徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Evil Castle 26

2014年11月10日 23時57分17秒 | Nosferatu Blood LDK
 電圧を発生させるために、大量の酸素が必要なのだろう――南米アマゾン川・オリノコ川流域に分布する硬骨魚類デンキウナギは電圧八百ボルト前後、電流量一アンペアにも達する、場合によっては人間を心臓麻痺で殺せるほどの強力な電流を発生させることが出来るとされている。
 あれが電気鰻と同じ様に発電細胞を持っていて、それで発電しているのなら、発電にはATPを消費しているはずだ――ATPは生物の細胞内部に共生するミトコンドリアが産生するエネルギー物質で、これがさらに変換されて生命体の活力源になる。そして、産生の際には酸素が必要になる。
 大電流を発生するには、大量の酸素が必要だということだ――電気鰻の発電が長時間持続しないのは体内の蓄積エネルギー量が少ないことと、直接空気中で呼吸する生態のためにATPの産生能力に吸入空気量という物理的な上限があるからだ。
 あのキメラは空気中で活動して常時吸気出来る状態にあるから、長時間の発電によって生物の殺傷が可能になるほどのジュール熱を発生させることが出来るのだろう。おそらく呼吸器とは別に吸気器官を設けることで、呼吸による断続無しで連続放電を可能にしているのだろうが――
 ぎえええええと叫び声をあげて、キメラ――発電機ジェネレーターとでも名づけておくか――がぼとっと音を立てて床の上に落ちる。
 床に向かって落下したかと思うと、ジェネレーターはがさがさがさがさとゴキブリみたいに接近してきた。
 げええええ、とジェネレーターが叫び声をあげる――ぴう、と軽い風斬り音とともに繰り出された鈎爪の一撃が、わずかに状態を仰け反らせたエルウッドの視界をかすめていった。
 電撃を這わせた爪、か――高速の細胞分裂・融合によって伸縮したりはしない様だが体内の鉄分が集中しているのか、彼の鈎爪はほかのキメラと違って明らかに金属の質感を持っている。
 おそらくあれを敵の体に直接突き刺して、大電流をじかに敵の体内に流し込むのだろう――放電による減衰が無いから、あっという間に黒焦げだ。
 だが――タネが割れてしまえばどうということもない。ジェネレーターの能力はほかのキメラと異なり、接近戦用と遠距離戦用両方の能力の活力源を発電器官に頼っている。吸気器官の機能を阻害してしまえば、それで片がつく。
 さて――胸中でつぶやいて、エルウッドは床を蹴った。
 繰り出した千人長ロンギヌスの槍の刺突を軽やかに躱したジェネレーターが、水平に寝かせた穂先の上に飛び乗ってげげげげと声をあげる――それを無視して、エルウッドは千人長ロンギヌスの槍を思いきり振り回した。壁際に置いてあった飾り物の壺に頭を直撃した揚句に振り飛ばされたジェネレーターがそのままグルーのかたわらを通り過ぎて背後の壁に頭から激突し、驚くほど人間じみたしぐさで悶絶する。
 いつの間に近づいてきていたのか、頭上で天井にへばりついていたキメラがげえええ、と声をあげる。まっすぐにこちらに向かって突き出した右手の指先から、ふーんという駆動音とともに繊毛状のドリルが伸びてきた。
 ――フリーザ様か!
 前に体を投げ出してそれを躱しながら上体をひねり込んで、同時にポケットから取り出した小さな物体を握り直す。
 否、握るほどの大きさも無い――日本人の子供が使う一円玉くらいの大きさの平べったい硝子製の玩具、おはじきくらいの大きさの金属質の塊だ。
 女性の聖堂騎士がヘアピンなどのそうとわからない形に偽装した護剣聖典を持ち歩いて、窮地に陥ったときに備えているのと同じだ。
 エルウッドも小さな金属片に変化させた状態で、護剣聖典を複数持ち歩いている。黄金色に輝くその小さな金属片が――次の瞬間黄金色に輝く長剣へと変化した。
 構築した擲剣聖典を頭上のフリーザ様に向かって投げ放つ――肩口を長剣の鋒に貫かれて、フリーザ様が悲鳴をあげた。同時に脇腹をかすめていった鋭い痛みに、顔を顰める――生体モーターが駆動するドリルの一本が法衣を易々と貫通して、脇腹の肉を削り取っていったのだ。
 小さく舌打ちを漏らし、エルウッドはその場で前転して体勢を立て直した。
 頭上のフリーザ様がげええええと叫び声をあげ、同時に頭上から結露した水蒸気と茶褐色の気体の混じり合った冷たい霧が降りてくる――フリーザ様が冷凍能力を稼働させ始めたのだ。
 アルカードの言うとおりこれが一酸化窒素なら、極めて危険だ――吸い込んだ途端に、肺や気道の内部に残っていた水蒸気によって高濃度の硝酸に変わるからだ。
 反撃しようと呼吸を止めたまま頭上を振り仰いだとき、アルカードの戦場になっている曲がり角のあたりで爆発が起こった。天井にへばりついていたフリーザ様を、押し寄せた爆風が冷凍ガスもろとも横殴りに吹き飛ばす。
 吹き飛ばされたフリーザ様が猫の様に空中で体をひねり込み、綺麗に足から床に着地する。体勢が整う前にフリーザ様にとどめを刺しに行きたかったが、エルウッド自身も爆風で体勢を崩し、壁に手を突いていたために実行に移せない。とまれ冷凍ガスも爆風で吹き飛ばされたので、当面の危険は無くなった。
 すぐそばの壁に埋め込まれた火災報知機が、唐突にジリリリリリリという目覚まし時計の様な鐘の音を響かせる――何事かと思ったが、無論考えるまでもなかった。
 頭上から流れ落ちてきた弱々しい水流が、法衣を濡らしてそのまま床へとしたたり落ちてゆく。スプリンクラーが作動したのだ。
 先ほどの爆発はアルカードが戦っているキメラが起こしたものなのだろうが、スプリンクラーの散水器ヘッドに蓋をしている硝子バルブが衝撃波もしくは配管に加わった振動のいずれかで砕け散ったらしく、爆心地から離れたエルウッドたちの頭上のスプリンクラーヘッドからも弱々しい水流が流れ出てきている。本来の用途からすれば頼りない水量だが、その理由はすぐにわかった。
 少し離れた場所、角の向こうに隠れて姿が見えないアルカードの戦場から、ばちゃばちゃという水音が聞こえてきている――ちょうど先ほどの爆発の爆心地に近い場所だ。爆発の衝撃波でスプリンクラーヘッドの本体が破壊され、そこから水が流れ出しているのだろう。そのために配管内部の水圧が十分に上がらず、水自体の量も足りていないのだ。
 これではバイオブラスターの赤外線レーザーを殺す・・には至らないか――胸中でつぶやいて、エルウッドは舌打ちした。
 バイオブラスターの赤外線レーザーは、射線上に存在する水滴や水飛沫による乱反射で意味をなさなくなる――だからバイオブラスターと戦うのに向いた戦場は雨の降る屋外か、スプリンクラーが作動している場所だ。今であれば外は雨が降っているはずなので、悪くないが。
 だが今のスプリンクラーの水勢はいいところ蛇口をちょっとだけ開いた水道といったところで、本来の役目を果たしているとは言い難い。それでも多少の飛沫は散っているだろうから、それがどの程度役に立ってくれるかというところだ。
 とりあえず、今エルウッドが相手をしている中にバイオブラスターはいない。問題は――
 びしゃり――壁に突いていた左手が濡れる。水分量が多いからだろう、すでに硬化が始まって水飴の様に粘度の増した透明の液体が壁に突いたエルウッドの手首から先を琥珀の中の虫のごとく封じ込める。瞬時に固形化したアクリルの塊の中に完全に左手を封じ込まれたことを悟って、エルウッドは致命的な失策に小さくうめいた。
 しまった――シアノアクリレート!
 手袋の上からとはいえ、完全に手が壁に接着されてしまっている――手袋は布製なのでシアノアクリレートが繊維の隙間から浸透し、皮膚と手袋が張りついてしまっている。これでは手袋から手を引き抜いて逃れることも出来ない。
 ゴキブリの様に壁にへばりついたグルーが、げげげげげげと嘲笑う様な声をあげる。千人長ロンギヌスの槍を手放したエルウッドが右手で投擲した護剣聖典の短剣を、グルーの異様に長い舌が叩き落とした。
 くそッ!
 小さく毒づいたとき、ジェネレーターがげええええと声をあげて身構えた。周囲に水の多い環境で電撃を放つのはあまり意味が無いと判断したのか、金属質の鈎爪を貫手の予備動作の様なモーションで構えている。じかに突き刺して電撃を流し込む心算はらか。
 壁際にいたフリーザ様も身を起こし、ちょうど頭上にあるスプリンクラーの水を頭からかぶりながらこちらを睨みつけていた。上体を仰け反らせて両腕を広げ、客室で見せたのと同じ冷気放出体勢を取る。
 ならば、フリーザ様は放っておいても問題無い――アルカードの見立て通りならば、この状況での冷気放出など自殺も同然だ。
 飛びかかりかけたジェネレーターが、近くで聞こえた耳障りな絶叫にそちらを振り返った。全身を酸で焼かれてのたうちまわるフリーザ様の姿を目にして、状況が理解出来ていないらしいジェネレーターが何度かこちらとフリーザ様を見比べる。
 まあ、理屈がわかっていなければ状況は理解出来ないだろう――アルカードが言うには、ああいった冷凍ガスを発生させるキメラの中には体内にエアコンの室外機に似た構造の膨張エンジンと熱交換器を持つものもいる。
 かつて現世にも存在していた冷気を吐くドラゴンの体内構造を真似たものらしいが、目の前にいるキメラはそういった構造を持ってはいない――体内に取り込んだ空気中に含まれる窒素を酸化させ、その際の熱反応を利用して冷気を発生させているだけだ。
 NO――すなわち一酸化窒素は空気に触れると酸化して二酸化窒素に変わり、容易に水に溶ける。つまり頭上から降り注ぎ頭からかぶっている水に、だ。
 ならばこの状況で冷気放出能力を使うのは、硝酸を頭からかぶる様なものだ――知能は高いのかもしれないがそういった理屈を理解しているわけではないフリーザ様は、危険性をまったく理解出来ないまま冷凍ガスを発生させ、結果自分の全身に酸を浴びることになった。
 人間も体内に酸を持っているが、酸が直接触れる内臓は粘膜で守られている。フリーザ様の体表は、粘膜で覆われている様には見えなかった――胃袋の粘膜の様な、自分の体内の攻撃性のあるものに対する免疫を持っていないのだ。おそらくは彼らを製作したキメラ研究者が、そこまでは考慮していなかったのだろう。
 体表を流れ落ちた酸が足元の絨毯を溶かし、その上に崩れ落ちたキメラの肉を焼いていく。
 とまれ、これで隙が出来た。
 アルカードのほうも火炎放射能力を持つ新型種の相手をしているらしく、こちらに手を回すゆとりは無さそうだ――新型種の一匹や二匹で助けを求めるつもりも無かったが。
 まあいい――少しくらいは本気でやるとしよう。どのみち人間態をやめたほうが・・・・・・・・・・、あとの捜索が効率的に進められる。
 口元に笑みを浮かべ、エルウッドは抑え・・を解き放った。
 叫びは言葉にならない――その声は人語ではなく、獣の轟咆として喉からほとばしった。
 次の瞬間一気に外側に膨張した魔力に精霊が反応して発生した突風が吹き荒れ、フリーザ様が発生した冷気は一気に吹き散らされた――ジェネレーターとグルーの背後の窓硝子がことごとく突風で粉砕され、吹き返してきた風がキメラたちの能力によって酸素濃度の低下した空気を入れ替えていく。
 左手を固めていたシアノアクリレートが内圧に耐えられずに砕け散り、魔術製法によって編み上げられた法衣が膨れ上がった筋肉に押し上げられて縫い目から裂けていく。手袋が縫い目から裂けて、その下から現れた水死体の様に膨れ上がった手を覆う人間の外皮が黒い獣の体毛に覆われ始めた。
 人間の因子が弾け飛び、ヒトガタの表現型を押しのけて、獣のそれが顕在化していく。
 二足歩行を行う狼に姿を変えて、ライル・エルウッドは再び咆哮をあげた。姿は見えないものの、アルカードのいる方向から立て続けに爆発音が響いてくる――それにはかまわずに、エルウッドは女性用トイレの入り口から姿を見せたフリーザ様に向き直った。両手を伸ばして指先から生体ドリルを解き放ったフリーザ様に向けて、吼える。
「風よ・在れ!」
 轟――フリーザ様とエルウッドのちょうど中間の空間で空気が音を立てて渦を巻き、逆巻く風が質量の軽い生体ドリルを吹き散らした。毎秒数万もの高速回転で対象を掘削するドリルの尖端が、耳障りな掘削音とともに壁際に設けられた火災報知機のベルを削り取り、それで先ほどから鳴り響いていたベルの音が極端に小さくなった。表面を削り取られて形状が変わったからだろう。
 エルウッドは人間の姿を取っているときはその形態を維持するために魔力の大部分を振り向けているため、魔術を使う余力は無い――が、人間態をやめて魔力すべてを制御下に置くことの出来る今は、自身の魔力を自在に扱うことが出来る。人間態のままでは使えない霊体武装も含めてだ。
 だが今の状況で、霊体武装は必要無い――手にした千人長ロンギヌスの槍を構え直し、エルウッドはフリーザ様に向かって一気に間合いを詰めた。そのまま横薙ぎの一撃で、周囲の壁ごとキメラの胴体を腰から上下に分断する――獣化した今となっては、膂力も人間態のときとは比べ物にならない。あれほど重い千人長ロンギヌスの槍の槍が、今は小枝を振るっているかの様だ。
 左手で崩れ落ちかけたフリーザ様の顔面を掴んで上体を振り回し、振り向き様に背後のキメラたちに向かって放り投げる――体勢を崩すことを嫌ったのだろう、とっさに避けたキメラたちの背後で壁に激突したフリーザ様の体がぐちゃっと音を立てて潰れた。
 獣化ライカンスローピーの際に発生した突風で窓際に吹き飛ばされたジェネレーターが、ぎえええええと声をあげて頭角から電撃を解き放つ――獣化ライカンスローピーによって身体能力が格段に跳ね上がったのに先の一撃で気づいて、じかに接近戦を挑むのは危険だと判断したのだろう。おそらく頭角からの電撃を牽制に使おうとしたのだろうが――
 それがこちらに届くよりも早く頭角付近から発生した爆発に巻き込まれて、ジェネレーターの体が粉々に砕け散った。ばらばらになった手足の部品が悪い冗談の様に窓から外に落ちていき、両足首から先だけが自殺者の靴みたいにそのまま床に残っている。
 よし――
 胸中でつぶやいて、エルウッドはすっと目を細めた。
 今のは別に、どうというほどのことをしたわけでもない。獣化ライカンスローピー直後から編み上げておいた魔術で絨毯を濡らしていた水を電気分解して水素と酸素の混合ガスを作り出し、それを気流操作で窓際に後退したジェネレーターの周囲に移動させておいただけだ。
 その場にとどまったままジェネレーターが電撃を使えば、次の瞬間には頭角から放出した電撃がスパークプラグの様な役割を果たして混合ガスに火がつき、高速燃焼が始まる。
 ジェネレーターは発電に必要な酸素を確保するために周囲の外気、つまり水素と酸素の混合気を大量に吸い込んでいた――周囲の可燃性ガスに点火されたことで発生した炎は両脇の吸気スリットから体内に入り込み、すでに体内に取り込まれていた混合ガスも燃焼させた。結果ジェネレーターの体は、体内で混合ガスが燃焼して発生した爆発によって内側から吹き飛ばされたのだ。
 獣化ライカンスローピーの際に発生した突風でジェネレーターと一緒に吹き飛ばされたグルーは、上半身が無くなっていた――ジェネレーターの隣にいたために、肺の内部に大量の水素と酸素の混合ガスを吸い込んでいたからだ。ジェネレーターが電撃を放った瞬間、肺の内部に炎が入り込んで上半身を吹き飛ばしたのだろう。もはや生存の可能性は無い。
 キメラの屍が煙とともに溶け崩れ始めるのを確認したとき、背後で爆発の轟音が聞こえてきた。
 アルカード?
 背後――最初にキメラを産み落としたあの女性がいたあたりに視線を向けると、彼女の体は宴会場正面の壁際に倒れていた。爆風で吹き飛ばされて壁際まで転がっていったか、吹き飛ばされて壁に激突したあとそのまま落下したのだろう。
 間近で炎に曝されたのか、女性の亡骸が身に着けたドレスがところどころ焦げている。
 彼の戦場になっていたのは、先ほど腹を喰い破られた女性が出てきたであろう大宴会場の入り口の前だ。場所を変えたのか、エルウッドのいる場所からは姿が見えない。
 あのアルカードのことだ。どんな相手であろうと、そうそう後れを取ることは無いだろうが――
 胸中でつぶやいて、エルウッドは曲がり角の手前で足を止めた。アルカードが交戦していたキメラはどこに行ったのかわからない――視界の外にいるだけかもしれない。
 先ほどキメラの母となった女性の遺体は、宴会場入り口正面の壁に叩きつけられて床の上に倒れている――次の瞬間大宴会場の中から吹き飛ばされてきたキメラが一体、ちょうど彼女の真上の位置で背中から壁に激突した。
 背中に鞘羽根を持ち、肩の部分を大きく膨らんだクチクラの甲殻で鎧ったキメラだ――はじめて目にする新型ニューボーンのキメラは壁に放射状の亀裂が走るほどの強烈な勢いで壁に衝突してから跳ね返り――次の瞬間飛来した六枚の刃が外周から飛び出した円盤によって壁に磔にされた。
 円盤状の本体に外周から展開する六枚の刃を備えた、一種の手裏剣の様な使い方をするアルカードの装備品だ。習熟した使い手が投擲すればダイヤモンドをも斬り裂く刃がキメラの胴体に喰い込み、その体を壁に縫い止めている。
 断末魔の細かな痙攣を繰り返していたキメラの体が、やがて分解酵素の働きによってまたたく間に溶け崩れ始めた。液状に崩れて女性の体の上にしたたり落ちてゆくキメラの屍に一瞥も呉れること無く、壁に突き刺さったディスクを軽く揺する様にして引き抜く。
「さて――」 展開した刃の戻し方を知らないので、エルウッドは刃が飛び出したままのブレード・ディスクを手に足元の女性の遺体に視線を落とした。
 ぼろぼろになった女性の遺体に一瞬だけ黙祷を捧げてから、踵を返す――扉が吹き飛んで内部の様子が丸見えになった大宴会場に立ち入ってすぐの場で、アルカードがこちらに背を向けて立っているのが視界に入ってきた。
 先ほどの爆発音の原因がこれなのだろう、彼はまるで絨毯爆撃にでも遭ったかの様に炎の海の只中に立っている――左手に一冊の本を手にして。
 グリーンウッド家の魔術教導書グリーンウッド・スペルブック――ドラキュラの精神支配に抗うために魔力制御能力すべてと全魔力の九割を常時費やしているために精霊魔術を行使する能力を封じられたアルカードが精霊魔術を使って戦える様にするために、二挺拳銃と軍用の黒コートが大好きなとある凄腕の魔術師が作り上げた仮想制御装置エミュレーティングデバイスと呼ばれる魔術の道具のひとつだ。
 あまり詳しいことは知らないが、先日アルカードがおさらいしていた仮想制御意識エミュレーター、それを術者に負担無く扱える様に脳に術式を書き込むのではなく別の道具にしたもので、その魔術師が使える魔術のうち仮想制御装置エミュレーティングデバイスに転写出来なかった最秘奥を除くほぼすべての魔術を網羅しているらしい。
 魔術を行使している間は常にその本を左右どちらかの手で保持していなければならないために白兵戦手段は著しく制限されてしまうし、そのぶんグリゴラシュ・ドラゴスの様な極めて高い白兵戦能力と類稀な魔術の技量を兼ね備えた相手に使うには向かないが、アルカード・ドラゴスはこれを手にしている間だけ、魔法に迫ろうかというほど強力な魔術を行使することが出来る。
 アルカードの周囲には時折強烈な稲妻が走っており、吸血鬼は猛烈な劫火の中で平然とたたずんでいた。
 無敵の楯インヴィンシブル・シールド――自分の周囲に強烈な電磁場を発生させて構築する、一種の強力な電磁バリヤーだ。熱の移動を完全に遮断し、物理的にも大陸間弾道ミサイルI C B Mの直撃に耐えうる強度を誇る。さらに直接接触した瞬間に電磁場から数千アンペアを超える大電流が流れ込むため、この結界に外部から触れようものなら自身の肉体の電気抵抗で発生したジュール熱によって瞬時に蒸発してしまう――放射線は無理だが、この結界は衝撃波と熱量なら核反応の際に発生した数億度の熱とその周囲に発生した衝撃波すら抑え込むのだ。事実上、この結界を物理的手段で貫く方法は存在しない。 
 ぼとぼとと――アルカードが顔の前に翳した拳の指の隙間から、大量の水銀が滴り落ちていく。もはや見慣れた行程を経て水銀はアルカードの四肢を鎧い、彼がもともと身に着けていた甲冑の手甲の上から爬虫類の表鱗に似た装甲を形成した。
 ぎえええええ、と宴会場の入口の上のほうから声が聞こえた――おそらくまだ宴会場に入っていないから視界に入っていないだけで、宴会場の入口の上の壁にでもへばりついているのだろう。無敵の楯インヴィンシブル・シールドを消し、魔術教導書スペルブックをしまいこんで、アルカードが床を蹴った。
 おそらく頭上で一瞬だけ交錯したのだろう、キメラの悲鳴が響き渡る――能力がつまびらかになり敵の位置も明らかになっているなら、一対一でアルカードに勝てるクリーチャーは存在しない。すぐに片がつくはずだ。
 悲鳴が途切れ、すぐに飛び降りてきたアルカードが床に降り立った。アルカードは片手で引きちぎったキメラの首を足元に投げ棄て、ぞんざいに蹴飛ばしてから、
「おう、ライル。おまえが獣化ライカンスローピィするのも久しぶりだよな」 エルウッドはその言葉にうなずいて、手にしたブレード・ディスクを彼に差し出した。アルカードがそれを受け取り、手首のスナップで本体を軽く振ることを二度繰り返すと、どういう仕組みになっているのか六枚の刃は本体の内部に綺麗に収納された。
「グルーに少々梃子摺ってな。それと新種が一体」
「こっちもだ。二体出てきやがった」 そう言って、アルカードが大宴会場の奥に視線を向ける。
 なにが起きたのかは、察するまでもあるまい――華やかな結婚披露宴の場は、今や怪物が跳梁跋扈する地獄絵図と化していた。すでに成体に成長した数十体ものキメラが、従業員や招待客を貪り喰っている。まだ生きている者もいるのか、あきらめのにじんだすすり泣きも聞こえてきていた。
 女性客の何人かは先ほどの花嫁の様に腹腔が破裂しており、彼女たちが苗床となったのであろう比較的未成熟な小型のキメラが母体になった女性の体を喰い散らかしている。
 おそらく迎撃に出た仲間たちだけで迎撃出来ると思っていたからだろう、それまで戦闘に関心を払っていなかったキメラたちは、今や一斉にこちらに注目していた。
 傍らに進み出てきたエルウッドに、アルカードが正面を向いたまま声をかけてくる。
「右手の屏風のそばにいる、鞘羽根を持ってる奴――両肩の外殻クチクラと背中の鞘羽根の下に、ナノカーボンの棘を撃ち出す器官を備えてる。一度発射したナノカーボンが、どのくらいの間隔で再発射出来る様になるのかはわからん――それと両腕に火炎放射器。火炎放射器は戦争に使う様なものと違って、液体を噴射してないから間合いは広くない――ガス熔接のトーチみたいな感じだが、手で触れられる様な距離まで近づかなければ問題無い。ただ、燃料が水素だから炎が肉眼で見えにくい。それと、ナノカーボンは爆発がかなり大きい。爆発の瞬間に水が発生するから焼損被害は小さいが、衝撃波と酸欠には気をつけろ――その横の鈎爪を持ってる奴は、両腕の鈎爪が伸縮し高周波数で振動する。撃ち合うのは危険だ。それと、叫び声で共鳴周波数をチューニングして目標を粉砕する能力を持ってる――共鳴破砕レゾネーション・ブラストの魔術と同じだ。ただ魔術と違って肺活量という物理的な限界があるから、動きを止めなければそれまでだ。バイオブラスターもそうだが、喉か肺を潰せば無力化出来る。そっちは?」
 アルカードの言葉にうなずいて、エルウッドは新郎新婦の席の横に置かれた、原形をとどめていないウェディングケーキを指差した。
「クロカンブッシュを喰ってる金属の頭角を備えた奴――頭角と鈎爪から電撃を放つ。発電の細かい仕組みはわからないが、肺とは別系統で発電してる様だ」
「わかった」 アルカードはうなずいて頭上を見上げ、
「耳をふさげ」
 エルウッドがその指示に従うのを待って、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustを振り翳した。それまで姿を隠していたためにエルウッドの目には輪郭がぼやけて見えていた漆黒の曲刀の外見がはっきりと視認出来る様になり、次の瞬間電撃をまとわりつかせた刀身が蒼褪めた閃光を放つ。
 解き放たれた世界斬・散World End-Diffuseの衝撃波が、広い宴会場の天井ほぼすべてを粉砕し――天井板の破片と破壊されたシャンデリアと一緒に、大量の水が宴会場全体に降り注いでくる。広範囲に拡散させた衝撃波で天井板を破壊し、同時にスプリンクラーの硝子バルブも破壊したのだろう。
 ここにいるキメラの大半は、水に弱い――大量の水が降り注ぎその飛沫が宙を舞っている環境ではバイオブラスターは赤外線レーザーが使えなくなり、放熱爪も弱体化する。
 ジェネレーターは放電した電撃が足元に流れていってしまうので、そのままでは放電攻撃が難しくなる。ジャンプするなどして体を床から完全に離さないと、放電攻撃は行えなくなるだろう。攻撃手段のメインは接近戦にシフトせざるを得ない。
 グルーのシアノアクリレートは噴射直後から硬化が始まって遠距離では使えなくなり、場合によっては噴射口がふさがれて使い物にならなくなるだろう。
 フリーザ様の冷凍攻撃は先ほど全身を焼いて自滅した様に、自殺行為になるだろう――廊下と室内で配管の系統が違うのだろう、先ほどの様に頼りない水量ではない。先ほどとは水量が違うので、水が硝酸になっても溶けるまでもなく水で薄まってしまうかもしれないが――少なくとも、硝酸は遠くまで届かない。冷凍ガスのほうも周囲に降り注ぐ水を凍結させるために浪費されるので、脅威を減じるはずだ。
 同時に照明器具の大半が破壊され、明かりは破壊を免れた一部の照明と非常燈のみになっている――アルカードは高度視覚と超感覚センス、左手の憤怒の火星Mars of Wrathのセンサー視覚があるし、エルウッドもアルカードの十数倍の能力を持つ嗅覚と聴覚、人間よりもはるかに夜目が利き動体視力に優れた視覚があるから問題無い。
 魔術で照明を作るつもりは無かった――大量の水が降り注いでいる状況で鬼火のたぐいを作るのは、雨天の中のヘッドライトと同じでさほど役に立つまい。エルウッドの作る鬼火はかなり白色度が高いので、雨の中での白色のヘッドライトと同じで水滴で乱反射を起こし、視程がかなり狭くなるのだ。
 雨天の状況で黄色みがかったフォグランプが有用である様に、もっと色温度の低い鬼火を作れればいいのだが――エルウッドの術式にはそれを設定する項目が無い。きちんと術式を覚えていれば色温度を調整する設定項目もあるはずだが、あまり必要性を見いだしていなかったエルウッドの術式はその部分を省略して固定数値にしており、今この場で黄色みがかった光の鬼火を作るということが出来ないのだ。
 ならば、照明を自前で用意するのはあきらめたほうがよかろう。自分の視界を潰すだけだ。
「ライル――潰すぞ」
「ああ」 エルウッドはうなずいて、ロンギヌスの穂先をキメラどもに向かって突き出した。
「一番槍は戴くぜ――アルカード、フォローを頼む」
 アルカードは返事を返してはこなかったが、うなずいたのが気配でわかる――それを確認して、エルウッドは床を蹴った。

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