サイレント

静かな夜の時間に・・・

亜空間(5)

2006-09-09 22:27:11 | Weblog



私は五本指の五人に、
中に攻め入るように命じた。

カゲ「五本指だけでいいですか?」
私「標的のアジトには・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「どれくらいの数の標的がいる?」

察するに相当数の相手がいるはずだった。

カゲ「数千人います」
私「じゃあ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「あの五人で十分だ」
カゲ「はい」

五本指は、私が彼らを生んでからの数年間、
まだ一度も仕事を失敗したことがない。
どんなに多くの敵がいても、
どんなに困難な仕事の内容であっても、
まだ一度も、失敗をしていない。


ふと空腹に気付いた私は、
薄い壁にあるインタフォンの受話器を手にした。

「すいません、カレーライスお願いします」
私はフロントに夜食を注文した。

いい忘れていたが、
私は現在、ネットカフェにいる。
ネットカフェでコーヒーを飲みながら、
気の向くまま適当にネットサーフィンをしている最中に、
師匠からの連絡があり、
そしてカゲたちに調査をさせ、報告を受け、
そのまま異世界のヤクザ組織への攻撃を始めた。

このネットカフェは、
6階建てのビルの6階にある。


カゲ「くれぐれも・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「そのインタフォンで・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「私たちへの指示を・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「間違って話さないようにして下さい」

想像するだけでも恐ろしい。
私はこれ以上ないほどに、苦々しく笑った。
絶対にありえない間違いではないだけに、
冗談では済まないような怖さがある。

私「あのさ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「そこまでボケたら・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「今度こそ本当に引退するよ」

たくさんの笑い声が聞こえた。
私の周囲に潜んでいる複数のディフェンスチームや、
さまざまな分野の側近たちが、
みんな笑っていた。

私が脳内で会話を交わしているカゲは、
その中のひとりであり、
私との連絡を主に担当している者だ。


五本指による殺戮が、やがて始まった。
標的たちの悲鳴が聞こえないように、
私は脳内の受信感度を、意図的に落とした。

私は、今回のヤクザ組織について、
ボンヤリと考えていた。

彼らは・・・
はたして昔からずっとヤクザ組織だったのだろうか?
ひょっとして、そうではないのではないだろうか?
ほんのこの近年にヤクザ組織に転落したばかりではないのか?
以前はちゃんとした立派な身分や役職があって、
崇められるような存在だったのではないのか?


ヤクザヤクザとこれまで表現してきたが、
例えば、所轄を動かしている地域管理者たちと、
そのヤクザ組織との間に、どのような違いがあるかというと、
実はそれほど違わない・・・と私は思う。

この世には、多くの国や民族や宗教があり、
それぞれの背後には霊的な管理者たちがたくさんいる。
地域によっては、
管理者が率先して血の贄を集めるところもあるし、
所轄とヤクザの両方を指揮する管理者もいる。

古来、常に異世界における争いが絶えなかった。
敗れた管理者がヤクザに転落したり、
勝ったヤクザが管理者に成り上がることも、当然ある。


いまから数年前の夏から秋にかけて、
異世界で、ある覇権を賭けた比較的大きな戦争があり、
この国はまさにその主戦場だった。

幾多の台風がこの国に上陸し、全国が水害に見舞われ、
そして大きな地震もあった。
私も、その霊的な戦争に参加していた。


今回の捕縛劇のヤクザ組織は、ひょっとしたら、
数年前のあの戦争で、敗北し転落した側だったのではないか?
かつての力を削がれ、アウトローに身を堕としながらも、
なんとか少しでもエネルギーを隠れて収奪しようと画策し、
苦肉の策として、犯人が発覚しにくいような方法で、
血の贄を求めたのではないだろうか?

私はこのことは、カゲたちにはあえて聞かなかった。
多分、知っていても答えにくいはずだった。


カゲ「標的の頭領からメッセージです」
私「ん?」
カゲ「・・・・・・」
私「うん、聞こう」

おそらく私が放った五本指のうちのひとりが、
その頭領の眼前に迫っているのだろう。
切羽詰まった様子が浮かんでくる。

カゲ「欲しいものは何でもやる、とのことです」
私「!!」

私はこらえきれずに爆笑してしまった。
そして、慌てて自分の口に手をあてて塞いだ。
周囲にはほかの利用者たちもいる。
ここはネットカフェなのだ。

そうだ、ここは6階建てのビルの6階にある、
たくさんの利用者がひしめくネットカフェなのだ。
設計や建築に完全な信頼を置ける保証などどこにもない、
6階建てのビルの最上階なのだ。


ネットカフェの狭い個室の中で、
届けられたカレーライスをゆっくりと食べ始めながら、
私は突入させた五本指へ、指示を与えた。
迷わずトドメを刺すようにと・・・