徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Flames of the Purgatory 30

2014年11月19日 23時52分34秒 | Nosferatu Blood LDK
 ある個体は全身が癌化して巨大なアメーバの様な姿になり、調製槽の内側でぎりぎりまで膨れ上がっている。ある個体はまるで発生過程の胎児の頭に魚の様な眼がくっついた様な姿、あるものは鼻のあたりから上が無く、全身からトナカイの様な蹴爪を持った脚が生え、あるものは手足が退化して胴体がまるで風船の様に膨れ上がり、その中に頭が埋没したかのごとき姿になっていた。
 おそらくキメラかなにかの実験体なのだろう――正確には卵を取り出して量産するための第一世代の実験体なのだろうが、これはおそらくその失敗作なのだろう。
 そしておそらく――こちらの姿を認めて話しかけようとしたことを考えると、ベースになったのはクローンなどではなくどこかから攫ってこられた生きた人間だ。
「前に先生が、東京で生きた人間をキメラに改造する実験をしてた施設を潰したって話をしてたが――」
 嫌悪感を隠そうともしない声音で、ブラックモアがそんなつぶやきを漏らす。強烈な嘔吐感と眩暈を堪えて、リーラは立ち上がった。
 肉塊は相変わらず、硝子の向こうでゆっくりと回っている。
 自我意識を保っていないらしい他の実験体たちは、この肉塊に比べればまだましなのかもしれない――こんなおぞましい姿に成り果ててなお自我を保ち続けているというのは、想像を絶する地獄だろう。
 調製槽の中で肉塊がゆっくりと回転し、再びこちらに顔を見せる。顔はこちらの視線を捉えて再びもの言いたげにもごもごと唇を動かしたあと、突然カッと目を見開いて、なにかをまくし立て始めた。
 声帯が無いのか、それとも培養液の中に浸されているせいか、声は聞こえない――だがこちらの頭上に視線を向けて切迫した様子で何事かを訴え続けるその表情に、リーラは肉塊がなにを伝えようとしているのかを唐突に悟った。
「――散って!」
 その警告と同時に、リーラは横跳びに跳躍した――頭上から急降下してきた鎧が、回避行動を取っていなければこちらの肩を割っていたであろう軌道で手にした長剣を振り下ろす。
 斬撃の軌道に巻き込まれて調製槽の分厚い硝子が砕け散り、内容液が床にぶちまけられる。大量の培養液とともに床の上に転がり落ちた肉塊が、げええええと叫び声をあげた。
 鎧が手首を切り返して、手にした長剣をこちらに向かって横薙ぎに振り抜く――その鋒から逃れて、リーラは体勢を立て直した。
 培養液の中から出ると苦痛を感じるのか、それとももはや調整槽に浸されていないと生きていられないのか、鎧の足元で肉塊が叫び声をあげ続けている――その叫び声を煩わしく感じたのか、鎧は肉塊の顔を脚甲の踵で踏み潰した。
 骨が砕け肉の潰れる音とともに、肉塊の絶叫が止まる――全身を痙攣させている肉塊を鎧がさも薄汚いものをそうするかの様に爪先で蹴り飛ばすと、肉塊はげえ、と踏み潰された蛙の様な悲鳴をあげながら別の調製槽に激突し、そのままぼとりと床の上に落ちた。
 もはや悲鳴をあげることも出来ないのか、目や鼻、口から血を垂れ流しながら、肉塊が何事かを訴えるかの様に視線だけをこちらに向けている――やがてそれすらもかなわなくなったのか、肉塊は断末魔の細かい痙攣を繰り返しながらもの言いたげに唇を動かし、じきに痙攣も止めて動かなくなった。
「……」 その死に顔を目にして――理性が沸騰する。
「――貴様ぁッ!」
 声をあげて、リーラは手にした太刀を抜き放ちながら床を蹴った。
 轟音とともに――リーラの振り下ろした太刀の物撃ちが、鎧の翳した長剣と激突する。鋼鉄製の鞘が、床の上に落下してごとりと音を立てた。
 リーラの太刀と鎧の手にした長剣の物撃ちががりがりとこすれあい、激しい火花を散らす。次の瞬間鎧が両手で保持した長剣を力任せに水平に振り抜き、体重の軽いリーラはあっさりと吹き飛ばされた――空中で体をひねり込んで体勢を立て直し、そのまま数メートルほど離れた位置に着地する。
「リーラ」 ベルルスコーニが自分のほうが有利だと判断したか、両者の間合いに割って入る――リーラはそちらに視線も向けず、拒絶の言葉で彼を制した。
「こいつはわたしがやる。手を出さないで」 ベルルスコーニがその言葉に足を止め、一瞬こちらに視線を向けてから後ずさる。
 鎧は別の調製槽のそばに転がっている肉塊を一瞥して、まるで笑いを堪えているかの様に肩を震わせた。こちらと肉塊を一度見比べてから――脚甲の爪先で肉塊を蹴り飛ばす。
 それを目にして――血液が沸騰する様な感覚に背筋を焼かれ、リーラは再び床を蹴った。鎧の内懐に殺到し、雄叫びとともに刺突を繰り出す――面頬の隙間から正確に眼窩を狙って突き込んだ鋒を、鎧がわずかに頭を傾けて躱す。
 冑の装甲を鋒がかすめて火花が散り、非常燈の様な薄暗い照明に照らされているだけの室内をほんの一瞬だけ昼間の様に明るく照らし出した。
 一歩下がって間合いを作り直し、鎧が左手で保持した長剣を横薙ぎに振るう――後方に跳躍して逃れるには踏み込みが深すぎるし、左に跳躍しようにも左手には調製槽と壁しかない。
 その場で上体を沈めて、その一撃を遣り過ごす――かなり狙点が高かったために簡単に空振りした一撃が左手にあった調製槽を粉砕し、その中で浮いていた別の実験体が内部の培養液とともに床の上に転げ落ちた。
 まるで畸形の子供の様に頭とは別に腹にもうひとつの顔がへばりついたその実験体は床の上に転げ落ち、床の上に広がってゆく培養液の上で激しく痙攣し始めた――先ほどの肉塊の様に叫んだりはしないが、おそらく彼らは培養液の中から出ると生きていられないのだろう。生命の危機を訴えるかの様に激しく痙攣し、叫ぶことも動くこともかなわないままその場でのたうちまわっている。
 リーラは唇を噛んで、鎧が次撃を繰り出すよりも早くその体を押し出す様にして突き飛ばした。それに逆らわずに――場所が狭すぎると判断したのだろう――後方に跳躍する鎧を追って床を蹴る。
「あああああぁぁぁぁッ!」 咆哮とともに、リーラは右肩に巻き込んだ太刀を振り下ろした――鎧が長剣を翳して、再びその一撃を受け止める。
 鎧が噛み合った剣を押し返すよりも早く、衝突の反動で剣を引き剥がす――噛み合いのはずれた剣をコンパクトな挙動で袈裟掛けに振り下ろしてきたのを、リーラはいったんバックステップして躱した。回避行動を取っていなければ間違い無く肩を割られていたであろう一撃が、視界を斜めに割っていく。
 鎧の手にした装飾過多の長剣の鋒が、床に衝突して火花を散らした――無駄にごてごてしているために必要以上に重いのだろうが、慣性がつきすぎているのかいささか扱いにくそうに見える。
 刀身の片側にだけ刃のついた大ぶりの長剣の峰を、リーラはブーツの踵で踏み砕いた――長剣の物撃ちが床に衝突して砕け、鋼の砕片を撒き散らす。その蹴り足を踏み込みにして、リーラは手にした太刀を振るった。
 首を刈りにいった一撃は、しかし踏み出した足をすくわれて体勢を崩したために宙を薙いだだけに終わった――踏みつけられて物撃ちの部分ががたがたになった長剣を、鎧が力任せに真上に向かって振り上げたのだ。
 鎧の動きに逆らわずに一歩後方に跳躍して間合いを離したところで、鎧が再び踏み込みながら剣を振るう――着地の体勢が悪い。上半身をのけぞらせて回避を試みたが、若干間合いが近すぎた――焼ける様な激痛とともに左の二の腕が法衣の上から引き裂かれ、噴き出した血が法衣の袖をじわじわと赤黒く濡らす。
 物撃ちの部分が派手に砕けてごつごつに刃毀れした長剣で斬りつけられたからだろう、普通に斬られたよりも出血が多い――ダメージを受けていない鋭利な部分で切り込まれ、それが斬撃の途中から刃毀れした部分に変わったために、傷口の組織が深くから削り取られる様な損傷になったのだ。
 見る間に赤黒く染まっていく左袖を見下ろして、リーラは小さく舌打ちした。
「リーラ、下がれ。俺がやる」 ベルルスコーニの言葉に、リーラはかぶりを振った。
「いらないわよ。こんな傷くらいどうってことないわ――それに、こいつには腹が立ってるのよ。言ったでしょう? こいつはわたしが殺す――手を出さないで頂戴」
 腕の傷が激しく痛む――刃毀れした剣で斬りつけられたことと、おそらくは切断された衣服の繊維や細かな鋼の砕片が傷口に入り込んだことも原因のひとつだろう。
 リーラはアルカードやエルウッドの様に、怪我が瞬時に治癒する様な理不尽な生き物ではない。だが胸の奥に燈った苛烈な殺意は、その激痛を無視させるに十分なものだった。
 太刀の柄を握り直して、再び床を蹴る――鎧も装甲がこすれあう耳障りな音とともに踏み込んで、リーラの斬撃を迎え撃った。
 二合、三合と激しく剣を衝突たたき合わせてから反動で剣が離れるのに逆らわずにそのまま転身し、一回転の勢いを乗せて手にした太刀を水平に振り抜く。その攻撃は読んでいたのか、鎧は間合いの広い斬撃をその場で体を沈めて躱した――そのまま伸び上がる様な動きとともに繰り出してきたのは、斬撃ではなく剣を握ったままの右拳での殴打だった。
 下腹部を狙った一撃を左手で受け止め、太刀の柄頭で鎧の頭部を殴りつける――別にこの鎧の中身が生き物であるという確証は無いが、まあダメージ無しということは無いだろう。次いで一歩バックステップしながら、リーラは鋼鉄で爪先を補強した頑丈なブーツの爪先で鎧の頭部を蹴り上げた――間合いが離れたところで、殴打の反動で離れていた太刀を再度横薙ぎに振るう。
 防御のつもりだったのだろう、鎧が翳した左腕を鎧う手甲と太刀の物撃ちが激突し――次の瞬間、鎧の手甲が火花とともに切断され、斬り落とされた左腕の肘から先が床の上に落下した。
 一応鎧の内部には生き物が入っているのか、鮮やかな肉の切れ目から動脈血と静脈血の入り混じったまだら色の血が噴き出す。左腕が無くなって近接距離では不利になると判断したのか、鎧がそのまま後方に跳躍し――だが、刃渡りの長い太刀を遣うリーラにとってはむしろ好都合だった。
「あああああッ!」 咆哮とともに踏み込んで――振り抜いた勢いを殺さないまま頭上で旋回させた太刀を袈裟掛けに振り下ろす。
 鎧が手にした長剣で迎撃し――次の瞬間リーラの手にした太刀の物撃ちが鎧の長剣の物撃ちに激突して火花を撒き散らす。鎧の手にした長剣は十分に勢いの乗った一撃を受けたために紙の様に切断され、リーラの繰り出したその斬撃はそのまま鎧の肩口から甲冑の装甲を割って入り、胸甲冑を引き裂いて胴の半ばまでを叩き割った。
 致命の一撃を受けて、鎧の体が電流を流された様に硬直する――リーラは胴甲冑に足をかけてそのまま鎧の体を蹴り剥がし、甲冑に喰い込んだ太刀の刃を引き抜いた。
 そのまま太刀の刃を左脇に巻き込み――続けて繰り出した低い軌道の一撃で鎧の膝を刈る。
 右足を脛のあたりから切断され、鎧がその場で崩れ落ちる――体を支えるために右手を突いた鎧の、がら空きになった胸甲冑の背中の襟の部分と兜の隙間に、リーラは太刀の鋒を深々と突き立てた。鎧の体がびくりと痙攣し、床に手を突いた姿勢のまま動かなくなる。
 それ以上鎧には視線も呉れず、リーラは踵を返した――ベルルスコーニが警告の声をあげるよりも早く、再び振り返って背後の空間を水平に薙ぎ払う。
 リーラの繰り出したその一撃は片脚と片腕を失ったまま、それでも傷口をじかに床につけて体を支え、半ばから切断された長剣をこちらの背中に突き立てようとしていた鎧の頭部に容赦無く襲いかかった――逆手に握った長剣を振りかぶった右腕を斬撃の軌道に巻き込んで切断しながら撃ち込まれた太刀の物撃ちが、装飾過多の冑を水平に割って入り、そのまま冑の上半分の中の頭蓋を削り取る。
 それで完全に活動を停止したらしく、糸の切れた人形の様に鎧がその場で崩れ落ちた。
 ひゅん、と音を立てて手にした太刀の血を振り払う――ブラックモアが拾い上げ、投げて寄越した鞘を空中で掴み止め、リーラは太刀を鞘に納めた。
「傷を見せろ」 ベルルスコーニの言葉に答えずに、リーラは調製槽のそばに無残に転がっている肉塊に歩み寄った。
 あの培養液の中から出ればどのみち生きてはいられないのだろうが――鎧に踏みつけられたときに内臓を損壊したらしく鼻や口から血を流し、苦悶の表情を湛えたまま事切れている顔に手を伸ばして、リーラは見開かれたままの瞼をそっと閉じさせた。
「あいつが仕掛けてきたのを教えてくれてありがとう。それと、なにもしてあげられなくてごめんなさい――貴方たちをこんな目に遭わせた奴らにはわたしたちが必ず報いを受けさせるから、先に逝って待っていて」
 そう告げて、リーラは立ち上がった――腕の出血はいまだ止まる気配は無いが、その喪失感も激痛もまったく気にならなかった。ベルルスコーニが懐から取り出した布を三角巾状に折りたたみ、止血帯にするつもりなのかリーラの腕の付け根に巻きつける。
「とりあえずはこれでいい。大丈夫か?」
「問題無いわ、ありがとう。これで十分よ」 そう答えて、リーラは踵を返した。
「急ぎましょう。早くしないと団長たちが不覚を取らないとも限らない」 いったい外でなにが起こっているのか、ずしんずしんという地響きが建物を揺らしている。天井から降ってきた埃に顔を顰め、リーラは歩き出した。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« In the Flames of the Purgat... | トップ | In the Flames of the Purgat... »

コメントを投稿

Nosferatu Blood LDK」カテゴリの最新記事