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開け放していた掃き出し窓のほうからキャンという鳴き声が聞こえてきて、リディアはそちらを振り返った――網戸に前肢を掛けて中を覗き込みながら、黒い犬がパタパタと尻尾を振っている。
「ソバちゃん?」 窓のそばまで歩いていって網戸を開けてやると、ソバが返事をする様に一声鳴いた。足の甲に前肢を置いてこちらを見上げているソバに小さく笑い、足首と膝が痛くてかがめなかったので、窓際に座り込む。 . . . 本文を読む
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左手で据銃したブラウニング・ハイパワー自動拳銃が、乾いた銃声とともに火を噴く――正確無比のコントロールペアがジャンノレの両眼に着弾し、一時的に視界を潰されて、ジャンノレが憎悪のこもったうなり声をあげた。
溶解液の雫が降りかかったためにところどころ斑点状に焼け爛れた顔をゆがめ、ジャンノレが右腕を突き出す――ほつれた右腕が投網の様に広がりながら、密生した棘状の突起物で地面を引っ掻いて . . . 本文を読む
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「――お」 アパート裏手の駐車場に近づいたところで、アルカードが声をあげる――その視線を追って、リディアもアルカードがなにを見ているのかに気づいた。
アルカードの駐車場、普段だったらいつも空いている駐車スペースに、黄色のカラーリングの小さなオープンカーが止められている。
どうもこの駐車場は違法駐車の標的になりやすいらしく、空きスペースに見知らぬ車がちょくちょく止められている。 . . . 本文を読む
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「――けきゃきゃきゃきゃきゃぁっ!」 耳障りな哄笑とともに、ジャンノレが右腕を振り翳す――長く伸びた右腕の手首から先がまるで水死体のそれの様に膨れ上がり、まるで錘を思わせる巨大な瘤の内側から、金属質の棘が皮膚を突き破って何本も突き出した。
まるでモーニングスターの様にうなりをあげて振り回された右腕が、咄嗟に回避したアルカードの立っていた空間を叩き潰し、背後にあった欅を半ばから叩 . . . 本文を読む
「閉めるぞ」 一声かけてから、松葉杖を手に持ったまま助手席側のドアを閉める――なにかあったときに自力で逃げられなくなる危険があるので松葉杖は助手席に置いておくべきだろうかとしばらく考えて、結局やめて後部座席に放り込んでから、アルカードは車体の反対側に廻り込んで運転席に乗り込んだ。交通事故であれなんであれ、不測の事態が起きたとしても、ほとんどの状況であればアルカードはリディアを連れて車内から離脱出来 . . . 本文を読む
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昨夜一度救急外来で訪れた総合病院の会計の前の待合ロビーで、リディアは会計待ちの老人や若い母親と彼女が連れた幼児、会社を休んで診察に来たらしい若者に交じって長椅子に座っていた。
若い外国人が珍しいのかちらちらとこちらを見ている者もいたが、リディアは気にしていなかった。日本に来てからまあ慣れた視線だ。
電光掲示板に表示された会計待ちの番号は、152――おっと、たった今158に変 . . . 本文を読む
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地面を撫で切りにする様にして繰り出された巨大な触手を躱して、アルカードは再び林縁に飛び込んだ――ここは道路に近すぎる。すでに十分すぎるほどの痕跡を残してしまった――あとから全権大使とサポート役の神田忠泰に文句を言われそうだ。
伸ばした触手を木々の幹に打ち込む様にして次々と木々を飛び移りながら、ジャンノレが追ってきている――触手はただの武器ではなく密生した棘をアンカーの様に対象 . . . 本文を読む
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「――リディアが負傷を?」
ライル・エルウッドの言葉に、アルカードは小さくうなずいた。
「ああ」
ライル・エルウッドは『主の御言葉』の前庭に置かれた長椅子に腰かけて、水道で遊んでいる愛娘の様子を眺めている。前庭の植え込みに水を撒くのに使うホースリールをプール噴水のところまで伸ばし、周囲に水を撒いて遊んでいた。エルウッドはその娘の様子を眺めながらこちらには視線を向けずに、
「容 . . . 本文を読む
それぞれ前時代的な長剣を手にした、四人の吸血鬼――『兵士』たちが叫び声をあげながら床を蹴る――彼らは力士の脇をすり抜けて、それぞれの得物を振り翳しながら殺到してきた。
最初に突っ込んできた金髪の若い女の真直に近い袈裟掛けの斬撃を左手で押しのけて軌道を変え、続く中年の禿頭の男の刺突の鋒を払いのけて脇をすり抜ける。
残るふたりはほぼ同時に接近して、それぞれ左右同時に腰元を薙ぐ様にして一撃を繰り出 . . . 本文を読む
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「……?」 ふと眉をひそめて、アルカードはバックミラーに手を伸ばした。
赤坂のローマ法王庁大使館から高速道路に入るまで、ずっと数台間に入れて尾行している車がいる。
車種はトヨタのランドクルーザー。見た限りフロントシールドに遮光フィルムを貼っている――日本では確か前部のサイドウィンドウと、フロントシールドには遮光フィルムを貼ってはいけないはずだ。
それを無視してまで、直射日光 . . . 本文を読む
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周囲に立ち並ぶ高層ビルの硝子張りの壁面から降り注いでくる目障りな陽光に顔を顰めながら、アルカードは赤信号で足を止めて周囲を見回した。
昼下がりの都心は、真夏日なこともあってひどく暑い――地面から放射される熱気と頭上から降り注いでくる太陽光、それに周囲のビルの外壁から反射してくる光で全身炙り焼きみたいになっているからだ。
だが『帷子』を使っているアルカードは、特に暑いと感じる . . . 本文を読む
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「ただいまー!」
底抜けに明るい――つまり、いつもの――黄色い声とともに、玄関の引き戸を開けてマリツィカが顔を出す。
生粋のルーマニア人だが日本生まれの日本育ちのマリツィカは、日本の高校の制服を着ている――セーラー服にちょっと丈の短めのスカートといういでたちだが、スタイルがいいので臍の見える服装がよく似合っている――が、見るからに外国人のマリツィカのセーラー服というのは、単な . . . 本文を読む
実際に気道が詰まっているわけではないのだが、脳への血流が遮断されているので同じことだ――空気を求めて喘ぎながら、冷静さを失って左手に武器を構築することも思いつかないまま、なんとか拘束を振りほどこうと首に巻きつけられた腕に手をかける。暗くなってきた視界の中で、先ほど斃したのとは別の吸血鬼が憎々しげにこちらを睨みつけた。
「この雌豚がぁっ!」 罵声をあげながら、吸血鬼が拘束されたリディアの下腹部めが . . . 本文を読む
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しっ――歯の間から息を吐き出しながら、吸血鬼の一体が内懐に踏み込んでくる。
その右手の中で照明の光を照り返した白刃が閃くのを見て取って、リディアは距離をとるために後方に跳躍した――同時に鋭い動きで繰り出されたナイフが視界を引き裂き、ステンレス製の刃が弱々しい照明を照り返して輝く軌跡を虚空に刻む。
吸血鬼化による身体能力の向上を抜きにしても、動きは速い――なんらかの戦闘訓練か . . . 本文を読む
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ひぅ、という軽い風斬り音とともに手にした長剣を振るうと同時、群がっていた吸血鬼数人が全身をバラバラに切り刻まれてその場に崩れ落ちた――ばらばらになった内臓や手足の破片が血だまりの中に落下して小さな飛沫を撒き散らし、そのまま塵に還って消滅してゆく。
酸鼻を極める凄惨な光景から視線をはずし、手にかけた吸血鬼の屍が塵と崩れて失せてゆくその様を見送ることもしないまま、パオラは撃剣聖典 . . . 本文を読む