徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Dance with Midians 29

2014年11月09日 13時18分53秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   †
 
 ドズンという轟音とともに地響きが建物を震わせ、理紗は驚いて壁の穴から地上を見下ろした。
 あのコンクリートで出来た巨大なカニが、いったいなにをどうされたのか、地面にべったりとへばりついている。
 否、あのカニの脚はすべて先端が尖っていたから、尖端が地面に喰い込んで移動には難儀するだろう。それは容易に想像がつくが、今はカニの無事な脚すべてが深々と地面に喰い込んでいる――まるで上からすさまじい力で抑えつけられたかの様に。
 そして眼前には、あの黒いコートの青年の背中があった――別に櫓を組んでその上に登っているわけではない。足場もなにも無いのに目の前にいて、そしていまだ上昇を続けている――三階の高さまで跳躍しているのだ。
 その両腕を、先ほどまでは無かった銀色の装甲が鎧っている――奇妙なことに、その両腕の周囲を中心に彼の姿が陽炎を間に置いた様にゆがんで見えた。
 うなじのあたりで括った長い金髪が獣の尾の様に宙で踊り――彼は空中で両腕を逆の肩に巻き込む様にして腕を交差させると、×字を描く様にして両腕を振り下ろした。
 轟音とともに周囲の大気が荒れ狂い、カニの背中に×字状の陥没が生じた――まるで見えない斧で叩き斬られたかの様に。
 重力の軛に囚われて落下しながら、金髪の青年が右腕を振り翳す。
 ギャァァァァァッ!
 ヒィィィィィッ!
 ガァァァァァァァッ!
 それと同時に、凄絶な絶叫が響き渡った――鼓膜で聞いているのではない、頭の中に直接響く、老若男女数十数百の悲痛な絶叫。続いて金髪の青年の右手の先の空間が、棒状に青白く輝く――否、いつの間に抜き放ったのか、あるいはずっと手にしていたのか、周囲に強烈な電光を纏わりつかせ蒼白い激光を放つ刀を手にしている。
 金髪の青年はそのままカニの背中に着地すると同時、頭上に振りかぶった刀を足元めがけて振り下ろした。
 いったいそれだけのことでいかほどの衝撃が加わったのか、先ほどを超える地響きとともに建物が揺れる――カニが先ほどの突進でぶち抜いた風穴の周りの亀裂が広がるびきびきという音に戦慄したとき、カニの背中に放射状に亀裂が走るのが見えた。
 カニの背中に降り立ったコートの青年が、空手の踵落としみたいに右足を振り上げる――次の瞬間、彼は咆哮とともにカニの背中に入った亀裂の中でもっとも大きなものに右足を足裏から叩きつけた。再び地響きが建物を揺らし、信じがたいことにその一撃でさらに亀裂が広がっていく。
 二度、三度と、彼はカニの背中に足裏を叩きつけた――そのたびに地響きとともにカニの背中に入った亀裂が大きくなり、五回目の打擲ののちにはカニの胴体はほぼ完全に破壊されていた。巨大な亀裂によって巨体の前後を完全に分断されたカニは行動能力も失ったのか、鈎爪のついていた前脚だけをじたばたと動かしている――だが鈎爪自体は無事に残っていたほうもすでに破壊されたらしく、その動きにはもはや意味は無い。
 そこまでやったところで、コートの青年が跳躍する――彼は空中で一回転して、カニの口元のあたりに着地すると、重心を沈め右足を引いて拳を脇に引きつけ、渾身の力を込めたパンチを放つ構えを取った。
 それとほぼ同時に――いったいどうしたことか、上から見ている彼の体の右半分が先ほどと同様、まるで濃密な陽炎を間に置いているかの様にゆがんで見え始めた。
Aaaaaa――raaaaaaaaaaaaaアァァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァッ!」
 咆哮をあげながら青年が繰り出した右拳が、銃撃によって大穴の開いたカニの顔に突き刺さる。次の瞬間には先ほどの蹂躙によって半壊していたカニの体に大小さまざまな亀裂が走り、半身が粉々に砕け散った。
 人の頭ほどもあるコンクリートの塊が、無数に周囲に撒き散らされる――カニの前半身は無惨に破壊され、残った後半身もその場に崩れ落ちて動きを見せない。それでもとどめを刺すつもりなのか、黒コートの青年は再び跳躍した。
Aaaa――lalalalalalalieアァァァァ――ララララララララララァィッ!」
 彼は両手の指を組んで、咆哮とともに渾身の槌拳スレッジハンマーを残った後半身の背中に叩きつけた。まるで巨大な戦槌ウォーハンマーを真上から垂直に撃ち込まれたかのごとく、打撃を受けた箇所から蜘蛛の半身全体が轟音とともに陥没する――残された半身に打撃ポイントから放射状に亀裂が走り、そこから細かな亀裂が無数に枝分かれして全体に広がった。
 もはや瓦礫の塊のごとき有様になった蜘蛛の体を蹴って、コートの青年が再び後方に跳躍する――おそらく小型の拳銃でも発砲したのだろう、いまだ宙にある青年の手の中で一瞬炎が弾け、乾いた銃声が響き渡る。
 それとほぼ同時に、罅だらけになっていたカニの残る半身が完全に砕け散った。
 石くれの山と化して崩れ落ちたカニを見遣ってから、青年が再び地面を蹴る――再度化け物じみた運動能力を見せて、黒いコートの青年は平然と三階の高さまで跳躍し、壁に穿たれた風穴からボウリング場に入ってきた。
「ライル、こっちは片づいたぜ。そっちはどうだ?」
「ああ、もう終わらせるよ」 法衣の男が彼のほうを振り向くことはせずに、そう答えてくる――彼は槍を手放したかと思うと、ポケットから文庫本サイズの本を引き出し、そのページを床にぶちまけた。
 いったいなにをする気なのかといぶかるよりも早く、ページすべてが金色に輝き始める――まるで旋風にでも巻き上げられたかの様にページが天井に向かってバサバサと音を立てて舞い上がり、次の瞬間黄金に輝く無数の長剣へと変化したのだ。
 なにが起こったのかを認識する暇も無い――鋒を真下に向けた無数の長剣が、金色の光の筋を曳きながら次々と落下し始める。否、単なる自由落下ではないのだろう――明らかに子ガニの群れを狙って軌道を修正しながら、自然落下ではありえない様な高速で落下してきた無数の長剣が子ガニの群れを次々と串刺しにした。
 一体につき六振り以上の長剣が突き刺さり、さながら針鼠の様な有様になって床に縫い止められた子ガニの群れが、それで完全に動きを止める。なにが起こったのかは知る由も無いが、どうやらそれで動力を失ったらしい。
「――まあ、こんなところかな?」 コートの青年のほうを振り返って気楽に肩をすくめ、法衣の男がそんなことを言ってくる。
「ふん、どうだか」 コートの青年の返答はそんなものだった。壁際にいる彼女のほうを振り返り、
「おまえ、筋はいいんだが――」
 そこで法衣の男も気づいた様だった――槍に手を伸ばすが、もう遅い。そのときにはもう、コートの青年は行動を起こしていた――いったいいつの間に踏み込んできたのか、眼前に立っていた青年が彼女の肩越しに繰り出した一撃が轟音とともに背後の壁に突き刺さる。
 恐る恐る振り返ってみると、子ガニが一体、彼の拳に甲羅をぶち抜かれて背後の壁に縫い止められていた――コンクリート製の壁に手首まで喰い込んだ拳を引き抜き、不格好な腕輪みたいに腕にまとわりついたカニを適当に足元に投げ棄てて、彼は落ち着いた口調で続けてきた。
「――まだまだ、周りが見えてない」
 面目無いという様に、法衣の男は軽く肩をすくめた。
「あんたにかかっちゃ形無しだな。せいぜい精進するさ」 法衣姿の男がコートの男の言葉にそう答え――そこでふたりの男たちは、弾かれた様に同時に振り返った。体ごと向き直って、最初にあの巨大なカニが出現したあたりに視線を呉れる。
 なにが起こっているのかは、一目見ればわかった――最初にカニが出てきた床の模様から、もう一体のカニが這い出してきているのだ。
「まだ魔力が残ってたのか」
「らしいね――地脈から直接魔力を吸い上げて動力にしてるわけじゃなさそうだし、そろそろ打ち止めだろうが」 コートの青年のボヤキに肩をすくめ――法衣の男が手にした大身槍を投げ放つ。血煙を撒き散らして回転しながら飛んでいった槍が、ようやく頭を出し始めていたカニの鼻面に突き刺さった。
 それがダメージになっているのか、まるで悶絶する様に口の部分のカバーを開閉させながら体をのけぞらせるカニに向かって、コートの青年が床を蹴る。
Wooaaaraaaaaaaaaaaaaオォォォアァァラァァァァァァァァァァァァッ!」
 咆哮とともに、コートの青年は固めた左拳をカニの鼻面に叩きつけた――最初のカニほどの強度は無いのか、それともコートの青年の打撃の破壊力が桁はずれなのか。
 おそらくは後者なのだろう。完全に床から這い出すよりも早く、コートの青年が打ち込んだ拳の一撃でカニの頭部が敢無く粉砕された。頭部から抜け落ちた槍を、コートの青年が虚空で掴み止める。
 そのまま彼が穂先の尖端で床の模様を引っ掻く様にして槍を振るうと、それが決定打になったのか、カニの残骸は電池の切れた玩具のロボットの様にそのままの姿勢で動かなくなった。
「悪いね、今夜はもう店仕舞だ」 槍を肩に担いでそう嘯くと、コートの青年は踵を返した。こちらに向かって歩きながら、法衣姿の男に向かって槍を放り投げる。空いた手で携帯電話をコートの内ポケットから取り出して、彼はどこかの番号を呼び出した。
「――セバか? 俺だ――例の場所を探索した。ああ、コンタクトはあったがハズレだ。置き土産にがーごいるを置いていっただけだったよ。地元のチンピラどもが何人か巻き添えを喰ってる――否、チンピラは全員変わってたから始末した。それと目撃者がふたり。地元の女子高生だ。悪いが現場の後始末の手配を頼む。ああ、じゃあ、よろしく」
 そこまで言って、彼は携帯電話をしまいこみ――彼女たちふたりを見下ろした。
「さて、あとはこの子たちだけだな」
「どうする?」
「どうもこうも――後始末の連中に預けるしかないさ」
 法衣の男の言葉にそう答えて――コートの青年がこちらを見遣る。その言葉の意味を悟って、彼女は肌が粟立つのを感じた――先ほど彼はなんと言った?
 『現場の後始末』、彼はそう言った。
 つまり、彼は自分たちを――
 そこまで考えたところで、こちらを見据えるコートの青年の瞳が一瞬だけ金色に光った様に見えて、それを最後に彼女は意識を失った。
 
   †
 
「――おっと」 意識を失って床に倒れ込んだ少女を、アルカードは脇に手を入れて体を支えて抱き止めた。
「下まで連れて降りるか?」 同様にもうひとりの少女の体を支えながら、エルウッドがそう問うてくる。
「否、どうせ彼らはここまで上がってくる。置いておけばいい」
「だな。さあ、行こう――教会の後始末係が相手でも、俺はともかくあんたは、顔を見られるとあとが面倒だ」
 そう言って、エルウッドが片腕で抱きかかえた十代半ばの少女の体を床に横たえた。アルカードは自分の抱きかかえた少女の体をそのかたわらに横たえて、エルウッドとともに階段に向かって歩き出した。
 
   *
 
 ばんっ――中庭に面した一室の扉を、乱暴に開ける。
 主の性格を反映した質実剛健を絵に描いた様な部屋で、必要外の調度は一切無い。普段は客室として使われているその部屋は、今は屋敷の主のための隔離部屋になっているらしい――主の看護についていたのだろう、見覚えのある若い娘が寝台の手前に仰向けに倒れていた。
「――動くなッ!」 部屋の奥に長剣の鋒を向けたとき、真っ先に視界に入ってきたのは、奥にある養父の寝台の上に蹲る黒いものだった。
 じゅる、じゅる、じゅる――まるで細い筒を使って水を啜るときの様な音が聞こえる。
 壁に飛び散った大量の血糊。重症患者の看護のために血で汚れたシーツ。その上で蹲る黒いもの。
 寝台のかたわらにはまだ若い、色素の薄い髪を短く刈り込んだ青年の姿。アンドレアだ。
 壁を背にする様にして、床の上に座り込んでいる――剣を抜く間も無かったのか、長剣は鞘に収まったままになっていた。否、代わりに腰の短剣が無くなっている――長剣では不利と見て短剣で応戦し、そして敗れたのだろう。首元がほかの屍と同じ様に血に染まっている。
「ほう。この屋敷に入ってくるとは」 寝台の上の影が発した声は、聞き覚えのあるものだった。ただし、部屋の主のものではない。
「な――」
 馬鹿な――この声、では本当にここにいるのは――
 どさりと音を立てて、影がかかえていたものを寝台の上に放り出した。そのまま甲冑の装甲がこすれ合う音とともに床に足を下ろし、廊下で焚かれた角燈の光の届く場所に姿を見せる。
「ふむ――おまえはたしかヴィルトール、だったか?」
 姿を見せたのは、長く乱れた黒髪に濃い髭を蓄え、歴戦を物語るぼろぼろになった甲冑を身に纏った長身の偉丈夫。外套は血に塗れ、腰には二点支持外装の長剣を帯びている。
「外にいた連中はどうした? まさか、生身の人間のおまえが突破してきたのか?」
「ヴラド・ドラキュラ公――」 小さくうめいて、ヴィルトールはその名を口にした。
 暗がりの中で自ら輝く深紅の瞳。顎は血に濡れ、甲冑の胸元に血の雫が滴り落ちている。
 間違い無い――数日前に暗殺されたという噂の流れていた、ワラキア公ヴラド・ドラキュラ公爵だ。
「たいしたものだ。生身の人間がこの屋敷に入ってくるとはな――」
「馬鹿な――では、この屋敷の有様は、ゲオルゲの言ったとおり……」
「ゲオルゲ? 誰かは知らぬが、その男の言うとおりだ。この屋敷の住人は我らが喰った」
 ぎり、と手にした長剣の柄を握り締める。足を踏み出したとき、爪先になにかが当たって、彼は視線をそちらに向けた。
 扉の脇に長髪の青年が倒れている。見覚えのある男だった――グリゴラシュ・ドラゴス。アドリアン・ドラゴスの長男で、ヴィルトールにとっては義兄に当たる男だ。
 首元を血で濡らし、床の上に倒れたままピクリとも動かない。
「さて――そろそろいろいろ試してやり方もわかってきた。もうこれ以上、下僕だけをけしかける必要も無い――せっかくだ、おまえは父親同様私自身の糧となるがいい」
「――ッ!」 声にならない咆哮をあげて――ヴィルトールは床を蹴った。この怪我では長引いては不利だ。一気にドラキュラの間合いを侵略し、一撃で首を刎ね飛ばそうと――
 ぱぎぃんっ――金属の砕ける音とともに、ドラキュラが反撃に振るった鞘に収めたままの長剣の一撃を受けて、ヴィルトールの手にした長剣は半ばから叩き折られていた。

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