者の言うことを聞かないのか?」
「まあ、そういうこともあるんじゃないか」 投げ遣りに肩をすくめて、グリーンウッドがそう答えてくる。
「悪魔が命と引き換えに願いを聞いてくれるとかいうのは、ただのデマだしな――これまでに百五十体以上の上級悪魔と出会ったが、命と引き換えに願いを聞いてやるなんて言われたことが無い」
「まあそもそも、悪魔というのは悪徳の象徴だし、それが召喚者だろうが契約者だろうが、人間の言うことを素直に聞くと考えるのが間違いよね」
 リーラが身も蓋も無いことを言ってくる。エルウッドが肩をすくめると、グリーンウッドが口を開いた。
「そもそもあれがまともな意思を持っているかどうか、まずそこから怪しいしな」
「なんで」
「地脈の『点』が小さすぎる。月の運行もよくない――大気中の精霊の密度が薄すぎて、十分な『門』が穿てていない。あれでは、あの悪魔像の中に入り込めたのはアモンの霊体の一部がいいところだ――たとえるなら、手を突っ込んで操る人形劇の人形の様なものだ。着ぐるみに人間の全身が入る様に、霊体すべてを納めるというわけにはいかん。あれでは到底アモンの全力は振るえまい――逆に言えば、あれを破壊したところでアモンの霊体を完全に消滅せしめることは不可能だ」
 その言葉に嫌な声を出すと、グリーンウッドはゆっくりと嗤った。
「そう嫌な顔をするな――いくら人形程度にしか過ぎない型代とは言え、あれを破壊すればアモンは現世に影響力を行使出来ん。あの魔法陣はかなり高度なものだが、それでもせいぜいが――さっきも言った通り――人間に喩えるなら手首だけを出して人形を動かすくらいだ。月齢が悪いし、たとえ満月の夜でもアモンほどの上級悪魔が完全に現出出来るほどの『門』を穿てる程の魔力が集まる『点』は、ここには無い――そんなものがあったら、そもそも寄り代自体必要無くなるがな。いずれにせよ、あれは本来のアモンの力には程遠い代物だし、あれを破壊してしまえば、それでアモンの本体は魔界に出戻りだ」
「結構――では早いところお帰り願うとしようか」 そう答えて、レイルが少しだけ笑う。彼が手にした天壌焦す劫火の剣レーヴァンテインの鋒を悪魔像に向けたときアモンが長い尻尾で石畳を撃ち据え、その反動で跳ねる様にして地面を蹴った。

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