本棚に爆弾

ボマーの、まあ読書やら二次創作やらなんやら。

小阪祐司 『「買いたい!」のスイッチを押す方法 ――消費者の心と行動を読み解く』

2010年03月31日 22時29分25秒 | 本:その他
 正直言って、普段ならば一読して「あー面白かった」で本を閉じて終わり、良著ながらもブログ記事にはしない種類の本ではあるんですが…… 
 先日の「新書」のススメ「新書」のススメ・その2の好例として丁度いいかな、と思ってここで紹介することにします。

 これは持論なんですが、たとえ自分の専門分野からは離れていても、教養として基本的なこと・最新のこと(最新に近い情報)を知っておくべき分野、というのはあると思います。
 その中でも特に挙げるとしたら、「宗教」「軍事(安全保障)」「経済(ビジネス)」の3つ。
 まず「宗教」。別に特定の信仰を持つ必要はないのだけど、知識としておおまかなところを知っておくことは重要です。いつどこでどんな宗教的信念を持っている人とお近づきになるか分からないわけですし、そこで無知ゆえに重大なトラブルに巻き込まれたらたまりません。また知識さえあれば、必要以上に恐れたり怖がったりする必要もなくなります。世界の政治の流れの上でも、イスラムやキリスト教がどういうモノの考え方をするのか、といったことが大事になってきます。
 次に「軍事(安全保障)」。といっても、別に軍事オタクになる必要はありません。戦車や銃のスペックデータなどは、好きな人が知ってればそれでいい話。けれど、もっと大きなことや基本的なことは知っておいた方がいい。主義主張としては嫌戦でも反戦でもいいから、無知であることだけは避けておきたい。無知ゆえに嘗めてかかり、そのせいで痛い目に会うことだけは絶対に避けなければならない。
 そして最後に「経済(ビジネス)」。別に株取引や資産運用に手を出す必要はないのだけども、これも基本的な所は知っておいた方がいい。ビジネス畑の人間でなくとも、誰もが消費者として常に接する世界なわけです。それにまた、国内・国際の両面から、政治にも強い影響を与えている。これもまた、無知ゆえに判断を誤るようなことは避けたい領域。
 他にも知っておきたい世界はいくつもあるわけですが(例えば、私の本来の専門分野と言ってもいい「医療・福祉」の領域も、正しい知識を持っていることが非常に大事ではある)、それでも上に挙げた3つは別格です。

 そしてまた――経済関係の本というのは、概して読んでいて面白い。
 なにしろ目的が明確なわけです。「売上を上げる!」から「景気を立て直す!」まで、ともかく目標がはっきりしている。問題意識が明確だから、思考が論理的で筋道がきっちりしている。ブレが少ない。
 それでいて、成功するビジネスマンというのは、おおむね広い人脈を持っている。異業種の人との交際が豊富な人が多い。それゆえ、前提知識のない人を相手に語る方法を身につけているし、視野や興味も幅広い。
 普通にお喋りしてるだけでもきっと楽しいはずの人が、本気で何かを伝えたいと思って筆を取る。これがつまらないワケがないわけです。
 ……まあ、たまにその分野の前提知識がないと理解できないような難解な本、あるいは、卑近過ぎるテクニックに徹してしまった底の浅いハウツー本、のようなハズレもありますが(というか、結構そういうのも多いのですが)、それでも、ビジネスの世界から縁遠い私にとっても、面白い本というのはかなりある分野なのです。


 さて、前置きが長くなりましたが……それを踏まえた上で、この本です。
 この『「買いたい!」のスイッチを押す方法』も、やはりビジネス関係の本です。そもそも、この「角川oneテーマ21」という新書のレーベルは基本的にビジネスマンの読み手を想定しているらしく、収録されているのはほとんどビジネス関係書です(たまに人生論的な本も入っていますが、それも込みでメインターゲットはビジネスマンなのでしょう)。
 筆者はどうやらマーケティング関係の専門家らしく、様々な業種のコンサルタントなどに関わってきたようです。その豊富な実体験に基づいて、時に最新の脳科学の知見まで紹介しつつ、「消費者に『買いたい!』という衝動をどうやって引き起こしていけばいいのか?」を語ったのがこの本です。

 先の「新書」のススメ・その2に基づいて分類すれば、広義の「ハウツー本」ということになるでしょうか。小売の現場からコンサル業の偉い人まで、広い範囲の人に「ものの売り方」についての新しい視点を提供する目的で書かれた本。筆者の狙いを一言で言えば、こんなところかと思います。 ただ、そういう世界から少し離れた位置にいる私が読んでも、普通に面白い。つまり、小手先の「ハウツー本」で終わっていない。他の要素が相当に含まれている。

 一読してみると、まず、その掴みの上手さに惹き込まれます。
 序章にあたる「はじめに」で唐突に触れられるのは――プリンの話。
 田舎のスーパーで、それまで月に50個売れればいい方だったプリンが1000個売れた。そんな逸話から始まって、年に1個2個売れればいい方だった10万もする椅子が、売り方を変えたら月に12個も売れるようになった、という話が続きます。
 で、とあるイベントに出かけたことをきっかけに、ハーレーダビットソンのバイクが妙に欲しくて欲しくて仕方なくなってしまった筆者自身の体験を挟み、「さあ、どうすればお客さんの購買行動を引き起こせるのでしょう」という本題に入っていきます。
 さすがモノを売れるようにするプロ、新書でも掴みは強烈にして絶妙。最初の数ページを軽く立ち読みした時点で、私自身、購入の意思を固めてレジへと足を進めてしまいましたw

 結論だけ言ってしまえば、この筆者のアプローチは、客に「ワクワクする未来を売る」、という一言に収束されるようです。話題の美味しいプリンを皆と食べる、「知ってる? このプリンって……」というお茶の席での会話まで込みでお客さんにイメージさせる。高いけれど人間工学的に配慮の行き届いた座りやすい椅子で、じっくり読書の楽しみを満喫するイメージを描かせる。
 そこまで顧客の行動をシミュレートして考えた上で売るなら、不況だろうと何だろうとお構いなしにモノが売れますよ。売れるようなアプローチができますよ――これが、筆者の言う「感性情報×購買行動モデル」の中核です。
 ただ、そこに至るまでの説明が実に上手い。たびたび挿入される実例も多岐に渡り、読めば自然と筆者の伝えたいことが伝わってきます。
 脳科学の知見については、本来の専門から外れるだけに少し理解が浅いのかな?と思う所もないわけではありませんが(ドーパミンについての話とか)、それでも、全体としては非常に分かりやすく、説得力ある話になっています。

 ともかく、「モノの売り方について、新たな視点を提示したい!」という筆者の情熱が素直に伝わってくる良著でした。
 こういうのと出会えるから、読書はやめられないw そう思います。

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