音楽療法のライブ日記

音楽療法士がお届けする、日々の活動記録と情報発信のブログです。

フィギュアスケートと音楽♪

2017-06-11 07:30:44 | 音楽雑記
スポーツの試合、様々な芸術を始め、地域の運動会、音楽会なども含めると
私たちの生活と音楽との繋がりが多いことを実感します。

ただ、『全身に注がれる』ライブな音楽の空間に身を置くことは
日常生活において少ないのかもしれません。

今春から様々なライブに行く機会を得て改めて音楽の存在を考えています。
甲子園へ高校野球を観戦に行き、音響機器を通さない
正にライブな応援合戦を楽しみました
各校の特色溢れる音楽の魅力が力になり選手に届いていたと思います。
感動した記憶として残っています。

その次に大阪フェスティバルホールへ交響曲を聞きに行きました。
完璧な音響を求められたホールの素晴らしさもさることながら
パーカッションがメインで輝いてみえ、心が躍りました。
以前は無かったパンフレットに挟まれている注意事項に
演奏中に荷物の音を出さない気配り、咳をする時のマナー、
拍手を始める時のお願い、などが記されており少し驚きました。

次にフィギュアスケートのショーを見に行く機会を得ました。
本来はスケーターが主役なのですが、音楽が必須になります。
世界各国のスケーターがそれぞれの個性を生かしながら
音楽とともに素晴らしいパフォーマンスで別世界へ誘われました。

音楽も多様な分野に亘り、ライブ演奏も入って時間を忘れますが
その流れる音楽の中にスケート靴が氷を削る音が刻まれます。
グォ~、ズゥ~・・表現に困りますが、ジャンプをする時、その後着地する音までもが
音楽全体に溶け込んでいき、会場へ行かないと感じられない臨場感は凄いです。

その中で高校野球の音楽と比較すると音響機器の充実が必須になります。
スケーターが広いリンクの中でも常に安定した音楽が聞こえる様に
プロの技術が求められます。
音の響きも半端なく、身体に振動を覚える程でドキドキしてきます。
その上に相乗効果となる照明の素晴らしさ、進行の配慮なども含め、
観客の歓声と拍手と熱気で『生きている』世界へ引き込まれました

日常では音響機器が悪すぎてその場にいたたまれないことが時々あります。
耳に否応なしに入ってくる‘音の質’に可能な範囲で心配りが欲しいです。
多くの音楽が生活の中で流れていますが、時には‘今、ここだけ’の音楽を
全身で感じていただくことをお勧めします
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音楽療法の参加人数について

2017-06-04 07:25:12 | 音楽療法実践
「音楽療法」という言葉が10年前に比べると随分認知されるようになりました
現場においては「歌の集い」「歌声喫茶」「歌の会」「音楽の時間」・・等、
様々な言葉を使ってそれぞれの現場で音楽療法のひと時が実施されています。

参加人数はお一人から数名の小集団、20名前後の中集団、
80名以上の大集団とご依頼主の目的によって様々です。
例え人数が多くても継続していく中で、参加されるお一人おひとりの顔が見える
ようになり、お声かけも変化していきます。

ただ、楽器活動においては一つひとつの楽器をじっくり体験することは
人数が多いと難しくなります。そこで、誕生月にスポットライトを個人にあてて
いくと、好きな曲のリクエストや楽器活動を取り入れることができます。
特に、個人嗜好のリクエストはその人のアイデンティティーが垣間見える
大切なひと時になります。

音楽療法の時間は一方的な音楽の選択の進行ではなく、お一人おひとりの個性を
共に楽しむひと時にしたいと思います。
「その時、その場」だけの二度と無いライブなひと時になります
大まかなプラン、進行は考えて行きますが、その場の雰囲気や
ハプニングに対応することが求められます。

いつも参加されている方が「今日は体調が悪いのでお部屋で
寝ておられます」とお訪ねした当日にお聞きすれば、お部屋が近いことを考慮して
活発な活動を控えながら、心地よいBGMとして届くことを願って進行します。
その場に参加されていない方への気持ちも込めながら・・・

音楽療法を利用される側の条件は様々です。
それぞれの現場で心地よい音楽のひと時になることを心から願って・・
もうすぐ梅雨の季節に入ります
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‘社交辞令’以外の記録から質的研究の結果を考える

2017-05-13 11:41:19 | 研究関連
音楽療法の事例研究には量的研究と質的研究があります。
脳血流、脈拍、血圧などの医療的検査と心理学調査などの量的研究と
行動、言語、第三者の記録を継続していく質的研究です。

研究に関する音楽療法講座を受講した時に、行動、言語を記録する場合
‘社交辞令’の言葉なのかどうかを判断する必要があると言われたことがあります。
研究の結果として記する時に‘思い込み’や‘おそらく’などの判断は却下されます。

例えば、「今日は楽しかった」と言語として記録した時にどの位結果として
確かな内容であるかを客観的に捉えることが求められます。
日々関わっている職員さんが「日頃無口でそのような言葉を言われることは珍しいです」と
言われ、さらに「いつも見られない笑顔でおっしゃっていました」と言われると
結果として捉えられると考えます。
同じ言葉でも、社交辞令としてではない表情や第三者の客観的な視点が必要になります。

ある施設へ訪問して集団音楽療法を実施する前にお一人の方の傍で
職員さんが「お時間ですので」とお誘いに来られた時に
「私は月一回しかないこの時間を本当に楽しみにしていますので・・・」
と言われ、時間変更をお願いされていました。

ある地域のコミュニティ音楽療法で、「この時間だけは最優先してスケジュールを
調整して来ています」と言われ、関係者の方々からも同じ意見をお聞きした時に
やはり結果として記することが出来ると考えます。

結果として記する場合はもう少し詳細な内容が必要になりますが、
日頃何かと迷いと不安が伴う仕事へのモチベーションは上がり、感謝の気持ちでいっぱいになります。
実施前に大まかなプログラムを作成する時も、参加される人のお顔を
思い浮かべながら進行を考えますが、ライブ後の記録では幸せを感じることが多くあります。
独りよがりにならないように・・・との想いを大切にしながらの音楽療法です
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懐古の歌に想いを馳せて♪

2017-05-09 22:06:11 | 音楽雑記
連休は爽やかな新緑のお蔭で気忙しい気持ちが穏やかになりました

やっと身体を動かし易い季節がきましたので、
義父母が住んでいた田舎の家の片付けに連休を使うことにしたのですが、
屋根裏部屋には大きな‘長持(ながもち)’、古い箪笥、いくつもある木箱。

♪箪笥、長持、あの子が欲しい♪
と歌っていた長持を見たのも久しぶりでした。
多くの若い人は実物を見たことが無いのかもしれません。

始めは気合を入れてテキパキと片付けていたのですが、
徐々にあまりの埃と物の古さに正直少し気持ちが萎えてきました。

長持に入っていたすっかり湿った座布団。
木箱に入っていた100個近いご飯茶碗、湯飲み茶碗、お椀、お皿。
いくつもの大きな木の御櫃、重箱、徳利、お猪口。

田舎で隣組のお付き合いをしながら助けあってきた明治、大正時代が残されています。
皆で一緒に飲んで、食べて、おしゃべりしながら、きっと歌や踊りもあったことでしょう
懐古の歌に想いを馳せてみると、賑やかな映像が浮かんできます。

三世代にわたって継続されてきた‘寄り合い’は殆ど無くなってきました。
料理を取り寄せたり、外食することも田舎で多くなりました。
歌ったり踊ったりすることは「カラオケ」に場を移すのでしょうか?

いろいろな想いを交錯させながら、約130年以上の家でタイムトンネルしてきました



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認知症の人の不思議な記憶♪

2017-04-09 19:02:22 | 音楽雑記
桜の花が満開の佳き日に98歳の義母に会いに行きました。
8か月と3歳の曾孫の写真を見せた時に突然歌い始めました

始めはぼそぼそと歌っていたのですが、
「何を歌っているの?」と聞くと、
♪可愛いお目目よ まるい手よ 見れば撫でれば悲しみも
 忘れていつか 夢の国 母は涙で笑うのよ♪
と口ずさみました。

すぐにネットで調べると「愛染かつら」の挿入歌の
♪悲しき子守唄♪だと分かり、とても驚きました。
実践で愛染かつらを随分歌ってきましたが、この挿入歌は知りませんでした。
これまでも認知症を患っている義母から多くの歌を教えてもらってきました。

私の顔の記憶もおぼつかない義母ですが、
記憶の奥深い引き出しにはどれだけの思い出が残っているのでしょう。

幼子の写真と♪愛染かつらの映画のかつえさんの歌と繋がったと思われますが、
何がきっかけになってどのような記憶が引き出されるのか・・・
摩訶不思議な世界ですが、これからも楽しみになってきました。

音楽と記憶の関係性を大切にしたいという気持ちを新たにしました。
    
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