徒然なるままに修羅の旅路

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The Evil Castle 18

2014年11月09日 23時15分18秒 | Nosferatu Blood LDK
 アルカードはそう言ってから手首を振って指先の水気を飛ばしながら、
「ただ、これは『クトゥルク』が作ったものじゃない――あのあばずれはキメラ学は専門外のはずだが、端末の製作だけに関して言えばベアトリーチェ・システティアーノ・ロザルタはもっと技量が上だ。『式』の構築も甘いし、宝石の純度も低い。いったん『解体』して、『式』を編み込むときの技量が低いとこうなる――これじゃあ思念を使って使い魔に干渉出来る半径は、三、四十メートルがいいとこだ」
 そう言って、アルカードは天井を見上げた。
「じゃあ、このキメラどもを作った魔術師がこのホテルの中にいるのか?」
「わからん」 エルウッドの言葉にかぶりを振ると、アルカードは彼が返してきたルビーを宙に投げ上げ、塵灰滅の剣Asher Dustの一撃でまとめて寸断した。四つになったルビーがぽとりと音を立てて湿った絨毯の上に落下するのを見届けて、
「魔術師の思念はおまえの結界で遮断されるはずだ。魔術師がここをすでに立ち去ってるという前提での話だが、だから遠隔操作のための端末があっても外部からこのキメラをコントロールは出来ない――少なくとも、掃除が終わったから次は買い物に行ってこいなんて命令の仕方は出来ん。ただこのホテル内で好き勝手させるつもりなら、必ずしも魔術師がいちいち事細かに指示を出す必要は無い――『このホテルから出るな』と命令すれば、使い魔はこのホテル内だけで暴れ回る」
「となると、魔術師は命令を出すだけ出してどこかから高見の見物か?」
「可能性は高い――ホテルに入り込んで、そこで卵を誰かに植えつけたことは間違い無いだろうがな」
 アルカードはそう返事をして、足元に転がったルビーを蹴飛ばした。彼は壁際の火災警報装置に歩み寄って扉を開け、中にある赤いバルブを閉めながら、
「これは生来のものじゃない――生まれたキメラの脳に、魔術を用いて埋め込むんだ。だから魔術師はキメラが生まれるまではこのホテルの中にいたはずだ――最初に生まれたキメラを取り上げて、端末を埋め込まなくちゃならんからな。それが終わってしまえば――」
 そこでいったん言葉を切り、アルカードは先ほどエルウッドが破壊した天井の裂け目に視線を向けた。そこから流れ出していた消火用水の量が減り始めている――先ほどのバルブが、この廊下のスプリンクラーの水の供給を制御するものだったのだろう。水が止まったのを確認してから、アルカードが窓の外に視線を向ける。
 いったん言葉を切ったアルカードに、エルウッドは先を促した。
「しまえば?」
「終わってしまえば、本来は魔術師はもうここにいる必要は無い。もちろん目的にもよるが、むしろこの件に関して言えば魔術師に魔術師らしい目的がある様には見えん――魔術師が好む行動には到底見えないが、むしろ誰彼構わず人目を集めたがってる様に見える」
 諸事情あってまず使うことは無いが、アルカードは魔術師としての訓練も積んでいる――あくまでも『みずからが力をつける』ことを身上とするファイヤースパウンにはキメラ学の研究者がいないためにキメラ学は専門ではないそうだが、だからある程度魔術師の思考パターンも理解出来るのだろう。
 魔術師というのは、基本的に成果の秘匿を旨とする。
 特に研究者肌の魔術師の間でその傾向が強いのだが、魔術を扱える者であるということを一種の特権であると解釈するからだ――つまり魔術とは特権であり、下賤な者たちへの漏洩は許されないものであると考えているのだ。それはいわゆる科学技術がもたらす普遍性とは真逆のもので、選民思想そのものなのだが。
 まあそれは考え方の問題なので、エルウッドはその点に関してはさして興味は無かった――魔術は武芸と同様、志した者たちによる独占が基本で、科学技術は金さえ出せば等しく恩恵を得られる。ただし根幹部分は志した者、すなわち研究者が独占するという一点においては魔術も科学も変わらない。研究の結果得られた恩恵を自分たちで独占するか、それとも万人が享受出来る様にするかの違いだ。
 どちらが正しいというものではないのだろう――もっとも自宅に家電品が山ほどあるアルカードに言わせれば、そういった魔術師の九割九分は『自分を雲上人かなにかと勘違いしたただの馬鹿』なのだそうだが。
 それに、魔術師は独占を保つという以外に、別な事情で秘匿と隠遁を好む。特にキメラやゴーレムの研究者はそうなのだが、人体実験の材料として人間を攫って使うことがあるからだ。
 寄せ肉フレッシュゴーレムやレブナント――生物の死体を材料としたガーゴイルのことだが――の様にはっきりと攫った人間を殺して死体を利用する者もいるし、彼の話の通りなら、キメラの実験には繁殖によって数を増やせることを確認するために人間の女性が必要になる。
 魔術師のこれまた九割九分は自分の我儘はなんでも通ると思い込んだ幼稚園児レベルの身勝手さと、なんの役にも立たない肥大した特権意識と傲慢レベルの自尊心、そして他者の生殺与奪を握っていると勘違いした無能な貴族じみた馬鹿丸出しの黴でも生えていそうな古臭い価値観を二十一世紀の今まで引きずっており――ここまで全部アルカードの言いぐさそのままだが――、自分の研究のためなら他人の生命など平気で使い棄てにする連中ばかりだ。
 現代ならともかく往時は人権だのなんだのという考え方は無かったのだ。実験材料にするために拉致して使い棄てる行いなど、珍しくもなかっただろう。
 そんな彼らの立ち位置からすれば人間を拉致する作業をやりやすい様に、自分たちの存在が秘匿されていたほうが都合がいいのである。
 自分の研究に没頭していたがるというその一点だけに関して言えば、魔術師と科学者はある意味相通じるものが無くもない――科学者はまっとうにやっていれば別段他人に迷惑はかけないし、最終的には大衆の利益になるが。
 もっともそういった手合いの研究成果の大半は、アルカードの言葉を借りれば『なんの役にも立たないゴミ』なのだそうだが――まあ『自分を相手にどれだけ持ち堪えられるか』が評価基準なアルカードにかかれば、どんなに高性能のキメラやゴーレムでも評価はそんなものだろう。
 その評価が正当なものかどうかという点に関してはこの際置いておくとして、アルカードのコメントそのものは理解出来る。魔術師にとって、この状況にはまるでメリットが無い――自分たちの存在を世間に暴露してまでも、達成したい目的があるのでもない限りは。
「もちろん、まだここにいる可能性もある」 アルカードがそう続ける。
「魔術師がなにをしたいのかにもよるが――魔術師どもにとって、この状況は害にしかならんからな。なにがしたいのかさっぱりだ」
 その指摘に、エルウッドはうなずいた。先述したとおり、魔術師は秘匿を好む――魔術師にとって魔術は特権だし、キメラ研究はもちろん人間の死体を(場合によってはみずから殺害して)利用する様な非人道行為が現代社会に露見して国家によって潰しにかかられた場合に物量による大規模攻撃を凌げるほどの戦力は持っていない。
 魔術を公に披露するなどというのは、魔術師にとっては自殺行為でしかないのだ。
 それ以上考察をする気は無いのか、アルカードはエルウッドに視線を向けた――もとより彼の傷が回復するのを待っていたのだろう。
「もう動けるか?」
 アルカードの問いに、エルウッドはうなずいた。すでに傷は完全に治癒しており、次の戦闘に支障は無い。
「ああ」
「なら行くぞ――キメラを皆殺しにして、それに片がついたら魔術師も見つけ出してばらす」
 アルカードはそう言って、踵を返して歩き出した。
 
   *
 
 ぴちゃり――手にした短剣の鋒から滴り落ちた赤黒い液体が、床の上で弾けて小さな音を立てる。
「――ふん」 両手にそれぞれ保持した短剣についた血を軽く振り払い、足元に倒れ込んだ鎧を見下ろす。アルカードは二本の短剣を鞘に納めてその場にかがみこみ、首を斬り落とされた鎧の胴甲冑の装甲板の継ぎ目に指をかけた。
 胴甲冑に胴側と背中側を接合するための留め鉄やストラップのたぐいがなにも無いことに眉をひそめつつ、胴甲冑をはずそうと力を込める――力ずくではずそうとしても装甲板がはずれるどころかそのまま体全体が浮き上がるほどしっかりくっついているので、アルカードはあきらめて右脛の装甲の隙間に仕込んであった短剣を抜き出した。柄元から尖端まで、完全に二又になった短剣だ。尖端までの緩やかな曲線を描く鋒を除く物撃ちは鋸状になっていて、柄も刃も一体の素材から削り出されている。
 逆手に保持した短剣の手だまりが悪いので何度か手の中で位置をずらしてから、アルカードはその鋒を足元の鎧に向けた。柄の少し形状が気に入らないのだが、こればかりはどうしようもない。
 物理的な加工手段では形を整えることも出来ないほどの硬い素材なので、加工に用いる魔術を扱えないアルカードには自分の手に合わせて形状を整えることも出来ない――だがそれは慣れの問題だし、素材の性質からくる非常に大きなメリットがあるので、アルカードはさほど気にしていなかった。
 短剣は悪魔の外殻から削り出されて作られており、物理的には金剛石を超える硬度と地上に存在するあらゆる金属を凌駕する弾性と粘性、剛性、耐蝕性を兼ね備えている――現世ではとうの昔に採掘し尽くされ、異なる『層』に出向かないと採取出来ない超金属オレイカルコスを除くありとあらゆる金属素材を超える性能を誇る素材である。さらには非常に高い魔力伝導率を有しており、もともとが霊体の体の一部であるがゆえか、形骸や筺体を持たない純粋な霊体に対しても殺傷能力を発揮する。
 儀式用短剣セレモニアルダガー――この短剣の元々の所有者が、そう呼んでいたのだが――の鋒を、鎧の胴甲冑の継ぎ目に近づける。継ぎ目に刃の尖端をあてがい、そのまま柄元まで刃を突き込んで、アルカードは短剣をこじる様にして胴甲冑を引き剥がした。
 胴甲冑の装甲を引き剥がすと、皮膚は無く、装甲板の下に人間のそれに似た筋肉組織が剥き出しになっていた――というより皮膚の代わりに装甲板が肉にくっついていたらしく、装甲板の裏側に一緒に引き剥がされた肉や脂がこびりついている。
 脂は少なく筋肉が多い――かなり分厚い板金甲冑を全身にへばりつかせて歩き回っている以上、十分に筋肉が発達していないと動くことも出来ないだろう。
 筋肉の構造は人間のそれに酷似しており、ただし筋繊維の密度は人間のそれとは比較にならないほど高密度だった。
 顔を顰めて鎧の手首を掴み、腕を持ち上げたまま固定する――下膊の表裏を鎧う装甲板の合わせ目に儀式用短剣セレモニアルダガーの鋒を捩じ込み、押し込んだり引いたりして鋸の様に斬り進めて装甲板と肉を切り離す。肘の外側の装甲の縁に手をかけて一気に装甲板を引き剥がすと、ベリッという厭な音とともに装甲板がはずれた。
 腱と関節の構造は人間のそれに近い。靭帯部分から切り離して筋肉を引き剥がしてみると、骨格が鋼の様に強固に出来ていることがわかった。骨密度が高く強固なぶん重い骨格を仕込まれ重装甲冑で全身を鎧われた体を駆動するために、筋繊維や靭帯は密度が高くさらに筋肉繊維の束が非常に太い。
 正面から撃ち合うことを避けて速度で翻弄したためにさほどの危険無く勝利したが、おそらく正面から戦えば自分でも力負けしていただろう。
 指がどの様な構造になっているのか興味はあったが、指の肉と一体化した細かな装甲をはずすのが面倒だったのでやめておく。
 脚の装甲を引き剥がし、ついでに爪先の装甲もはずしてみると、脚の構造そのものは人間のそれに似通っていたが、指先に短いがかなり鋭い爪が生えているのがわかった。
 首をかしげつつ、脇に転がった鎧の首に手を伸ばす。
 面頬の隙間から刃を入れて頭部装甲をはずしてみると、顔には瞼はあるが鼻や唇は無かった――おそらく瞼は眼球を乾燥から守るためのものなのだろうが、唇は食事をしないために必要無いのだろう。
 唇の役割は本来食物を咀嚼するときに口からボロボロ落ちない様にするためで、発声の際の唇の使い方は副次的なものでしかない。
 ただしその割には唇の無い口には人間よりはるかに多い歯がずらりと並んでおり、どうにも用途がわからなかった――調製の際にたまたまそうなったのを、どうでもいいから放っておいたのだろうか。面頬が顔面の肉に皮膚代わりにへばりついている以上、たとえ戦闘生物バトルクリーチャーとしてみても歯などものの役に立たない――口が剥き出しになっていないので、噛みつき攻撃が出来ないからだ。
 鼻は存在していないが鼻腔は存在しており、まるで鼻を削ぎ落されたかの様なグロテスクな外見になっている。おそらく嗅覚器官はさほど重要な役割を果たしていないのだろう。
 同様に耳介も存在していないが耳の穴は開いており、耳の奥の鼓膜まで見えていた。
 人間の場合耳介、つまり耳は周囲の音を集める集音器の機能を持ち、耳介に遮られて聞こえにくい方向を生じさせることで音の方向を判別しやすくする役割も担っている。
 それが無いということは、なにかほかの方法で音の方向を判別しているわけだが――
「――これか」
 ちょうど人間でいうところの眉間の位置に同様に穴が開いているのを確認して、アルカードは息を吐いた。おそらくほかにもいくつか、耳の穴が開いているのだろう――耳の穴を五~六個備えることで、それぞれの聞こえ方から音の方向を判断しているのだ。
 異様なのは眼球で、瞼は左右それぞれ二対、一直線によっつ並んでついている。
 閉じている外側の瞼を持ち上げてみると、眼球は人間のそれとまるでまるで違うものであることがわかった――どうも燭台の光を真正面から入れた状態で絶息したためか瞳孔が閉じているのだが、その瞳孔が猫の様に縦に裂けているのだ。今は濁ったその瞳孔を、水平方向に閉じかけた半透明の膜の様な組織が半ばまで覆っていた。

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