【新しい看板をよろしく】
直接には
京極高宣の新著『新しい社会保障の理論を求めて』(2008、社会保険研究所)を昨夜読んで、
これまでのタイトルの「社会福祉学」では、扱っていこうとするテーマとそぐわなくなってきそうに思ったからです。
それと
満1周年になって
・Gaya(図書館4F)
・さくらんぼ
・ガヤコーヒー
など
勤務先のごく近所でのリアル社会やブログ社会との接触
がありました。
【大学が知のねぐらにあらず】
ことに
「社会福祉」「社会保障」などの分野での議論は
「普通」(ガヤコーヒーさんの言葉を借りた)の日常生活に密接なテーマから
始めるのがわかりやすい。
どこかもっともらしいところから難しいことを教わる
というのではなく
生活の場から発せられる疑問から議論を出発すべきですね。
【東京の学者が社会を導くのか?】
もちろん、そんなことを思っている人はいないでしょうが、
今の日本の問題点は、大都市圏の経済的な成功者や世論指導者?
による論理と発言によって導かれているという現状がありますね。(このことは先にも書きました)
【グローカルというスローガンは嫌いですが・・】
「グローカル」とは、
・global 地球的に
・local 自分の住む地域で
を足したアメリカの造語です。
この造語自体にはアメリカの無国籍企業の臭いがして嫌いですが
私のブログのカテゴリやブックマークをみていただくと
「加計呂麻」からアメリカやヨーロッパまでを
一つのものさしでみてみよう
という発想がご理解できると思います。
*写真は、2008年1月4日、奄美大島の用安あたりの野の花。
直接には
京極高宣の新著『新しい社会保障の理論を求めて』(2008、社会保険研究所)を昨夜読んで、
これまでのタイトルの「社会福祉学」では、扱っていこうとするテーマとそぐわなくなってきそうに思ったからです。
それと
満1周年になって
・Gaya(図書館4F)
・さくらんぼ
・ガヤコーヒー
など
勤務先のごく近所でのリアル社会やブログ社会との接触
がありました。
【大学が知のねぐらにあらず】
ことに
「社会福祉」「社会保障」などの分野での議論は
「普通」(ガヤコーヒーさんの言葉を借りた)の日常生活に密接なテーマから
始めるのがわかりやすい。
どこかもっともらしいところから難しいことを教わる
というのではなく
生活の場から発せられる疑問から議論を出発すべきですね。
【東京の学者が社会を導くのか?】
もちろん、そんなことを思っている人はいないでしょうが、
今の日本の問題点は、大都市圏の経済的な成功者や世論指導者?
による論理と発言によって導かれているという現状がありますね。(このことは先にも書きました)
【グローカルというスローガンは嫌いですが・・】
「グローカル」とは、
・global 地球的に
・local 自分の住む地域で
を足したアメリカの造語です。
この造語自体にはアメリカの無国籍企業の臭いがして嫌いですが
私のブログのカテゴリやブックマークをみていただくと
「加計呂麻」からアメリカやヨーロッパまでを
一つのものさしでみてみよう
という発想がご理解できると思います。
*写真は、2008年1月4日、奄美大島の用安あたりの野の花。
ミクロからマクロまでを同一の尺度で検証するためのリニューアルといった所でしょうか?
素人の私が「福祉は難解!」と舌を巻く理由のひとつに「広範囲な分野での尺度を何処に定めるか?」という問題が有ります。
様々な問題を扱う社会福祉学の大統一理論へと発展する予感すら連想させる今回の新規開店(?)には期待します!
「それはおかしい」
と思ってきました。
何でも包み込もうとすると
結局ほどけてしまうかもしれませんが
鹿児島に来て出会ったブログやリアル社会を
自分の世界として受けとめるためには
いつか必要だった脱皮が
京極高宣という旧友の本で促されました。
(残念ながら、当の京極先生は、ブログを見ないようです)
いいですね。ブログにはこれくらいの大胆さが
似合っているのですね。
刺激を受けました。
私も「試行」錯誤してみます。
いままで、「思考停止」していました。
たかがブログ、されどブログですね。
このごろの世相ですが
春が近づいてきて
暗闇の先に
ぼんやりとではありますが
うすーぃ光が
見えるのでは
と思いました。