「小太郎がゆく巻の二十四」まえがき
以前勤務していた会社の先輩を10年ぶりに新宿御苑にたずねた。
旧交をあたためた後、
そぼ降る雨の中、靖国通りを歩いて伊勢丹会館へ向かう。
アルコーブ状になっている伊勢丹のショーウインドウの横の狭い空間で
若い女性がこれまた若い女性に手相を見てもらっている。
少し珍しい光景に見とれながら、先を急ぐ。
畑の土づくりからこだわった野菜をメインにした
和風レストランバーで、とある会食が始まった。
おいしい野菜に舌鼓を打ちつつ、活きた情報が行き交う。
雨もまたよし、新宿の夜。
それでは、【小太郎がゆく】はじまり、はじまり。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【小太郎がゆく】巻の二十四
タイトル:「行列」~待ちの効用~
◆元祖行列店、長い列は広告のうち◆◆◆◆
売場は三、四人しか入れないほど極端に狭くし、レジは一つ。
ブレンドの種類に悩めば注文に時間もかかる。
自然と路上に客があふれ、新たな客の誘い水になると考えた。
(ホブソンズ開業時の経営者松本純一氏・日本経済新聞)
デパ地下のタイムサービス。
売られているモノの確認もそこそこに列に連なる人がいる。
これだけ並んでいるんだから、イイものに違いない…。
時間に余裕のある主婦や定年退職したお父さんなどに多い。
そういえば以前勤めていた安比高原でのコンサートの日、
トイレの列の最後尾に「何が売ってるのかしら」とオバさん達が大挙した。
これも悲しい性だろうか。
◆◆人気のラーメン屋、待ち時間のさじ加減◆◆◆
「席数が十四と少ないこと」とひと言。
(日本経済新聞)
晴海トリトンに開業したラーメン店「ぽっぽっ屋」を
支援したコンサルタントの土屋光正さんは、人気の秘けつをそう答えた。
一度にゆでる麺の玉は限られるため、
席が多すぎると店に入ってからの待ち時間が長くなる。
「店に入るまでの行列待ちは期待感を高める効果があるが、
着席後の待ちはイライラを募らせるだけ」
と空腹客の心理を鋭くとらえる。
ラーメンの味付け同様に大事なさじ加減。
これに呼応するように、オーナーの金子さんが言い切る。
「どんなに人気でも、これ以上は拡げません」と…。
◆◆◆ハンガー・イズ・ザ・ベスト・ソース◆◆
待たされた分だけ、喜びも大きい。
甲子園の五万三千の観衆の前で
星野仙一監督が宙を舞った十五日夜、
街には夜通し六甲おろしが響いた。
各地のファンは低迷した一八年分の歓声を上げ、うっぷんを晴らした。
(朝日新聞)
高名な料理評論家が取材で訪れた時、
料理長は、ホテルの客室を案内してから
レストランへ案内するように支配人にうながした。
さあこれから食事、と思っている人を少し待たせる。
ちょっとした飢餓状態が起こり、本能的に食への欲求が高まり、
料理のおいしさが一層際立ってくる。
石ノ森章太郎原作の『ホテル』での1シーン。
まさしくHunger is the best sauce.(空腹にまずいものなし)である。
食に限らず、モノや情報があふれる今日、
計画的に、ハングリーな状態をつくる。
人気を保ち、陳腐化を避けるという点で、
有効な販売戦略であり、ブランド戦略といわれる。
優勝直前で足踏みして待った数日間も、甲子園で舞うための演出か、
はたまたダメ押しの飢餓状態の喚起だったのかもしれない。
◆◆◆◆桃李言(ものい)わざれども・・・◆
ブランド戦略の原則は
「決して安売りをしない」
「恒に需要が供給を上回る状態を維持する」
「高くても買いたいと思わせる魅力的な商品を用意する」
の三点である。
(中谷巌多摩大学学長)
室町初期の能作者世阿弥はこう言った。
「秘すれば花なり、秘さずば花なるべからずとなり」
限られた季節に咲くからこそ花であって、
季節感なく年がら年中咲いているような花は本当の花ではない。
この言葉は花のみならず、過度の露出による陳腐化を戒めている。
さらにこの言葉に続けて世阿弥は、
「この分目を知ること、肝要の花なり」
と記し、秘するかどうかの分目(わけめ)を知ることこそが重要だとした。
往時のホブソンズも希少性と美味しさがあってこその行列戦略。
ラーメン店の例では、商品やサービスに
待つだけの価値があるかないかが、その瀬戸際。
価値のないモノに人為的な行列を演出できたとしても、
その行列は長くは続かない。
個性的で価値のあるものを提供できたと認められたとき、行列は生まれる。
成蹊の故事の教えるところでもある。
決して「はじめに行列ありき」ではない。
よい商材をひたすら求め、提供してこその行列。
その行列という名の顧客をいかに長期に保てるか。
そこに中谷巌氏が言うような原則があるのだろう。
それにしても、一八年待たせ続けた
阪神タイガースのブランド力たるや、常識の域を遥かに超える。
次回『小太郎がゆく』、乞うご期待!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Marketer's Essay【小太郎がゆく】<バックナンバー>
№000 序 章「おにぎり的な私」
№001 巻の壱「うりばのちからを信じています」
№002 巻の弐「スローバックなスーパースターにまなぶ」
№003 巻の参「いちねんの計は?やっぱりうりばにあります」
№004 巻の四「数字が教えてくれるもの うりばが教えてくれるもの」
№005 巻の五「目は口ほどにものをいう 耳は目以上にものを見る」
№006 巻の六「お酒飲む人 花ならつぼみ 今日も咲け咲け 明日も酒」
№007 巻の七「調査とは旅すること 旅することとは見聞きすること」
№008 巻の八「お食事系外食チェーンに見る『伝えたいその想い』」
№009 巻の九「『ワールドカップ』四年に一度の祭典に学ぶ」
№010 巻の十「ショー・ザ・スピリット!ショー・ザ・ゲーム!」
№011 巻の十一「売場に並んでいるのは『信頼』という名の商品」
№012 巻の十二「敬老の日に思う『わかりやすさ』というサービス」
№013 巻の十三「ノーベル賞、損得『感情』のむずかしさ」
№014 巻の十四「コタロウ的『北風と太陽』」
№015 巻の十五「師走に見る『白いもの』雑考」
№016 巻の十六「顧客創造とは不断の手間と顧みる愛情」
№017 巻の十七「声に出して読みたい『お国言葉』」
№018 巻の十八「無記名・不特定というサービスにサヨナラ」
№019 巻の十九「そういう問題じゃない!」
№020 巻の二十「クレームの卵」
№021 巻の二十一「今どき流行のハコヂカラ」
№022 巻の二十二「花火の季節のブランド考」
№023 巻の二十三「ボーダーライン」
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以前勤務していた会社の先輩を10年ぶりに新宿御苑にたずねた。
旧交をあたためた後、
そぼ降る雨の中、靖国通りを歩いて伊勢丹会館へ向かう。
アルコーブ状になっている伊勢丹のショーウインドウの横の狭い空間で
若い女性がこれまた若い女性に手相を見てもらっている。
少し珍しい光景に見とれながら、先を急ぐ。
畑の土づくりからこだわった野菜をメインにした
和風レストランバーで、とある会食が始まった。
おいしい野菜に舌鼓を打ちつつ、活きた情報が行き交う。
雨もまたよし、新宿の夜。
それでは、【小太郎がゆく】はじまり、はじまり。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【小太郎がゆく】巻の二十四
タイトル:「行列」~待ちの効用~
◆元祖行列店、長い列は広告のうち◆◆◆◆
売場は三、四人しか入れないほど極端に狭くし、レジは一つ。
ブレンドの種類に悩めば注文に時間もかかる。
自然と路上に客があふれ、新たな客の誘い水になると考えた。
(ホブソンズ開業時の経営者松本純一氏・日本経済新聞)
デパ地下のタイムサービス。
売られているモノの確認もそこそこに列に連なる人がいる。
これだけ並んでいるんだから、イイものに違いない…。
時間に余裕のある主婦や定年退職したお父さんなどに多い。
そういえば以前勤めていた安比高原でのコンサートの日、
トイレの列の最後尾に「何が売ってるのかしら」とオバさん達が大挙した。
これも悲しい性だろうか。
◆◆人気のラーメン屋、待ち時間のさじ加減◆◆◆
「席数が十四と少ないこと」とひと言。
(日本経済新聞)
晴海トリトンに開業したラーメン店「ぽっぽっ屋」を
支援したコンサルタントの土屋光正さんは、人気の秘けつをそう答えた。
一度にゆでる麺の玉は限られるため、
席が多すぎると店に入ってからの待ち時間が長くなる。
「店に入るまでの行列待ちは期待感を高める効果があるが、
着席後の待ちはイライラを募らせるだけ」
と空腹客の心理を鋭くとらえる。
ラーメンの味付け同様に大事なさじ加減。
これに呼応するように、オーナーの金子さんが言い切る。
「どんなに人気でも、これ以上は拡げません」と…。
◆◆◆ハンガー・イズ・ザ・ベスト・ソース◆◆
待たされた分だけ、喜びも大きい。
甲子園の五万三千の観衆の前で
星野仙一監督が宙を舞った十五日夜、
街には夜通し六甲おろしが響いた。
各地のファンは低迷した一八年分の歓声を上げ、うっぷんを晴らした。
(朝日新聞)
高名な料理評論家が取材で訪れた時、
料理長は、ホテルの客室を案内してから
レストランへ案内するように支配人にうながした。
さあこれから食事、と思っている人を少し待たせる。
ちょっとした飢餓状態が起こり、本能的に食への欲求が高まり、
料理のおいしさが一層際立ってくる。
石ノ森章太郎原作の『ホテル』での1シーン。
まさしくHunger is the best sauce.(空腹にまずいものなし)である。
食に限らず、モノや情報があふれる今日、
計画的に、ハングリーな状態をつくる。
人気を保ち、陳腐化を避けるという点で、
有効な販売戦略であり、ブランド戦略といわれる。
優勝直前で足踏みして待った数日間も、甲子園で舞うための演出か、
はたまたダメ押しの飢餓状態の喚起だったのかもしれない。
◆◆◆◆桃李言(ものい)わざれども・・・◆
ブランド戦略の原則は
「決して安売りをしない」
「恒に需要が供給を上回る状態を維持する」
「高くても買いたいと思わせる魅力的な商品を用意する」
の三点である。
(中谷巌多摩大学学長)
室町初期の能作者世阿弥はこう言った。
「秘すれば花なり、秘さずば花なるべからずとなり」
限られた季節に咲くからこそ花であって、
季節感なく年がら年中咲いているような花は本当の花ではない。
この言葉は花のみならず、過度の露出による陳腐化を戒めている。
さらにこの言葉に続けて世阿弥は、
「この分目を知ること、肝要の花なり」
と記し、秘するかどうかの分目(わけめ)を知ることこそが重要だとした。
往時のホブソンズも希少性と美味しさがあってこその行列戦略。
ラーメン店の例では、商品やサービスに
待つだけの価値があるかないかが、その瀬戸際。
価値のないモノに人為的な行列を演出できたとしても、
その行列は長くは続かない。
個性的で価値のあるものを提供できたと認められたとき、行列は生まれる。
成蹊の故事の教えるところでもある。
決して「はじめに行列ありき」ではない。
よい商材をひたすら求め、提供してこその行列。
その行列という名の顧客をいかに長期に保てるか。
そこに中谷巌氏が言うような原則があるのだろう。
それにしても、一八年待たせ続けた
阪神タイガースのブランド力たるや、常識の域を遥かに超える。
次回『小太郎がゆく』、乞うご期待!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Marketer's Essay【小太郎がゆく】<バックナンバー>
№000 序 章「おにぎり的な私」
№001 巻の壱「うりばのちからを信じています」
№002 巻の弐「スローバックなスーパースターにまなぶ」
№003 巻の参「いちねんの計は?やっぱりうりばにあります」
№004 巻の四「数字が教えてくれるもの うりばが教えてくれるもの」
№005 巻の五「目は口ほどにものをいう 耳は目以上にものを見る」
№006 巻の六「お酒飲む人 花ならつぼみ 今日も咲け咲け 明日も酒」
№007 巻の七「調査とは旅すること 旅することとは見聞きすること」
№008 巻の八「お食事系外食チェーンに見る『伝えたいその想い』」
№009 巻の九「『ワールドカップ』四年に一度の祭典に学ぶ」
№010 巻の十「ショー・ザ・スピリット!ショー・ザ・ゲーム!」
№011 巻の十一「売場に並んでいるのは『信頼』という名の商品」
№012 巻の十二「敬老の日に思う『わかりやすさ』というサービス」
№013 巻の十三「ノーベル賞、損得『感情』のむずかしさ」
№014 巻の十四「コタロウ的『北風と太陽』」
№015 巻の十五「師走に見る『白いもの』雑考」
№016 巻の十六「顧客創造とは不断の手間と顧みる愛情」
№017 巻の十七「声に出して読みたい『お国言葉』」
№018 巻の十八「無記名・不特定というサービスにサヨナラ」
№019 巻の十九「そういう問題じゃない!」
№020 巻の二十「クレームの卵」
№021 巻の二十一「今どき流行のハコヂカラ」
№022 巻の二十二「花火の季節のブランド考」
№023 巻の二十三「ボーダーライン」
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