徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Evil Castle 9

2014年11月09日 20時19分36秒 | Nosferatu Blood LDK
 
   *
 
 ぱちんという薪の爆ぜる音に、ナタリーは目を醒ました。
 ひどく肌寒い――眠っている間に蹴ってしまったのだろうか、ベッドのシーツも無い。
 目を開けてみると、視界に入ってきたのは見慣れた村の自宅の梁ではなく、木の枝を固縛して作った三角形の小さな枠に布をかぶせた簡素な天幕の布地だった。
 動こうと思ったが、妙に狭苦しい――視線を転じると、隣にメアリが横になっているのが視界に入ってきた。
 天幕の下から這い出してみると、周囲の木々に紐を縛着して巨大な六角形の天幕が張られており、ナタリーたちが眠っていた天幕はその下に設置されているのがわかった。
 雪風を凌ぐためだろう、巨大な天幕の下にもうひとつ三角形の小さな天幕が張られており、ナタリーが横になっているのはその天幕の中だったのだ。
 周囲に積もった雪は円形に除雪され、除雪された範囲の外側に暴風壁の代わりなのか積み上げられている。
 外はまだ暗い――もともと分厚い黒雲が空を覆っており、さらにまだ夜が明けていないのだろう。
 巨大な天幕の下には天幕の内部の照明と直火の調理用としてか中央の支柱を避ける様にして火が焚かれており、鋳鉄製の三脚が火の上に設置されて、鎖で吊られた取っ手つきの鍋がぶら下がっている。それとは別に先細りの円筒状に石を積み上げて粘土で隙間を塗り固めた竈の様なものが設置されており、もくもくと煙をあげていた。
 煙を噴き上げている竈のてっぺんには、数本の棒が渡されていた――竈のてっぺんには手が届かないので、棒には触れない。石を積み上げて粘土と土で塗り固めた竈は内部で燃える炎の熱を受けてそれ自体が発熱しており、近くにいるだけで暖が取れるらしい。
 周囲を見回したところで、
「起きたか」 いきなり横合いから声がかかって、ナタリーはびくりと体を震わせた。
 視線を向けた先に、黒い影がわだかまっている――大人の膝くらいの高さの平たい岩の上に腰を下ろして、その男はこちらに視線を据えていた。
 薄暗がりに溶け込む様な黒い色合いの金属で作られた全身甲冑を身に着け、闇をそのまま身に纏ったかの様な漆黒の外套を羽織っている。
 外套のフードを目深にかぶっているために、顔はほとんど見えていない――が、時折覗く双眸が血の様に紅いのがわかった。
 右手に黒光りする鋼材に革紐を巻きつけただけの簡素な造りの短剣を手にし、どうもそれで燻製にした肉を削る様にして切り取りながら食べていたらしい。
 かたわらには鋼鉄製の鞘に納められた二点支持外装の長大な曲刀と、銃身の太さが大人の腕ほどもある常識はずれの巨大な銃。
 明らかに堅気の人間とは言い難い風情のその男は、視線だけで切り刻まれそうな凄味と冷静さを湛えた紅い瞳をこちらに据えながら、
「おまえ、名前は?」 という質問に、ナタリーは返事をしなかった――出来なかったと言うほうが正しい。まるで地獄の瘴気を全身に纏わりつかせたかのごとき兇悪な気配と、煉獄の燎原をそのまま封じ込めたかの様な苛烈な凄味を秘めた鮮血の様に鮮やかな紅い紅い瞳に気圧されて、金縛りに遭っていたからだ。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に、ナタリーは身動きひとつ出来ないまま男の紅い瞳を凝視していた。
「答えないか――それとも言語が違うのか? おまえ、あのキメラどもに追われてたときに、俺に助けてと声をかけていたよな?」
 そんなことを言ってから、彼は何度か言葉を切り替え――二十ヶ国語に達した時点でやめにしたのか、小さく嘆息した。
 短剣で削ぎ取る様にして切り取りながら食べていた燻製肉を脇に置いて立ち上がり、焚火の上に三脚で吊るされた鍋に歩み寄る。
 男が手を伸ばして鍋の蓋を取り除くとむわっと湯気が上がり、同時に香辛料とキツネの骨髄のスープのいい匂いが漂ってきた。
 強烈に食欲を刺激する匂いにぎゅう、と音を立てて腹が鳴る――男はそれで再びナタリーに視線を向けると、わずかに首をかしげて、
「……喰うか?」 腹が鳴った拍子に金縛りが解け、ナタリーはうんうんとうなずいた。
 それを見て、金髪の男がちょっとだけ表情を緩める。
 匂いにつられて起き出してきたメアリのほうを見遣って、普段自分が使っているものらしい器に鍋の中身を移しながら、
「そっちも起きたか。妹か?」 先ほど返事をしなかったからだろう、彼は返事を待つことはせずにナタリーに器を差し出した。
「うん、妹」 と返事をすると、男はちょっと眉を上げた。
「なんだ、この言葉でしゃべれたのか」 彼の返答は、それだけだった――結果的に無視した形になったのを怒ってはいないらしい。
 湯気の立つ液体を飲み下すと、温かいスープの熱が体の芯から広がっていく。田舎娘のナタリーが口にしたことも無い様な変わった香辛料の香りが混じった湯気を胸一杯に吸い込んだとき、男が小さな笑い声をあげた――そうやって表情を緩めると、先ほどまでの厳しさや苛烈さが嘘の様に消えるのがわかった。
 男が与えたパンを一気に食べ過ぎて咳き込んでいるメアリに、
「食べ物は逃げないから、落ち着いて食べろ」
 彼は自分のぶんのスープを器によそいつつそんな言葉をかけてから、それまで座っていた岩に座り直し、脇に置いていた短剣を手にとって再び燻製肉を削ぎ取り始めた。そのまま燻製にした肉を齧りながら、
「名前は? どこから来た?」
「ナタリー。この子はメアリ。家はそこの街道をあっちにずっと行った村」 警戒心が薄らいで饒舌にそう答えると、男は続いて質問を発した。
「どうしてあんなモノに追われていた」 その質問で、ここにいる理由を再認識する――そうだ、自分たちはあの怪物に追われていたのだ。
「おかあさんをさがしてるの」 メアリの返答に、男が眉をひそめる。
「母親が家からいなくなったのか?」
「ううん、兵隊さんが連れて行った」 ナタリーが答えると、男はそうか、とうなずいた。それ以上深入りするつもりは無いのか、
「難儀な話だな」 彼はそれだけ言ってから、スープに口をつけた。彼は一瞬逡巡する様な表情を見せてから、
「それで、その母親を連れていった奴というのは何者だ?」
 
   *
 
「クソが……」 ロビーのソファーを廻り込みながら、アルカードが小さく毒づくのが聞こえる。
 あの吸血鬼はなんのかかわりも無い犠牲者を出すのを好むタイプではない――正義の味方ではなく、単に彼自身の好き嫌いによるものだ。
 彼は五百年前、生家とその近郊の町の住民すべてを噛まれ者ダンパイア喰屍鬼グールに変えられ、挙句彼らを自分の手で皆殺しにしている。
 同じ光景を二度と見たくないのだろう、彼は無意味な人死にを嫌うし弱者がいたぶられる様な光景が目の前で繰り広げられることも許さない。
 そんな彼にとって、この状況は嫌悪の最たるものだろう。
 ロビーの一角がカフェになっており、そこに何人かの遺体が転がっている――死角が多いので少し歩調を落としながら、テーブルの陰で突っ伏した女性のかたわらに歩み寄る――背中に巨大な爪で引っ掻かれた様に数条の傷跡が平行に走っており、おそらくそれが背骨や内臓を破壊したのが致命傷になったのだろう。
 否――不審なものを見つけて、エルウッドはかがみこんだ。
 なんだ、これは……?
 女性の遺体の右足――足首のあたりが琥珀の中の虫の様に、半透明の固形物に覆われて床と固定されていた。床に固定された固形物が転倒の際に剥がれなかったために梃子の原理で骨が折れたのだろう、くるぶしのあたりからいびつに曲がっている。
 直接触れるのは躊躇われたので、倒れたテーブルの上から落ちたものらしいカップの残骸のそばに落ちていたスプーンを拾い上げ、それでつついてみる。
 なにかはわからないが、飲食店の見本にある氷のモックアップの様に完全に固形化している――つついた感じの印象は樹脂に近い。
 なんだ、これは……?
 考えても仕方が無いので、エルウッドは立ち上がった。その場で周囲を見回す――数歩歩を進めて、エルウッドは眉をひそめた。
 テーブルのひとつのそばで引っくり返った初老の男性の遺体が、濡れている――といっても周囲の絨毯ごとずぶ濡れなのではなく、体だけが全身べちゃべちゃになっている。見た目のイメージで言うなら、冷凍肉を常温で放置したときの状態に近い――全身が結露した水で濡れた様にぐっしょりと濡れそぼり、服が皮膚に張りついていた。
 凍死体を常温の環境に放置したら、こんなふうになるのだろうか――そう考えたところで、エルウッドは彼の亡骸が着いていたと思しいテーブルの座面も同じ様に濡れているのに気づいた。
 木製の綺麗に塗られたテーブルセットだが、テーブルの天板に敷かれたクロスは同じ様に濡れ、それ以外の木製の部分は水滴が伝った跡がある。
 絨毯は濡れている様には見えなかったが、手で触れてみるとじっとりと湿っているのがわかった――毛足が長い分湿気をよく吸うので、ぱっと見では気づかないだけらしい。
 ただし、彼の死因はそれではない――男性の後頭部がごっそりと齧り取られて無くなっている。ただ、問題は致命傷の傷ではなく、体を数ヶ所穿つ小さな穴だった。
 おそらくは暴れられなくするためのものなのだろう、胴体に数ヶ所と手足にそれぞれ一ヶ所ずつ、小さな穴が穿たれている。
 穴自体は非常に小さい――というよりも周囲の筋肉が収縮して穴が閉じてしまっているのだろうが、穴自体は体の裏側まで貫通している。体の前後に開いた穴を観察すると、いずれも骨格や神経束、内臓など、重要器官を貫通していると知れた。
 穴は小さなものだが、どんな武器で穿たれたものか穴の周囲に血と肉片が飛び散っている。
 ドリルの様な武器でやられたのか?
 胸中でつぶやいて、エルウッドは憂鬱な気分で溜め息をついた。その場で立ち上がり、別の死体のほうに向って歩き出す――歩き出しかけたところで、エルウッドは足を止めた。
 床の上に女性がひとり倒れている――どうも先ほどの男性の死体のほうに歩いていこうとしていたのか、カフェの従業員と思しき制服を着た女性はその場に横倒しに倒れ込んでおり、トレーとその上に載っていたコーヒーセット、ポットが床の上に転がっていた。
 こちらの女性も、体の表面に大量の水分が結露している――その攻撃を受ける前にすでに死んでいたのか、首の骨が折れている以外に外傷は見当たらない。
 だが――視線を転じてコーヒーポットと、床の上に落ちた拍子に引っくり返ったポットからこぼれ出し、絨毯に染み込んだコーヒーに視線を止める。
 コーヒーが染み込んだフロアカーペットが、溶けている――まるでコーヒーの代わりに硫酸でも染み込んだかの様にカーペットが溶解し、さらにその下の大理石の床までもが溶けていた――他方、女性の遺体は溶けていない。
 タイミングが違う?
 首をかしげて、エルウッドは立ち上がった。
 溶解液を浴びせかける敵――否、違う。溶解液を浴びせるのではない。それならあの男性が被害に遭っていそうなものだし、攻撃手段としての溶解液にしては加害範囲が小さすぎる。
 コーヒーを溶解液に変えた? どうやって?
 胸中でつぶやいてから、かぶりを振ってエルウッドは立ち上がった。まずはここの死体をすべて調べなくてはならない。

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