徒然なるままに修羅の旅路

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Long Day Long Night 35

2016年09月22日 01時58分37秒 | Nosferatu Blood
「てっ……てめえ、よくもオイラの兄弟を!」
 耳慣れない声が聞こえ、アルカードが左手で保持した剣翼鳥ソードバードに視線を向ける。どうやらアルカードの反応から察するに、今しゃべったのは剣翼鳥ソードバードらしい。
「へー、剣翼鳥ソードバードってしゃべるんだ。知らなかった。ひとつ賢くなったがまあそれはそれとしてだ、そんなかてぇこと言うなって。おまえらを呼び出したあのジェームズ・キャメロンの映画に出てきそうな顔色悪いおばはんをぶっちめるまで、普通の剣でいてくれやー」
「おばはん……?」 びきっと青筋を立てて、女がそんなつぶやきを漏らす。そんな女の様子を尻目に、アルカードの捕まえた剣翼鳥ソードバードが声をあげた。
「ざけんな! 誰がテメーなんかのために! 放せ、この馬鹿ヤロー!」 翼をバタバタさせて暴れる剣翼鳥ソードバードに、アルカードが右手で保持した塵灰滅の剣Asher Dustを地面に突き刺した。
 剣の柄でもある首をダイヤモンドも握り潰せるほどの握力で握りしめられて、剣翼鳥ソードバードがぐえっと声をあげて悶絶する。アルカードは再び剣の形態に戻った剣翼鳥ソードバードの刀身に手をかけ、
「折るぞ」
「はーい、ボクはただの剣で――っす」
「結構、女も下級悪魔も、やっぱり素直でないとな」 保身に走った剣翼鳥ソードバードに、アルカードが満足げにうなずく。
 それはともかく、周囲を旋回する剣翼鳥ソードバードのうち数体が再び空中で静止し、剣の形態に変化し始めた――そのうち二、三体はアルカードにまっすぐ鋒を向け、残る数体は剣の形態のちょうど真ん中のあたりを軸にその場で高速で回転している。
 うなりをあげて飛来した剣翼鳥ソードバードの一体を、アルカードが左手で保持した剣翼鳥ソードバード改めただの剣で弾き飛ばす――続いて回転しながら飛来した剣翼鳥ソードバードを地面から引き抜いた塵灰滅の剣Asher Dustで叩き落とし、そのまま一歩踏み出して左手の剣翼鳥ソードバード改め(以下略)を振るってさらに飛来したもう一体の剣翼鳥ソードバードを刃の翼ごとまっぷたつに叩き折る。斬られたほうが発したものか、それともアルカードが手にした剣翼鳥ソードバード改(下略)が発したものか、ぐえっという声が聞こえた。
 アルカードが足元に叩き落とした剣翼鳥ソードバードの体を爪先ですくい上げ――本物の剣で言えば手元に近い部分で刃を切断されたために絶命していた剣翼鳥ソードバードの、そっくりそのまま残った刃のついた翼を、アルカードは器用に蹴り飛ばした。
 二枚の翼のうち一枚は回転しながら飛んできた剣翼鳥ソードバードに衝突してその軌道を変え、残る一枚は女のほうへとすっ飛んでいく。
 それまでずっと剣翼鳥ソードバードを召喚することに徹していたらしい女が、飛来した剣翼鳥ソードバードの翼を避けるために体勢を崩し――それまで水道の蛇口のごとく次々と剣翼鳥ソードバードを吐き出し続けていた虚空の穴が、まるで濡れた鍋を火にかけたときに蒸発する水滴の様にみるみるうちに小さくなって消滅した。
 それでも今この空洞の内部で飛翔する剣翼鳥ソードバードの数は、ざっと見ただけで五十以上――下手をすれば百を超える。
 もしあれが一度に襲ってきたら――
 フィオレンティーナの懸念を裏づける様に、数十体の剣翼鳥ソードバードが一度に剣の形態をとり、アルカードに向かって襲いかかった。
 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードが一歩前に出る。踏み込みながら、右肩に担いでいた塵灰滅の剣Asher Dustを一閃――角度の浅い袈裟掛けの軌道で振り抜かれた斬撃の軌道に巻き込まれて十体近い剣翼鳥ソードバードが一撃で叩き折られ、翼の先端やちぎれた胴体がばらばらと宙を舞う。
 続いてアルカードはその場で転身して左手で保持した剣翼鳥ソードバード(略)を振るい、一瞬遅れて横から突っ込んできた数体の剣翼鳥ソードバードをまとめて叩き折った。
Woooaraaaaaaaaaaaaaaオォォォォアラァァァァァァァァァァァァァッ!」 アルカードの口から、轟音のごとき凄絶な咆哮がほとばしる――彼はそのままその場で一回転して、右手で保持した塵灰滅の剣Asher Dustを薙ぎ払った。それで残る数体の剣翼鳥ソードバードすべてが撫で切りにされ、ばらばらになった下級悪魔の屍が周囲に散乱する。
「ぐぇぇぇぇぇぇ……」
 アルカードの手にした剣翼鳥ソードバード()が、情けない声をあげる――下級悪魔であるゆえか、それとも剣翼鳥ソードバードの耐久力ではアルカードに遣われるのは無理なのか、翼についた刃がぼろぼろになっていた。
「うーん、昔マンドラゴラ集めのときにも使ったことがあるけど、やっぱり脆いな」 ぼろぼろに刃毀れした剣翼鳥ソードバード()の刃を見遣って、アルカードが呑気にそんな言葉を口にする。
「しかしまああれだ、剣翼鳥ソードバードあらためじゃあ格好悪いだろうが、剣翼鳥ソードバードχカイとかなら悪くない気がするんだが、君たちどう思う?」 真面目くさった口調で、アルカードがこちらに視線を向けてそう意見を求めてくる。どう答えていいかわからずにフィオレンティーナが返事をしかねていると、
「馬鹿ね――のんびりしゃべってる場合!?」
 女が嘲弄の声をあげると同時に、攻撃態勢に入った剣翼鳥ソードバードたちが一斉に襲いかかってきた。
「あいにくと――」
 剣翼鳥ソードバード()を左肩に担いで、アルカードが返事をする。
「それほど忙しい状況じゃないもんでな」 そう続けて、金髪の吸血鬼が前に出る。
 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、左手の剣翼鳥ソードバード()を一閃――弾き飛ばされた二体の剣翼鳥ソードバードがくるくると回転しながら同様にアルカードに襲いかかっていた別の個体を弾き飛ばし、一体の鋒が周囲を旋回していた別な剣翼鳥ソードバードの胴体に突き刺さって、そのまま縺れ合う様にして血の池の中へと墜落した。
 続いて繰り出した塵灰滅の剣Asher Dustの一撃が、四体の剣翼鳥ソードバードを瞬時にばらばらにする――いずれの個体も霊体武装で斬られたにもかかわらず消滅する様子が無いところをみると、もともとああいう生物なのだろうか。アルカードは下級悪魔が異世界の鳥類に取り憑いた結果形態変化を起こした個体の子孫だと言っていたから、肉体に霊体が完全に封入されて分離出来ない、つまり生身の人間の様な肉体に依存する生物になっているのかもしれない。
 一撃繰り出すごとに数体の剣翼鳥ソードバードをバラバラにしてゆくアルカードに、女が唇をゆがめて嘲笑を見せる。
「だから馬鹿だというのよ、愚かな吸血鬼!」
 知覚したのは、次の瞬間だった――振り返りざまに、手にした撃剣聖典で背後を薙ぎ払う。背後から肉薄しつつあった剣翼鳥ソードバード二体が黄金の長剣に撃ち払われ、あさっての方向にすっ飛んでいった。
 今のは――
 今のは明らかに、フィオレンティーナの知覚ではなかった――攻撃形態をとって背後から飛来する二体の剣翼鳥ソードバードの姿が、まるで頭上から見下ろしているかの様な位置関係で一瞬頭に浮かんだのだ。
 今一瞬ではあったが、間違い無くフィオレンティーナは自分たち三人、それに背後から肉薄する剣翼鳥ソードバード二体の姿を頭上から見ていた――パオラとリディアのそばに立っている自分を頭上から見下ろしていたから、それは間違い無い。
 その異常事態について考えをめぐらせているいとまは無い――再び頭上から見下ろしている光景が脳裏に閃き、今度は左右から一体ずつ、剣翼鳥ソードバードが突っ込んでくるのがわかったからだ。
 右の剣翼鳥ソードバードのほうが速い――二体同時に対処するのは厳しい、だが剣翼鳥ソードバードの到達には多少の時間差がある。一体目を一撃で仕留められなくても、弾き飛ばして時間を作れば、左から来る二体目には十分対処出来る。
 否――それは駄目だ・・・・・・
 一体目には対処出来るだろう。だが二体目の狙いはフィオレンティーナではなく、足元のリディアだ。
 位置関係が悪い――フィオレンティーナは座り込んだパオラとリディアの間にいる。一体目は軌道が高い――パオラの頭越しに斬り払えるだろう。だが二体目は座り込んだリディアを狙っているために軌道が低い。リディアの体が邪魔になって、この場所から対処することは出来ない――二体目に対処するためには位置を変えなければならないが、それをしていたら一体目には対処出来ない。
 一体目に対処すればリディアがやられ――二体目を先に対処すればフィオレンティーナかパオラがやられる。
 焦燥が意識を焼く、が――
 右手から来る剣翼鳥ソードバードに対処する――左手から襲ってくるもう一体の剣翼鳥ソードバードは、アルカードに任せておけばいい。
 ごく自然にそう判断して、フィオレンティーナは地面に座り込んだままのパオラの頭越しに長剣を振るった。飛来してきた剣翼鳥ソードバードが撃ち払われ、くるくると回転しながら宙を舞い――翼を広げて飛行形態に戻ったものの、剣翼鳥ソードバードの翼の一方は半ばから切断されている。再び周囲を旋回し始めたが、剣翼鳥ソードバードの翼は羽ばたきによって飛行力を得るものではないが姿勢制御に必要なものであるらしく、滑空姿勢が安定せずぐらついている。あれでは攻撃形態をとったとしても、もう先ほどまでの様な突進速度は得られないだろう。
 だが、その旋回は長くは続かなかった――回転しながらうなりをあげて飛来した剣翼鳥ソードバードが左手から飛来しつつあった剣翼鳥ソードバードの胴体を刃ごと一撃で叩き折り、その軌道上を滑空していた先ほど撃ち払った片翼の折れた剣翼鳥ソードバードを撃墜したのだ。
「――はい、ご苦労さん」
 剣翼鳥ソードバード()を背中越しに投げ放ったアルカードが、そんな言葉を口にする――文字通りぼろぼろになった剣翼鳥ソードバード()が、
「しどい……」 とぼやきながら、兄弟ともども血の湖に沈んでいった。
「さて、と――」
 そのときにはもう、女が呼び出した剣翼鳥ソードバードはすべてアルカードによって撃破されている――彼は手にした塵灰滅の剣Asher Dustの峰で軽く肩を叩きながら、
「人を捕まえて馬鹿呼ばわりしてくれたが――こんなもんけしかけた程度で時間稼ぎが出来ると思える様なめでたい頭で、よくもまあ偉そうに言えるもんだな」
 あからさまな侮蔑と嘲弄を隠そうともせずに口にしたアルカードの言葉に、女が憎々しげに顔をゆがめる――アルカードは左手をポケットに突っ込んで皮肉げな気配を纏わりつかせながら、
剣翼鳥ソードバードをけしかけて、俺がそいつらに対処してる間になにか魔術を組み立ててた様だが――どれかひとつでも成功したか・・・・・・・・・・・・・?」
 その言葉に、女が顔を顰めて小さなうめき声を漏らす――どうやら剣翼鳥ソードバードをけしかけてアルカードがそれに対処している間に、女はなにかしらの行動アクションを起こそうとしていたらしい。
 それがアルカードに対する攻撃なのか、追加の剣翼鳥ソードバードの召喚なのか、あるいはこの空間からの離脱なのか、それはフィオレンティーナにはわからないが、そのいずれにせよアルカードに阻止されたということだろう。
「まさか、さっきから魔術式が片端から掻き消されてたのは――」
 うめく様な口調で口にした女の言葉に、アルカードが肩をすくめる。
「その前にやってたんだから、同じことを出来ないと考える理由も無いだろうが――この程度の数は、まったく問題にならんのだからな」 そう続けて、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustを風斬り音とともに軽く振り抜いた。漆黒の曲刀の鋒をまっすぐ女に向けて、
「ヌルいんだよ、雑魚が――あの程度の数、足止めにもならんわ」
 その言葉に、女が唇をゆがめて笑う。
「一応聞いておこうかしら――わたしと手を組む気は無い? もちろん、わたしが主人」
「あの育ち過ぎの烏賊に尻に敷かれてる様な雑魚を相手に、か? 俺がせっせと尻拭いするだけの結果に終わるのが目に見えてるから、遠慮しとくぜ」
 鼻で笑って、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを肩に担ぎ直した。
「こっちがご主人様でも、お断りだ――小間使いにもならねえよ」
「あら、残念ね――奴隷として誠心誠意尽くしてくれれば、たまには褒美を与えてあげてもいいのに」
「どんなご褒美だか知らねえが、ろくなもんがもらえないことだけは容易に想像がつくな」
「そうかしら? 貴方の容姿は、わたしは嫌いじゃないんだけれど」 そんな言葉を口にしながら、攻撃の準備を整えているのか女の魔力が膨れ上がっていく。
「俺は顔色が悪いのは趣味じゃないね――眉毛が無いのと、瞳が無いのもな」 アルカードは女の言葉を鼻先で笑い飛ばし、
「だいたいおまえのご褒美なんぞ要らねえよ、悪趣味な――この案件が片づいたら、もっといいものをもらえる予定なんでな、ご免こうむる」 そう言って、アルカードは地面を蹴った。
「それは残念――!」 なにを企んでいるのかはわからない、が――自分の作戦の成功を確信した笑みの含まれた声をあげて、女が両手をアルカードに向けて突き出す。それがどんな行動なのかはわからない――わからない。
 なにも起こらなかったからだ。あの挙動からすると、おそらく攻撃――それもおそらくは会話で時間を稼ぎ、十分に魔力を練り上げ増幅して解き放った全力攻撃だったのだろうが、なにも起こらない。
「な――」 女の重ねた左右の掌をまとめて握る様にして、アルカードが女の両手を掴んでいる――それだけで女の攻撃は、発動を完全に抑え込まれていた。
「どうした?」 アルカードが嘲弄の混じった声をかけ――同時に塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が女の左脇に手元まで突き込まれている。漆黒の曲刀の刃は熟練の殺戮者の手際によって肋骨の隙間から胸郭に入り込み、人間であれば肺と心臓を引き裂きながら背骨を切断して背中から突き出していた。
「攻撃を仕掛けて、着弾を煙幕代わりにほかの『層』に逃れるつもりだった様だがな――」 手にした魔具の柄を軽く捩りながら、アルカードがそんな言葉を口にする。アルカードは手元まで突き込んだ塵灰滅の剣Asher Dustをいったん半ばまで引き抜き、その状態で再び手元まで突き刺し直して、
「――そんな子供騙しが、通用するとでも思ったのか?」
「――っギャァアァアアァァアァァア!」 その場に膝を折って聞くに堪えない凄絶な絶叫をあげる女の体を肩を押す様にして軽く突き飛ばし、さらに胸元に足をかけて蹴り剥がして、アルカードはその動きで女の胴体に手元まで突き刺さっていた塵灰滅の剣Asher Dustを引いた。刃にべっとりとこびりついた血を振り払い、
「あいにくだがな――俺は年下が好みなんだ」
 足元で細かな痙攣を繰り返している女にそう告げてから、アルカードは踵を返した。
「残念――カップル不成立だな」
 彼はそのままフィオレンティーナたちのそばまで歩いてくると、間断無く降り注いでくる血で汚れたパオラとリディア、フィオレンティーナを見比べて顔を顰めた――無論、アルカードも似た様な有様ではあるのだが。彼は自分のレザージャケットを見下ろしてからパオラとリディアのそばにかがみこみ、
「怪我は?」
「大丈夫です、怪我はありません」 外傷は無いもののよほど消耗しているらしく、精彩を欠いた表情でパオラがそう返事をする。
「ありがとうございました」
「なに、気にするな。無事でよかった」 そう言って、アルカードは巨樹の幹に貼りついた無数の瘤のほうに視線を向けた。そのうちみっつだけ、生きた人間の顔がへばりついている。
「あれがいなくなった三人かな」
「みたいなことを、言ってましたけど」 アルカードの口にした疑問に、リディアがそう返事をする。
「ふん――取り込んだ人間の体から、徐々に魔力を吸い上げてるのか。で、空になると瘤みたいになって、肉体そのものは不要になるから排出するのかな? この地面の骨片は、吐き出された死体の痕跡か」 そんなことを独り語ちながら、アルカードは巨樹に向かって歩き出した――彼は手にした塵灰滅の剣Asher Dustを水平に翳して、
「とりあえず伐採してみるか?」
「それは困る、わね」 横手から声がして、アルカードがそちらに視線を向ける。その視線の先で、地面に倒れ伏して痙攣を繰り返していた女がゆらりと立ち上がった。
「その木はわたしの力の源だもの」
「困るのは勝手だが、じゃあどうするんだ?」
 挑発する様な口調で返したアルカードの返答に、
「こうするの、よ――」 そう返事をすると同時に、女の体がどろりと崩れ溶け落ちた。

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