サイレント

静かな夜の時間に・・・

氷河期(6)

2006-10-31 15:23:32 | Weblog



私はネットでクトゥルー神話のことを、
ごくおおざっぱに調べた。
正直いってほとんど知らないからだ。

万物の王、知の支配者、水の精、風の精、
地の精、時空の超越者、深き者ども・・・

今回初めて耳にする固有名詞が多く、
発音しずらくてとても覚えられない。
それに、
詳細はよくわからないが、いろいろ揃っている。

気になるものがあった。
時空の超越者・・・


私「こいつか?」
カゲ「・・・・・・」
私「気象の過去をいじったのはこいつか?」
カゲ「・・・・・・」
私「もしや、人じゃないのか?」
カゲ「・・・・・・」
私「こいつは肉を持って人として生きてないか?」
カゲ「・・・・・・」

古い勢力が復活して実権を取り戻そうとする場合、
だいたいは、
主力の誰かをこっそりと人間として生まれさせ、
先行して蘇らせておくことが多い。

その際、先兵として送り込まれたその人間は、
成長期に記憶を思い出すこともあれば、
成人してから思い出すこともあるし、
一生思い出さないこともある。

あらかじめ与えられた霊的な役割は、
はっきりと意識して行うこともあれば、
記憶を取り戻さないまま無意識に行うこともある。
または、
自分の意志で元々の役割を放棄や変更することも・・・


私は待っていた。
この時まで待っていた。

気象の過去操作をしたであろう誰かが、
どういう系統のどういう相手なのか、
ほんの少しでもいいので見当がつくのを、
私はこの一週間、ずっと待っていた。

時空操作で過去を塗り変えた場合、
決して避けられない、ひとつのデメリットがある。

履歴が残るのである。

履歴とは何なのか、どこに残るのか、
それらはここでは言及しない。
とにかく過去を操作すると必ず履歴が残ってしまうのだ。

時空戦で優位に立てるかどうかは、
ひとつのポイントとしては、
履歴の検索能力がどれだけあるか、ということだ。


私「列島全域の寒波について・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「過去を操作した者の履歴を・・・」
カゲ「・・・・・・」

私は一呼吸おいた。
高ぶった気持ちを落ち着かせるためだ。

「これから早急に検索しろ」
私は努めて平静を保ちながらいった。

「もう検索は済んでます」
カゲは私に即答した。







氷河期(5)

2006-10-29 20:40:48 | Weblog



「クトゥルー??」
私はなかば呆れ顔で聞き直した。

「おかしなこといってないで調べ直せ」
私はカゲに再調査を命じた。


私はあの晩から、さらに一週間ほど連続して、
東京の中心部に防壁を張り続けた。

その間、北陸のある県では、
寒波と積雪によって大きな停電があったし、
東北のある県では、
突風による列車の脱線事故があった。

大停電はものの二日で復旧し、
凍死や餓死などの被害は避けられた。
脱線事故の方は、
驚くほど少ない死者数にとどまった。


私「あのあたりには・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「どう考えてもスゴ腕がいるな」
カゲ「・・・・・・」

今回大停電があった県は、
数年前の大地震のときも驚くほど死者数が少なく、
しかも走行中の新幹線が脱線したのにもかかわらず、
ひとりの死者も出さなかった地域だ。
ガケの中に埋まった自家用車から、
生存していた子供が奇跡的に救出されたのも驚きだった。


今回、北陸や東北だけではなく、
関西や中部なども例年では想定しにくいほどの、
寒波や積雪に見舞われていた。
日本列島の大部分が大寒波に襲われていた。
首都圏は、無事だった。

もし、首都圏で大寒波と大雪による、
大規模停電と交通網遮断と物流途絶が生じていたら、
その状態で一週間以上も氷点下に曝されていたら、
いったいどうなっていただろうか・・・

そして、
記録的な寒波は、日本だけではなかった。
ロシア、ウクライナ、北欧などユーラシア北側のみならず、
この年末は、
欧州全域、北米、そしてインドまでも歴史的な厳冬となった。
世界中で多数の凍死者が生じることになるのである。


私「クトゥルー??」
カゲ「・・・・・・」
私「あれは作り話だろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「からかってる場合じゃないぞ」
カゲ「・・・・・・」

再調査を命じられたカゲが、再度同じ報告をした。
私はすぐには信じなかった。

だって、当然だ。
クトゥルー神話など、
作家たちの手によるただの架空の創作神話にすぎない。


クトゥルー神話・・・
20世紀前半にラブクラフトによって小説として創始され、
その後ダーレスによって整理された架空の神話体系である。

太古に地球を支配していた異形の旧支配者たちが、
現在は地上から姿を消しているが、
やがて現代に蘇るかもしれない・・・
というコンセプトが基本となっている。


私「ああ、そうか」
カゲ「・・・・・・」
私「例のインスピ・リークか」
カゲ「・・・・・・」

インスピ・リーク・・・
私の造語である。

この世の人間が、ある時ふいに、
直感的になにかをひらめいたりイメージがわく時、
実はそのインスピレーションの内容は、
異界の住人に吹き込まれた場合が多い。

ときに、先祖が危険を教えてくれるケースもあるし、
自分が死んだことを肉親に知らせるケースもあるし、
重要な科学的発見のヒントを科学者が授かったり、
独創的なモチーフを小説家や漫画家が受けることもある。

断言しよう。
インスピレーションというものは、
ひらめいた人間が完全に独力で直感することは、
驚くほど少ない。

直感力のある人というのは、
実は、受信能力の秀でた人ということだ。


そして、
異世界での出来事や、異世界の住人の存在を、
小説家などのこの世の創作者が、
インスピレーションをきっかけにして表現することがある。
これを、
私はインスピ・リークと呼んでいる。

小説家が現実離れした創作小説として書いたものは、
あくまで架空のフィクションであり、
それを読んだ人は誰もが、
それらを決して現実ではない作り話として楽しむ。

しかし、
多くの人の記憶の中にずっと残り続け、
何世代にもわたって記憶されていくことには、
リークした側の異世界の者には大きな意味がある。
ある種のアピールとなるからだ。


例をあげる。
誰もが知っているあの「西遊記」である。
三蔵法師がありがたいお経を求めて、
中国からインドに長い旅に出る。

その三蔵法師を、
半人半獣の猿と豚とカッパがお供をして、
さまざまな異形の化け物の攻撃を退けながら、
旅を続けていく。

三蔵法師は玄奘三蔵という実在した人物だ。
しかし史実では、彼はたった一人で旅を往復した。
彼の回りには孫悟空も猪八戒も沙悟浄もいなかった。
あたりまえの話だが、
半人半獣の猿や豚やカッパなど実在するはずがない。

しかし、
異世界的には、どうも西遊記は史実らしい。
三蔵を、不可視の守護者たちがガードしつつ、
行く先々で奇怪な妖怪たちを撃退していった・・・そうだ。

「西遊記」は玄奘三蔵の死後、
およそ千年ほどたったあとに、
中国のある作家が空想的な物語として書いたといわれる。
「西遊記」はなんと、約500年かけて世界中に広まり、
現在では、洋の東西を問わず老若男女に人気がある。

あと数千年くらいしたら、
いつ誰が書いたということは忘れ去られ、
「西遊記」のストーリーだけが世に残るかもしれない。
そうなったらもはや、
これはひとつの神話といえるだろう。


インスピ・リークの実態としては、
いくつかのパターンがある。

ある異世界の者が、表現力の優れた人間に、
書かせたいことを吹き込んでイメージさせるパターン・・・
異世界の者が、自分の関係者を人として転生させて、
インスピレーションを授けて書かせるパターン・・・
そしてさらには、
異世界における物語の主役本人が、
人間として転生して記憶を蘇らせながら書くパターン・・・
などがあげられる。


さて、問題はクトゥルーである。

仮にカゲたちの調査が間違っていないとすれば、
クトゥルー神話の面々は異世界に確かに存在し、
彼らは太古の昔、この星の管理者たちだったことになる。

今回、彼らは寒波と降雪で攻めてきた。
おそろしく短絡的に推察するならば、
彼らは地球が寒波と雪原で覆われていた時代の、
旧支配者、つまり旧管理者であろう。

氷河期時代の旧管理者たちということだ。

彼らがもし、これから本格的に復活し、
再びこの星における覇権を狙うのであれば、
それは、
地球が氷河期に再突入することを意味するはずだ。







氷河期(4)

2006-10-14 12:46:16 | Weblog



私は首都高速を走りながら指示を出した。

私「他の地方はその地域の者に任せ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「こちらは首都圏に集中する」
カゲ「・・・・・・」
私「予備の軍を全て首都圏に配置」
カゲ「・・・・・・」
私「予備の龍群を二分し、この車の前方と周辺を警護」
カゲ「・・・・・・」
私「本田、青山、石橋、佐藤、泉屋、加藤、野田・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「川崎、丹羽、西村、星野、淡口、以上を用意・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「首都圏での新たな過去操作を阻ませろ」
カゲ「はい」

過去が操作されて塗りかえられるかどうかは、
簡単にいうと、
変えようとする力と、変えさせまいとする力の、
力関係で決まる。

私は大抵、過去を塗りかえさせない側にいる。


この世で人として生きる者が、
異世界を介して過去を操作しようとする際、
決して破ることのできないルールがある。

自分がすでに既成事実として知っていることは、
絶対に変えられない。

例えば、戦っている敵である人間を、
最初から生まれなかったことにしたいとか、
幼少時に事故死したことにしたいとか、
そういう形で消そうと思っても、
自分がこの世の人間として意識があるなら、不可能だ。
どんなに強い異能をもっていたとしても。

なぜなら、
その敵である人間が現在まで生存していることを、
既成事実として認識してしまっているからだ。

肉を持たない者であれば、
そういう敵の消し方も可能かもしれないが、
当然、そうさせまいとする守備力の抵抗にあうだろう。


過去を塗りかえようとする時空操作戦は、
きれいに勝負がつくことは、あまりない。

ものの見事に狙い通りの結果を出すことは、
よほど際だった名人でないとできない。

それだけに、
今回の日本列島全体を寒波に覆わせた時空使いは、
相当なレベルの者と思われた。
最も防御の固い関東だけ、やりそこねたようだが・・・


私「敵はどこの誰だ?」
カゲ「・・・・・・」
私「まだわからないのか?」
カゲ「はい」

正体を隠蔽するのがうまいのかもしれない。
姿を被覆や偽装で隠すのも得意と考えるべきだろう。

私「ただの寒波ではないのだろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「攻め手が来てるのではないか?」
カゲ「・・・・・・」
私「こちらの軍を攻めてくる相手の・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「情報をできるだけ集めろ」
カゲ「はい」

これから戦えば、
おそらく敵方の素性はわかるはずだ。

私「これから東京に防壁を張り直す」
カゲ「・・・・・・」
私「ほかの防御者たちの張る防壁と・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「バッティングしないように調整してくれ」
カゲ「はい」


平素、自然災害による被害が最小限になるように、
防御する仕事をしている者は、
それぞれ自分のやり方で、それを行っている。

神道、密教、陰陽道などの関係者であれば、
それらの伝統的な術式によって行うだろうし、
どの宗教宗派や術派にも属さない者であれば、
ほとんど我流のはずである。

ちなみに私は、完全無所属の完全我流である。
実生活において誰にも教わっていない。
肉を持たない見えない師匠を師匠と呼ぶのは、そのためだ。
実際ほかには、師といえる者が全然いないのだ。

防御者たちは、基本的にお互いを知らない。
通常は横の繋がりなど、ない・・・に等しい。
多くの者は、仕える神仏から命じられたと認識している。

起こりそうだった地震が回避された時など、
とある掲示板などでは、
自分が止めた、と自慢げに語る者がいつも複数現れる。
他の防御者の存在さえ知らないためだ。

それほど、横の繋がりがないのだといえる。
みんな孤独な存在だ。


この国には、
宗教関係者の防御者が、伝統的に多かった。
しかし、彼らをもってしても、
約80年周期の大地震はずっと防げなかったし、
戦争も防げなかった。

1980年代の終わり頃から、
どの宗教や術派にも属さない異能者たちが、
この国に、にわかに増え出したそうだ。

1990年代、そして2000年を越えてからも、
それら無所属かつ我流の仕事師たちは、
次々と現れ続けた。

現れた?
いや、表立っては現れてはいない。
それらの存在を知る者はほとんど皆無に近いから。
みんなただのサラリーマンだったり、
本屋だったり、シェフだったり、風俗嬢だったりする。


そろそろ来るはずの大地震が、
およそ80年おきに南関東を壊滅させるはずの大地震が、
なかなか起こらず首都圏がいまだ安泰なのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

東アジア近隣で軍事的緊張が高まっても、
それでも戦争が勃発しそうでしないのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

こんな大きな台風が首都圏を直撃したら、
どれだけの被害が出るのかというほどの台風が、
都合良く曲がって逸れてしまうのを、
不思議に感じたことはないだろうか?

いや、別に不思議に感じる必要はない。
まったくその必要はない。


私は車で首都高速に上がってから、
まずはいわゆるC1をぐるりと一周し、
湾岸線やC2を通って、またC1に戻り、
これを何回も一晩中繰り返した。
そしてC2から外環道へ回り、高速を降りて環八を走った。

つまり、東京の中心部を、
渦巻き状にグルグルと回った形になる。

夜が明けた。徹夜だった。
車内で私が具体的に何をしていたかは省略する。
話すと長くなるので。

ただ、これだけはいえる。
ぐったりと、ものすごく疲れた。


翌日の衛星気象画像は、
まるでマンガなどのフィクションのワンシーンのような、
奇妙この上ないものだった。

日本列島全体が冬の雪雲に覆われているのに、
首都圏だけが、小さな円形状にスポンと抜けており、
かろうじて太陽を浴びることができていた。

この日この気象画像を目にして、
不思議に感じた人は、はたしてどれだけいただろうか?
いや、
別に不思議に感じる必要はまったくないのだが。







氷河期(3)

2006-10-06 02:51:42 | Weblog



私は急いで車を運転しながら、
携帯電話でネットにアクセスし、
ある掲示板を開いた。

連絡をするためである。

かつて半年くらいの間、
仕事を手伝わせたことのある人物がいた。
その人物とは、偶然にネットで知り合った。
私自身その異能を確かめ、
やがて私は、仕事のサポート役を任せるようになった。

サポートといっても、
お互い別々の場所で、別々のことをしながら、
思念を使って個々に仕事をするということなのだが。


ハルとは違って、私はこの知人が、
どの地方に住んでいて、実生活で何の仕事をしていて、
どんな顔をしているのか、知っている。

名前はユイチという。

ハルは、生身の人として男か女かも知らないわけだが、
ユイチは、男か女かよくわからない人間そのものだ。
普段の実生活では女の姿で女言葉を話し、
ネットでは主に男言葉で話す。

ユイチとは、何回か実生活で直接会った。
裏家業の話は一切せず、世間話しかしなかった。
その後、いつの間にか協調関係は途絶え、
仕事の連絡をすることはなくなった。

そのユイチに、久々に連絡した。

「仕事だ、手伝え」
私はその掲示板に、たったこれだけ記した。
名無しの相手に対して、名無しでの書き込みだ。
仕事の詳細については勝手に調べるだろう、と思った。
師匠が私に、いつも簡単な連絡しかしない理由が、
私にもなんとなくわかる。面倒なのだ。

脳内でメッセージを交わすのに比べて、
ネットで連絡する方が、はるかに確実だ。
思念のやりとりだと、
その時々の調子や、感情的な状態や、
外部からの妨害などの影響を受けやすい。
その点、ネットは確実に文字になる。

私には、ネットを介した仕事の知人が、
十人以上いる。
いずれも、油断のならない曲者ばかりだが。


おそらく、人知れず異能を持った、
この国の裏家業の人間たちには、
総動員体制といっていいほどの規模で、
緊急連絡が出回っているはずだった。
使える者は全員使う、いや、使うべき事態だった。

いま、この国に、
このような事態で仕事をする者がどれくらいいるのか、
それも生身の人として生活しながらの人員の総数について、
私の知る限りでは、
だいたい、千人程度いるようだ。
関東だけでも、きっと数百人はいるだろう。


私は、首都高速に乗った。
霊的な防壁を張るつもりだった。

私「関東以外は・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「もう間に合わない」
カゲ「・・・・・・」

気象衛星画像を見る限り、そうとしか思えなかった。

カゲ「敵の真の目標を・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「くれぐれも見誤らないで下さい」
私「・・・・・・」

カゲのいっていることの意味が、私には理解できた。

私「わかってる」
カゲ「・・・・・・」
私「敵の主目標は、東京だ」
カゲ「・・・・・・」

おそらくは、他の地域の寒波襲来は囮であって、
最も強力に攻め落としたいのは、東京のはずだった。
より多くの人間を贄として得るのならば、きっとそうだろう。

私「防ぎきれない最悪の事態での・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「首都圏における最大死者数の予想は出せるか?」
カゲ「・・・・・・」

その次の瞬間、私は自分の背筋が凍るのがわかった。
カゲが、数千でも数万でも数十万でもなく、
数百万人と答えたからだ。