徒然なるままに修羅の旅路

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悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Evil Castle 6

2014年11月09日 18時26分57秒 | Nosferatu Blood LDK
 
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「――で、結局なにもわからずじまい、か」
 優雅な仕草でお茶をすすりながら、エルウッドがそんなことを言ってくる。アルカードは伝票を彼の前に置きながら、
「残念ながらな」
「おいおい、せっかく顔を出したのに金を取るのか?」 アルカードのおごりだと思っていたのか軽く抗議してくるエルウッドに、アルカードは微笑んでこう答えた。
「おまえは注文しただろう? おごりだなんて俺はひとことも言ってない――従業員の指導者がみずからそこらへんを蔑ろには出来ないからな」
 それを言われるとなんとも言えないのか、エルウッドは憮然とした表情でお茶を一息に飲み干した。
「しかし、魔術の『式』を他人に植えつける、ねえ。そんなことが出来るのか?」
 魔術に詳しくないエルウッドが、そんな疑問を口にする――対して人類史に残る屈指の大魔術師数人を合わせたよりも豊富な魔術の知識を持つアルカードは、あっさりとうなずいた。
「技術的には可能だ。魔術の『式』を魔力を制御する素養のある人間に植えつけることで、疑似的な魔術師に仕立て上げることが出来る――仮想制御意識エミュレーターというやつだ。もっとも焼き込まれた圧縮術式アーカイヴがいずれ記憶からかすれて消えてしまうと、それで終わりだがな――実際にそうやって疑似的な魔術師を量産する計画は、だいたい頓挫してる」
 本格的に訓練を積んだ魔術師と仮想制御意識エミュレーターを植えつけられただけの疑似的な魔術師の差異は、魔術の構築の過程パターンにある――仮想制御意識エミュレーターを植えつけられた人間は出力設定などの細々した項目以外はすでに完成済みの圧縮術式アーカイヴをいくつか焼き込まれているだけで、魔術構築を基本から教え込まれているわけではない。だから応用も効かないし、焼き込まれた圧縮術式アーカイヴの使いどころを間違えて自爆することだってある。どの程度の期間魔術師でいられるかは被術者の記憶力に依存し、そのうち焼き込まれた圧縮術式アーカイヴ思い出せなく・・・・・・なればそれまでだ。
 対して本物の魔術師は、術式構築やそれに伴う各種設定をその都度行っている――圧縮術式アーカイヴを使うこともあるが、それは術式の起動の高速化が目的で、出力設定や効果範囲の設定はその都度手動で行うのだ。その圧縮術式アーカイヴも自分で構築したものだから、たとえば爆発を起こす術式を室内で使って自爆する様な間抜けな状況になることはまず無い。
 ていうかおまえ、そこらへんはちゃんと座学で教えただろーが、と続けると、エルウッドは覚えてないと答えて適当に肩をすくめた。
 こんにゃろ――顔を顰めるアルカードに頓着せず、エルウッドが話の続きを促してくる。
「その理由は?」
「ひとつはさっきも言った様に長続きしないこと――もうひとつは、まともな訓練を受けていない疑似的な魔術師は、魔術の出力を適切に制御することが出来ない。喩えるならそうだな、昨日までおんぼろの軽自動車に乗っていた初心者が、いきなりCTRのバケットに座らされる様なもんだ(作者注……CTRはドイツのRUF社が生産していたポルシェ911のスペシャルアップモデル)。アクセルの踏み加減もわからずに暴走して、たいてい自滅しちまう」
 そう言って、アルカードはぱちんと手を打ち鳴らした。
「で、みっつめ――同じく訓練を受けてるわけじゃないから、新しい魔術を覚えない。自分で独自の『式』を組み立てることも出来ない、威力開発も出来ない――深い知識があるわけでもないから新たな術式の開発の役にも立たない。ワープロを打てる猿みたいなもんさ」
 その言葉でだいたい納得したのか、エルウッドはうなずいた。
「なるほど、それじゃ魔術師としては需要無さそうだな。唯一使い途があるとしたら――」
 ティーカップを受け皿に戻して、エルウッドは短くこう続けてきた。
「――デコイ、か」
「そんなところだ。で、俺は実際に見事に釣り餌に引っ掛かった。北に行くというのだって、実際のところはどうだかな――虚偽情報ディスインフォメーションの可能性のほうが高いだろう。ただ、時期的なものは一応あるにはあるが」
「というと?」 エルウッドが顔を上げて、続きを促してくる。アルカードは腕組みして、
「香港を出港した『クトゥルク』が乗船したと思しき貨物船は、翌日の夜には横浜港に到着している――それが九日前の話だ。つまり、俺が東京に帰りついた翌日だ――で、さらにその翌日の午前中に『クトゥルク』らしき女が神奈川で目撃されている。順序としては横浜のボウリング場跡のガーゴイルの仕込み、そのあとで俺が一昨日始末バラしたガキ――つまり西日本側へ離れていってるわけだ。移動手段次第では決して不可能じゃない――移動が夜間に限定されない『クトゥルク』なら飛行機に新幹線、高速バスにフェリー、手段はいくらでもある」
「つまり関西方面に潜伏してる?」
「さてな――ちまちま仕込みをしてるから移動が小刻みになってるだけで、やろうと思えば日本は端から端まで半日で行ける。こないだのガーゴイルの一件でくそガキどもの記憶を吸い上げたはずだから、日本語にも不自由はしていまい」
「海外へ高飛びした可能性もあるかな」
「かもしれん。逃げるだけなら欧州のほうが潜伏はしやすいからな。なんといっても人種で目立たん」
 アルカードはそう返事をして、腕組みをしながら背もたれに体重を預けた。
「ヴァチカンに増派でも頼むか?」
「却下だ。総本山の守りが手薄になりすぎるよ――俺がかかわってる以上、俺の弟子と一部の教師しか呼べないからな」
 ふむ、とエルウッドが腕組みする。
「そう言えば、よかったのか? 変電所、爆破しちまったんだろう?」
「問題無いだろう。どうせ電力会社は放置状態だし、運び出す機材があったとは思えん。不法侵入者も多かった様だしな――まあ死体が発見されたら面倒なことになるかもしれないが、その点も問題無い。二次爆破用のC-4は吸血鬼本人の体内に捩じ込んできた。爆破の瞬間に肉片も残らんよ」
 『とんでもないこと言いやがるなこいつ』という視線をこちらに向けているエルウッドに適当に肩をすくめ、アルカードは笑いながらかぶりを振った。
 アメリカ軍用仕様のC-4可塑性爆薬は、百グラムあれば自動車一台吹き飛ばせる――アルカードはそれを鶏山の腹腔の内部に捩じ込んだのだ。ロイヤルクラシックであれば霊体さえ無事ならその状態から復元する可能性もあるが、下位の下僕サーヴァントではそれも不可能だ――爆破の瞬間に衝撃波で鶏山の肉体は粉々に吹き飛ばされ、肉片ひとつ無事では残らなかっただろう。
「それはともかく、ヴァチカンの『草』からなにか報告は?」
「今のところはなにも――」
「おっと、待った」
 そこでアルカードは言葉を切った――アンがお茶のお代わりを持って近づいてきたからだ。
「アルカードもエルウッドさんも、ずいぶん長話ね」
「ああ、すまない――君のところの主任が必要なら返すが」
 エルウッドの言葉に、アンは笑いながら首を振った。彼女はお茶のお代わりをエルウッドのカップに注ぎ、アルカードもここにいろということなのかもう一脚のカップをテーブルに置いてコーヒーを注ぎながら、
「大丈夫、エルウッドさん以外にお客さんがいないしね。アルカードがここにいるから、わたしたちもアルカードにこっちを任せて休憩してられるし」
 そう言って、アンはカステラの乗った皿をテーブルに置いた。
「アルカードのお土産。名古屋コーチンの卵を使ったカステラですって――わたしたちも事務所のほうで戴いてるわ。もしなにかあったら呼んで」
 アンが去っていくのを見送って、アルカードは投げ遣りな仕草でエルウッドの向かいに腰を下ろした。
「今はめぼしい情報は無し、か――」
「まあ、残してきた手駒はふたつとも潰されてるわけだしな」 カステラをつまみつつ、エルウッドがそう答えてくる。
「次の行動には慎重になるだろう――あんただったら次はどんな行動をとる?」
「ミスリード」 一瞬の躊躇も無く、アルカードは即答した。
「実際に逃げているのとは違う方向に逃げていると思わせる、もしくは逃げているかもしれないと迷わせる。いったん中部地方まで移動し、そこでわざと人目につく行動をとったあとで、仕込みをして再度関東に引き返すという手もある。逆にそのまま西に進んだかもしれないし、あるいは有名な観光地になっている離島――沖縄本島やそのほかの島、屋久島やその他の離島に潜伏する手もある。まあ、冬場の沖縄や屋久島に外国人が観光に来るとも思えないが、なにしろ沖縄には在日米軍基地がある。もちろん神奈川もそうだ。最大規模の基地を擁している以上、基地の御膝元で外国人が紛れ込むのはさほど難しいことじゃない」
 自分もカステラを取り上げて、アルカードは甘い香りのする切れ端を口の中に入れた。言葉を切って口の中のものを飲み下してから、
「ひとつ共通するのは、その場合は長居出来ないということだ――潜伏する以上なにをやったところで人目につくし、定住してもいないのに観光地に長期間留まったら間違い無く不審に思われる」
「奴が日本を出た可能性は?」
「もちろんある。だが正直に言うと、その可能性は低いと思う――当然奴はこちらの『草』が空港を張っていると考えるだろうし、船も同様だ。それに日本は人口密度が高いし、都市部に単身者が多い。隠れ潜んで獲物を漁るには、最高の環境だ――全体的な治安がいいから、都会の夜中でも歓楽街をふらついてる連中は多い。出かけた先で行方不明になっても、家族が捜索願を出す可能性は低い――少なくとも三日四日の間は。それなりの長期間にならないと、警察は本腰を入れない――事件性を認定しない限りは。単身赴任者や単身生活者も多い。そういった連中なら、そもそも捜索願を出す人間がいないからな」
 エルウッドは小さくうなずいて、溜め息をついた。
「面倒なことだな――しばらくはそこらじゅうを右往左往する羽目になるか」
「かもしれないし、違うかもしれない」
「どういう意味だ?」
 エルウッドの言葉に、アルカードはかぶりを振った。
「トラップというのは来てほしくない場所にばかり仕掛けるものじゃないってことさ」
 お茶を一口飲んで、続ける。
「さっきも言ったが、欺瞞だ。トラップが仕掛けてあれば、追跡者はそちらに行くのを阻止するために罠を仕掛けた、つまり行く先かもしくは自分のいる近くに敵がいるものと思い込む。だが実際には、トラップを見つけてよしこの先だ、と勇み足で先に進んだ連中を陥れるためにさらに悪辣な罠が待ち受けてることだってあるんだ――俺ならそうする」
 仕掛けた陥穽に嵌まって死んで逝く敵兵の断末魔の絶叫を思い出して口元にうっすらと酷薄な笑みを刻みながら、アルカードは続けた。
「五百年前の話だ。昔オスマン帝国と戦争をやったときに河があれば、俺は必ず罠を仕掛けた――橋を焼き落として敵を足止めしたと見せかけ、敵が川を渡るまでの時間を稼ぐ。仮設橋を造り直して追い駆けてきたら、実際には俺たちは逃げずに馬鹿でかい落とし穴や馬の脚を引っ掛けるための小さな落とし穴、あるいは低い位置に張った縄を用意して待ち受けてる。先頭が落下して足を止めたところで、街道の脇に潜んでいた部隊がありったけの矢を射掛け、さらに背後から別働隊が仕掛ける。あるいは敵が通過したあとに大量の干し藁や薪などを置いて火を放ち、落とし穴で前方を塞いで周りの森ごと焼き払う。オスマン帝国のほうが数の上では圧倒的に有利だったから、俺たちワラキア公国軍は敵を危険なところに誘い込んで一網打尽にするという戦術をよくとった――それが一番効果的だからな」
 アルカードはそう言ってから、カップを手に取りコーヒーに口をつけた。
「つまりはそういうことだ――罠を仕掛けるのは、そこへ来るのを阻止するためばかりじゃない。『その先にいる』と思わせて深追いさせるためでもある――し、逆に勢いづいて先に進んでいる間に、本命はあさっての方向に逃げ出していることもある」

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