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徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Otherside of the Borderline 38

2014年10月18日 06時54分46秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
 シンが工事現場に足を踏み入れたのは、あの金髪の吸血鬼――『正体不明アンノウン』が姿を消してから三十秒後のことだった。満身創痍で動くこともままならないネメアとアヤノ、トウマがコンクリートの上で倒れ臥している。
 すでに香坂の気配は消え、傷口にまとわりついた呪素は消失しつつあった――『正体不明アンノウン』が香坂を殺したか、あるいは呪いを維持する程度の余力も無くなって、呪素が消滅し始めているのだろう。
 ネメアはまだ意識が残っているのだろう、こちらを見遣って笑みを浮かべた。
「ベガ!」 声をあげると、『正体不明アンノウン』がいなくなって大気魔力が安定したからか、アヤノとトウマの姿が虚空に溶ける様にして消失し始めた――それを見ながら、ネメアに駆け寄る。
「大丈夫か」
「ああ――お姫さんに診てもらえばな」 ネメアは橘美音のことをそう呼ぶ――彼は小さく息を吐いて、
「香坂はどうなった?」
「今、奴の妖気が消えた。『正体不明アンノウン』が斃したのだろう。最後の連続攻撃は、私の目から見てもすさまじいものだった――こちらに敵対する意思は無い様だが、もしも敵になると考えると恐ろしいな」
 あのとき見せていたあの『正体不明アンノウン』の魔力が、明らかに全力からほど遠いものであることを考えるならば、なおさら――胸中でつぶやいたとき、ネメアが右手を上げて顔を覆った。
「畜生、俺は手も足も出なかった――畜生……」
「気にするな。相手が悪すぎた」
「あの男は凄いな――あの香坂がまるで子供扱いだった」 ネメアが左手を掲げて、顔の前に掌を翳す。
荊の刺刑Rosethorn Excuteもそうだ――俺が使ってるときに比べると、効果の発現までの時間が比べ物にならないくらい早かった。あいつが剣を稼働させるために注ぎ込んでた魔力の量の桁が違うからだ」
「そうだな――あの男が相手なら、私でもそうそう楽には勝てないだろう。魔力強度も途轍もないが、それを完全に支配下に置いている――気に病むことは無い。あれと自分を比べるのは間違いだ」
「強くなりたいよ、シン――今のままじゃ全然足りない」 だんだんと嗚咽に変わりつつあるネメアの声に、シンは小さく息をついた。
 おまえは決して弱くない。あの状況下で、十分よくやった。そう言ってやりたかったが、ネメアの表情はその言葉で晴れることは無いだろう。
 彼は決して弱くない。だがそれでは足りないのだろう。カズマもアサカもアヤノもカズオミもトウマもほかの仲間たちも、彼は誰ひとり自力で守れなかった。
 ネメアは十分強い、人間の中では。だがそれでは足りないのだ。
 かけてやれる言葉が見つからないまま、ネメアの体に術式が纏わりついていくのを見下ろして――シンは小さく息を吐いた。
 
   †
 
 は、はっ……
 先ほどまで交戦していた工事現場から数百メートル離れたどこかの会社のビルの地下駐車場で、香坂は荒い息をついた。ふらつく足取りで奥のほうに入り込み、鉄骨に凭れかかって小さく息をつく。
 なんという化物だ――あの圧倒的な戦闘力。たしかに本人も言った通り人間ではないが、さりとて彼等ともまったく異なる個体。
 俺が人間だとでも思ってたのか――そう返事をしたとき、男の犬歯が長く伸びて牙と化していた。吸血鬼――自分よりも、おそらくは上位個体の月之瀬将也でさえ及びもつかないほど上位の吸血鬼だ。
 どうする……!?
 今のままでは勝てない――全身に復元不可能な傷を負い、両腕を失い、左目を潰され、さらに黒禍と紅華は敵の手にある。
 月之瀬のところに戻るか……?
 もっとも、これだけ大規模に自分たちを追い詰める作戦が進行しているところを見ると、月之瀬にも刺客は行っているのだろうが――
 思考に没入しかけたとき、出し抜けにすさまじい大音声が響き渡った。
「爺ぃぃぃぃッ!」
 駐車場の奥にいるために、彼がどこから叫んでいるのかはわからない。当然こちらの位置も把握してはいない、彼はただこちらの動揺を誘っているだけだ――そう考えたときコンクリート製の天井が轟音とともに砕け散った。
 どん、と体が揺れる――パラパラと、天井と壁の境目あたりに穿たれた穴からコンクリートの砕片が舞い落ちた。
 それを見遣り――香坂は今しがた自分の胸に突き立った黒い短鎗を見下ろした。左肺のあたりをぶち抜いた黒禍。
 あの青年の攻撃だ。おそらく魔力の気配を頼りにこちらの位置を特定し、ビルの外側から短鎗をまっすぐに撃ち込んできたのだ――アスファルトをぶち抜き構造材の鉄骨を貫通し、駐車場のコンクリートの天井を貫いてなお視認出来ないスピードを維持しうるほどの、すさまじい破壊力を乗せて。
 放物線軌道をまったく描かずに飛んできたらしい――出血でかすみかけていることもあり、香坂の目は鎗の動きをまったく認識出来ていなかった。遠くなりかけた耳に、一瞬遅れてビルの外から流れ込んできた轟音が届く。
「お……」
 穂先が背後の鉄骨に突き刺さったのか、完全に背中まで貫通した黒禍に縫い止められて、その場にへたり込むことすら出来ない。喉の奥から血塊がこみ上げてくるのを感じながら、香坂は強烈な脱力感にうめいた。
 すさまじい激痛が脳を焼く――口元からとめど無く流れ出してくる斑色の血とともに、彼は悲鳴をあげた。
「うぐぉアァあぁァァあ!」
 だが攻撃はそれで終わりではなかった――やはり地下駐車場の天井をぶち抜いて、今度は真紅の鎗が飛んでくる。今度はほとんど破片が散らず、破壊音も聞こえなかったが、もはや香坂にはそれをいぶかしむ様な余裕は無かった――無論、その攻撃が黒禍が穿った穴を正確に通過して投げ込まれてきたものだということも理解出来なかった。
 どん、という衝撃とともに、飛んできた紅華が彼の胸に突き刺さる。紅華の穂先が肺と心臓を傷つけ、そのせいで強烈な激痛と寒気に襲われながら、香坂は恐怖のこもった視線を駐車場に足を踏み入れてくる金髪の青年へと向けた。
「貴……様……」
 青年は足を止めない――彼が左腰のホルスターから、巨大なリボルバーを抜き放つのが見えた。
「貴様は……死神、だ」
 その言葉に、青年の口元に笑みが浮かぶ。
「かもな」 その言葉とともに、青年は香坂の眉間に銃口を押し当てた。
「終わりだ、爺さん」
「おのれ……百八十年生きたこの儂が、貴様の様な小僧に敗れるとはな……」
「え?」 なぜかそこで、金髪の青年が不思議そうな声をあげる。
 だが彼はま、いいかとつぶやくと、気を取り直して銃口を固定した。
「なぁおっさん、考えたことあるか? 吸血鬼がひとり血を吸って、そいつと上位個体がそれぞれひとりずつ襲って、そうやって四人が八人に増え、八人が十六人に増えってやっていくとな、一ヶ月で地上は吸血鬼と喰屍鬼グールで満杯になっちまうんだとさ――そうなっちまったら困るんだよ、特に俺が。うちの店も客が来なくなるから飯の食い上げだし、公園でうちの犬三匹の遊び相手してくれる近所の子供らもいなくなるし、海に行っても水着姿の女の子もいない。誰も仕事しなくなるから犬の餌を売ってる店も無くなるし、車が壊れても部品を買うあてがなくなる。農作物も米も作られなくなるから食べるものも無くなるし、蔵元で酒も造られなくなるしな――特に酒が無くなるってのは、なかなか致命的な問題だと思わねえか?」
 リボルバーの撃鉄を起こして、青年がそんな言葉を口にする。
「ま、そういうわけでな――共存共栄地球は一家、バランス保って平和が一番。っつーわけでだ、死ね」
 そして――次の瞬間、青年がリボルバーの引鉄を引いた。
 
   †
 
 地下駐車場に銃声が轟き、鼓膜を震わせる残響がやがて消える――小さく息を吐いて、アルカードはウォークライのシリンダーを振り出した。香坂との戦闘で数発発砲したため、空薬莢だけを実弾と入れ替えてから、ウォークライをホルスターにしまい込む。
「百八十年、ねぇ……」
 老人の言葉を反芻して、アルカードは黒禍に貫かれてH型鉄骨に縫い止められている老人のレオタードを見遣った。レオタードの中身はすでに塵と化し朽ち果てて痕跡も無い。
「この爺さん、俺より若かったのか……散々小僧小僧言いやがって……
 前髪を掻き上げてから、そうぼやきを漏らす――香坂を縫い止めていたH型鉄鋼に突き刺さった鎗を、アルカードは無造作に引き抜いた。
 紅華と黒禍をまとめて左手に持ち、老人のレオタードの腰のあたりに絡みついた短鎗を吊るための革のベルトを引き剥がす。香坂は細身の筋肉質なので、意外にも彼にもサイズが合いそうだ。ウォークライのホルスターに干渉しない様にベルトを装着し、双鎗を吊ると、彼は地下駐車場から出た。
 周囲を見回してから、ビルの屋上までひと蹴りで跳躍する――先ほどまで戦闘の現場になっていた工事現場に視線を向けると、アセチレンガスの爆発で薙ぎ倒されたパーティションの向こうにひとりの青年が立っているのが見えた。
 日本刀――黒漆革巻太刀拵とかそんな呼び方をしたか、太刀拵の刀を手にした青年がかがみこんでいる。高感度視界スターライトビューの昼間の様にクリアな視界の中で、先ほど助けた女も含めたふたりの男女がおそらくはなんらかの魔術によるものか、虚空に溶ける様にして消えていく。
 あの薔薇の長剣の持ち主の姿も消えて失せ、そして――日本刀を手にした青年が弾かれた様にこちらを振り返り、視線が絡まった。
 おそらくあの薔薇の長剣の持ち主、おかしな皮膚と髪の男の視覚を介してこちらを監視していた者のひとりだろう。
 ほう――少しだけ感嘆の声をあげる。あの男は強い――身のこなしだけ見てもはっきりしている。
 一度是非手合わせ願いたいものだ――月之瀬なんぞよりそっちのほうが面白そうだ。一族屈指の暗殺者だったという香坂でさえこの程度だったのだから、月之瀬だって高が知れているだろう。
 とはいえ――仕事だからな。こなせば報酬が出るんじゃ、やらざるを得んか。
 小さく息をついて、アルカードは青年から視線をはずしてコンクリートの屋上を蹴った。そのまま二、三度の跳躍で手近にあったもっと高い建物の屋上部分の鉄骨に飛び乗り、肺の奥深くまで夜気を吸い込む。
 ふと視線をめぐらせると、新聞社のビルの屋上で、こちらに銃口を向けている少女と、そのほかにふたりの男女がいるのが見えた。
 物騒なことに・五〇口径キャリヴァー.50対物狙撃銃アンチマテリアルだ――男女のうち女のほうはブラウニングM2対空重機関銃を担当している様だった。
 対物狙撃銃アンチマテリアルブラウニングM2ビッグママ、あんなものを装備しているのに先ほど地上の女が犯されかけているときに介入しなかったのは、味方に命中するリスクが大きすぎたからだろう。
 もうひとりは線の細い少年で、こちらを高倍率の双眼鏡に捉えている。
 ふと思いついて、アルカードはそちらに向かって適当に手を振った――対物狙撃銃アンチマテリアルのスコープを覗き込んでいたショートカットの女が、驚いた様にスコープから目を離す。当たり前だろう――普通はこの距離で捕捉されているとは考えまい。小さく笑いかけてから、アルカードはふいと視線をそらした。
 負った傷はすでに治癒している――呪力の供給源であった香坂が死んだからだ。
 結界の内側にはもはや起きている人間はいない――そこかしこで散発的に戦闘が起こっているらしい。
 まったく人の気配の無い街は、無数のビルが墓標の様に見えてまるで墓場の様だった。
 その墓場の様な街を見下ろして、笑みを浮かべる。
 結構――墓場には死人こそがふさわしい。
 胸中でつぶやいて、彼は屋上から身を躍らせた。
 墓場の街にふさわしく――道という道、町辻という町辻を屍で埋め尽くそう。

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