【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

小説・耶律大石=第一章_17節=

2015-03-31 19:01:22 | 歴史小説・躬行之譜

 フフホト(呼和浩特)は南ゴビ砂漠に南縁に位置する。 遊牧民は“緑に茂る森の場所/青い城郭”と呼んでいる。 尻無し川がこの地にて表れ、どこかに消える。 耶律時が率いる25騎の騎馬武者は遅い朝餉を済ませ、騎馬して南東に進む。 樹木帯は何時しか潅木地帯に変わり、荒地に変わり、砂漠草が現れだす。 馬にとって自然な速歩である斜対歩で前方の丘陵地を目指して行く。 東西に伸びる丘陵地帯の山稜に万里の長城が横横たわる。 長城の北側は村落が希薄である。 しかし、遼帝国の権勢が消えようとし、金の阿骨打がこの地の統治者と成った今、邑には金の間者が居るであろう。

 耶律時は率いる隊を五名一組の五班に分けて次の目的地・張家口に向かわせた。 中間地点であるウランチャブを通過すれば、張家口までは丘陵地帯、遊牧民の村落はない。 ウランチャブは五原から常歩の馬速で一日の行程。 時にはこのウランチャブの邑に情報収集を行いえる密偵の確保が課題であった。 腹案はある。 耶律大石統帥に心服して主従の契りを一方的に立てた蒙古族の苞力強が昨夜、書面手渡してくれた。 姉ウランチチカが嫁いだ先がウランチャブの郷士であると言った。 

 張家口は燕雲十六州の軍事的な要塞。 張家口には帝都・燕京の風聞が伝わり来る。 また、張家口は漢北の軍事的な情報が、居庸関 ・居庸関長城、挿箭嶺長城(ソウセンレイ)を伺えば集められ、西方の大同に集まる燕雲十六州の動きをも感知できる場所である。 フフホト邑外で朝餉を取った折、時は五名の班長に張家口が金への密偵活動には最適であると説明したうえで、分散行動で張家口に向かう事を命じていた。 更に、張家口城内には入る必要はなく、手前にある万里の長城が南北の通行門である長城大境門北側近くの適地に われ等が長期の野営を密かに行える秘密基地を設営する任務も命じていた。 

 

  “北帰”が話し合われた三日後の晩、 大石の草庵には、昨夜の参集者以外に四人の将が集まっていた。 各小隊の統率者である。 みな若かった。 大石・軍事統師を信奉し、戦い抜いてきた勇者たちである。 耶律楚詞は大石の右側に座し 両名を中核に円座である。 梁山泊の宋江のとの密約に向かっている耶律抹只の子である耶律康阮と康這兄弟、大石子飼いである欽宇阮と苞力強、耶律巖、耶律化哥に耶律磨魯古の若き将たちである。 苞力強はモンゴル族であり、彼の父親は有力な部族の長であった。 欽宇阮は大石に代々仕えてきた契丹族の正嗣である。

 ただ 前夜と異なるのは畢厳劉と何亨理が円座から離れた場所で楽器を奏でている。 三味線のようなラワープを厳劉が操り、亨理がタンブリンであろうダップを指の腹で打っている。 陽気な宴席を演じているのだ。 石隻也とチムギたちの談笑がその音楽に和していた。 おもむろに 大石が口を開いた。  「我々が 集結を計る、蒙古草原の砦は陰山山脈の北 ゴビ砂漠の北辺 この地は間もなく雪に閉ざされた酷寒の地となろう。 予定する砦は北庭都護府・可敦城。 されど、遼の混乱が長く、廃墟に成っているであろう。 また、この時期 遊牧の民は近くにはおるまい 」 

 「身を隠し、この砦を 我々の雄図の出発が牙城にするのに 他に求めるべき場所はない・・・」 大石は 柔和な顔を若者たちに注ぎながら 話を継ぐ。 

 「二百有余の兵士が酷寒の地で営為しなければならぬことを まず念頭に置いて、この場所を離れることの危険を肝に命じて、明日からの行動を起こしてもらいたい」  ウイグルの民族音楽に大石の声が柔らかく絡み付き、若者たちの目が輝いている。 全員が大石の話に耳を傾けている。  「北帰の行動に齟齬が生じぬように隊を分ける。  今朝 日が昇る前に時と二十五名の勇者が先遣隊として出立した。  残る有志を大きく四隊に分けるのだが、無論、各隊の任務は異なる。 しかし、この地を離れるまでは全員が一丸と成って20日分の兵量と予備の兵馬、弓矢を密かに集積してもらいたい。」 

 「統帥さま、天祚帝の兵の中に われ等と、いや 統帥について行こうとする将兵が、更に見受けられますが」  「ここに参集した者が信を置ける将兵なら構わぬが、北帰が漏れぬようにせねば成らぬ。 先日話したように阿骨打の動向が計画の基軸になる。 従って、時が偵察に出たのだが苞力強は先遣隊の援軍として働いてもらう。 ついては、耶律化哥に陰山南麓の適地に支援基地を造営してもらう。 苞力強と耶律巖は分散する各隊の連絡員として・・・・・・」  「して、われらは・・・・・・」

 「欽宇阮は西夏に向かって西夏の宰相セデキ・ウルフ殿の援助貰い受ける。 耶律康阮と康這兄弟はオルドスの地で宋と金の動向を探りつつ、天祚皇帝の亡命行動を探る。 耶律磨魯古は兵糧の管理と運搬に汗と知恵を出してもらう。」

 「各隊の人員と行動を起こす吉日はきめておられますか?」 と欽宇阮が聞き、大石統帥が答えていく。 「そこで、一部の隊が姿を隠そうが、残る諸隊の隊員には日ごろの行動を厳守し 天祚帝の警備兵に気付かれてはならぬ。 従って 各隊の要員は後日に伝えるが、 全員がこのことを厳守しなければ成らない。 また、時がもたらす情報次第なのだが 耶律楚詞に石隻也にも情報集めに燕京に向かってもらわねばならなくなろう・・・・・」

 

 ※ 参考資料遼王朝・契丹人

10世紀に耶律阿保機(やりつあほき)が登場し、八部を纏め、916年に唐滅亡後の混乱に乗じて自らの国を建て、国号を契丹とし、契丹国皇帝となった。契丹は勢力を拡大して、北の女真や西の西夏・ウイグル・突厥諸部・沙陀諸部を服属させ、東の渤海や西の烏古を滅ぼした。 二代目耶律徳光の頃、後唐では内紛が起こり、石敬瑭(せきけいとう)に正統なる者として晋皇帝の称号を与え、援助して燕雲十六州の割譲を成立させる。こうして後唐は滅び後晋が建国となる。

その後、しばらくの間は中国文化を取り入れようとする派と契丹の独自風習を守ろうとする派とに分かれて内部抗争が起き、南に介入する余裕が無くなった。その間に南では北宋が成立する。内部抗争は六代目聖宗期に一段落し、再び宋と抗争するようになった。1004年、南下した遼と北宋は盟約(澶淵(せんえん)の盟)を結び、北宋から遼へ莫大な財貨が毎年送られるようになった。経済力を付けた遼は東アジアから中央アジアまで勢力を伸ばした強国となった。

しかし宋からの財貨により働かなくても贅沢が出来るようになった遼の上層部は次第に堕落し、武力の低下を招いた。また内部抗争も激しさを増し、その間に東の満州で女真族が台頭し、1125年に宋の誘いを受けた女真族の金により遼は滅ぼされた。

この時に皇族の耶律大石(やりつたいせき)は部族の一部を引き連れて、中央アジアに遠征し西ウイグル王国・カラ・ハン朝を征服、契丹語でグル・ハーン、中国語では天祐皇帝と称号を改め西遼を建てた。 1126年、現在のキルギス共和国の首都付近にクズ・オルドという都を定める。 トルコ人にはカラ・キタイと呼ばれた。 これは黒い契丹の意味である。 耶律大石は更にセルジューク朝の軍を撃破して、中央アジアに基盤を固め、故地奪還を目指して東征の軍を送るが、途上で病死した。

耶律大石死後の西遼は中央アジアで勢力を保持したが、チンギス・ハーンによってモンゴル高原から追われて匿ったクチュルクによって簒奪され、西遼は滅びた。 一方で遼が滅びた時に残った人々は金の中で諸色人に入れられて、厳しい収奪を受け、また対南宋戦争では兵士として狩り出され、これに反発した契丹族は度々反乱を起こした。 特に金の海陵王の時の反乱は、海陵王が殺される大きな要因となった。

金滅亡後はチンギス・ハーンの下で漢人に組み入れられた。元来遊牧民でモンゴル周辺部に居住していた彼らは、ほとんどがモンゴル人と普通に会話でき、大半は中国語や漢文にも長けていた。その為漢人とモンゴル人の橋渡しを行うことが多く、この中にモンゴル帝国に仕えた耶律楚材がいる。

・・・・・続く・・・・・・

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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