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徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Vampire Killers 20

2014年10月12日 00時07分11秒 | Nosferatu Blood

   *
 
「七百八十円になります。……はい、ちょうどお預かりします」
 くたびれた背広を着た六十前の男性から受け取った小銭を数えてそう告げると、男性客が店の玄関に向かって歩き出す。
 今のお客さんには悪いことしちゃったな――フィオレンティーナは憂鬱な気分で彼を送り出した。
 どうやらちょくちょくこの店にやってくる常連客のひとりらしい彼のところにコーヒーを持っていったとき、フィオレンティーナは手を滑らせてテーブルの上にカップを落としてしまったのだ。
 彼の服を汚したりはしなかったが、昼下がりに時折やってきてはコーヒーを飲んでのんびり過ごしていく彼の時間を台無しにしてしまったことには変わり無い――男性は怒ってはいない様だったが、それだけにフィオレンティーナとしては余計に気にしてしまう。
「――ああ、そうだ」
 そうつぶやいて、出て行きかけた男性客が足を止めて振り返った。
「ご馳走様――さっきのことは気にしない様にね。頑張ってね、バイトさん」
 笑って軽く手を振ってから、彼が店を出て行く。
「ありがとうございました! どうかお気をつけて!」
 勢いよくお辞儀をしたときドアが閉まり――鳴り響いたカランカランというベルの音が、なんとなくいつもよりも優しく聞こえた。
「お疲れ様」 アンがそう声をかけてくる――さっきの遣り取りを見ていたのだろう、表情がなんだか穏やかだ。
「少しは慣れた?」
「はい。わたしはこういうのはじめてですけど――なんだか楽しいです」
「そう、よかった」 フィオレンティーナの返答に、アンが微笑みながらうなずく。
「ところで、フィオちゃん――ちょっとアルカードの様子を見に行ってみない? またお客さんもいなくなっちゃったし、犬の様子も気になるし」
「……そうですね」 フィオレンティーナはその提案にうなずいた――アルカードの様子というよりも、彼が自室に連れ帰ったふたりの子供たちの様子が気になる。
 もしあの吸血鬼が自分の目の届かないところであの少女の血を吸おうとしていたら大変だ。いまだ疑いを解かないまま、少女はアンと連れ立って裏口に歩き出した。
 事務室でお茶を飲んでいた老人に挨拶して裏口から外に出ると、老人の自宅と敷地がつながった裏庭はすでに泥の海の様な様相を呈している――飛び石の様に地面に埋め込まれたコンクリート製の側溝の蓋を踏んで泥濘地帯と化した裏庭を渡り、アパートと店の敷地を区切る塀に設けられた扉を開けてアパートの裏庭に出る。
 塀に設けられた扉は、アパートの106号室の裏側に面している――アルカードの部屋は101号室、左手の端なので少し離れている。
 老夫婦の店の裏手から共用廊下までとびとびに埋め込まれた側溝の蓋を渡る様にして、ふたりはアルカードの部屋の庭に面した掃き出し窓の前まで歩いていった――窓の向こうにいる少女たちは特に危害を加えられた様子も無くダイニングテーブルの椅子に腰を下ろして、期待に満ちた目でキッチンのほうを見つめている。
 なんだろうと思いながらしばらく様子を観察していると、例の犬のおまわりさんのエプロンとでっかいミトンをつけたアルカードが、お皿を手にキッチンから出てくるのが視界に入ってきた。大皿にはなにが載っているのかわからなかったが、やがて彼がテーブルの上にお皿を置くと、焼きたてのパイが載っているのがわかった。どうやらお腹を空かせた少女たちのおやつらしい。
 きっと手作りで焼いたに違い無い――彼は冷凍食品の類をろくに持っていない。
 窓の外にいるフィオレンティーナたちに気づいたのか、アルカードがこちらに視線を投げる。彼は凛の前にパイの載ったお皿を置いてから、こちらに近づいてきて窓を開けると、
「どうした、また休憩か? なんだったらあれパイ喰って行ったらどうだ、ふたりだけじゃ食べきらないだろうし、俺は甘いものはあまり食べないし。協力してくれるとありがたい」
「いただくわ」 アンがうなずいて、再び玄関に廻り込んで部屋の中に入る。
「お邪魔します――ところで犬はどうしたんですか?」 部屋に入りながらのフィオレンティーナのその言葉に、アルカードが向こうの壁側の出窓の下に置いてある大きなバスケットを見遣った。
「あそこにいるよ。寝てるから起こさないでやってくれ」
 その言葉に、ふたりは忍び足でバスケットのそばに歩み寄ってそっと中を覗き込んだ。
「きゃっ……」 アンが小さく声をあげるのが聞こえる。
 タオルケットの敷かれたバスケットの中で、三匹の仔犬たちが絡まり合う様にしてすうすうと寝息を立てている――お風呂場で体の泥を洗い落とされたあと、きちんとドライヤーで乾かしたのだろう、体毛がふわふわになっていた。幸せそうに目を閉じて眠っている仔犬たちを見遣って、アンが手を合わせる。
「仔犬って兇悪に可愛いわね――さっきも可愛かったけど、綺麗になって可愛さ百倍って感じだわ。ほらほら、毛がぽわぽわ」
 アンが手を伸ばして、仔犬たちの背をそっと撫でる。指先がひげに触れて、先端がピクリと動くのが見えた。
「この子たち、性別はわかったんですか?」 小声でフィオレンティーナが尋ねると、
「全員雌だった」 と、アルカードが返事を返してきた。
「ねえアルカード、名前は考えたの?」
 アンの言葉にアルカードがうなずく。
「ああ、俺の一存で決定した。黒いのがソバ、茶色いのはウドン、白いのがテンプラ」
「……」
「……」
「どうした、アン。自分で聞いといて、なぜ黙る」
「……」
「……」
 ふたりは答えなかった――飼い主がアルカードである以上、どんな名前をつけようがそれは彼の勝手で、部外者の自分たちが口出ししたところで仕方無い。それはわかっている、わかっているのだが――
「……なんか言えよ、ふたりとも」
 ふたりは答えなかった。ただ静かに静かに、不満そうな表情を見せている眼前の金髪の吸血鬼のネーミングセンスの無さを心の中で嘆きつつ、深々と溜め息をついたのだった。
 
   *
 
 羽田空港にやってくるのは、数週間ぶりのことだった――国外線の到着ロビーは外国人観光客や、この時期だというのに海外旅行に行っていたらしい人々でごった返している。
 人の多い場所が苦手なフィオレンティーナは顔を顰めながら、到着ロビーの隅っこのほうでライル・エルウッドと一緒に立っていた。
「なんだよ、どうかしたのか?」 不思議そうにこちらを見ながら、エルウッドがそう声をかけてくる。千人長ロンギヌスの槍は今は持っていない――いくらなんでも目立ちすぎるので、車の中に置いてきたのだ。
「いいえ、なんでもありません」 フィオレンティーナはそう答えて、エルウッドから視線をそらした。苛立ちをごまかす様に、羽織ったパーカーのフードの紐をいじる。もちろん『どうかして』いる――自分は完全に蚊帳の外だったのだ。
 最初からアルカードと聖堂騎士団が示し合わせた上で、しかも聖堂騎士団の戦力の一部としてアルカードが日本を拠点に活動していたというのならば、今回のパオラとリディアの来日、そして聖堂騎士団がアルカードに対して申し出た休戦協定にしたって、教皇庁の上層部に対する建前でしかないということになる。
 だったら上層部が出発前に最初からそう説明して、敵味方の識別が出来る様に写真でも見せればよかったのだ――聖堂騎士団の団員と聖堂騎士団の教師がそうと知らずに遭遇して、どちらも無事だったからいいものの、もし戦闘に突入してどちらかが落命でもしていようものなら目も当てられない。
 それならフィオレンティーナが病院に見舞いに行ったときに、アルカードを呼び出して引き合わせればいいだけだったのに。
 唇を尖らせたとき、磨かれた床を踏みしめるキュッキュッという足音とともに黒いジャケットを羽織った金髪の吸血鬼が近づいてきた。
「アイリスたちの便が着いた。二十分もすれば出てくるだろう――どうした?」
 その場の険悪な雰囲気に気づいたのか、アルカードがわずかに眉をひそめる。
「いいえ、別になにもありません」
 フィオレンティーナは愛想の無い口調でそう答えてから、
「ただ――わたしは蚊帳の外だったんだなあと思ってるだけです」
 その言葉でフィオレンティーナの不機嫌の理由を察したのか、ライル・エルウッドがなにか言いかける。それを制して、アルカードが口を開いた。
「そいつは仕方無い、知ってる者は少なければ少ないほどいい。そもそも俺が聖堂騎士団とかかわりがあること自体、俺の生徒と上層部の一部以外には秘匿されている――君も君の同僚たちも、知らなくて当然なんだ」
 秘密保全の重要性は理解出来る――そもそも武装聖職者エクソシストの存在自体がヴァチカンの理想からははずれるものだ。だから秘密の流出を避けるためにそれを知る人間を減らそうという、ヴァチカンの方針は理解出来るが、それでも――
 それはつまり、わたしたちは信用されてないっていうことじゃないですか――
 ぽん、と暖かいものが頭の上に置かれて、フィオレンティーナはうつむいていた顔を上げた。アルカードがフィオレンティーナの頭をぽんぽんと軽く叩きながら、気楽に笑う。
「まあ、あまり気にするな――君はこれで機密接触資格を得ることになる。君の友人たちも、事情を知らされた上でここに来る――そうすれば、もう少し腹を割った話も出来るだろうさ」
 わしゃわしゃと少女の頭を――まるで拗ねた子供にする様に――撫でてから、アルカードは再び彼女の頭を二度叩いて手を離した。
「……それ、セクハラです」
 アルカードはその言葉に遠くに視線を投げながら、
「……世知辛い世の中になったなぁ……」
「年寄り臭いぞ、その科白」
 エルウッドがそんな言葉を口にする――アルカードは適当に肩をすくめて、
「そりゃそうだ、俺はもうじき人生五百五十年目なんだからな」
「そりゃ、あんたがそうなってからか?」
 え? 唐突に口にされた言葉に、フィオレンティーナはエルウッドに視線を向けた。
「否、俺がワラキアで生まれてからだよ――この体になる前だ」
「ああ、なるほど。ヴィルトール・ドラゴス氏は、御年五百五十歳か」
「あと三年くらいでな――と、出てきたな、行こうぜ」
 国際線の手荷物受取場から到着ロビーへの出入り口を指差して、アルカードがそう告げる。見覚えのある三人の女性と、そのひとりに抱かれた小さな女の子の姿が見えた。
 エルウッドとアルカードが、連れ立って歩き出す――その数歩後ろをついて歩きながら、フィオレンティーナは胸中での疑問を抑えきれずにいた。
 吸血鬼アルカード――彼はドラキュラによる直接の吸血を受けた噛まれ者ダンパイアだというのが、ヴァチカンの公式見解だ。
 だが、その在り様はあまりにも噛まれ者ダンパイアの定義からはずれすぎている。否、もちろん教会のアルカードに対する姿勢がことごとく建前だったのだから、その公式見解だってあてにはならないのだが。
 それにさっき、エルウッドが呼んだ名前。同時に、シスター舞に向かって自ら口にした名前でもある――ヴィルトール・ドラゴス? フィオレンティーナはそれがアルカードが教会内で教室を開催したりするときに使う偽名のたぐいだと思っていたのだが、よくよく考えればヴィルトールという名が偽名であったとしても、アルカードという名が本名であると考える理由にもならない。

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